World View〈アジア発〉シリーズ「アジアほっつき歩る記」第100回

コロナ後の香港・深圳の変化

2023年10-11月号

須賀 努 (すが つとむ)

コラムニスト・アジアンウオッチャー

筆者は香港に合計10年住んだ経験があり、お隣の深圳にも何度も行っている。その親しんだ場所を4年ぶりに訪ねると、何となく違和感があり、もう懐かしい街ではなくなっている、と感じてしまった。

香港の実名制

香港空港でこれまでと同じようにSIMカードを買ってスマホに挿入して、エアポートエクスプレスに飛び乗った。やれやれと思っているとSIMカードが作動していない。慌ててもらった説明書を見てびっくり。何と中国だけでなく、香港にも実名制が導入されていた。急いで車内のWi-Fiに繋ぎ、パスポートのスキャン、登録を行ったが、揺れてうまくいかない。それでも何故か『開通』通知が来たが、やはり繋がっていなかった。
九龍駅で列車から降りるとWi-Fiが無くなり、スマホは使えない。ここから予約した宿までどうやって行くか。昔スマホなどない時代は常にこうだったはずだが、今はスマホ無しではどこへも行けない。キレイな九龍駅とは異なり、ミニバス乗り場は地下の暗い所にあった。乗客は地元の人々で満席。
筆者は乗客からどう見えているだろうか、と急に心配になる。ミニバスは自ら合図をして降りる仕組み。普通話(標準中国語)をここで使うことはあり得ない。英語もなんか変。と言って広東語の発音には自信がない。下手に使うと、『変な中国人』扱いになる。結局前の客に続いて降り、声を発することはなかったが、香港人の中国人に対する厳しい視線に両者の現状を強く感じてしまう。

宿はハーバー沿いにあり、広い部屋はフルハーバービューという贅沢だった。ただ泊まっている多くが中国人で、ロビーはかなりうるさい。香港用の電源アダプターを忘れ、スマホを充電できないので、フロントに聞くと「貸し出しはありません。イオンに行って買ってください」という。これも中国人観光客対策だろうが、国際都市香港の五つ星ホテルでこのサービスはないだろう。

「WeChat」が全ての深圳

香港から深圳に電車で向かい、羅湖駅で降りた。ここは慣れ親しんだ辺境。ただ中国側にはコロナ禍の厳しい健康チェックの名残があった。QRコードをメッセンジャーアプリのWeChat(微信)で読み込み、スマホ入力が基本。筆者は既に入力済みだったが、外国人と老人が数十人戸惑い、立ち尽くしていた。スマホ操作が出来ない、WeChatを使いこなせない人には進むべき道はない、と言われたような気がして怖い。
続いてビザ申請に向かう。コロナ前、日本人は15日間のビザ免除があったが、今はビザ取得が原則。東京のビザセンターでは何日も待って、何時間も並んで申請すると聞いていたので、今回は深圳特別ビザを利用した。深圳市内のみ、5日間有効、ビザ代168元。まずは外の機械で自分の写真を撮る。順番の番号札を機械から取り、申請書を書いて座って待つ。
申請は難なく受け入れられたが、1時間ほど待ってようやく支払いに呼ばれた。前にフランス人が並び、クレジットカードを出したが、何故か反応せずにはねられた。彼は人民元の現金を持っていたが、ここでは何の役にも立たない。何と彼は係官から「香港へ戻れ」と言われ、すごすご帰っていく。筆者はスマホにAlipay(支付宝)が入っているので安心していたが、辺境のためWi-Fiが弱く、機能せず払えない。結構焦ったが、クレジットカードで何とか決済出来、無事ビザ取得となった。
中国国内のSIMカードを使って本日の宿を予約して、地下鉄で向かう。改札へ行くと、皆がスマホスキャンで通っていく。切符を買おうとしたが、10台ある自販機の9台は使用停止だった。残り1台に古い札を入れてみたが、はじかれてしまう。コインを探して何とか切符を買う。僅か3元を払うためにかなり緊張する。
予約した宿へ何とか辿り着く。コロナ前によく使っていたチェーン店であり、そこの会員でもあったが、チェックイン時、フロントの女性が「何で予約しましたか」と聞いてくる。この宿のアプリからさ、と答えたら、エッという顔をした。何とチェックインも全てWeChatで行う。まごついていると、彼女はスマホを引き取り、すごいスピードで作業を完了した。
だがWeChatペイを使っていなかったので支払いが出来ない。現金でも良いかと聞くと、またエッという顔になったが、何となく頷いたので、4年前の100元札を何枚か取り出したら「お客様……」となり、私のスマホからAlipay(支付宝)を見つけて「こちらから払いましょう」と手続きしてしまった。私のなけなしの電子マネーは一気に無くなった。これが今の中国なのだと思い知らされる。
腹が減ったので、外へ出た。突然、蘭州拉麺が食べたくなる。見つけた店に入ると、メニューに羊肉拌麺があり、ついそれを頼んでしまった。店員はウイグル族だろうか。味は普通だが、量が非常に多い。勿論支払いはQR決済の一択。最初から現金を出す、受け取るといった雰囲気は全くない。現金がほぼ流通していない社会、まるで子供の頃読んだ近未来小説のようだ。
後で馴染みの茶荘店主に聞いたところ、「今は全てがWeChatで、直接顧客と会うことも本当に少ない。現金を受け取らなければ、偽札を掴むこともなく、会計も全て機械でできるので、個人商店としては本当に有り難い」という。確かにその通りだ。慣れてしまえば、こんな便利な社会もないが、全く現金が流通していない社会が未だに実感できないでいた。
少しだけ深圳の街を歩いてみる。歩道を歩いても、デリバリーを行うミニバイクが縦横無尽に走ってくるので、ちょっと油断すれば確実に轢かれてしまう。比較的静かな街に、このバイクだけが蠅のようにうるさい。バイク側には時間に追われているという制約があるようだが、事故多発は間違いない。これもコロナ後の中国の縮図だろうか。

著者プロフィール

須賀 努 (すが つとむ)

コラムニスト・アジアンウオッチャー

東京外語大中国語科卒。
金融機関で上海留学、台湾2年、香港通算9年、北京同5年の駐在を経験。
現在は中国を中心に東南アジアを広くカバーし、コラムの執筆活動に取り組む。