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「異次元の少子化対策」とは何か

2023年6-7月号

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授

4月1日に「こども家庭庁」が発足した。これまで分散されていた子供関連政策の司令塔である。いじめ対策なども所管するが、発足後の最初の重要課題は少子化対策である。岸田首相が年初に打ち出した「異次元の少子化対策」の具体策をめぐり、議論の中心となることが期待される。
足元では、少子化はますます深刻化している。人口動態統計によれば、2022年の出生数は統計のある1899年以来初めて80万人を割り込んだ。少子化が加速すれば、労働力不足は深刻化し、社会保障制度の維持はますます困難になる。少子化対策が政権の最重要課題になることは当然で、まさしく「異次元」の対策が求められる。
しかし、実際に提示された具体策は決して目新しいものではない。児童手当の所得制限の撤廃や支給期間の延長、保育所の利用者の範囲拡大、育休の給付金の増額などである。これらは、財政規模は大きいとはいえ、基本的にこれまで政府の進めてきた少子化対策の延長線上にある。
では、一体何が「異次元」なのだろうか。筆者の見るところでは、その答えは「政策のゴール」である。具体的に言えば、子供を持つことに対する価値観に踏み込んだという点が大きい。
日本では伝統的に子供を持つかの意思決定に政府が介入することへの抵抗感は強く、これまでは子供を産む意思決定そのものには踏み込まないできた。建前としては、個人が「希望する子供の数」を実現できるよう政府が支援をすることで、結果として子供の数を増やすことを少子化対策としてきたのである。それに対し、今回は若年世帯の「将来展望を描きやすくする」ことで希望する子供の数そのものを増加させようとしており、また子育てを重視するように「社会全体の意識」を変えようとしている。いわばタブーを破って、子供を持つように社会を誘導しようとしているのである。
この「異次元」ぶりは、少子化を本当に解決しようとするなら不可避なアプローチであり、歓迎すべき変化である。一方で、現在の政策ラインナップで大きな成果が得られるかを考えると不安を感じる。もともと子供を持つことを希望している人に対して出生への障害を取り除くことと、そもそも子供を持つことを希望していない人に子供を持つ気になってもらうことは全く別であるにもかかわらず、既存の政策の拡張で対応しているからである。
これまでの最も成功した少子化対策は、保育所の整備であった。背景には、女性の社会進出に対し保育所の整備が遅れたために、仕事と子育ての両立が困難となり子供を持つことを希望していても断念するケースが多かったという理解がある。保育所を整備することで希望通りの子供を持てるようにするだけで少子化対策となる状況であった。
ところが、この方向での対策は限界にある。安倍政権の下で進められた待機児童解消加速化プランによって保育所は急速に整備され、現在では保育所不足が最も深刻であった東京ですら保育所の定員割れが発生するほどになっている。つまり、両立困難という理由で子供を断念するケースはある程度は解消されてしまったのである。
これこそが「異次元」の対策が必要となった背景である。ここからは、より本質的に「子供を持ちたい」と希望を高めていく政策が求められる。しかし、そのためには子供を持つかどうかの意思決定の構造を理解する必要があり、難易度ははるかに高い。たとえば、所得水準と子供の数には逆U字の関係があり、所得が一定以上になると所得の上昇はむしろ子供の数を抑制することが明らかになっている。その前提の下では、若年世代の所得を一律で増加させることが有効な少子化対策かは明らかではない。
ノーベル賞経済学者ゲイリー・ベッカー以来、出生選択は経済学でも大きなテーマとなってきた。子供を持つことの意思決定に関する研究も進んでいる。異次元の少子化対策には、一見遠回りでも、その学術的な成果の活用が不可欠である。

著者プロフィール

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授