『日経研月報』特集より

サーキュラーエコノミーへの移行に向けた課題とは?

2023年3月号

〈パネリスト〉 金井 司 (かない つかさ)

三井住友信託銀行株式会社 フェロー役員、チーフ・サスティナビリティ・オフィサー

〈パネリスト〉 白鳥 寿一 (しらとり としかず)

東北大学環境科学研究科 客員教授(DOWAホールディングス 顧問)

〈コーディネーター〉 竹ケ原 啓介 (たけがはら けいすけ)

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所 エグゼクティブフェロー兼副所長

(本稿は2022年11月11日に東京で開催された講演会(オンラインWebセミナー)の要旨を事務局にて取りまとめたものである。)
1. はじめに
(株)日本政策投資銀行設備投資研究所 エグゼクティブフェロー兼副所長 竹ケ原啓介
2. 「サーキュラーエコノミーを改めて考える」
東北大学環境科学研究科 客員教授(DOWAホールディングス 顧問) 白鳥 寿一
3. 「サーキュラーエコノミーへの移行に向けた金融の役割」
三井住友信託銀行(株) フェロー役員、チーフ・サスティナビリティ・オフィサー 金井 司
4. クロストーク

1. はじめに

竹ケ原 サーキュラーエコノミー(以下、CE)とは、大量生産・大量消費・大量廃棄という一方通行の線型経済(リニアエコノミー)の対概念にある経済と定義されています。あらゆる段階で資源の効率的・循環的な利用を図りつつ、付加価値の最大化を図る経済であり、いったん経済の系に入れたものは徹底的に使い倒し、その価値をフルに発揮させ、極力系外に出さない経済システムのことをいいます。

CEのコンセプトを体現したものとして、EUで間もなく導入される使用済バッテリー規則が挙げられます。この規制は、製造者に対して製品に含有される有害物質の情報や、解体のしやすさの工夫等、通常のリサイクルでも求められる対応に加えて、原材料の採掘、精錬、加工段階等で生じる広範な社会・環境影響に関するデューデリを義務化したほか、ライフサイクルのカーボンフットプリントやリサイクル材の使用量の開示を求めています。これらの情報は、デジタル製品パスポート上に公開され、ユーザーはスマートフォン等を利用して確認できるようになります。加えて、これは一般向けでなく、リサイクル事業者向けの専門的な情報として、バッテリーを構成する正極材・負極材・電解液の材料構成も明らかにせねばなりません。円滑な資源循環のために必要だといわれれば、その通りなのでしょうが、バッテーリーメーカーにとってみれば、自社製品の情報がガラス張りになることを意味します。
東洋大学の廣瀬弥生先生は、CEはデジタルプラットフォーム戦略の一環であり、その受益者は欧州の静脈産業であるとの見解を示されています。CEを純粋な環境政策として捉えるのか、もしくは競争政策として捉えるのかという議論ですが、実はこの問題は、我々日本人にとっては非常に身近なテーマといえるでしょう。廃棄物処理法と資源有効利用促進法を基盤に、拡大生産者責任(EPR)の下、個別製品にリサイクル法を展開する3R(Reduce・Reuse・Recycle)の体系は、我々にとってはお馴染みのものですし、ある意味で日本はこの分野を先導してきた歴史もあります。今更、CEという新たなコンセプトで説明されなくても、分かっているよと言いたくなるところです。
では、我々が馴染んできた3RとCEとは何が違うのでしょうか。経産省が提示する「循環経済ビジョン」をみると、1999年段階では3Rの総合的な推進を掲げていましたが、2020年版では、3Rから「経済活動としての循環経済」へシフトしていく旨が強調されています。これまで馴染んできたコンセプトからの変化が示唆されていると考えられます。現在、こうした外部環境の変化は、直ちに企業価値の話に繋がります。非財務的な価値(無形資産)に着目したESG投資の主流化が進むなか、企業はこれを味方に付けるべく、社会課題の解決と成長戦略を同期させた価値創造シナリオの構築と提示に腐心していますが、そこで対峙する社会課題として、CEをどう織り込むのか、ということが新たなテーマとして浮上しつつあるわけです。
IFRS財団における「国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)」の設立等、非財務情報開示の国際基準の議論が進んでおり、企業が開示すべきサステナビリティ情報は企業価値に直接影響するもの、すなわち、シングルマテリアリティであるという点でコンセンサスが成立しつつあります。TCFDに象徴されるように、現時点で温室効果ガスは間違いなくシングルマテリアリティの論点ですが、では、サーキュラーエコノミーはどうでしょうか。これからシングルマテリアルの要素になる、いわばポスト気候変動として捉える考え方と、すでにシングルマテリアルのテーマの中に入っているという考え方があります。CEをどう企業価値に結びつけるか、企業人にとっても、それを支える投資家や間接企業にとっても、大きな関心事でしょう。

2. サーキュラーエコノミーを改めて考える

白鳥 CEの考えに至る前に、有害物の話を知っておく必要があります。過去に廃棄された有害化学物質が周辺の住民に健康被害を及ぼした例として、アメリカの「ラブ・カナル事件」やオランダの「レッカーケルク事件」等が有名です。同時期(1970~80年代)には、多くの化学物質関連の事故が世界の至る所で発生しました。欧米では、そういったことを背景に有害物を積極的にコントロールする仕組みが進みました。有害物質の不使用と廃棄されたものからの有害物質の除去です。これを行なえるようにEPR(拡大生産者責任)による関係者の役割や費用の負担方法や処理基準等も整備されてきています。また、廃棄物の仕組みでも最終処分場への埋め立て制限は、結果的にリサイクルを後押しし循環型社会の発展に有効に働いています。これらを世界に明確化したのが、2003年の電子・電気機器について有害物質を非含有にすることを目的とした「RoHS指令」、廃棄された機器から有害物を除去し、再利用またはリサイクルにより処分を最小化することを目的とした「WEEE指令」です。

CEの前には、2011年にRE(Resource Efficiency)政策が提唱されていました。希少金属の回収を強く意図した取組みでしたが、金銭的メリットがあまりなく、現実社会が追従できませんでした。その後2015年、欧州委員会はCEパッケージを提示しましたが、これはRE達成のための行動計画という位置付けでした。経済的に何とかしようという観点で経済という言葉を入れてCEという言葉に換えたのではないでしょうか。RE政策でも資源効率を向上させると同時に環境への配慮を最小限にする必要があると定められていましたし、CEパッケージでも廃棄物の改正法案は含まれています。つまり、資源の循環と廃棄物の適正処理は名前を変えても表裏一体で動いています。
2019年、新欧州委員会が、欧州グリーンディール政策を公表しました。この政策での新循環経済行動計画で、CEは産業戦略とされています。同計画の具体的なアクションプランとして400万人の雇用促進に結びつける目標のほか、設計段階で環境へのインパクトの80%が決まってしまうとして設計重視への考え方が示されています。これはエコデザインやデジタル製品パスポート(DPP)にも繋がる考えです。
資源の定義は、社会で価値があると認められるものであって、そのうえで一定品質と一定量が確保されるものです。一次資源である天然資源は、地球が長い時間をかけて濃縮したものですし、このような条件を満たすものを見つけて資源と呼んで利用しています。二次資源を利用することに経済合理性がないという言われ方もしますが、ある意味当然で、(地球が行ってくれていた)質と量を一定量にする努力を廃棄物から我々がしなくてはいけません。
では、質を一定とし、量を集めるにはどうしたらいいのでしょうか。そのためには、皆が同じようなやり方で、回収、処理できる仕組みを作ることが重要です。CEという魅力的な言葉を使っても皆が勝手な方法や目的で動き出すと、問題を解決できません。皆で同じ方向に持っていくためには、制度で対応することが一つの重要な手法です。EUは複数の国の経済同盟(Union)ですので、委員会が方向性を示し、加盟国は各国の制度を同じ方向にすることができます。欧州グリーンディール政策はまさにそれです。日本では、資源循環については資源有効利用促進法のもとで3Rの理念を提唱して引っ張っていますが、廃棄物処理法で認められるやり方と比較して安価であれば、経済原則で循環がされません。日本の3Rのうちリデュースは廃棄物の抑制ですが、大部分が排出者に委ねられます。図2に示されているようにEUの廃棄物枠組み条例では、製品設計段階からの概念が入っていることが当初から違っていたと思います。
また、日本の社会設計の考え方や決め方は、過去の統計データや現状分析をもとに未来の目標に向かっていくフォアキャスト型と言われます。決めたことは着実に行えますが、達成の速度は遅くなりがちであり、特に急速な変化には対応できないことが多いです。例えば電池等への対応をみると日本も時代ごとに適切に対応してきましたが、リチウムイオン電池の出現による急激な使用料増加や太陽光パネル(PV)のFIT制度による急激な設置等、次々と急に出てくる課題に対して打つ手が遅れているような気がします。一方でEUは、目的とする社会目標を設定し、そこから現在に立ち戻ってやるべきことを考えるバックキャスト型です。短期的にはうまくいかないことも多いのですが、都度、第三者的な評価を実施し微調整しながら進んでいきます。社会の大きな方向性が明確に示されています。例えばリチウム電池の対処です。それがEU全体で行われることで、企業はその方向に投資ができるのです。フォアキャストとバックキャストの大きな違いは、投資だと思います。日本には循環型社会をリードするような長期方針が存在しないために、心ある企業は理念に対してCSR的な行動はできますが、大胆な設備投資はできませんし、経済状態によりやめることもあるので結局社会は変わりにくいのです。これが一番の問題ではないでしょうか。
3Rの理念を現実化し、資源循環型社会とするには、安易に廃棄物になることを防ぐ施策を法制度的にも連動させる必要があります。例えば、日本の最終処分場では、溶出量が一定以下であれば埋め立てることが可能です。少しの努力で循環できるものも、特に小ロットでは廃棄することが安価な場合もあり選ばれてしまっています。今後は、EUのように処分のハードルを高くするやり方も考えていくことが、費用を廃棄のための処理ではなく循環を行うための処理に向かわせることに有効と考えます。
また、EUではEurostat等を軸に循環に関する統計データ整備も力を注いでいます。データがないことは、国や企業の評価や戦略を曖昧にします。日本では、データの取得は各業界団体に任されており、重量、出荷数、出荷金額等での統計をバラバラに出していますし、業界団体に入会されていない企業のものは含まれません。そのため、日本にどのくらいの製品と資源性廃棄物があり、どのくらいが収集され、どこで循環されているかは明確な数字がありません。資源循環に関して、二次資源として資源の条件を満たすことのできる基礎がまだ構築されておらず、戦略も明確化できていません。この点も改善すべきと感じています。

3. サーキュラーエコノミーへの移行に向けた金融の役割

金井 金融界のCEへの取組みはまだスタートしたばかりですが、スピードアップして進めなければなりません。
非財務情報開示についてはさまざまな基準が乱立し分かりにくい状況になっていましたが、ISSBが設立されたことにより、それらの基準は収斂されていきました。ISSBでは、「IFARSサステナビリティ開示基準」を策定しています。同基準では全般的な開示要求事項があり、さらにテーマ別基準と業種別基準に分けられています。
このテーマ別基準に取り上げられるものが、財務に直結したシングルマテリアリティとなります。本年7月に開催されたISSB会議において、この基準化のテーマとして8つの候補が上がりました。その中に循環型経済・材料調達・バリューチェーンも入っており、これらはかなりの確度でテーマになると思われます。ISSBで基準化が行われると、企業はそれに基づいた情報開示が求められるようになります。
CEに対する金融界の動きとしては、EUが活発です。国連環境計画・金融イニシアティブが提唱した責任銀行原則(Principles for Responsible Banking:PRB)では、銀行としての考え方を「Resource Efficiency and Circular Economy Target Setting」のガイドラインで示しています。今後、ISSB基準でテーマ別、業種別に詳細な開示基準が決まり、投資家がそれに基づき開示された内容を投資判断の基準にしていく流れは出てくるでしょう。日本では経産省が「CEに係るサステナブル・ファイナンス促進のための開示・対話ガイダンス」を取りまとめました。株式投資、債券や銀行融資も総動員してこの分野に投入する仕組みを作りたいという日本政府の意思の表れです。このガイダンスでは、CEに係る開示・対話のポイントとして、着目すべき6つの項目(価値観・ビジネスモデル・リスクと機会・戦略・指標と目標・ガバナンス)の概要が整理されています。日本であまり取り組まれていない状況でこのガイダンスが出たことは、非常に重要です。今後はこのガイダンスに沿った考え方を基準に、投資、融資が組み立てられていくと考えます。

一方EUでは、オランダABNアムロ銀行、ING銀行、ラボ銀行の3行が中心となり、CEに関する共通理解を醸成し、サーキュラー思考を浸透させることを目的としたガイドラインを公表しました。このガイドラインは、投資の活用・プロジェクト評価と選定のプロセス・投資マネジメント・報告の4分野で構成されています。私が非常に関心を持っているのは、資金使途の部分です。まず、循環投入や循環設計の考え方をいろいろな観点から取り上げて示しています。また、Product-as-a-service(以下、PaaS)にも触れ、PaaSの提供を通じてサプライチェーン全体の循環性を改善すると示しています。EUでは、このような取組みが成立しており、それに向けて金融機関が応援していく仕組みが構築されています。
インパクトファイナンスは、ESGの発展形として位置づけられ、最近注目されています。金融機関は、投融資先の企業やプロジェクトに対して環境・社会・経済へのインパクトの因果関係を評価し、それらに投資します。実際にインパクトファイナンスの市場規模は急激に伸びており、日本政府もインパクト投資の拡大を新しい資本主義の施策の一つに組み込んでいます。
最近注目を集めているトランジション(移行)も、ある意味でインパクトの一類型です。脱炭素の分野では、トランジションファイナンスという考え方が強く打ち出されてきています。温室効果ガス排出量の多い産業には、トランジションにおけるロードマップが経産省から公表されています。CEにおいても、いろいろなプレイヤーのループやバリューチェーンをどう完成させるかが重要になります。インパクトを考えるうえで、バリューチェーンの課題解決を整理することがCEにおけるインパクトファイナンス、ひいてはトランジションファイナンスに繋がるのです。
日本でトランジションファイナンスを進めるには、地域内でループを作ることが非常に重要となります。そこで重要な役割を果たすのが、地域金融機関です。2022年6月に弊社の脱炭素研究会で「CEローカルモデルの構築に向けて」をテーマに講演を開催し、参加者にCEの理解についてアンケートを行ったところ、“少し把握している”が41%、“あまり把握していない”が50%という状況でした。地域金融機関と連携しながら、全国にループを築ける状態を広げていくことは、弊社の大きな役割だと考えています。

4. クロストーク

竹ケ原 金井さんからPaaSのお話がありました。大量生産・大量消費・大量廃棄という線形経済からCEへの転換が進めば、メーカーは製品の売り切りからサービスを売る課金制、つまりPaaSにビジネスモデルを転換していくことになるという指摘があります。これは金融機関の業務にも大きな影響を与えると思いますがいかがでしょうか。また、インパクトファイナンスの観点からCEをみるということは、お話にもあったPaaS化を通じたサプライチェーン全体の循環性の改善といったポジティブインパクトに着目し、これを実現する意図をもって投融資を行うということでしょうか。
金井 インパクトファイナンスの考え方では、CEがどう形成されていくのか、その影響が重視されます。同時に、分析の視点が変わる点にも留意が必要です。資産を見るのではなく、PaaSの契約形態を精査し、契約に基づくキャッシュフロー創出能力が投融資の判断基準になります。CEがもたらすインパクトを認識しつつ、同時にこれを推進するプレイヤーが、今後どのようなキャッシュフローを作り出すかを見極め、これを担保に投融資していかなければなりません。CEへの移行により、金融のあり方は変わってくるでしょう。
竹ケ原 脱炭素社会への移行のアナロジーとして、CEへの移行に向けた「トランジション戦略」が新たに必要になってきそうです。日本がこれまでの線形経済モデルの3RからCEに移行するための課題とは何でしょうか。
白鳥 先ほど述べたEUの考え方は参考になると思います。トランジションを実行していくためには、目指す遠くの一番星が必要です。EUはデジタル製品パスポートを設定し、生産者から排出者に循環のための情報を提供していくことを進めています。日本の排出者のケースでは、そういった情報が十分ないなかで、排出方法や排出先は個人・個社の判断に任されます。個人に循環の意識が強くても、循環を行えることが確実な排出個所が不明であれば、法律上問題がない場所(最終処分場等)を選びますし、もしくは安いほうがいいということで不法に排出される場合もあります。このように方向性が明確でないまま安易な発想で使用済みのものが扱われる限り、CEへの移行は不可能だと考えます。廃棄までの全体の制度を再考慮する必要があると思います。
竹ケ原 利益の出る所だけが循環し、あとは知らないという形では、結局旧来の線形経済のモデルを変えることはできないということですよね。抜け漏れなく、全体として経済性のある形に変えていくことが必要ですが、日本ではまだこの部分が不十分だと理解しました。ところで、これまでは、儲からない部分の受け皿として、最終処分場や海外への輸出が大きかったと思うのですが、先に中国が廃棄物の輸入を禁止したことにより、状況は大きく変わったと聞きます。白鳥さんが指摘されている、安きに流れる「見えないフロー」はかなり減ったということですが、これは、良い傾向と捉えて良いのでしょうか。
白鳥 見えないフローが減ることは評価して良いと思います。ただし、資源循環の経済性を論じるうえで、より本質的な点を理解しておく必要があります。この点を無視しては、局所的に事態が改善しても、CEへの転換は難しいでしょう。本質的な点とは、一次資源、例えば燃料資源や鉱石は、地球が何億年もかけて濃縮してできたということです。不純物の含有も一定割合のため、確立した技術により相対的に安く精製し利用することができます。一方で廃棄物からの二次資源の組成はバラバラであり、収集コストや不純物を除去する手間を考えれば、一次資源に比べて、当然コストは高くなります。こうしたコストをかけても、二次資源が利用される環境を整えなければ、CEには到達できません。サプライチェーン排出量のように一次資源の採掘からの評価を行って、資源の定義の達成を目指すべく、二次資源を分散させずに量をきちんと集めて規模の経済を活かしてコスト低減を図らない限り、一次資源と同じ扱いにはならないと思います。
竹ケ原 長い年月をかけて自然が作り上げた一次資源と、短期間で収集・運搬・分別・精製といった手間をかけた二次資源を、単純にコストで比較したら勝負にならないというのは、本質的な分、解決が難しい点ですね。循環することの価値を可視化するなどの取組みが必要でしょうが、即効性があるとしたら、やはり廃棄物の定義や区分をシンプルにして、大量に集めたうえで処理費用の分担のルールを作ることで、二次資源といえども、規模の経済が働き、社会的に最適なコストで資源が回る展開になるということでしょうか。
白鳥 そうしないといけないと思います。
金井 日本には一次資源がありません。資源価格が高騰するなかで、CEに関する考え方は、昨今、ドラスティックに変わってきています。このことは、経産省が立ち上げた「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」でも強調されています。どう考えても、日本における資源問題は悪い方向に進んでいるように見えます。CEへのトランジションに急いで取り組まなければ、経済的に持たないのではないかというコンセンサスが作られつつあります。
また、2050年カーボンニュートラルといっても、並大抵の努力では実現できません。資源循環と脱炭素を合わせて取り組むことが不可欠であり、金融もそのことがいかに重要か、気付かなければならない時期に来ています。
竹ケ原 カーボンニュートラルを実現するためにもCEの社会実装が必要だという点は、CEへの移行が将来の課題なのか、今直面している問題なのかを考えるうえでも重要なご指摘です。例えば、化学産業のカーボンニュートラルに向けた移行戦略では、燃料転換、人工光合成等のイノベーションを用いた原料転換と並んで、大規模なケミカルリサイクルによる原料循環が位置付けられています。CEがなければ、気候変動対策も進まないということでしょう。つまり、シングルマテリアリティである脱炭素化の重要な構成要素として、今直面している問題と考えるべきでしょう。
話は変わります。3RとCEの関係性すら不明確ななかで難しいとは思いますが、企業の価値創造シナリオにCEを織り込むうえでヒントになることはありますか。
白鳥 データが必要になると思います。日本でデータをいろいろ集めようと思っても、先に述べたように業界によってまとめ方が異なります。ある業界は個数で出し、ある業界は重さで出す、といった具合です。EUではデータ取得のための体制が整備されてきていて、制度はまだ粗いかもしれませんが国別比較ができます。
竹ケ原 デジタル製品パスポートといったインフラは日本でも必要ですね。整備に時間がかかるのであれば、業界単位でこのようなインフラを整えることも有用ではないでしょうか。
白鳥 おっしゃる通りです。そのためには、循環にかかわり循環を担う業界からも「これらのデータを揃えてほしい」「こういうコードを付けてほしい」といった要望をまとめていくことも必要です。
竹ケ原 データインフラといえば、現在フランス主導でCEのISO化議論が進んでいると聞きます。日本は、気が付いたらまた後追いしているというような展開が予想されますが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。
白鳥 EUは海外製品がたくさん入ってくるので対策を取っています。電化製品であれば、EU認証を取得しなければ域内では売ることができませんし、WEEE指令で処理費用に関しても徴収することになっています。日本は、そもそも海外製品の量すらもEUのようには把握できていないのではないかと思います。海外製品もいずれ廃棄物になることがわかっているので、その処理費用にかかる費用等をどこが賄うかということも考えないといけないでしょう。
竹ケ原 企業がCEの方向に舵を切るうえで、投資家としてエンゲージメントをする場合の論点を教えてください。
金井 非財務情報の価値は経営基盤に依存します。基盤がしっかりしていないと、無形資産を活かした成長ペースも遅くなってしまいます。この経営基盤を評価するうえで注目すべきは人的資本です。加えて、事業活動の究極の基盤ともいえる自然資本も重要です。IIRCのオクトパスモデル(注1)が示唆するように、こうした資本を十分に確保できることが、競争力のあるビジネスモデルを回していく大前提になります。CEへの移行を企業価値創造につなげる戦略にも、当然この裏付けが必要になってきますから、CE戦略そのものの内容に加えて、これを支える基盤が一つの切り口になると思います。
竹ケ原 価値創造シナリオというと、機関投資家と上場企業だけの話と捉えられがちですが、CEは地域にとっても無縁の話ではないと思います。地域の廃棄物処理業界や静脈産業にとって、CEへの移行は将来どのような影響を与えるのでしょうか。
白鳥 二次資源を循環させるための原料は廃棄物です。一般廃棄物は地方自治体で行っており、産業廃棄物の扱いについての許可関係も県等の単位で決めるわけですが、それらのルールは各自治体で微妙に異なります。少なくとも県単位レベルで量を集めなければ量の原理が起こり得ません。地方自治体も1つの方向に向って動けば、大きな流れになるのではないかと思います。
金井 地域金融機関は、ゴミ処理の問題ではなく、ボトムアップ型でループを作ることに大きな責任があります。循環型経済の構築に主体的に関わることは、地域金融機関の大きな役割だと考えます。
竹ケ原 CEに向けたポテンシャルは非常に大きいのですが、取り組まなければいけないことがたくさんあることがよくわかりました。少なくとも、排出者側、産業側、金融側が協力してアプローチしていかないと移行できないということが今日の結論だと思います。本日はどうもありがとうございました。

(注1)国際統合報告協議会(IIRC)が国際統合報告フレームワークにおいて、統合報告書で示すべき要素の関係性を解説するために用いられた価値創造プロセス。

著者プロフィール

〈パネリスト〉 金井 司 (かない つかさ)

三井住友信託銀行株式会社 フェロー役員、チーフ・サスティナビリティ・オフィサー

1961年生まれ
1983年 住友信託銀行入社
1986年 同行 ロンドン支店
1992年 同行 年金運用部
2003年 同行 企画部(社会活動統括室)
2005年 同行 CSR担当部長
2018年 同行 フェロー役員
主要著書 『CSR経営とSRI』2004年、共著『サステナブル不動産』2009年、共著
『自然資本入門』2015年、共著、等

〈パネリスト〉 白鳥 寿一 (しらとり としかず)

東北大学環境科学研究科 客員教授(DOWAホールディングス 顧問)

1957年生まれ
1981年 同和鉱業株式会社(現DOWAホールディングス株式会社)入社
2004年 東北大学大学院環境科学研究科環境物質政策学講座(DOWAホールディングス寄附講座)客員教授(現在に至る)
2006年 DOWAエコシステム株式会社 環境ソリューション室長
2014年 イー・アンド・イーソリューションズ株式会社 代表取締役社長
2022年 DOWAホールディングス株式会社顧問
専門分野 資源工学、リサイクル工学、環境循環政策

〈コーディネーター〉 竹ケ原 啓介 (たけがはら けいすけ)

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所 エグゼクティブフェロー兼副所長

1989年、日本開発銀行(現(株)日本政策投資銀行)入行。フランクフルト首席駐在員、環境・CSR部長、産業調査部長、執行役員産業調査本部副本部長等を経て2021 年より現職。産業構造審議会委員、中央環境審議会委員、経済産業省「トランジション・ファイナンス環境整備検討委員会」委員、環境省「地域におけるESG 金融促進事業」座長、同「ESG 地域金融タスクフォース」座長、内閣府「地方創生SDGs・ESG 金融調査・研究会」副座長、農林水産省「バイオマス産業都市選定委員会」委員など公職多数。三菱ケミカルホールディングス、川崎重工、清水建設、SUBARU など多くの企業のマテリアリティ分析支援やサステナビリティレポートへの意見書などを担当。