『日経研月報』特集より
~コモンズの今日的な意味を求めて~(第4回・最終回)
コモンズを巡る旅(第4回・最終回)
2022年11月号
1. はじめに~「不易流行のコモンズ」
本シリーズ最終回となる本稿では、コモンズ(共有地)の今日的な意味について考察する。まずは、これまで巡ってきた英国のコモンズについて私なりの総括を試みたい。第1回で取り上げたロンドン近郊にあるウィンブルドン・コモンは19世紀に大きな転換点を迎え、自治組織が管理する、市民のための散策や行楽の場となった。第2回で取り上げたラニーミードはナショナルトラストが管理する歴史的観光地兼行楽地となっている。他方、第3回で取り上げたニューフォレストのNFNコモンズはそのあり方に多少の変化はありながら、数百年という長期間にわたってその基本的な仕組みを維持し、動物の放牧などの活動を継続している。このように異なった歴史や特徴を有する英国の多様なコモンズを、本稿では「不易流行(注1)のコモンズ」というコンセプトで総括する。「不易」は変わらずあり続けること。そしてもう一つの「流行」は時代に合わせて柔軟に適合していくこと。この2つが、本シリーズで取り上げた英国のコモンズにどう反映しているのかをみてみよう。
2. オストロムの「コモンズの8つの設計原理」と「不易」のコモンズ
英国におけるコモンズの大まかな変遷を図1に示した。コモンズにとって最初の試練はコモンズの適切な管理である。適切な管理がなされない場合には、ガレット・ハーディンが「コモンズの悲劇」として表現したように、利用者たちが競い合って牧草や薪炭などの資源を消費し尽くしてしまう。または資源の管理には協力せずタダで利用する者(いわゆる「フリーライダー」)が出現して資源が奪われてしまう。また近代になって市場経済化が進んでくると、コモンズを囲い込んで農地や産業用地、さらには住宅用地などに転用する動きも広がった。このようなリスクを数百年という長い期間にわたって回避し、昔ながらの姿に近いかたちで運用し続けているのがNFNコモンズだ。2009年にノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムは、1990年に出版した著書『Governing the Commons』の中で、持続可能なローカル・コモンズに求められる8つの設計原理を示している(表1)。このオストロムの設計原理に照らして、NFNコモンズがなぜ長期間存続できたのかを確認してみよう(注2)。
まず①「範囲の明瞭性」については、NFNコモンズでは代々引き継がれてきた土地台帳によって、コモナーズ(注3)としての権利を有する土地が明確になっているため、利用者の範囲は明瞭である。また権利の確認が必要な場合には、住民は管理官に依頼して自分の土地がその権利を有しているかどうかを調べてもらうことができる。②「ルールの整合性」については、コモナーズは放牧しているポニーの頭数に従って飼育者に費用を支払うこととされており、利用と負担の整合性について一定の考慮がなされている。③「利用者によるルール設定」、④「適切なモニタリング」および⑥「利害調整メカニズム」については、コモナーズが管理・運営に参加できる管理委員会(Verderers’ Court)という長い歴史を持つ組織(注4)があり、ルールの設定や利害の調整をする役割も担っている。この管理委員会は、コモナーズの自主性と行政機関などの関与を上手に組み合わせる仕組みであり、運営の仕方によって⑤「制裁・罰則が段階的」および⑦「管理の自主性」の設計原理を満たすことができる。
また、NFNコモンズは国立公園に指定されていると同時に、所有形態として王室領、個人所有地、そしてナショナルトラストの管理地も含まれるなど、複雑に入り組んだコモンズとなっている。そのため、行政機関、王室領管理者、国立公園の管理者など複層的な関与が望ましく、その意味で広域的なコモンズに求められる⑧「入れ子構造」の設計原理が特に重要であり、実際に管理委員会の構成や資金支援などの仕組み(注5)においても複数の関係者が関わっている。管理委員会のあり方など、時代に応じて柔軟に変化してきた部分もあるが、オストロムの設計原理に則して管理手法を大切に守り通してきたからこそ、変わらないコモンズの自然環境や放牧の慣習が維持されている(「不易」のコモンズ)と考えられる。
3. “Common land”(共用地)への転換と「流行」のコモンズ
(1)英国コモンズの近代史
19世紀前半になると、コモンズを囲い込むプロセスを迅速化するための法律が整備され、コモンズの囲い込みが急速に進行した。他方、人々の日常生活においても市場経済化が徐々に進み、生活の糧を得る場としてのコモンズの経済的価値は大きく低下していった。そのためコモンズの囲い込みに対する人々の抵抗は、当初は大きくなかった。しかし、19世紀後半になると状況は変わる。特にロンドンのような大都市の近郊において人々のあいだで健康のために散策し、またスポーツを楽しみたいというニーズが広がるようになると、コモンズを守ろうという活動が始まった。それを先導した組織の一つが、1865年に設立されたThe Commons Preservation Society(「共用地保存協会」(注6))である。当協会の保全活動の最大の成果の一つが第1回で取り上げたウィンブルドン・コモンであり、当初は都市近郊、特にロンドン近郊のコモンズを中心に展開された。しかしその後、保存の対象は農村など地方のコモンズにも広がっていき、その一つが第3回で取り上げたNFNコモンズである。
この共用地保存協会はコモンズの保存活動をしている人々に対してアドバイスを提供し、保存活動のための組織の設立を支援し、さらに訴訟活動のための資金集めなどを行った。ただし、英国全体に広がるコモンズの土地を買い集めるだけの資金力はなく、コモンズの土地を(寄付を含めて)取得する役割は1895年に設立されたナショナルトラストが引き受けることになる。その意味では、当初の保存活動は資金的事情もあり、共有(共同して所有する)ということよりもむしろ共用(共同して利用する)という観点に焦点が当てられた活動であったといえる。
19世紀末の段階でコモンズの正確な統計は存在せず、およそ200~225万エーカーという数値が英国議会に報告されている。その後1956~1958年の調査では約105万エーカー(イングランド全体面積の約3.3%)とされているが、これは正確性に欠ける数値であったようだ。ようやく1965年にCommons Registration Act 1965が制定され、1970~80年代にかけて統計が徐々に整備されていった。現在英国においてコモンズは“Common land”(共用地)として各自治体に登録(“Register of Common Land and Village Greens”)されており、その登録事項の中には共用地において行使できる権利(散歩などの行楽、および乗馬などのスポーツなど)が含まれている。土地の所有者は主に、地方自治体(注7)、個人、またナショナルトラストなどのNPOである(注8)。現状その制度により登録されている英国イングランドおよびウェールズにおける共用地(2000年調査(注9))は7,039箇所、約90.8万エーカーとなっている。ここで議論の整理のために、不易流行のコモンズを示した図1に、現代の英国におけるコモンズの変遷を加えて図2にまとめた。なお、上記登録制度において“Commons”ではなく“Common land”という別の呼称が使用されている例に倣い、現代の英国のコモンズを「共用地」と表現した。その共用地にはウィンブルドン・コモンのような都市型共用地とNFNコモンズのような農村型共用地の二つのタイプの共用地が含まれる。
(2)現代英国の共用地の特徴
現代の英国の共用地の特徴は表2にまとめた通りである。ここで強調したいのは⒟と⒠である。⒟は、登録制度というルールのもとで、実際の利用方法は個別の事情に応じて柔軟に設定できる点が特徴である。そしてもう1つ重要な点であり、かつ誤解され易い点が⒠である。誰に対してもアクセスを認めている公共の場所とは異なり、共用地には個人や企業なども含めて所有者がいて、あらゆる人に対して無制限な活動を行う権利を認めているわけではない。つまり所有者に対して利用の排除性を緩和して「緩い所有権」を認めてもらい、それと同時に利用者に対しても制約のある「緩い利用権」を認めている点は、今後のコモンズのあり方を考えるうえで重要である。
(3)現代英国の共用地の類型
次に、図2で整理した現代英国の2種類の共用地である都市型共用地(代表例:ウィンブルドン・コモン)と農村型共用地(代表例:NFNコモンズ)を、2つの観点から分類する。1つ目の観点は、共用地の利用者が限られているかどうか(利用の排除性の強・弱)であり、2つ目の観点は、共用地を利用することにより有限な資源が枯渇してしまう可能性が高いかどうか(資源の枯渇性の高・低)、である。この2つの観点で整理してみると、表3に示したように4つのケースに整理できる。
左上のケースは、牧草など資源の枯渇性が比較的高いが、他方で土地台帳などによって利用者の範囲が明確になっている(利用の排除性が強い)農村型共用地(NFNコモンズなど)である。それに対して、右下のケースは、散策や行楽などの利用が主であることから資源の枯渇性は比較的低いが、利用者の範囲は不明確にならざるを得ない(利用者のチェックが難しく利用の排除性が弱い)都市型共用地(ウィンブルドン・コモンなど)である。残る2つのケースのうち、資源の枯渇性が高いにも拘わらず利用の排除性が弱い左下のケースでは、オストロムの設計原理が働かず、ハーディンの「コモンズの悲劇」のように共用地は崩壊してしまう。そして資源の枯渇性が低い右上のケースでは、利用者を排除するための管理コストをかける意味も少なく、またその管理コストを回収するのは難しい。このように整理してみると、都市型共用地と農村型共用地とでは、利用の排除性と資源の枯渇性という2つの観点で設計原理の前提が大きく異なっており、そのため持続可能な設計原理も当然異なってくる。時代によっても、また前提条件によっても変化する「流行」のコモンズである。
4. コモンズの最近の動きから今日的な意味を考える
最後に日本を含め、コモンズに関する近年の動きからいくつかの事例をご紹介しつつ、改めてコモンズの今日的な意味を考えてみよう。なお、最近のコモンズを巡る議論の中には自然資産だけでなく人工的な資産を対象とする事例もみられる。例えば、医療データなどのビッグデータを対象とした「データコモンズ」などである。しかし、ここでは自然資源に対象を絞り、その中で次の2つの事例を取り上げる。1つ目は、オストロムが『Governing the Commons』でコモンズの最初の事例として取り上げた地下水を巡る動向である。2つ目は、英国で共有地から共用地への転換点となった都市型のコモンズに関する日本の最近の事例である。
(1)地下水を巡る議論
地下水に関しては世界でも従来から公水論と私水論の議論があった。それは個人などが所有している土地の地下を流れる水に対して、その土地所有者の権利が及ぶかどうか、という議論である。世界での流れは1967年の欧州水憲章(European Water Charter(注10))のように、地下水を公共財として扱う(公水論の)潮流になってきている。日本においても2014年に「水循環基本法」が制定され、その第3条第2項において、「水が国民共有の貴重な財産であり、公共性の高いものであることに鑑み、水については、その適正な利用が行われるとともに、全ての国民がその恵沢を将来にわたって享受できることが確保されなければならない」と規定されている。このように地下水を含めた水という資源の公共性が認められて同世代の国民の間で適正に共用するとともに、将来世代とも共用できるよう管理すべきという考え方が示された。人類が生態系に大きな影響を与える時代として人新世と表現されることもあるが、将来世代を意識するコモンズの持続的管理がますます求められている。
さらに2022年6月、地方自治体の境界を越えて流動する地下水の特性に鑑みて「水循環基本法」の一部見直しがなされた。環境省は、地下水に関する健全な水循環の維持回復のためには、国および地方公共団体において地下水マネジメントの取組みを一層進展していくべきとされ、それには事業者および国民も協力する責務がある、とした。これはまさに広域的なコモンズに求められるオストロムの設計原理⑧「入れ子構造」で示された通りであり、関係者間の連携の巧拙が問われることになる。
(2)日本のナショナルトラスト運動の事例
都市近郊の自然環境をコモンズとして守ろうという活動は近年の日本でも始まっている。それは1964年に日本におけるナショナルトラスト運動の嚆矢となった鎌倉市御谷の森を巡って展開された市民運動であり、最近では狭山丘陵における「トトロの森」を守る活動を30年以上にわたって続けてきている「トトロのふるさと基金」だ。当該基金では昨年、過去30年間の活動を総括したうえで今後の構想(注11)を発表した。そのテーマは「都市のコモンズを育む」であり、まさに150年以上前に英国で広がったコモンズ保存活動と通じるものがある。既にコモンズが存在していた英国では、まず周辺住民とそのリーダーがコモンズにおける権利と開放を主張し、国会に働きかけて法整備を進め、その後、その土地を集めるためにナショナルトラストという基金を創設した。しかし、コモンズの概念が、農山村においてわずかに残された入会地などで存続するだけの日本において、コモンズの登録制度などの法整備を進めるのは、当時の英国に比べてハードルは高いだろう。さらにコモンズの土地を買い集める基金集めや、ナショナルトラストに関する法整備など、ナショナルトラスト運動に対する国民や政府による理解もこれからの課題だ。
「トトロのふるさと基金」活動にとっての課題は、①土地を買い集めるために必要な資金集めに加えて、②買い取って所有することに伴う管理責任を継続して負い続けること、そして③そのための人材確保と育成、を挙げている。所有することに伴う管理責任の意識はとても重要なことではあるが、所有者の負担感が重いのが実情のようである。そこで英国において取り入れられた現代の共用地のように、便益と負担を広く薄く共有する仕組みを応用できないだろうか。もちろん、日本には日本の土地所有の考え方や歴史的な経緯もあるため、英国のやり方がそのまますぐに応用できるものではないだろう。しかし、多くの人にとって貴重な資源を絶対的な所有権で囲い込むのではなく、資源の利用を適切にシェアするとともに協働して管理するというコモンズの伝統的な智恵を、局面に応じて柔軟に活かすという新たな発想が求められている。
5. むすび
ここまで4回にわたりコモンズを巡り、コモンズについて考えてきた。ともすると古い伝統的な仕組みとして捉えられ、または「コモンズの悲劇」として成立し難いものと捉えられることもある。しかしコモンズは、人類にとって将来にわたり守るべき貴重な資源を、共同して持続的に活用し、また管理していく仕組みである。この持続性を担保するためにはオストロムの設計原理を参照しつつも、それぞれのコモンズの多様なあり方に合わせ、かつ、それぞれの時代の変化にも適合させていく、不易流行な仕組みであると捉えるべきであろう。
最後にもう一つ、現在の人類にとっての重要な課題について簡単に触れておきたい。それは地球環境というグローバル・コモンズだ。今回巡ってきたコモンズは全てローカル・コモンズであり、たとえ広域的かつ複層的であっても、その関係者はコモナーズなどの個人、地方自治体、国の政府機関までである。しかし地球環境などのグローバル・コモンズになると、個人や地方自治体だけでなく多くの国家や国際組織なども関係してくるため、より複雑な関係者間の調整が必要になってくる。さらに地球環境問題のような時間軸が長い問題に対処するためには、将来世代との資源の共用という発想の必要性も増してくる。そのため、ローカル・コモンズとは別途の設計原理や仕組みが必要となることは間違いない。「不易流行のコモンズ」の発想を発展させることによって、グローバル・コモンズの課題を乗り越えていくことを願って筆を置くこととしたい。
(参考文献)
『社会的共通資本―コモンズと都市―』宇沢弘文・茂木愛一郎編、東京大学出版会、1994年
『地下水は語る―見えない資源の危機』守田優、岩波新書、2012年
『Governing the Commons』Elinor Ostrom、Cambridge University Press、1990(2015年版)
『English Commons and Forests: The Story of the Battle During the Last Thirty Years for Public Rights over the Commons and Forests of England and Wales』G. Shaw Lefevre、Cassell and Company、1894
(注1)日本を代表する江戸時代の俳人、松尾芭蕉が説いたとされる俳諧の理念で、伝統を大切にするとともに時代に合わせて新しいものを取り入れること。
(注2)NFNコモンズの詳細については第3回(『日経研月報』2022年9月号)を参照されたい。
(注3)コモンズを利用する権利を有するメンバーのこと。
(注4)現在の管理委員会は行政機関などの代表5人とコモナーズの代表5人とで構成されている。
(注5)管理委員会の構成や資金支援などの仕組みについては、第3回で言及した「The Verderers of the New Forest Higher Level Stewardship (HLS) Scheme」について参照されたい。
(注6)当協会の初代会長はG. Shaw Lefevre(1831-1928年)で、自由党の政治家である彼は1871年に内務省の次官を務め、その際にコモンズ問題に関わった。本節(1)「英国コモンズの近代史」は参考文献に掲載した彼の著書を参考にした。
(注7)過去の記録がなく所有者が不明なケースでは、1965年の法律により地方自治体が所有者として登録されたケースが550件以上あった。
(注8)英国政府ホームページ(www.gov.uk/common-land-village-greens)参照。
(注9)資料:『The Common Lands of England: A Biological Survey』 (August, 2000, Department of the Environment, Transport and the Region)
(注10)欧州水憲章の第十条では水資源の公共性が謳われ、持続的な利用と管理が求められている。(資料:『Sources of International Water Law』FAO Legistative Study 65)
(注11)資料:『都市のコモンズを育む~ナショナル・トラスト運動の新しい地平へ 発足当初の想いを受け継ぐ人を育て、受け渡す~』として「トトロのふるさと基金長期構想2021-2030」を発表している(2021年11月)。