『日経研月報』特集より

インパクト評価の具体例

2022年10月

桂田 隆行 (かつらだ たかゆき)

株式会社日本政策投資銀行地域調査部 課長

北栄 階一 (きたえ よりかず)

株式会社日本政策投資銀行ストラクチャードファイナンス部 課長 兼 地域調査部 課長

有年 和廣 (ありとし かずひろ)

一般財団法人日本経済研究所 常務理事/SDGs研究センター長

はじめに

2013年のG8社会的インパクト投資タスクフォースによって提唱された「インパクト投資」の概念は、遅まきながら日本においても注目されつつある。内閣府によると、「インパクト」とは「短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の成果として生じた社会的、環境的なアウトカム」のことを指すものであり、その対象は養子縁組やヘルスケアといった社会的インパクトから、CO2削減やネイチャーポジティブに関する環境的インパクトに至るまで多岐に渡る。2022年1月に発足した一般財団法人日本経済研究所SDGs研究センター社会インパクト評価チームでは、さまざまな分野におけるインパクト評価の現状を調査開始しているが、ここでは、スポーツ・音楽・文化領域、インフラ領域、環境領域それぞれにおけるインパクト評価の取組みにつきご紹介する。

1. スポーツ・音楽・文化芸術等交流人口イベントの社会的価値

昨今の新型コロナの影響で、人が密に集まって過ごすことが制限され、“人と人とが集い、感動を共有すること”をその事業の根幹とする、コンサートや演劇、映画、スポーツイベント等の興行は甚大なダメージを被った。これら興行がもたらす“人と人とをつなぐ”という根源的価値は揺らぐことなく、その社会的価値に対する関心はむしろ高まっている。また、新型コロナの影響で、興行を通じた潜在的社会課題の顕在化に加え、新たな課題や潮流も生まれている。
しかし、これら興行の社会的価値を一体的に整理した調査・報告書は、日本ではあまり見受けられないのが現状である。そこで、株式会社日本政策投資銀行(以下、DBJ)では、ぴあ株式会社とともに、「コンサートや演劇、映画、スポーツイベント等の興行を開催することで、鑑賞・観戦を主な目的とした観客をその興行開催場所に集める産業」を「集客エンタメ産業」と定義し、その社会的価値の測定・可視化を試みるとともに、アフターコロナ時代における集客エンタメ産業を活用した新たな地域貢献のあり方についての調査を実施し、提言を行った。

集客エンタメ産業における社会的価値の分析

本調査を実施するにあたり、スポーツの「社会的価値」を、地域に「あつめる」、地域を「つなげる」、地域を「そだてる」の3つに分類し、各項目について可視化・定量化を試みた先行調査をベースに、本調査でも同様の分類による社会的価値の分析に取り組むこととし、以下のロジックモデルを提言した。

① 「あつめる」観点からの社会的価値

集客エンタメイベントの開催により、地域内外からの来場者数が増加し、集客エンタメに触れる機会が増え、アウトカムとしては、地域での消費増加、地域企業の売上増加、これらによる雇用・税収・地域への再投資等が期待される。
ぴあ総合研究所株式会社がチケットぴあ販売実績から分析した結果によると、スポーツイベントは、市内(会場と同じ市)からの集客が30%以上を占める都市が多く、Jリーグのホームタウン制度効果やシビックプライド醸成に貢献している可能性がある。一方、音楽については、スポーツに比べると県外(同一地域内)や他地方からの集客比率が高く、広範囲からの集客がみられる。このように、集客エンタメ産業のジャンルによっても、地域に「あつめる」効果に違いがある。

② 「つなげる」観点からの社会的価値

集客エンタメイベントの開催により、感動を共有できる仲間やその仲間とのコミュニケーションの機会が増え、地域への愛着が醸成され、ソーシャルキャピタルの向上や地域内のコミュニティの強化につながることが期待される。
本調査においては、地域を「つなげる」ために有用と考えられるソーシャルキャピタルおよびシビックプライドに関して川崎市民へのアンケートを実施し、他調査として実施したスポーツ観戦経験の有無と、音楽鑑賞経験の有無によって比較した。
例えば、スポーツ観戦経験・音楽鑑賞経験の有無は、他人との交流頻度や地域活動・ボランティアへの参加等と正の相関があり、これが川崎市(地域・まち)への愛着の高さ、ひいてはソーシャルキャピタルの向上につながっていることが分かった。また、同様にスポーツ観戦経験・音楽鑑賞経験のある人は川崎市(地域・まち)への定住意向も強いことが把握できた。
新型コロナにより、人々の交流が減少し、地域のつながりが希薄化するなか、集客エンタメ産業によるソーシャルキャピタルへの効果を通じて、地域住民の行動を変容させていくことが地方自治体にとって有用であると考えられる。

③ 「そだてる」観点からの社会的価値

集客エンタメイベントに触れる機会が増えることで、ストレスが減り、心身の健全化や子供の健全な成長が期待される(図4)。

本調査結果を踏まえて

本調査により、集客エンタメ産業とイベント開催地域の主要な関連事業が連携することが、地域への来訪者を増やす効果を高め、交流人口の拡大・経済波及効果の拡大・地域のブランド力向上、競合都市との差別化に資するとの結論に至った。質の高いまちを「そだてる」ためには、集客エンタメ産業の経済的価値だけではなく社会的価値に着目して、各ステークホルダーが循環的に取り組むエコシステムを形成することが有用と考えられよう(図5)。

集客エンタメ産業の存在は、社会課題を解決するためのツールとしてだけにとどまらず、数々の社会課題に警鐘を鳴らし、より幸福度が高い社会を形成するうえでも必要であると考える。そしてこれらの取組みを持続的なものとするためには、「価値」を可視化・共有化し、教育プログラム等と集客エンタメ産業との接点のモデルケースを国や自治体・企業によるサポート等も受けながら増やしていくことが必要である。併せて民間資金の導入等を促進する、「サステナビリティ/連携/共創・共感」を生み出す取組みも重要であろう。
本寄稿は、DBJとぴあ株式会社との共同研究「スポーツ・音楽・文化芸術等交流人口型イベント(集客エンタメ産業)の社会的価値」共同調査報告書からの概要抜粋である。DBJホームページのリンク先(https://www.dbj.jp/topics/investigate/2022/html/20220520_203830.html)に他の事例等も紹介した報告書を掲載しているので、ご参考いただけたら幸いである。

2. グリーンインフラにおける社会インパクト評価と資金調達

DBJでは、2017年より、社会資本整備手法であるグリーンインフラに関する調査・研究を行ってきた。本章では、インフラ整備における社会インパクト評価手法の事例と、社会インパクト評価をもとにした資金調達の事例について述べたい。

グリーンインフラとは

グリーンインフラ(以下、GI)とは、国土交通省によると、「自然環境が有する機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用しようとする考え方」と定義されている(図6)。

同省は、2019年にグリーンインフラ推進戦略を策定し、2020年には、グリーンインフラ官民連携プラットフォームを設立しGIの推進を図っている。プラットフォームでは、企画広報部会、技術部会、金融部会の三部会が設置され、実務面での推進が官民共同で議論されている。国土交通省のみならず、農林水産省、環境省においても気候変動対策、環境保全等の分野で同様の取組みが行われている。また、GIを活用した事業分野は多岐にわたり、公共事業、民間事業において、GIを活用したプロジェクトが数多く生まれている(写真1、2)。


GI推進上の鍵となるのが、その効果・インパクトの評価である。GIがもたらす効果は多岐にわたることから、その効果を定量面・定性面で表すことにより、取組意義を示すとともに、整備・管理における資金調達に活かそうというものである。

GIの社会インパクト評価

GIは多様な機能を有するため、導入効果は多岐にわたる。また、効果の発現も直接的・間接的、短期的・長期的、評価手法も定量面・定性面とさまざまである。一般的にはロジックモデルを作成し、それぞれの指標ごとに計測し、評価するケースが多い。
緑地整備による簡易的なインパクト評価のロジックモデルの例が図7である。目的の一つである水害防止としてのGI効果は、比較的計測がしやすく、経済価値換算(被害額の抑止)によるインパクト評価は行いやすいが、コミュニティ形成やWell-beingといったインパクトは評価が難しい。また、経済効果(例えば、周辺小売業の売上増や地価上昇)についても、多くの人がその効果を感じているところではあるが、外部要因による影響も大きく、正確な評価は難しい。

投資誘導につながる便益評価(費用便益分析)には、GIの機能が及ぼす①影響、②効果、③便益を明らかする必要がある。①影響とは、機能に起因して経済社会に生じる変化、②効果とは、ある影響が社会効用に対してもたらす変化、③便益とは、効果を定量的に計測し、貨幣単位に換算したものである。
DBJでは、中央大学と協同して、都市緑地の雨水浸透機能を定量的に評価する調査研究を行った。神田川上流域における都市緑地の雨水流出抑制機能を評価し、原単位法によってその便益と費用を算定した。この結果、緑地整備による雨水の流出抑制(貯留浸透)という単一機能に限定しても、費用対効果が1を上回る結果となった(図8)。緑地がもつ治水以外の機能(気候変動緩和、景観形成、レクリエーション)も加味すれば、費用対効果は更に高まることが推測できる結果となった。

GIの社会インパクト評価を活用した資金調達~環境インパクトボンド~

米国では、GIの社会的インパクト評価を資金調達に活用した、環境インパクトボンド(EIB:Environmental Impact Bond)という金融手法が生まれている。EIBとは、「成果連動型支払い(Pay for Success)の仕組みを利用し、環境プロジェクトへの資金調達を目的に発行される債券」である。
2019年、アトランタ市政府は、GI整備に必要な資金調達にEIBを発行した。GIから得られる効果を定量的に測定し、計画時の目標(評価指標)を上回った場合には、債券の購入者である投資家に追加ボーナスが支払われ、リターンが増える仕組みである(図9)。

GI整備の目的は、洪水防止、ヒートアイランド対策、住民の生活環境の改善、雇用創出など複数にわたる。ただし、評価指標は「GIの雨水貯留能力」の一つだけとしている(GI完成後性能試験を実施)。プロジェクトがもたらす他のインパクトは個別に計測するが、時間がかかるため、ロジックモデルをもとに、前述の雨水貯留能力を満たすGIが完成していれば、その他の効果も達成可能なインフラができあがっている、という考えのもと、プロジェクト全体の評価指標を一つとしている。この結果、投資家や住民にとって明快で分かりやすいものとなっている。
ここから得られる示唆は、インパクト評価手法は重要ではあるが、最終的なインパクトの示し方が重要であるという点にある。評価の科学的根拠や、厳密性が良く議論されるが、その内容や結果を支持する主体は、必ずしも専門家や科学的リテラシーが高い人々ではない。社会インパクト評価を事業推進や資金調達に活用するにあたっては、まずは試行的にでも評価をし、社会に分かりやすい形で問うという姿勢も重要だろう。
アトランタ市の事例では、GIへの投資効果が可視化され、ESG投資家から大きな支持を得ることができ、結果アトランタ市の調達コストを大きく下げることに貢献している。
DBJグループでは、GIにとどまらず、インフラ分野での社会インパクト評価の手法開発とその示し方、そして資金調達手法の開発を進めていきたい。

3. エコロジカル・フットプリント分析

エコロジカル・フットプリント分析とは、「ある一定の経済活動を維持するための資源消費量を生み出す自然界の生産力、および廃棄物処理に必要とされる自然界の処理吸収能力を算定し、生産可能な土地面積に置き換えて表現する計算ツール(注1)」である。その計算方法は、Ecological Footprint Standards 2009にて定められているが、要約すれば、我々人類が生活するうえで必要な要素、つまり、①エネルギー(CO2を吸収する森林面積)、②食料(牧草地・農地・漁場の面積)、③木材利用(森林面積)、④都市化(生産能力阻害地面積)等を面積カウントしたものである。当該面積の合計値が、地球上の利用可能面積(バイオキャパシティ)を上回る場合、我々の生活は地球に負荷をかけ続けているということになる(図10)。

フットプリント分析には、ある商品のサプライチェーン全般におけるCO2排出量を計測するカーボン・フットプリントに加え、昨今では自然資本の領域において、生物多様性に与える影響を計測する生物多様性フットプリント(Biodiversity Footprint)や、ある商品の生産から廃棄までの過程における水の消費量を示すウォーター・フットプリント等が存在する。各フットプリントが個別の商品や活動の影響を特定の領域(CO2や水)においてその影響を計測する指標であるのに対し、エコロジカル・フットプリントは各国や各地域の環境面における負荷を統合的に示す指標であり、かなり特異なものとなっている。

日本のエコロジカル・フットプリント

具体的に日本のエコロジカル・フットプリントを見ていこう(図11)。日本人一人当たりのエコロジカル・フットプリントは約4.6gha(注2)であり、日本人一人当たりのバイオキャパシティ約0.6ghaを大きく上回っている。また、エコロジカル・フットプリントのうちの7割以上がCO2由来のもの(図10ではカーボン・フットプリントと記載)であり、エネルギー利用量が大きな比率を占めることが確認できる。現在、日本においてはカーボンニュートラルの達成が最重要課題となっているがその方向性は間違っていない。

世界との比較が図12である。世界の一人当たりエコロジカル・フットプリントを見た場合、エネルギー利用面(CO2吸収面積)は世界の一人当たりバイオキャパシティの中に収まり切れていない。一方、食料面(耕作地・牧草地・漁業地)は、今後の人口増には耐えられそうもないが、今のところぎりぎり賄える水準になっている。一方の日本は、エネルギー利用面で大幅なキャパオーバーになっていることに加え、食料面においても大幅な赤字となってる。つまり、日本の国土は日本人をサステナブルに養い得るポテンシャルを持っていないといえる。

今後の日本の問題として

ロシアのウクライナ侵攻により、図らずも日本のエネルギー問題と食糧問題(更には防衛問題)が急浮上することになった。表面に現出する要因としては、LNGや小麦の輸入価格の問題ということになるが、より根本的な原因は、日本の国土が日本人を支えることができなくなっているという可能性である。将来、欧米人は必ずこの点を倫理的に突いてくる。我々日本人はその備えができているだろうか。莫大な金銭で贖うのか、生活様式を変えるのか、人口を減らすのか。いずれにしても茨の道である。
なお、エコロジカル・フットプリントは一般的にエネルギーと食糧の問題を取り上げるケースが多いが、我々が考えるべき「地球としての限界」は他にも数多く存在する。本月報26ページ(梅田靖教授「サーキュラー・エコノミーが拓くビジネスの可能性」)には「プラネタリー・バウンダリー」の図が掲載されているが、窒素循環やリン循環の問題が次の限界候補として控えている。残念ながらこれらの分野でも、日本が海外に負荷を押し付けている状態に変わりはない。いずれの問題も、各国毎に排出量等の枠が設定され、最も海外に依存している日本が依存分に見合った補償を行うという形をとることになる可能性が高い。宿題はまだまだ続きそうだ。

おわりに

今のところ有効なインパクト評価基準は、気候変動の分野における「CO2削減量」を除いては存在しないように見受けられる。しかしながら、全世界共通で比較的計測も簡単である「CO2削減量」的な指標が存在することは極めて稀である。インパクト評価は、時間軸及びエリアの両面においてメッシュを細かく設定し、地道に計測する必要がある。
今回ご紹介させていただいた3領域におけるインパクト評価の具体例は、現状では未だ検証途上であり、有効な指標と見做されるようになるには課題も多い。しかしながら、このようなボトムアップの取組みの積み重ねが、「CO2削減量」的な明確な共通指標が存在しない領域におけるインパクト評価の形成の一助になると考えられる。ESG投資からインパクト投資へとシフトする世の中、すなわち、経済的価値より社会的価値をより重視する世界に移ろいゆく世界において、現時点からインパクト評価の試行錯誤を行い、日本あるいはそれぞれの地域において知見を積み重ねることが必要ではないだろうか。
(本稿の1章を桂田隆行、2章を北栄階一、3章を有年和廣が執筆した。)

(注1)マティース・ワケナゲル、ウィリアム・リース著、和田喜彦監訳『エコロジカル・フットプリント』
(注2)gha はエコロジカル・フットプリントの単位。ここでは、日本人一人の生活水準を維持するために約4.6haの土地(利用可能面積)が必要であることを意味する。

著者プロフィール

桂田 隆行 (かつらだ たかゆき)

株式会社日本政策投資銀行地域調査部 課長

1999年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。現在は地域調査部にてスタジアム・アリーナを活かしたまちづくりや日本のスポーツ産業市場についての企画調査等を担当。全国各地のスタジアム・アリーナ整備関係の検討委員会等に参画しているほか、スポーツ庁INNOVATION LEAGUE CONTEST審査員、経済産業省地域×スポーツクラブ産業研究会委員、さいたま市スポーツアドバイザー、松江市スポーツ政策アドバイザー、早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員等を務める。

北栄 階一 (きたえ よりかず)

株式会社日本政策投資銀行ストラクチャードファイナンス部 課長 兼 地域調査部 課長

2005年日本政策投資銀行入行。都市開発部、関西支店都市開発課、地域企画部などを経て現職。国内外のプロジェクトファイナンス、ソーシャル・インパクト・ボンドなどを担当。国土交通省グリーン・インフラ官民連携プラットフォーム 運営委員・金融部会長。共著に『実践版!グリーンインフラ』(日経BP)。九州大学農学部、東京大学大学院工学研究科修士。

有年 和廣 (ありとし かずひろ)

一般財団法人日本経済研究所 常務理事/SDGs研究センター長