『日経研月報』特集より

なぜ日本人は英語を話せないのか~実践的な英語学習法とは~

2024年4-5月号

三木 雄信 (みき たけのぶ)

トライズ株式会社 代表取締役社長

多くの日本人は、学校教育での英語学習にかなりの時間を費やしていますが、仕事の場面で英語を話せません。ビジネスのグローバル化が進んでいるなか、実践的な英語力を身に付けるにはどうしたらいいのでしょうか。社会人になってから1年足らずでその英語力を身に付け、科学的な手法で、社会人の英語教育事業に取り組んでいるトライズ株式会社の三木社長に、お話を伺いました。(本稿は、2024年1月16日に行ったインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)

1. 英語教育の必要性

私が真剣に勉強し始めたのは社会人になってからです。社会人3年目、ソフトバンクの入社面接を受けた時、孫正義社長に「三木君、英語を話せるか」と聞かれて「まあ日常会話なら何とか」とごまかして入社しました。その後、孫社長とアメリカ出張に行って、yahoo!共同創業者のジェリー・ヤン氏の前で、孫社長に「これを説明しろ」と言われ、英語を話せないことがばれてしまいました。このままではせっかく転職したのにクビになってしまうと思い、本気で英語の勉強を始めたのです。ありとあらゆる勉強法を研究するなかでこれがベストと思った方法で勉強して、1年ほどで話せるようになりました。その方法は今、トライズの英語教育事業で活かされています。
本社を欧州に移転したとある大手メーカーでは、110以上の国籍の社員が在籍しています。グローバルの多様な力を活かして事業を推進するために、一定の年数をかけて将来のグローバルタレントを育成するプログラムが設けられています。幹部候補として日本人の社員からも一定の割合で養成したいというねらいもあるようです。そこで、英語研修のつなぎ目のような役割としてトライズのサービスをご利用いただいています。
2010年代半ばくらいから、多くの企業が、英語への本格的な取組みの必要性に気がつき、社員の英語教育に本腰を入れ始めました。経営トップが英語を話せるようになった企業もあります。
食品業界をはじめ、もう一度海外市場に活路を見い出したいと経営戦略を転換した企業は増えています。ただし、経営トップがそういう方針を掲げたとしても、教育や組織づくりなどに落としたところで断絶があります。上から掛け声はかかっても現場での育成は思うように進まないケースが多いのです。「海外の企業を買収したから、海外事業のための人材を急いで育成したいので3か月で何とかならないか」というご要請をいただくことがあります。しかし、3か月ではさすがに無理で、最速でも1年はかかります。
2022年末からChatGPTのような生成AIが話題になっていますが、この1年間、トライズでもChatGPTを使った最適な教材づくりに取り組んでいます。日本代表のサッカーチームに、当社がサポートしている選手が数人います。ChatGPTに「サッカーの試合のピッチの上で使う英単語や言い回しをいくつか出せ」と聞くとすぐに答えを出してくれます。また、シチュエーション別に、「トレーナーに足の調子について伝える言い方を100個出せ」と聞いて得られたいろいろな言い回し等を提供しています。あわせて、サッカー選手がリアルに会話できるレッスンによって、選手はすぐに使えるようになります。余談になりますが、今、海外で活躍している日本の代表選手は、英語に加え、ドイツ語かスペイン語を話せる方も多くいます。サッカーもフィジカルな能力だけではなく、チームの戦術を理解することが極めて大事な要素です。その戦術の議論に参加出来ないと、だんだん出番がなくなってくる。そうなると活躍できないということもあって、みなさん大変熱心に取り組まれています。

2. 実践的な英語学習法

次に実践的な英語学習法について、まず私自身の経験からお話しします。まず、3つの方法に取り組みました。「シャドーイング」と、「よく使うフレーズを暗記すること」と、「英会話の実践」です。
まず「シャドーイング」ですが、これは、耳で聞いたフレーズを口真似することで、映画を教材にして徹底的にやりました。映画を丸々1本、全部文字に落とせるぐらい明快にシャドーイングすると、不思議なことにリスニングも出来るようになりました。映画には、いろいろな場面で、いろいろな言い回しが出てきます。それを一通り全部聞けるようになれば、どんなシーンでもだいたい話せるようになります。どんな映画を観るかも大事で、私はソフトバンクにいたので、自分の立場に似ている映画として、マイケル・ダグラス主演の『ウォール街』をシャドーイングしました。「スクリーンプレイ」という、セリフが全部文字起こしされている本を1冊全部覚えるぐらいシャドーイングをしたら、英語が聞けるようになりました。
2つ目は、「よく使うフレーズを暗記すること」です。自分が実際に使うフレーズだと覚えないと困るから覚えられるわけです。そこで、自分がビジネス等で必要となりそうな場面のフレーズに絞って覚えることにしました。そして各場面で使えるフレーズを一つだけ暗記する。例えば「さあ、会議をしましょう」という場面では、「Let’s get down to business.」というようなお洒落な言い方もありますが、自分は「Shall we start?」でいいと決めて、それしか言わない。最初はそれでいいと割り切りました。
3つ目は、「英会話の実践」です。そのため、神田にある神田外語学院の教室に毎朝通いました。その教室のメンバーと一緒に英語学習法を議論して、7人いたクラス全員が話せるようになったんです。今では、オンラインの英会話コースがたくさんあります。

インストラクショナルデザイン

理論的な柱としているのが、米国の教育事業で主流の考え方となっている「インストラクショナルデザイン(Instructional Design)」です。この理論は、一人ひとりのゴールに合わせて最適な学習方法を選択するための理論です。近年、アメリカを中心とした大手企業の研修で採用されています。トライズでは、この理論をすべての学習プログラムに導入しています。ゴールから逆算した学習設計により、効率的にゴールを達成できるメソッドを作り上げました。一般的なステップは、分析(Analyze)、設計(Design)、開発(Develop)、実施(Implement)、評価(Evaluate)の頭文字をとって「ADDIEモデル」といわれています。米軍のためにフロリダ州立大学の教育技術センターが1970年代半ばに開発したモデルです(図1)。

米国でのインストラクショナルデザインの研究は、第二次世界大戦の時のヨーロッパでのノルマンディー上陸作戦が契機です。ノルマンディー上陸作戦では、最初の3日で20万人が上陸して、数か月で200万人が上陸しています。多くの新兵を対象に、いかに効率的に訓練するかという必要性に迫られて、インストラクショナルデザインの研究が始まりました。
日本の企業では研修担当者が、企業トップから、例えば「3年で、200人なら200人、こういう英語のレベルの人材を作れ」と言われて、TOEIC L&Rの目標点数の達成を研修の目的にしています。結局、英語が話せるような人材は増えず、効果のない研修が繰り返されています。最初にインストラクショナルデザインのような手法で、具体的な目標とそれに至る方法、評価方法までを明確に決めて実行すれば、その後は、比較的順調に育成が進みます。また、社員のキャリアパスについても、「あなたたちを将来のグローバルな経営の中のネクストジェネレーションとして育成する」というポジショニングをして、それを本人にも理解してもらったうえで研修を始めます。人事評価の一定部分を英語研修の成績で決める場合もあります。ただ「英語研修を始めました」と掛け声をかけても、うまく進みません。
また、英語研修にかけられる予算には限界があるので、対象者のセグメントを分けるべきです。例えば、普通の新入社員から5年目ぐらいまではアプリ等を使うようなコストを抑えた研修方法で充分だと思います。次にTOEIC L&Rのスコアも上がってきて、将来、海外事業の担当になる可能性が高くなってきた社員には、少しお金をかける。さらに、もうすぐ現地法人のトップに据えなければいけないような社員には、相当お金をかける。半年ほどで、英語でマネジメントや交渉をしたり、場合によってはISO規格について激しく議論しなければいけないというような、ハイレベルな英語力を身に付ける必要のある社員がいたら、その目的に沿ったプログラムを組みます。それぞれのセグメントで投資額に見合う成果を考えて予算投入するフレームワークが必要です。

大人向けの教育法

社会人向けの教育には、通常の学校教育とは違った方法が必要になります。大人になると、その人の過去の経験と結びつくことや、自分が大事だと思うことだけを覚えるようになります。脳の構造上、ニューロンが結びついてものを覚えるのですが、その結びつきが引っかかる先がたくさんあればあるほど、記憶がよく定着します。白紙からものを覚えることが出来る子どもとは、学習方法が違います。ビジネスパーソンになると、自分がこのフレーズを使うかもしれないと思ったらすぐに覚えられますが、使わなさそうなものは覚えられない。覚えた後に、実際に使うことが出来れば、やって良かったと思えるので学習が継続します。

学習方法を具体的に決め、成果を正しく測ることの重要性

当社の英語教育法の研究(注1)でわかったことは、習得に向けて、「どこで」、「だれと」、「何を」、「どうやって」学習するかを具体的に決めることの重要性です。これら4つの要素を事前にどの程度決めているかを数値化して、4個決まってる人や3個決めている人と、1個しか決めていない人の学習成果を比較したところ、多くの要素を決めている人ほど、成果が上がっています。また、成果を正しく測ることも非常に重要です。当社では、ピアソン社が世界的に展開しているスピーキング力を測る「VERSANT」というテストを使っています。VERSANTは、コンピューターやアプリが話しかけてくるのに対してその場で返すテストで、話す力が数値化されます。

1,000時間の学習は必要

これは言っておきたいのですが、実践的な英語の習得には、1,000時間という学習時間がどうしても必要です。アメリカにFSI(Foreign Service Institute)という国務省傘下の外国語教育機関があります。外交官になる人やCIAの人も、そこで勉強します。FSIの言語別の英語習得難易度のランキング(注2)では、日本語は最高難度の「スーパーハード」に分類されていて、習得に2,200時間かかるとされています。習得難易度の背景には、言語間の距離があります。アルファベットを使用する言語やギリシャ語起源の言語であれば、英語との距離が近く、英語を母国語とする人にとっては習得しやすい言語です。例えばフランス語は、普通のアメリカ人は600時間でマスターできると言われています。英語との距離が遠く、英語話者にとって最も習得するのが難しい言語が、スーパーハードというカテゴリーで、アラビア語、北京語、広東語、韓国語、そして日本語もこの中に含まれます。アメリカの外交官になる人たちも日本語を習得するには2,200時間かかると言われていますので、日本人が英語を習得するにも2,200時間かかるのです。多くの日本人は中学・高校で1,000時間、英語を学習していて、大学等を含めても合計1,200時間です。1,000時間、足りません。この1,000時間を補うためには、社会人になって1日3時間として、約1年かかる計算になります。

3. 日本の英語教育

日本の学校における英語教育は、高1までは全然悪くありません。実は、英単語に関しては、基本、3,000語あれば十分で、高1までの課程で身につきます。米国のバイデン大統領のスピーチに使われている言葉が、その3,000語でどのくらいカバーできているかというと、約96%がカバーされています。残りの4%は政治的な専門用語ですので、それぞれの人が自分の専門分野で話すときは、自分の専門分野の知識でカバーすればいいのです。ですから、高1くらいまでに習う3,000語の英単語と文法さえ押さえておいて、あとは自分の専門の分野でプレゼンの実践練習を積めばそれで話せるようになります。日本の英語学習でよくないのは、高2以降も、それまでと同じような一斉講義を続けていることです。高2からは、各人の将来のキャリアパスを考えて、その分野で英語を話す練習を2年間続け、加えて、Netflixなどで英語を聞く習慣を付ければ、大学に入るまでに自分の専門分野のことについて英語で議論できるように必ずなります。
フィンランドでは、それに近い仕組みになっています。フィンランドの母国語はフィン語で、ヨーロッパ系の言語とは何もかもが違うので、日本語と同じように、英語とは非常に距離があります。それにもかかわらず、フィンランド人の英語力は世界ランキングで8位(2022年)です。フィンランドでは、文法は小学生の時に全部教え込まれ、中学生になると、ひたすら自分の好きなことをプレゼンして質疑応答することをしています。フィンランドがもう1ついいのは、英語のまま音声を流す子ども向けの番組が多いことです。英語で音声が流れて字幕がつくので、子供たちは字が読めるようになってきたら、英語で聞いたフレーズと字幕を照らし合わせて、どんどん頭の中で結び付けていくので、自然と話せるようになります。
日本の英語教育の話に戻ると、高2くらいからはクラス単位などでの一斉授業を止めて、学校の先生は、生徒が何になりたいかを一緒に考え、そのために必要な英語習得のゴール設定や教材選びなどの環境設定をすべきです。教材は、動画やNetflixに加えて、先生が分野別に、これはと思うものを生徒に提供します。生成AIを使えば、生徒別に個別最適のプログラムを組み込むこともできます。そのプログラムで生徒が学習し、先生はその成果をフォローするような教育システムができれば、日本人が英語に困ることはなくなります。始めてから10年もかからずに大きな成果が出るはずです。

(注1)2021年10月、第21回日本第二言語習得学会国際年次大会(J-SLA2021)において、英語学習の目標設定とスピーキング力向上に関するTORAIZ語学研究所による研究成果を発表しました。発表内容の概要は以下のとおりです。https://www.dreamnews.jp/press/0000246587/
(注2)アメリカ政府の外国語研修の標準時間については以下のサイトから引用。
https://www.state.gov/foreign-language-training/

著者プロフィール

三木 雄信 (みき たけのぶ)

トライズ株式会社 代表取締役社長

トライズ株式会社 代表取締役社長、一般社団法人日本英語コーチング協会(略称JELCA)代表理事。1972年福岡生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンクに入社。2000年、ソフトバンク社長室長。マイクロソフトとのジョイントベンチャーや、ナスダック・ジャパン、日本債券信用銀行買収、およびソフトバンクの通信事業参入のベースとなったブロードバンド事業のプロジェクトマネージャーを務める。2015年に英語コーチングスクール『TORAIZ(トライズ)』を開始。日本の英語教育を抜本的に変え、グローバルな活躍ができる人材の育成を目指している。主な著書に、『海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる』(PHP研究所)2014、『超高速 PDCA英語術』(日本経済新聞出版)2019、『ムダな努力を一切しない最速独学術』(PHP研究所)2021、『【新書版】孫社長にたたきこまれた「数値化」仕事術』(PHP研究所)2022、『孫社長のプロジェクトを最短で達成した 仕事が速いチームのすごい仕組み』(PHP研究所)2023、等がある。