『日経研月報』特集より
サーキュラーエコノミーの進め方~日本と欧州それぞれの解決策~
2023年3月号
サーキュラーエコノミーは、気候変動や自然資本に関わる重要なテーマであり、特に欧州においては、2015年に採択された「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」以降、その取組みが一層加速しています。日本におけるサーキュラーエコノミーに対する取組みは、欧米と比べて十分な水準なのでしょうか。サーキュラーエコノミーの研究者であり、先進的な取組みの多いオランダを拠点とされていた安居さんにお話を伺いました。
(本稿は、2023年1月20日に行ったリモートインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)
1. サーキュラーエコノミーに出逢うまで
私がサーキュラーエコノミー(以下、CE)に関心を持つに至ったきっかけは、幼少期からのさまざまな経験にあります。小中学生の頃、街中で視覚障害の方を見かけると、放置自転車にぶつからないかと心配し、手を取って目的地までお連れするなどしていました。近所の公園で寝泊まりしている路上生活者の方には、子ども心に「家に招いてご飯を食べてもらってはいけないのかな」と思っていました。目が見えなくなる、家を失うということは、これからの自分の人生の延長線上にも起こり得ると思い、こういった方たちのために何かできる活動をしていきたいと思っていました。
その後、早稲田大学文化構想学部に進学し、社会福祉学と環境学を専攻しました。大学時代の初めてのアルバイトはホテルの朝食ビュッフェのスタッフで、ビュッフェが終わると、残った食べ物を全部捨てることが仕事の一つでした。ご飯はもとより、皮がむかれていないバナナや、未開封の納豆パックなども捨てなければなりません。このことをきっかけに、フードバンクの活動や、ホームレスの方々の炊出し、母子家庭・養護施設の子どもたちに届ける活動などに参加するようになりました。
そのとき感じた限界が、社会的に意義ある多くの活動が非営利であり、補助金が打ち切られると活動が続けられないということです。一般的なビジネス手法を用いて経済的にも持続可能性が実現できる方法はないものかと苦慮しているなかで、ドイツに留学中の2015年、CEの考え方に出会いました。CEは、社会・環境へのアプローチと経済へのアプローチが結びついた自分にとってやりがいのある考え方だと感じたのです。CEは、ともすれば資源だけにフォーカスが当たりがちですが、新しい経済や社会の仕組みをCEで創造するということは、人材、つまり、不登校や引きこもりの方の活動の場を提供するということにも繋がります。衣食住の他、さまざまな分野を横断して作り上げられているCEのビジネスモデルに大いに惹かれ、私の今日の活動の土台が出来上がりました。
2. 社会課題の解決策としてのCE
日本でも近年、社会課題解決型のビジネスモデルがビジネスとして成立しているケースが増えていると感じています。東京と福岡を拠点に、国内・海外や分野を問わず30以上のソーシャルビジネスを展開している(株)ボーダレス・ジャパン代表の田口一成さんは、「9割の社会課題はビジネスで改善できる」と明言しています。
ただ、社会課題解決型のビジネスは、始めたからといって一朝一夕には儲けられません。社会課題解決型ビジネスの一手段として注目されるCEも同様で、短期的な経済合理性だけでは評価することはできません。CEは、私たち一人ひとりが幸福度を高め、豊かな社会を創る仕組みなのです。
CEは、ここ10年ほどで世界的に急速に広まってきている印象があります。日本は、ドイツやオランダと比べると両国のレベルまで普及していませんが、若者を中心にCEを始めとする社会課題解決型ビジネスが世に出てきている感があります。冒頭で申し上げた通り、私がはじめてCEという言葉を知ったのは、ドイツと日本を往復していた2015年頃です。当時驚いたのは、ヨーロッパにおいて社会的なインパクトを最大化しつつ営利的ビジネスも同時に回すシステムが存在する、ということで、その秘訣がCEの考え方だったのです。
3. CEとは?
CEといえば、リサイクルやアップサイクルをイメージする人が多いと思います。しかし、リサイクルやアップサイクルは、大量生産・大量消費のリニアエコノミー型を前提としたものであり、医療に例えれば対処療法的なアプローチです(図1)。
CEモデルとしては、例えば、MUD Jeans1が挙げられます。どのようにしたら利用者にジーンズを捨てさせず、企業に返却してもらえるのかを考えた結果、販売に代わり月額制が採用されました。他企業の例ではキャッシュバックやデポジット、サブスクリプションが販売に変わるモデルとして導入されています。そして、ジーンズの背中についている革ラベルはないほうが再び繊維に戻して新しいジーンズを作りやすいので、革ラベルは付けない、あるいは、ファスナーよりボタンのほうが繰返し使用できるので、ボタンを採用する、といったアプローチです。こういった考え方は、医療に例えれば予防医学の考え方に似ています。リサイクルやアップサイクルと、CEとの最大の違いは、あらかじめ廃棄が出ないシステム・設計・デザインが組み込まれている点にあります。
リニアエコノミーは、川上と川下が分かれており、さらに川上の素材開発から川下の廃棄物処理への一方通行型でしたが、CEは、川上と川下全体を包括する形で仕組み作りをしていく考え方です。川上の企業は素材開発だけでは十分ではなく、回収・再資源化・再生品化を考慮する必要があり、川下の企業との連携が欠かせません。川下の企業、例えば産廃処理の企業は、再資源化に対する知識・経験が豊富ですから、川上の企業は、素材選びや設計について川下の企業との連携が不可欠になるということです。
昨今、CEに対する感度の高い川下の企業が廃棄物処理を担う行政と連携し、その地域で質の高いCEシステムを築こうとしているケースも出てきています。具体例として、京都府亀岡市の事例が挙げられます。亀岡市は全国で初めてレジ袋禁止条例を制定した自治体ですが、現在では生分解性プラスチックを開発している企業と連携し、レジ袋の堆肥化を試みています。
また、横浜市では「Circular Yokohama」というプラットフォームが立ち上がっています。愛知県蒲郡市は人口7万人規模ですが、「サーキュラーシティ蒲郡」を掲げています。1,400人規模の徳島県上勝町では、「上勝町ゼロ・ウェイスト宣言」を掲げ、町民一人ひとりがごみ削減に努めリサイクル率80%以上を達成する等、行政にCEのコンセプトを取り入れています。それぞれの地域規模に合った仕組み作りが、少しずつ広まってきています。
4. CEの広がり
3年ほど前に日本に帰国したとき、SDGsという言葉の広がりに驚いた一方で、実態が伴っていない企業活動の多さに違和感を抱きました。SDGsという言葉は日本で広がり、サステナブルなビジネスにおいて資金が集めやすくなったという効果はあるのですが、闇雲に言葉だけが広まっているように感じています。本当に、私たちが望むような社会や経済の仕組みに近づいているのでしょうか。一方、CEはSDGsという目標を達成する具体的な手段の一つです。CEの本質を理解したうえで、それを自分たちの活動に取り入れている人たちが増えれば、SDGsの理想へと自然と近づくことができます。
オランダは、CEの先進国と報道されていますが、実際にCEという言葉を知っている人は多くはありません。アムステルダムに住む人たちに「あそこは安くておいしい。雰囲気がいい」と評判のレストランが、実はCEコンセプトで一流のシェフがまだ美味しく食べられる廃棄食材を調達・調理している、ということであったり、Tony’s Chocolonelyという、包装もオシャレで、量も豊富で味も美味しいと大人気のチョコレートが、実は、児童労働(強制労働)が関わっていないフェアなチョコレートであったり、路面電車が再生可能エネルギー100%で運転されていたり、服においても、レンタルやシェアリングエコノミーでの流通が広まっていたりします。意識の高い少数の動きではなく、生活の中に自然と導入されていて、いつの間にか市民が取り組んでいた、という形がオランダでは進められてきています。
昨今、世界情勢の不安定化に伴い、海外からの物資調達も不安定になっています。海外からの物資調達に頼らないと生産できないというビジネスモデルは、リスクが大きくなっています。そんななか、CEが一層注目を集めています。CE、つまり、地域における循環経済の考え方を導入することが、企業における長期的なリスク管理やコストカットに繋がると考えられます。
東京のある複合商業施設を運営している企業では、フードコートで1日にどれぐらいの生ごみが出て、どれぐらいの処分コストがかかっているかを調査したところ、処分コストが急騰していることが判明しました。実はコンポスト(堆肥処理)を実施したほうがコストカットに繋がるということ、さらにはその取組みをPRできるという私の提案を採用していただきました。
また、企業間の情報流通がCEを推進することがあります。オランダには、廃棄物を出す企業と、それを資源として活用したい企業を結びつけるエクセル・マテリアルズ・エクスチェンジ(EME)というデジタルプラットフォームがあります。例えば、ヨーロッパのスーパーマーケットでは、消費者自らがオレンジジュースを絞る機械が設置されており、その際、オレンジの皮が大量に出るのですが、EMEでこのオレンジの皮の情報を共有したところ、化粧品企業から、それだけの量のオレンジの皮が出るのなら化粧品に活用したいと申し出があり、両社のマッチングが成立しました。これまで接点のなかったスーパーマーケットと化粧品メーカーが繋がり、両社ともにコスト削減が実現しています(写真2)。
日本でも、CEという言葉が使われる前から、そうした取組みはありました。例えば、漁業組合では、ホタテやサザエの貝殻の処分コストがかかっていました。漁業組合にとって貝殻はゴミでしかなかったのですが、建材を扱う企業さんから「漆喰の材料に使いたい」、化粧品企業から「化粧品の材料として利用したい」といった申し出がありました。日本でも、そうした連携は数多く存在するのです。鍵はこれまで繋がりのなかった異分野間での連携です。
他には、これまでライバル関係だった企業同士が、共に作り上げるという意味での共創関係に変わりつつあるということもあります。例えば、花王(株)とライオン(株)は、一部の資源の回収拠点とサプライチェーンに関して共有される形になってきています。また、ビール瓶においても、大手酒造メーカーたちが、色・形・ケース等の規格を統一化し、協力し合っているからこそ、高いリユース率が達成できています。日本の人口規模の市場で、しかも大手企業が協力し合っているこういった取組みは、ヨーロッパから見ても非常に優れた仕組みだと思います。日本が一概に遅れているというわけではなく、素晴らしい取組みもすでに存在しているのです。日本とオランダで、お互いに学び合うことは多く、知見や技術を他国と共有することが大切だと思います。
5. 日本の可能性
2年前に私が京都に移住したのは、日本のさまざまな可能性に着目したからです。例えばオランダでは、木造建築がサーキュラー建築として勧められていますが、木造建築物には北欧や東欧の木材が利用され、製材もそれらの国で行われています。日本では、京都であれば北山杉や吉野杉等、各地域の木材を近隣の製材所で加工・流通できる仕組みが元々存在し、総合的な経済効果を生んできました。
また、世界において創業から200年以上続く企業の7割が日本企業だといわれています。その中でも、京都は100年以上続く企業の割合が最も高い都道府県の一つです。京都に来て驚いたことは、老舗企業こそが短期利益を無闇に追うことなく当然のように長期的視点を持ち、一方で革新的な考え方も取り入れるというCEとの相性が良かったことです。例えば、伏見にある酒蔵からは、梅酒を作るときに処分していた梅の実を何とか活用できないか、また、生八ッ橋の製造会社からも、製造時に切り落とされた耳の部分を活用できないかとの相談がありました。こういった相談がきっかけとなり、ロスになる副産物を活用するお菓子屋さん「八方良菓(はっぽうりょうか)」を創業しました。副産物を利用して、ドイツのシュトレンというお菓子を「京シュトレン」の商品名で販売しています(写真3)。製造には京都市内の福祉作業所にも協力いただいています。
2021年、事業者の枠を超えて地域の食品ロス問題解決に取り組む有志のネットワーク「エシカル・フードロス・アライアンス」というイニシアチブが発足しました。京都市・京都信用金庫・大丸松坂屋・小川珈琲といった京都を代表する企業が30社以上加盟し、それぞれの事業者から出る食品ロスの情報が共有されています。例えば、レモネードを作る事業者から、製造時に出るレモンの皮の量と頻度の情報が共有されると、パン屋やお菓子屋が利用したいとなります。このように、地域で食品ロスを利用する取組みが京都で生まれていますが、日本の各地域、各企業においても、こうした質の高い仕組みを世界に向けて示すことができるのではないでしょうか。
また、京都では、「京都音楽博覧会」という音楽フェスティバルが開催され、昨年で15回目になります。この音楽博覧会では、主催者であるロックバンド「くるり」の岸田繁さんの「イベント前よりも良いものを京都にお返ししたい」という想いから、環境に配慮したさまざまな取組みが行われてきました。食事ブースでは使い捨て食器での提供が禁止され、全てリユース食器に。来場者が自分たちで食器を使い続けられるように会場には洗い場が設置されています。また、酒粕と製餡場で出た小豆の皮のアイスクリームをミシュランを取得した料理人たちと作り、来場者に提供することで、まずは美味しさから自然と環境について考えてもらう取組みを行いました。さらには、過去の実績からイベントでの生ごみの排出量を予測したうえで、コンポストを設置し、堆肥作りを行いました。現在は、京都リサーチパークと梅小路ラボという組織が主体となり、その地域の商店街、飲食店の方々がこの設備を引き継いで利用しています。このように、CEという言葉を使わなくても、行政や企業、学生等、さまざまな方が関わる活動が、地道ですが進められています。私は今年このイベントに招かれ、上記のようなプロジェクトを監修させていただき、約10,000人の観衆の前でCEについて話をする機会を得ました。このようにさまざまな方とコラボした取組みを通じて、CEの本質を多角的に伝える活動を今後も進めていきたいと思っています。
6. 脱成長degrowthから繁栄thriveへ
日本は、高度経済成長期を経て、大量生産・大量消費の生活スタイルが根付いてきました。コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻など、世界が転換期にあるなか、今、私たちは価値観を再考するときなのではないでしょうか。短期的な経済成長が偏重されたあまり、他の要素が蔑ろにされ、人的搾取や環境破壊を生み出してきたことは否めません。degrowth(脱成長)という考え方が出てきたのも、そうした背景があると思います。但し、degrowth(脱成長)は、言葉そのものにネガティヴなイメージを内包するあまり、なかなか賛同者を集めにくく、thrive(繁栄)という概念にスポットを当てる方もいます。
例えば、ドーナツ経済という新しいモデルを提唱するケイト・ラワース氏です。ドーナツ経済とは、経済的水準が一定度合いに達した後には闇雲にさらに成長を促すのではなく経済は維持し、まだ達成されていない社会的正義(貧困や格差等がない社会)の要素向上に努めるとする方法論です。社会的基盤と環境上限を指標基準に入れていることも興味深い点です。アムステルダム市では2020年から市政にドーナツ経済を採用しています。
ラワース氏は次のように言います。「成長依存の構造から脱皮しなければなりません。そうすれば、ドーナツの社会的、環境的な限界の範囲で、繁栄とバランスの追求に集中することが可能です。」
経済合理性の豊かさだけでなく、男女平等、社会的少数の方々のインクルーシブな形といった複合的視点での豊かさを目指し、CEを回す仕組みをグローバルに協働する世界は、一人ひとりの人生のwellbeingを高め、civic prideを醸成し得るのではないでしょうか。
(注1)オランダを拠点とするサステナブルでフェアトレード認証のデニムブランド。デニムには、廃棄されたジーンズから派生した素材が使用され、40%のリサイクルコンテンツから作られている。ジーンズ業界で初めて、月額制サブスクリプションを採用している。