『日経研月報』特集より
「北海道の翼」と「九州・沖縄の翼」~リージョナルプラスウイングスと地域創生~
2023年6-7月号
1. はじめに
2022年10月3日、「北海道の翼」AIRDOと「九州・沖縄の翼」ソラシドエアにより、共同持株会社リージョナルプラスウイングス(以下、RPW)が設立されました。その2か月前の同年8月には、ソラシドエアが就航20周年セレモニーを開催しましたが、AIRDOは2018年12月に既に就航20周年を迎えております。新興エアラインといわれていた両社も共に20年以上の歴史を積み重ねてきたわけですが、新型コロナウイルス感染拡大による甚大な影響によって、20年を経て経営体制の大きな変革に踏み切ったことになります。本稿では、AIRDO、ソラシドエアの地域航空会社としての歴史と存在意義、そしてコロナ禍を乗り越えるために共同持株会社を設立した経緯やリージョナルプラスグループとなったことの意義などについて述べたいと思います。
2. 航空自由化と地域航空会社新規参入の意義
我が国の航空行政は、1970年(昭和45年)の閣議了解と1972年(昭和47年)の運輸大臣通達による所謂「45・47体制」の下での免許制により、JAL(国際線・国内幹線)、ANA(国内線)、TDA[東亜国内航空](国内地方線)の棲み分けがなされ、新規参入が困難な競争制限的な政策がとられていました。しかし、1986年に同体制が廃止され、ダブル・トリプルトラック化基準(注1)が緩和され国内線の競争促進が図られると共に、ANAとNCA[日本貨物航空]が国際線定期便に参入しました。更に1997年には国内線におけるダブル・トリプルトラック化基準も廃止され、2000年の航空法改正により路線ごとの免許制から航空運送事業全体に対する許可制となり参入規制が緩和されました。総括原価主義の認可制であった運賃についても、1996年に自主的運賃設定を可能とする幅運賃制度が導入され、2000年には事前届け出制となり自由な運賃設定が可能となりました。このような自由化に伴い、1998年にはスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)と北海道国際航空(現AIRDO)が新規参入し、更に2002年にはスカイネットアジア(現ソラシドエア)も宮崎-羽田線への就航を果たしました。
この自由化の過程では、スカイマークとAIRDOが羽田-福岡、羽田-新千歳などの幹線から参入したこと、大手航空2社が新幹線及び上記2社との価格競争を行ったこと等から、新幹線沿線や幹線のみ価格が低下した局面がありました。このため、特に航空輸送の重要性の高い九州や北海道において、福岡・札幌以外は運賃格差によって観光やビジネス移動で不利となり経済衰退リスクが高まるとの危機感が生じました。地域会社であるAIRDOは後述の再生以降に新千歳路線だけでなく他の北海道路線にも進出したのですが、スカイマークは需要の大きい幹線で安価な運賃による高い搭乗率を狙ったビジネスモデルで幹線に集中していましたので、その結果危機感が強かった南九州において、遅れてスカイネットアジアが誕生したという見方ができると思いますし、スカイネットアジア創業者である米良宮崎商工会議所会頭をはじめ南九州財界の方々も、当時の危機感について同様のお話をされています。
このようにAIRDO及びスカイネットアジアの誕生により運賃競争は北海道・九州の全域に拡大し、現在では競合路線が拡大されさまざまな割引運賃によって競争が促進される状態になりました。昔は数万円で高止まりしていた国内線の運賃が今や1万円を切る場合もあることは、多くの国民にとって自由化の意義が高かったことを示しています。つまり自由化当初は、地域航空会社の新規参入自体に運賃の航空需要に対する価格弾力性を高める等の意義が大きかったといえると考えます。
3. AIRDO・スカイネットアジアの経営破綻と再生
このように新規参入によって運賃低減効果を生み地元に貢献したAIRDOとスカイネットアジアでしたが、航空事業のオペレーションの面では十分なノウハウがなく、先に就航したAIRDOは大手2社との競争に加え米国同時多発テロも引き金となり、スカイネットが就航した2002年6月には民事再生を申請し経営破綻しました。スカイネットアジアも、2002年に就航後、機材不具合が相次ぎ運航が安定せず旅客離れが生じ、2004年6月には産業再生機構の支援を受けることになり、法的整理ではないものの実質的な経営破綻となりました。運賃面で地元に貢献したにもかかわらず、経営面では両社とも地元の大きな心配の種となってしまった面があります。
しかし、地域の翼を残したい地元関係者の努力もあり、両社共にANAとのコードシェア提携と日本政策投資銀行(以下、DBJ)による出資によって再生を図りました。AIRDOでは中型機B767の羽田―新千歳路線での安定的な運用や全路線でのコードシェアの効果により、収支が回復し再生が進みました。ソラシドエアでは、不具合の多かった機材の新造機への全面転換により運航品質や燃費が向上したことに加え、ブランド名・社名をソラシドエアに変更したことによるイメージアップ等も奏功し、利用客は増加し再生が進みました。両社共に破綻後の社員の離職等さまざまな困難もあったのですが、残った社員は運航の安定性向上に加えサービス面でも努力し大きな貢献をしてくれたと思いますし、プレミアムサービス以外ではANA等大手にも劣らない品質となったと考えています。2021年には、ソラシドエアが英国の航空情報会社CIRIUMから定時到着率世界1位(LCC部門)で表彰されるまでになっており、再生努力によって交通機関としての品質面でも地域に貢献できるようになったともいえます。このように両社は、DBJ・ANAの支援を得て、順調に北海道・九州沖縄での路線を拡大し、コロナ禍の前は業績も安定しておりました。
4. 地域航空会社の存在意義―ソラシドエアの地域創生の取組み―
業績が安定した両社は、その後地域航空会社として、さまざまな地域創生に資するような取組みを行ってきていますが、ここでは私が勤務しているソラシドエアの九州・沖縄における地域創生の取組みをご紹介したいと思います。
ソラシドエアでは、業績回復に伴い、就航10周年の節目で「空恋」プロジェクトなどをスタートさせました。「空恋」とは、「空で街と恋をする」とのコンセプトの下で、九州沖縄の市町村や団体と契約し、機体や機内を使って地域の宣伝等を行うもので、原則1年間、機体に地元ゆるキャラや名所・施設等のアピール内容を描いたデカール(巨大なシール状のもの)を貼ったり、機内ではシートポケットへのパンフ等の設置やCAのエプロンの装飾等でも宣伝を行ったりしています。また、「九州・沖縄プロモーター」を謳い文句に、「九州移住ドラフト会議」というユニークなイベントのメインスポンサーを務めたり、スポーツイベントの協賛、地元スポーツ選手のサポート等、運賃や輸送品質以外での地元貢献を目指し地域連携強化に取り組んできました。
特に「九州移住ドラフト会議」は、12の地域を「球団」、募集した36名の移住・交流希望者を「選手」として、数か月にわたりキャンプと称する交流イベントやドラフト指名会議、球団が優勝を争うクライマックスシリーズなど、プロ野球に似せた大変ユニークな移住イベントです。指名されても必ずしも移住しなくてもよいが、必ず交流や球団貢献はしないといけないという点がポイントで、地域に関心のある多くの選手の方が、結局かなり移住や2拠点居住をされているほか、特定の地域に通ってサポートするような新しい交流を生んでいます。また、球団については、自治体自体の参加は認めておらず、地域おこしのリーダー的な方に自治体職員も加わるようなチームが多く、その方々の熱意や行っておられるさまざまな地域創生の取組みは大変勉強になりますし、球団監督をされた方々は地元で会社経営をされているケースが多いほか国会議員や県会議員になられたケースもあり、地域創生の多様なリーダーと繋がれる点も魅力です。このため、ソラシドエアでは、各球団に応援社員を1名ずつ貼り付け(球団の方々もボランティアですので当社社員も大きなイベント以外はボランティア参加ですが)、地域との関係強化を図っています。
また、昨年ソラシドエアが就航20周年を迎えたことを記念して、九州移住ドラフト会議の過去の参加球団からコラボ企画を募集したところ、素晴らしい提案が寄せられ、その中から「ソラシドエコファーム」というプロジェクトを選び、本年5月にオープニングイベントを行いました。熊本県宇城市の宮川将人氏(宮川洋蘭代表)は、増えすぎたイノシシによる農業被害や生態系破壊を防止すべく、農家ハンターを組織化してジビエ商品を製造販売すると共に、ジビエにならない部位を肥料化し耕作放棄地の再生に取り組んでおられ、総務省ふるさとづくり大賞優秀賞など多くの受賞もされている方です。その宮川氏は九州移住ドラフト会議にも参加されており、今回この再生する耕作放棄地をソラシドエコファームとして連携する提案をいただきました。ソラシドエアがアグリツーリズムの目的地としたり、早生桐を植えてCO2削減の一助にしたりと、さまざまなSDGsの取組みをしようというプロジェクトです。移住ドラフト会議のネットワークから、新たな地域創生の取組みが生まれたものと考えており、事業も作物も大事に育てていきたいと思います。
このように、地元に航空会社があるということは、単に運賃がリーズナブルになる、運航品質の高い交通手段があるという効果だけではなく、航空会社と地元が誘客や地元の魅力の発信等で色々な協力ができるはずであり、所謂「地域創生」の観点からも重要であると考えます。少子高齢化の時代には、交流人口や移住者を増やした地域が生き残れる訳ですし、インバウンドを含め観光で経済効果を得ようとしても、独自の魅力の発信や差別化が重要です。再生後のAIRDO・ソラシドエアは、そのような取組みによって地元に貢献し、認知度を上げてきた面があると思いますし、それが地元とのウインウインの関係であり地域航空会社の存在意義だと考えています。
5. リージョナルプラスウイングス設立
このような歴史を辿ってきた両社ですが、ソラシドエア就航20周年の節目で、AIRDOとソラシドエアにより共同持株会社リージョナルプラスウイングス(RPW)が設立され、3社によるリージョナルプラスグループがスタートしました。新型コロナの感染拡大に伴う行動規制とその長期化は、人の移動を3年にわたり大幅に抑制し、交通機関の経営に大きな打撃を与えました。遠方に旅行することが危険視されたため、特に航空会社は非常に大きな打撃を受けました。似通った歴史を持つAIRDOとソラシドエアは、北海道と九州・沖縄が地盤ということで路線が重ならない一方、羽田がオペレーションの中心でありANAとのコードシェア提携を行っている等の共通点は多く、コロナ前から国際線を含む将来戦略の検討に向けた提携を行っておりました。しかし、コロナ禍による危機に際しては、提携の目的を共に生き残ることに変更せざるを得ず、どうやって生き残るかを協議していくなかで、両社の「協業」とそれを実施する体制としての共同持株会社設立を決断しました。羽田にオペレーションセンター機能を置く両社の協業によるコスト削減や、知見を共有し各々の地元と連携していくこと等による増収を図ることが目的です。
両社は各々地元があり、株主も地元企業が多く地元自治体からのさまざまなサポートも受けていますし、航空会社としての免許も各々のものですので、それに付随する発着枠等のステータスも各々で維持する必要があります。コロナ禍から再生するために聖域なきコスト削減に取り組んでいる以上、コストのかかる大掛かりな体制変更は行えません。このようなことから、協業していくとしても、航空会社としては免許もそのままで地元との関係も維持していくことが重要であり、一方で「協業」を強力に進める司令塔も必要になることから、協業推進の司令塔となる共同持株会社を設立したわけです。協業を推進するうえでは、一方にメリットがあるが一方には負担しかないような事項も出てきますが、そのような場合でも利益相反の心配なく協業を進めるには共同持株会社化が必要であった面がありますし、このような体制となることで内外に協業推進を宣言し推進力を生む必要もありました。2022年10月にミニマムの体制でスタートしたRPWですが、その調整機能の下で着実に協業が進んでおり、先行した旅客部門では相互出向により各人が両社の仕事を始めていますし、2024年には整備部門がRPWに集約される予定です。2026年には、協業効果45億円を生み出すこととグループ利益90億円を目標としています。
我々は、過去の歴史を振り返り参考にしたり反省したりしながらも、未来を考えていかなければなりません。両社が培ってきた安全運航や地域航空ネットワークを今後どのように発展させるべきか、大手に準ずる(LCCとは異なる)水準のサービスと運賃のバランスを今後どのように進化させていくか、地元との連携を更に強化できる分野は何があるか、などを共に考え、「北海道の翼」「九州・沖縄の翼」の未来をデザインしていくことが重要です。コロナ禍により、これまで培った利益蓄積は失われましたが経験値は失っていませんし、両社で一緒に未来を考え、ノウハウや知見を持ち寄って新たな良いものを創っていくという姿勢が大事だと思います。そのようなグループの企業風土を創り出し、北海道や九州沖縄の皆さんと共に価値を創り出していく「共創」に向けた活動ができれば、地域航空会社連合としてのリージョナルプラスグループの地域創生に対する意義は、これまでのAIRDO・ソラシドエアの地域との取組みよりも更に高まるものと考えています。航空会社としての「協業」と、地域会社としての地元との「共創」によって、地元に貢献していきたいと考えておりますので、このような地域航空会社の挑戦を応援していただければ幸いです。
(注1)「45・47体制」が廃止された後も、路線毎に2社のダブルトラック、3社のトリプルトラックにするか否かの旅客数基準を設けていたもの。