バリューフォーマネーからバリューフォーソサエティーへ ~PPPにおける社会的価値の創出~

2022年6月号

難波 悠 (なんば ゆう)

東洋大学大学院 教授

1. 社会的価値をテーマにPPPフォーラムを開催

東洋大学では、1月末と2月初旬に「社会的価値とPPP」と題した第16回国際PPPフォーラムをウェビナー形式で開催した(注1)。欧州、北米と時差の異なる地域とをつなぐため、2回に分けての開催となった。ゲストスピーカーとして「欧州編」では英・ウェールズ財務省のスティーブ・デイビス氏と、国連欧州経済委員会(以下、UNECE)のPPP専門家会議で「People-first PPP(人を中心としたPPP)」のケーススタディの責任者を務めたペドロ・ネヴェス氏、さらに日本からは内閣府PPP/PFI推進室参事官の福永真一氏、「北米編」では全米土木協会等とともにインフラの持続可能性評価ツール「Envision」を開発したInstitute for Sustainable Infrastructureのメリッサ・ペニキャド氏、また、米国や中南米で災害復興等を中心にPPPに取り組んでいるデイビッド・ドッド氏、日本からは国土交通省社会資本整備政策課政策企画官の成田潤也氏にご参加をいただいた。両日ともに、PPPによってどのように社会に付加価値を与えていくのか、そこで発生する追加費用をだれが負担するのか、インフラの整備に当たって環境性能や防災性をどのように評価し担保するか、これらの要素を計画や資金調達に活かしていくにはどうしたらよいかといった点について議論が行われた。
「社会的価値」というのは、現在のPPPにおける国際的な議論のホットトピックスの一つである。それは、一つには「持続可能な開発目標(SDGs)」のゴール17には「パートナーシップで目標を達成しよう」が掲げられ、これまでの政府間(G to G)を中心とした国際援助よりも多様なプレイヤー、民間資金を含む多様な資金の活用の必要性が認識されているためである。さらに、コロナウイルスの感染拡大が社会的弱者に対してより大きな影響をもたらしているといわれることから、PPPを含む公共投資が社会にとってより大きな価値をもたらすようにすべきという認識があるからだ。

2. SDGsを都市、プロジェクトで実践するには

「欧州編」では、SDGsの精神、各ゴールをどのように都市やプロジェクトの中で実現していくかというような点が一つのテーマとなった。ネヴェス氏からは、全世界で共通の目標として「People, Planet and Prosperity(社会、環境、経済)」が掲げられたSDGsは、新しいスポーツのようなものであり、ゴール16「平和と公正をすべての人に」が世界共通のルール、そしてゴール17のパートナーシップがプレイヤーであるという説明がなされた。各都市、自治体がSDGsを自治体のビジョンと統合させて進捗管理をする方法の一つとして、ボランタリーローカルレビューと呼ばれる取組みの事例が紹介された。
英・ウェールズでPPPの推進に取り組むデイビス氏からは、「相互投資モデル(MIM)」と呼ばれるPPP手法で採用されている「コミュニティベネフィット」の取組みが紹介された。ウェールズでは、将来につけを回さずに経済の繁栄、平等性、文化の保護等を進める「将来世代のウェルビーイング法」が制定され、政策等はこれに紐づいて立案される。MIMも同様で、各プロジェクトで特に「雇用」「産業育成」「教育」につながる項目を要求水準等で定め、未達の場合にはサービス購入料から減額をする仕組みになっている。民間事業者から新しい価値の提案も可能となっており、民間事業者からは複数の学校等の整備に合わせて計3万本もの木を植える計画や、経済的に不利な地域に整備される高速道路の工事に地元事業者が参画できるようにするための訓練等の提案があったという。ウェールズでは、コミュニティベネフィットを要求することによって従前よりもインフラ整備費用が少し割高になることも織り込み済みで、それらは「社会にとって必要な投資」と位置付けられているという。
日本のPPPでは、法的な枠組みや調達の枠組みとしては規定されていないものの、事業者選定の際の総合評価の中で「価格」「技術」だけでなく地域経済への貢献や環境性能、災害時の取り組み等が評価されている。

3. 持続可能性、強靭性を計画、資金調達から考慮

一方の「北米編」では、持続可能性・気候変動対応や強靭性をインフラ整備の際に考慮するための動きが中心に話し合われた。ドッド氏からは、近年「強靭性に対する1ドルの投資で4ドルの経済損失が抑えられる」という認識から、開発銀行、保険業界、NGO、慈善団体による自治体等への投資のあり方が検討され始めているのが米国の状況であると説明があった。例えば、4Ps(Public Private Philanthropic Partnerships)の取組みとして、ハリケーン・カトリーナの後の病院の強靭性向上に当たって、連邦政府と州政府だけでは賄いきれなかった費用をヘルスケア財団が拠出してPPPが行われた事例や、防災性の高い低所得者向け住宅の整備事例等が紹介された。加えて、災害に脆弱な地域の住宅開発等が保険会社の損失にもつながることから、保険会社が積極的に強靭性向上の投資等に参加するようになっているという指摘もあった。
ペニキャド氏から紹介されたEnvisionという枠組みは、米国の公共事業協会、土木協会、大学等と共同で開発されたもので、特に土木インフラを計画する際に環境性能、防災性能を包括的に評価し、適したプロジェクトの選定、計画、設計、建設、運営を行えるようにする。ニューヨーク州は公共事業の計画にこの枠組みを組み込んでいるという。「生活の質」「リーダーシップ」「資源の利用」「自然環境」「気候変動と強靭性」という5つのカテゴリに計64の指標が定められ、プロジェクトに適した指標を当てはめて評価を行い、進行の管理や市民とのコミュニケーションツールとしても使われている。また、第三者認証による評価等も行われているという。
日本は、防災性の面では世界から見て進んでいると考えられている。一方で、老朽化、財政制約のなかでプロジェクトの選定、企画段階から総合的に評価するような仕組みが必要性も感じられた。建築物の環境性能の評価に使われているCASBEE(建築環境総合性能評価システム)のようなものを土木インフラにも拡張していく必要性も話し合われた。

4. People-first PPP

国連の中でPPPの推進に取り組んでいる機関の一つであるUNECEでは、SDGsに寄与するPPP事業を目指すためにPeople-first PPP(人を中心としたPPP)という概念を打ち出し、それを受けてプロジェクトの評価手法等の話し合いを進めている。
国連自身がSDGsの達成を目指し、そのなかでパートナーシップの重要性を訴えているのであるから、PPPの推進に向かって動き出しているかといったら、そうでもない。これまでに世界で実施されてきたPPP事業の中には、経験豊富で強欲な民間企業が経験に乏しい政府や途上国の公共インフラ利用者を食い物にするようなプロジェクトも少なくなく、国連内部からもPPPに対する懐疑論が噴出していた。例えば、南アフリカに囲まれた小国レソトで行われた病院PPPがやり玉に挙がった。世界銀行の参画を得て行われた同事業は、途上国のインフラ不足を解消する投資リターンの高いプロジェクトとして当初はもてはやされていたが、同PPP病院へのサービス購入料の支払いが国家保健予算の半分を占めている状態が明るみに出て問題視されることとなった。バリューフォーマネー(VFM)やリターンの高さが必ずしも国や社会全体にとってよいプロジェクトとは限らないことを端的に示す事例ともいわれている。
この10年ほどは、途上国だけでなく英国をはじめとした欧州でも、PPPに対する懐疑論が高まり、PFIの発祥の地である英国は2018年に新規のPFIを中止するに至った。そういった状況下で提唱されたPeople-first PPPは、VFM重視で経済性一辺倒のPPPのあり方から軌道修正を図り、バリューフォーソサエティー(VFS)、バリューフォーピープルを考えていこうという試みである。
People-first PPPでは、以下の5つの原則が掲げられている。

①アクセスと平等性
②経済効率性と財政の持続可能性
③環境の持続可能性と強靱性
④応用性、拡張性
⑤ステークホルダーエンゲージメント

この原則を基にしてプロジェクトを評価するためのツール(注2)開発が数年間にわたって進められてきている。各原則に関連する4~5個の「基準」とそれに関連した「指標」(合計約100指標)がプロジェクトチームによって定められた。この間にはさまざまな議論やその時々の話題が盛り込まれた。
例えば、②の経済効率性と財政の持続可能性という原則は、元々は「経済効率性」だけだった。しかし、それでは従来のVFM重視の姿勢と変わらない。VFM的な経済効率性はもちろんPPP事業の大前提であるが、それ以外にも公共投資の無駄の削減や効果の最大化に必要な要素が追加された。例えば、汚職が行われている国・事業では公共投資の効果はゆがめられてしまう。このため、汚職が行われた事業は自動的に失格となる(②の原則の他の基準を満たしていても0点)。また、上記のレソト病院PPPのように、延べ払い型のPPP事業によって長期的に財政の硬直化が取り沙汰されたことで「財政の持続可能性」が付け加えられた。さらに、中国が“PPP”によって「一帯一路」計画を進めているとされるなかで、大型インフラ建設に従事する労働者や使用される資材が中国人・中国製品に独占されている状況を問題視する声、先進国の企業が事業に参画すると途上国の実情からはかけ離れた技術が採用され地域のサプライチェーンが活かされないこと等を受けて、地域の雇用創出、地域の実情に合った技術の採用や技術移転といった項目が指標として盛り込まれた。
UNECEの構想では、この評価ツールを活用したプロジェクトの認証制度や資金調達の際に役立てること等を検討しているものの、現在のところはプロジェクト準備段階でのガイドツールとするのが有効な使い方だと考えられる。なお、2021年にこの評価ツールを用いて実際のプロジェクトを試験的に評価するコンペが行われ、本学が関与した「フィリピン・カラガ地域」が第二位、「岩手県紫波町」が特別賞を受賞した。

5. 「People-first」実装の取組み

国際PPPフォーラムで紹介されたウェールズのコミュニティベネフィットの取組みは、まさにこのPeople-first PPPの一つの形態といえる。国(地域)の法、政策と整合を持ったPPP制度が整備され、その要求水準、事業者選定、契約、支払いが連動している形だ。また、従来英国内で行われていたPFIでは民間がもうけ過ぎていたり情報開示が不足していたりという問題意識に基づいて、ウェールズ開発銀行がSPCに20%程度出資することで事業の情報開示や透明性を高めることや、契約変更時のルールの明確化等の改善も図られている。
このほかにも、PPPに限らず、社会的価値を重視する新しい取組みの事例を紹介する。英国では、コロナウイルスの感染拡大による経済的な停滞からの復興を加速させるため、一定額以上の公共事業やPPP等の主要案件を入札にかける際に事業の追加的な価値である「社会的価値」を評価する社会的価値モデルを導入した。このモデルでは、「コロナからの回復」「経済的不平等の是正」「気候変動対策」「機会の平等」「ウェルビーイング」の5つのテーマと8つの政策アウトカムを定めている。英国政府は、これらのアウトカムを達成できるよう事業者選定のモデル選定基準等も公表し、事業者評価の概ね10%をこれらの項目の評価に充てることを求めている。モデル選定基準には、コロナによる失業者への機会の創出や中小企業や労働者への支援、社会的弱者や障害者の雇用、雇用者の心身のウェルビーイング向上や地域コミュニティへの貢献等について、事業者選定時の参考評価項目や評価方法等の案が示されている(表2)。
また、英国は、2021年9月30日以降に年間500万ポンド以上(約8億1700万円。1ポンド=約163.5円)の中央政府の公共事業の入札に参加する全事業者に二酸化炭素排出量の把握と削減計画の作成を求め、2050年までのネットゼロ達成へのコミットメントを義務付けた。事業者選定の評価時以前に、ネットゼロにコミットしなければ入札への参加資格すら得られないという思い切った対策である。

6. 日本のPPPと社会的価値

前述したとおり、日本のPPPにおいては既に、総合評価の要素として価格と技術だけでなく、地域雇用の創出や環境性能の向上、地域資源の活用、防災性向上や災害対応、市民見学会の開催等が盛り込まれていることが多い。これらの項目に対する配点の割合も合計で10%を超えている場合もあり、ある意味では進んでいるともいえる。
その一方で、上位の国家ビジョンや政策目標との連動性、対外政策と国内政策との一貫性といった面ではやや弱い面もある。例えば、国が掲げる地方創生、2050年カーボンニュートラルや行政のデジタルトランスフォーメーションといった課題が、PPP/PFIを含む公共事業、公共サービスで達成される方向へ向かっていく必要がある。そのためには、各事業の実施を検討する際、国や自治体の上位計画や政策との整合性を確認し、その政策アウトカムに資するアウトプットを事業の中で達成するように事業を構築するためのステップが重要だろう。加えて今後は、日本政府が対外的に掲げている「質の高いインフラ投資に関するG20 原則」のような指標を国内に展開するとともに、日本国内のPPP/PFIの取組みを対外的に広めていくことも必要ではないだろうか。

(注1)フォーラムの資料は以下に掲載している。(https://www.toyo.ac.jp/research/labo-center/pppc/society/forum/
(注2)最新版のツールは以下からダウンロードが可能(https://unece.org/eci/documents/2021/11/presentations/people-first-ppp-evaluation-methodology-sdgs-self-assessment

著者プロフィール

難波 悠 (なんば ゆう)

東洋大学大学院 教授

東洋大学大学院教授。東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻修了。建設系の専門紙記者、東洋大学PPP研究センターシニアスタッフ及び同大学大学院非常勤講師、准教授を経て、2020年より現職。