明日を読む

「家電王国ニッポン」の黄昏

2023年10-11月号

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

ドイツのベルリン市で9月初め、欧州最大の家電見本市「IFA」が開催された。筆者も4年ぶりに取材に訪れたが、コロナ禍を経て市場が一変していたことに驚いた。かつて世界市場を席巻した日本の家電産業が衰弱していたからだ。ソニーやパナソニック、シャープなど見本市の花形だった有力企業は相次いで展示ブースの開設を見送り、主役に躍り出たのは中国、韓国、トルコなどのメーカーだった。「家電王国ニッポン」の姿はどこにも見当たらなかった。
見本市の冒頭に基調講演を務めたのは中国の携帯端末メーカー、HONOR(オナー)のジョージ・ジャオCEOで、厚さが4.7㎜という世界最薄のスマートフォンを発表した。折り畳んだ状態でも通常のスマホと同じ9.9㎜の厚さで、折り畳みスマホで先行する韓国のサムスン電子や米グーグルの製品を凌駕した。
「HONOR」はもともと中国の大手通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)のサブブランドで、米政府による対中制裁を逃れるため2020年に分離独立したメーカーだ。IFAにはこれまでファーウェイが大きなブースを構えていたが、代わりにHONORが同じ場所に大きなブースを開設。転んでも、ただでは起きない中国メーカーのしたたかさに驚いた。
続いて講演したのが中国の大手家電メーカー、Hisense(ハイセンス)のフィッシャー・ユー社長で、サムスン電子に次ぐ世界第2位のテレビメーカーであることを強調した。コロナ禍でも2022年は世界で2800万台の大画面テレビを販売したことを明らかにした。
中国の大手家電メーカー、Haier(ハイアール)現地法人のヤニキ・フィアランCEOも記者会見し、「9年前は会場の片隅に小さなブースがあっただけだったが、今年は3500平方メートルと5年前の4倍に拡大した」と語り、欧州市場における同社の成長ぶりを強調した。
日本メーカーの強力なライバルだった韓国のサムスン電子も中国勢の追い上げに対し「世界ナンバーワンのテレビメーカー」であることを強調したものの、個別の商品を紹介するよりは省エネなどの環境対策を強調、破竹の勢いの中国メーカーより一歩先を行く戦略を訴えた。
残念なのは日本メーカーが急速に存在感を失ったことだ。ソニーは「ベルリンの壁」崩壊後、街中央のポツダム広場に複合施設「ソニーセンター」を築くなど統合を支援し、IFAの見本市でも人気の的だった。しかし今回は真っ白な壁で囲まれた商談ブースを設けただけで、一般の来場者やメディアさえも入場を断っていた。
昨年は環境に配慮した展示で高く評価されたパナソニックも招待客限定の商品展示をメイン会場から離れた場所に行っただけで、目新しい新製品の発表はなかった。シャープも黒い壁で囲まれた商談ブースのみを設け、一般の来場やメディアの取材は受け付けていなかった。
欧州最大の家電見本市で日本企業の存在感がなぜここまで薄れてしまったのか。一つは「ポストコロナ」に向けた日本企業の経営者マインドの緩みが影響しているのではないだろうか。国内の消費市場はコロナ禍からの立ち直りが海外市場に比べて遅く、そうした国内の弱気ムードが経営者の判断をにぶらせたといえよう。
さらに「失われた30年」の言葉に象徴されるように日本企業の内向き志向も見逃せない。日本企業もかつては中国や韓国の企業のように海外志向が強かったが、バブル経済が崩壊した後、国内至上主義がはびこり、海外展開に二の足を踏むようになった企業が少なくない。
家電製品はかつて自動車と並ぶ日本の輸出産業の二本柱だったが、今回の見本市を見る限り、もはやその影はなくなってしまった。家電見本市として欧州で最も古い歴史を持つIFAは来年、100周年を迎えるそうだが、日本の家電メーカーが会場で再び脚光を浴びることはあるのだろうか。日本家電の全盛時代を知る筆者としてはそんな疑問を抱かずにはいられなかった。

著者プロフィール

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員として米ハーバード大学留学。英文日経キャップ、ワシントン特派員、産業部電機担当キャップなどを経て、1996年から編集委員を24年間務めた。2000年から15年間は論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。2019年(株)MM総研代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOM客員教授を兼務。NHK国際放送コメンテーター、東京大学大学院客員教授、法政大学ビジネススクール客員教授なども務めた。1998年から24年間、日経主催の「世界デジタルサミット」の企画・運営を担う。著書に『NTT 2030年世界戦略』『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞社)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)『日本の未来について話そう』(小学館)などがある。