2022年度 地域シンクタンク研修(第14回)~事業承継で地域の活力を育てる~
2022年12月号
一般財団法人日本経済研究所(以下、日経研)地域未来研究センターでは、全国の地域シンクタンクの調査研究スタッフを対象に、地域の将来像を自らデザインするための発想力・分析力・表現力の向上、ならびに地域シンクタンク間の相互交流の促進を目的とした「地域シンクタンク研修」を2009年度から毎年開催しています。
第14回目となる今年度は「事業承継で地域の活力を育てる」をテーマに実施しました。
経済産業省が全国の都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターを設置しているように、企業の事業承継、とりわけ地方部の中小企業や小規模事業者における後継者問題をどうするかは、大きな課題となっています。一方で、同族企業(以下、ファミリービジネス)の多い中小企業や小規模事業者では、事業承継のタイミングで、経営者が一気に若返ることが多く、新規事業が立ち上がり、さらに地域全体の活性化につながっていくといった例が全国でみられます。
事業承継は、全国各地で取り組むべき課題でもあり、地域活性化に活かすべきチャンスでもある。この視点から、研修参加者の皆様と、事業承継を切り口に企業と地域の活性化を実現する方策を考えるべく、これを本研修のテーマとしました。
研修の講師として、ファミリービジネスの事業承継に関する第一人者である静岡県立大学経営情報学部の落合康裕教授、そして、新潟県佐渡市で120年以上にわたり酒造を営む尾畑酒造株式会社の尾畑留美子専務取締役をお招きし、研究者と実務家のお二人による講義と研修参加者を交えたディスカッションを中心に研修を行いました。
●講義①:ファミリービジネスの事業承継
講師:静岡県立大学経営情報学部 教授 落合 康裕 氏
『ファミリービジネス白書〈2022年版〉』によると日本の全法人企業約260万社のうち約97%、そして上場企業約3,600社のうち約50%が「ファミリーの複数が企業の保有または経営に関与している企業」=「ファミリービジネス企業」ということです。さらに創業から100年を超える長寿企業約2.5万社のうち9割がファミリービジネス企業ともされています。つまり、ファミリービジネスを考えることは、日本の企業の大半について考えることになります。この事業承継が日本にとって大事なテーマである所以です。
上記の『ファミリービジネス白書』の企画・編集を務めるのが、静岡県立大学経営情報学部の落合教授です。落合教授は、経営学の視点から全国のファミリービジネスの事業承継について数多く取材され、その成果を『事業承継のジレンマ』や『事業承継の経営学』でも発表されるなど、事業承継研究の第一人者でいらっしゃいます。
本研修では、「ファミリービジネスの事業承継」と題して、事業承継にかかわる数多くのテーマを整理した講義をしていただきました。ここでは、次の3つに絞って内容をご紹介します。
■ 事業承継とは駅伝リレーである
日本の企業の大半はファミリービジネスである。このファミリービジネスについて経営学の観点から研究しているが、特に事業承継のタイミングにおいてファミリーたる特色が出てくる。
事業承継は駅伝リレーに例えられる。先代が後継者にバトン(事業)を渡し、その後継者が区間を走り抜いて(自分の世代の事業責任を果たす)、いずれ次世代につなぐ。しかし、単に従来の事業を渡せばよい、という訳ではないのが難しい。
なぜなら、先代が走ってきたコースとコンディション、つまり経営環境が異なり、事業も変わっていく必要があるからである。後継者がバトンを引き継ぐときには、経営環境(政治、経済、社会、技術、自然)は大きく変わっている。
特に、技術や自然は変化のスピードが速く、深刻である。例えば、技術であればAIの導入などにより顧客価値が変化している。自然についても新型コロナウイルス感染症の拡大や台風など、いつ来るか分からない甚大な被害がある。先代の頃には発生しなかったことでも、後継者が引き継いだ瞬間に起こる可能性がある。
こうした経営環境の大きな変化への対応方法は、先代が後継者に教えることはできない。先代は経験してこなかったからである。しかし、後継者にはそれらに対応する力を持たせなければならない。先代は、こういったさまざまな経営環境にきちんと対応していく役割を果たすことのできる後継者を育てることが、事業承継において重要である。
■ 事業承継の3つのポイント
このように後継者には、先代とは異なる環境で経営を行う必要が出てくるケースが多いが、誰もが一朝一夕に優れた経営者になれるわけではない。十分な引継ぎ期間と周囲からのサポートが必要となる。
この取組みには3つのポイントがある。
1つ目は「経営者の覚悟」である。後継者がこれから経営を担うという当事者意識=覚悟をどのように高めていくかがポイントである。創業者は経営資源を自ら調達して自分で事業を構築してきたが、後継者は、自ら経営者になることを必ずしも望んでいるわけではない(もちろん望んでいるケースもある)。
後継者が置かれる環境としては、例えば、現経営者との親子で気兼ねのない関係があったり、将来の経営者としての優越的地位と特別な処遇があったりと、社内である程度は自分の思うようになる側面があるが、それに甘えてはいけない。つまり自律が求められる。
一方、同族であるがゆえに従業員から厳しい視線を向けられたり、取引先との関係が固定的であったりと、思うようにならないしがらみ=制約も多い。このような後継者たる人にとって、「自律」と「制約」のジレンマを解消することが引継ぎ期間で行うべきミッションである。
具体的な対応としては、周囲からの視線を活かして仕事の緊張感を高める工夫や、社内の番頭的立場の人材、地域の若手経営者の集まり、外部の専門家などの忌憚なく相談できる「壁打ち相手」を作ることなどが挙げられる。
2つ目は「周囲の承認」である。経営学では組織的受容というが、後継者をどのように周囲に認めさせるかが重要である。これには社内と社外に認めてもらう必要がある。
社内に関しては、後継者を特別扱いせず、後継者に組織の秩序を守ってもらい、経験と年齢の差を古参の社員にも理解させることが必要である。社外に関しては、取引先、株主、銀行など社外の利害関係者に引継ぎながら、時間をかけて後継者に実績を積ませることが必要である。
3つ目は「後継者の独自性」である。先代が経営者の頃から、経営環境が変化した時に後継者が変化に対応できるような社内環境を先代が整備しているかが重要である。
一般的に企業のイノベーションは、子会社や新規事業部門など組織の中心ではない周辺部門で起こることが多い。本社や中心部門では、先代からの慣習やしきたりなどの同質化圧力が強いため、異質のぶつかり合いが発生しやすい新規事業でイノベーションは起こりやすい。
このような視点からすると、後継者の配属先には、会社の次の経営戦略が埋め込まれている可能性がある。後継者が若いうちに、新規事業のリーダーや海外プロジェクトの責任者などに配置されるケースが多いのはこのような理由がある。海外部門などは利用可能な経営資源が制約され、社内の慣習や国内の常識も通じないし、自ら仕入れ先を開拓する必要もある。これは後継者にとってはスタートアップ企業のような疑似体験をすることができる側面もあり、自律的な仕事環境のなかで企業家精神を身に着ける機会にもなり得る。
■ 事業承継はイノベーションのチャンス
「イノベーションは周縁から」という言葉もあるが、後継者が周辺部門でチャレンジすることは、持続的に新たな活力を生み出す企業の仕組みとして重要である。
また、事業承継は、企業だけでなく、その企業が立地する地域にとっても重要である。一例として創業100年以上の長寿企業では、その上位5業種は、酒造、旅館、和菓子、工芸・仏具、料亭・割烹である。つまり、日本各地の歴史や文化に根差した業種であり、地域の核として、その魅力を発信していく重要なプレイヤーばかりである。これらの業種の企業が事業承継を経て、経営を革新していくことは、その活力が地域へ波及し、地域全体の底上げや活性化につながっていく。このような点でも地域のファミリービジネスとその事業承継は、今後も地域の重要なテーマとなる。
●講義②:資源とエネルギーとヒトの循環で地域を元気にする酒造り
講師:尾畑酒造株式会社 専務取締役 尾畑 留美子 氏
ファミリービジネス企業の事業承継は、企業自体の新展開のチャンスであり、さらに地域全体にその効果が広がっていく機会ともなる。これを実現している素晴らしい企業が、新潟県・佐渡島に拠点を置く尾畑酒造(株)です。先ほど酒造業は長寿企業を代表する業種と紹介しましたが、同社も1892年(明治25年)創業の老舗企業です。
同社は世界的に評価の高い銘酒「真野鶴」をはじめとした日本酒を造り、国内外にファンを増やしていますが、酒造だけでなく、廃校となった小学校を「学校蔵」に再生し、佐渡島内外の人々が学び、交流する拠点として運営しています。このような佐渡という地域の魅力を発信する取組みは、島全体にも徐々に広がってきており、世界中から注目を集めています。本研修では、創業者から数えて5代目の蔵元にあたる同社専務取締役の尾畑留美子氏に、事業承継のストーリーも交え、同社のこれまでの取組みと将来についてお話をいただきました。
以下に、尾畑氏のお話をダイジェストでご紹介します。
■ 佐渡島での酒造り
家業である尾畑酒造を事業承継したのは20代後半の1995年です。生まれ育ちも佐渡ということもあり、10代のころから島の外、特に海外への憧れを強く抱いていて、高校卒業と同時に上京し、映画会社でハリウッド映画の宣伝プロデュースをしていました。
東京での仕事は充実していましたが、佐渡に戻り事業を継ぐきっかけがありました。あるとき、4代目蔵元が体調を崩したことから、自らに「人生最後の日に何がしたいか」を問いかけました。その答えはすぐに出てきて、「うちの蔵で、うちのお酒が飲みたい」というものでした。
これを機に帰郷し、家業に入ったものの、10代の頃は好きではなかった故郷を変えたい、蔵を変えたいという思いは、なかなか上手く実現せず悩んでいました。その悩みが晴れたのは、「何も変えられないけれど、唯一自分でできること、つまり『自分』を変えよう!」と思い至ったからです。
それから、率先して新規の販路開拓や海外営業に取り組みました。その結果、アメリカ、台湾、シンガポールなどへの輸出が実現し、2007年には世界的な権威をもつワインコンペティション「International Wine Challenge」のSAKE(日本酒)部門で「真野鶴・万穂(まほ)」が金賞を受賞しました。
このとき気づいたのは、これまで高い品質やおいしさをアピールしてきましたが、お酒の魅力・個性の源には「育った土地」=「佐渡」がある、ということでした。お酒造りの三大要素は「米・水・人」といわれますが、私たちはそこに四つ目の「佐渡」を加え「四宝和醸」を当社のコンセプトに、佐渡の個性を活かした酒造りを追求することにしました。
■ 学校蔵との出会い
「四宝和醸」という視点から見直すと、佐渡はすでに宝の島でした。自然も歴史も素晴らしいものばかりです。とはいえ、全国各地の地方と同じように佐渡でも少子化が進み、小学校が廃校なるケースも出てきています。
その一つが日本海に面した高台にある西三川小学校です。「日本一夕日がきれいな小学校」としても有名でしたが、残念なことに2010年に廃校となりました。
この廃校を酒蔵にしたい、と言い出したのは当社の社長(尾畑氏の夫)です。酒蔵を一つ増やすことが考えられずに当初反対しましたが、実際に現地を訪れてきれいな夕日を目にした時、「これは、やらねばならぬ」と覚悟が決まりました。
2014年、この廃校を酒蔵として再生した「学校蔵」をスタートさせました。ここでは、すべて佐渡産の原料を使用した地域循環型の酒造りを行っています。また、太陽光パネルを設置しており、施設の電気は100%佐渡産の再生エネルギーを使用しています。
この学校蔵という場を活用して、ヒトの交流を生み出す取組みも行っています。その一つが「学校蔵の特別授業」です。「佐渡から考える島国ニッポンの未来」をテーマに有識者を講師として迎え、島内外から参加者が集まり授業を行っています。また、「一週間の酒造りプログラム」を企画して学校蔵での酒造りや佐渡という地域を学ぶ機会を作りました。このプログラムには海外からの参加者も多く、佐渡のファンとなり何度も訪れる人もいます。
このような取組みが評価され、2020年、内閣府「日本酒特区」第一号に認定されました。このことにより製造体験や交流事業を実施しやすくなりました。また、The Japan TimesからThe Japan Times Satoyama & ESG Awards 2020のSatoyama部門で大賞をいただきました。
■ ココから作る未来~学校蔵 第2章~
2020年に新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、誰もが出かけたり、交流したりすることが難しくなってしまいました。佐渡も同じ状況です。
このようななか、私たちは足元(ココ)である佐渡や学校蔵から、あらためて世界を意識した取組みを進めています。例えば学校蔵に宿泊エリアを作り、夜中の仕込み作業も体験できるようにしました。また、カフェテリア・シェアキッチンを作り、地元食材を活かしたメニュー作りなどにチャレンジしています。
そして、酒米作りから日本酒造り、それに必要なエネルギーすべてが里山の環境の中で循環するシステムづくりを追求しています。
いま、世界中で持続可能性に目が向けられています。私たちは、人と自然が共存する場としての里山とその里山で生み出される日本酒の魅力を、日本だけでなく世界に発信してきたいと考えています。さらに、SATOYAMA循環企業=資源・エネルギー・ヒトを循環させるサステナブルブリュワリーとして、世界中の人々やマーケットに発信していきたいと考えています。佐渡から世界につながる産業・仕事は、これからの佐渡の子供たちや若者たち、島外で佐渡に興味を持つ若い人たちにもきっと希望や魅力となると思っています。
■ ファミリービジネス~「企業」と「家業」の違い~
私たちの酒蔵は「継続の経営」を目指しています。一方、大企業の方などとお話しをすると「企業の目的は継続でなく成長である」とよく言われてしまいます。しかし、成長には「拡大」と「成熟」の2つの方向性があります。私たちの酒蔵は地方にある100年以上の老舗企業であり、「拡大」ではなく「成熟」を重視しています。
事業を継ぐ方から相談されることもありますが、その際には「成熟」の観点から、「勝つ必要はなく、負けない戦い方をする」、「東京をゴールにせず、地方の事業者は海外などのブルーオーシャンでプライシング(価格決定権)を握る」、「老舗企業は失敗の宝庫であり、先代の失敗を後継者に残して成功に導くようにする」といったことをアドバイスしています。
ファミリービジネスの観点からは、「(周囲に)理解をしてもらおうとせず、行動で納得をさせるのみ」、「人の顔をつぶさない」、「企業の人事は自ら関わる」といったことが重要だと考えます。
最終的にファミリービジネスの経営を変革していくためには、一世代くらいはかかることになります。長い道のりですが、酒造りとは、地域をつくることであり、結局地域が元気でなければ酒は造れないのです。やはり時間はかかります。
最後に、経営者として重要と考えている3つを紹介します。
1つ目は、「3つのI(Inspiration, Imagination, Information)」です。例えば、子供の頃からオリンピック選手になりたいという選手は、子供の頃に実際に金メダリストに会っていたりします。このように将来を想像するためには本物を見せることが大事だと思っています。学校蔵の授業でもアメリカからインポーターを呼んだことがありますが、これは私たちのような小さな酒蔵でも、佐渡島にいながらでも世界中の人と直接ビジネスができるということを、目の前で高校生に見てもらいたかったからです。
2つ目は「自分を信じる力」です。自分がやっていることを100%信じるのは誰にとっても難しいことです。しかし、私は自分のやりたいことが社会の役に立つことであるという確信が持てた時、信じる力が生まれました。その信じる力が生まれた時に「やっていい」と判断できるのかもしれません。
3つ目は「(まるで)共犯者の存在」です。経営者は孤独な存在です。しかし、自分一人では何もできません。隣で一緒に理想や将来を実現していくパートナーのような存在が不可欠だと思います。
経営者はこの3つを意識しながら、最終的には、従業員が経営者の判断に頼り切るのではなく、自分たちでコントロールできることを少しずつ増やして「自走する組織」をつくりあげていくことが重要だと考えています。
総 評
本研修でテーマとした「事業承継」は、参加者の多くを占める地域シンクタンクや地方銀行の方にとって、それぞれの地域で直面する課題や取り組んでいる業務内容でもあり、研修内では、多くの方にご質問をいただきました。また、研修後のアンケートでも「事業承継について経営的な視点から整理されていて勉強になった」、「地域のシンクタンク・金融機関が地域企業とリレーションを構築・強化するきっかけにもなる内容だった」、「事業承継だけでなく、廃校活用をはじめとした地域活性化のアイデアをもらえた」といった回答が寄せられ、事業承継に対する参加者の関心の高さがうかがえました。
今年度のシンクタンク研修も過去2回と同様にオンラインでの開催でしたが、従来実施してきたワークショップは、オンラインでは参加者間の交流が生まれにくいという欠点があったため、今回はワークショップ抜きの講義のみとしました。その代わり、従来以上に講義とその後の講師とのディスカッション・意見交換の時間を増やすことで、研修内容の充実を図りました。講師のお二方には、あらゆるご質問に丁寧にお答えいただき、大変充実した研修となったことを、この場を借りて、改めて御礼申し上げます。
日経研地域未来研究センターでは、今後も研修内容により一層の磨きをかけて、皆様の地域に役立つ情報提供や研鑽の機会を提供したいと考えています。来年度の開催形式などは未定ですが、ぜひ、今後も地域シンクタンク研修にご期待いただき、奮ってご参加いただきますようお願いいたします。