『日経研月報』特集より

サーキュラー・エコノミーが拓くビジネスの可能性

2022年10月

梅田 靖 (うめだ やすし)

東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター 教授

(本稿は、2022年7月29日に開催されたDBJ設備投資研究所主催 現代問題セミナーの要旨を事務局にて取りまとめたものである。)
はじめに
1. サステナビリティに関する時代背景認識
2. サーキュラー・エコノミーとは何か
3. 循環型社会とサーキュラー・エコノミーの違い
4. VMS(Vision-Meso-Seeds)モデル
5. 循環プロバイダー
6. まとめ

はじめに

企業活動は、サステナビリティの考え方の下で変わらざるを得ません。カーボン・ニュートラル、生物多様性、そして本日お話するサーキュラー・エコノミー(CE)の考え方が、企業活動に大きな影響を及ぼします。本日は、サーキュラー・エコノミーが意味するものは何か、もしくは「ものづくり」にどういう影響を与えるかについて、お話ししたいと思います。

1. サステナビリティに関する時代背景認識

サステナビリティを企業活動の中心に取り込まないと、企業はやっていけなくなります。この「中心に」というのが、3つの点で従来と異なります。

① 企業活動の中心に

従来:CSR(企業の社会的責任)の考え方の下、環境部門が植林や農業体験を行う
現在:企業活動の隅々に、経営陣がサステナビリティを浸透させる

② 絶対量ではかる持続可能性(absolute sustainability)

従来:ゴミを減らす、できるだけリサイクルを行う
現在:絶対的な目標を設定し、それを達成しなければサステナブルな世の中は来ない
【例】カーボン・ニュートラル、資源の100%循環

③ 戦略モデルからビジョンモデルへ(purpose management)

早稲田大学の入山章栄教授は、「マーケットを見て戦略を立てるという製品開発のモデルではなく、ビジョンの提示によって企業の価値を高めることが大事」と主張しています。例えば、Appleが「2030年までにサプライチェーンの脱炭素化を実践する」というのは、まさにビジョンであり、absolute sustainabilityです。こうした企業のあり方を目指さなければなりません。

2015年以降、「プラネタリー・バウンダリー」という概念が広まり、地球の限界量を定量的に測ることが科学的にできるようになりました。つまり、具体的な数字として表れてきたことが、absolute sustainabilityを引っ張ってきています。また、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)において、気候関連に関するガバナンス、戦略、リスクマネジメント、CO2の指標と目標を公開する動きを金融業界が引っ張ることにより、世の中が大きく変わりつつあります。
もう一つの流れが「モノからコトへ」という流れであり、これはサステナビリティと表裏の関係にあります。京都大学の諸富徹教授は著書『資本主義の新しい形』の中で、「まさに資本主義が物質的なモノから、非物質的なモノへ重点が移行している。それに対して、狭い意味でのものづくりにこだわり過ぎたのが、日本が『失われた30年』を過ごしてしまった理由である」ということを、さまざまなデータを駆使しながら論じています。単純な脱物質化ではなく、非物質的なモノが価値を生み出すのは、物質的なモノが下支えしているからであり、物質的なモノと非物質的なモノの調和がきちっと図られなければならないという意味でも、ここに書かれていることは非常に説得力があります。このような「非物質主義的転回」が、大きな流れとしてサステナビリティと絡み合っています。

2. サーキュラー・エコノミーとは何か

日本の場合、循環型社会の基本的な枠組みが法律として施行された2000年以前の議論は、廃棄物処分場の問題がメインでした。しかし、エネルギー源を再生可能資源に置き換えれば、カーボン・ニュートラルの社会が実現できるのでしょうか。それだけの再生可能資源、エネルギーのリソースが日本にあるかといえば、かなり厳しいものがあります。より本質的に、モノの生産や廃棄を減らし、世の中に流れるモノのフローを減らすことと、エネルギーの再生可能化を掛け合わせることにより、カーボン・ニュートラル社会を実現させるという議論が欧州では主流になりつつあります。短期的には、ウクライナ危機により、資源確保の戦略としてリサイクルが浮かび上がってきているという現状もあります。では、欧州のサーキュラー・エコノミーの現状をみていきましょう。
2015年に発表された欧州のサーキュラー・エコノミー・パッケージは、本質的には「資源循環が前提の社会をつくる」ことを標榜しています。このサーキュラー・エコノミーには、二つの柱があります。一つは、プラスチックに代表されるリサイクルを社会的に定着させることです。ゴミ処理もこの一部です。もう一つは、大量生産・大量販売のビジネスをやめること、つまり、資源消費と豊かさのデカップリングです。従来の資本主義経済の下で何とか循環を成立させようというのではなく、環境問題の枠内に留まらず、ビジネスの仕組み自体を変えてしまおうという考え方であり、例えば、シェアリングやサブスクリプションサービスが該当します(図2)。リサイクルにきちんと取り組もうという話とビジネスの仕組みを変える話とが、さまざまな法規制に影響を及ぼしているのが欧州の現状です。

なぜ、欧州ではこのような流れになったのでしょうか。一つは、やはり「モノからコトへ」という価値観の大きな変化があります。もう一つは、欧州の場合、自動車以外の量産品の市場において大メーカーはなく、むしろ、地域の資源をうまく循環させる「メガリサイクラー」が巨大企業になっていますから、大量生産・大量廃棄型の大産業ではなく、ものづくり以外の人たち(循環プロバイダー)が元気になる政策を打ったほうが、彼らにとっては利益が生まれる構造になっていることが挙げられます。
サーキュラー・エコノミーの政策は欧州においてさまざまな形で実装されていますが、典型的なのは製品設計です。「こういう設計をしなければいけない」という形で圧がかかります。2022年3月に発表した「エコデザイン規則(案)」は「エコデザイン指令」をバージョンアップした規則案であり、適用範囲も、従来の電気・電子製品からすべての商品を対象とする形に変わりました。欧州の製造業では、サステナビリティ革命とデジタル革命の文脈のなかで、サーキュラー・エコノミーが環境対策から経営戦略へ位置付けが変わりつつあります。日本企業は、従来の環境対策の延長線上で、規制追従型であるのに対し、欧州企業は経営の意思決定へ浸透し、各事業にも浸透しています。
一方、日本は、2000年に「循環型社会形成推進基本法」が施行され、3R(Reduce・Reuse・Recycle)で社会を回してきましたが、廃棄物処理行政の発想で進めたため、結局、「大量生産プラス大量リサイクル」に収束していったのではないかと考えられます。

3. 循環型社会とサーキュラー・エコノミーの違い

循環型社会は廃棄物に関する社会的責任だったのに対し、サーキュラー・エコノミーは「資源の有限性の下で、どうやって経済を成り立たせるか」という考え方です。循環型社会ではゴミという「モノ」が注目されるのに対し、サーキュラー・エコノミーは資源消費と経済のデカップリングという考え方に基づいた経済活動であり、ビジネスの仕組みも変えます。物質的な循環、広い意味でのリサイクルの視点にこだわり過ぎてはいけません。実は、欧州におけるサーキュラー・エコノミーの考え方において、リサイクルの重要性は日に日に低下しているのです。

4. VMS(Vision-Meso-Seeds)モデル

VMS(Vision-Meso-Seeds)モデル(図3)は、トランジション・マネジメントの分野で言われている「マクロ・メゾ・ミクロ」モデルを流用したものです。VisionとSeedsの間には、中間のMeso(メゾ領域(社会))があります。ここには、産業、生活、農業、社会制度、経済等があります。技術開発をするシーズ・レイヤーで新しい技術ができたとしても、それが社会の中にちゃんと浸透していくかはわからないし、社会に浸透したとしても、その結果として効果があるかはわからないわけです。よって、メゾ領域は非常に大事です。

従来の設計は、コストパフォーマンスの高い製品をいかに効率良くつくるかでした。また、従来のエコデザインは、分解性、リサイクル性を向上させるため、製品設計に多少の改良を施す程度でした。一方、我々が提唱しているライフサイクル設計とは、実世界のさまざまな外部要因(法規制、顧客の要求、市場)を読み解きながら、製品コンセプト・ビジネスオプション・LC(Life Cycle)オプションの3つを組み合わせたうえで、設計を始めます。それが製品設計になり、サプライチェーンやバリューチェーンの設計になる形で展開し、社会に実装し、問題があれば改良するということです。狭い意味での古典的なエコデザインは、製品設計だけをやっていてバリューチェーンとつながっていないために問題が起きるのですが、ライフサイクル設計を実施すると安定した循環を設計できます。

5. 循環プロバイダー

モノを使って、どういう「コトづくりビジネス」をやるかが大事になってきます。それは、モノや情報やお金をうまく循環させる仕組みをつくることです。適切な循環を構築するためには、予め適切な設計をし、適切にマネジメントしなければなりません。
この適切な循環というサービスを提供する人たちを、「循環プロバイダー」と呼んでいます。循環を企画し、ビジネス化して、運営のオーケストレーションをすることが求められます(図4)。欧州には「メガリサイクラー」がいて1社で実施可能なのですが、日本の場合、リサイクラーは規模が小さく、メーカーが力を持っているために循環の仕組みをつくることは難しい状況にあります。また、メーカーは頭が堅いし、後工程のことはよく知らない、ということもあります。そうすると、やはり適切なアライアンスを組み、循環サービスをつくることが必要になってきます。私は、メーカーがあまりにも製品ライフサイクルの中の「生産」や「物質的なモノ」にこだわり過ぎていると感じています。そのアンチテーゼとして「循環プロバイダー」と表現しています。

循環を成立させるには、製品ライフサイクルを通してユーザーのデータをやり取りすることが重要です。これを使って、設計や再生産を行うのですが、中でも最も重要な領域になりそうだといわれているのが、サプライチェーンです。例えば、電池をつくるために、リサイクル材を入れなければいけないというEUの規制ができつつあるのですが、リサイクル材は有害物質のリスクもあるので、トレーサビリティ、質や量の保証が付加価値となって、それをDXでサポートすることが必要になってきます。つまり、モノと情報をうまく組み合わせることができれば、それが付加価値になるという方向性が、循環経済の中に存在しているのです。

6. まとめ

サステナビリティとデジタル革命が、今後のものづくりの方向性を決める最重要な要因です。特にサーキュラー・エコノミーやカーボン・ニュートラルは、市場競争の座標軸を変えていくことを狙い、欧州が世界に働きかけています。その意味で、サーキュラー・エコノミーを、従来の廃棄物処理や3Rと同列に理解するのは危険です。本質はカーボン・ニュートラルにしろ、サーキュラー・エコノミーにしろ、地球の有限性と豊かさ・経済・市場競争力とのデカップリングなのです。
このことは先述のVMSモデルで整理することができ、その中のメゾ領域が重要です。技術開発はもちろん大事ですが、メゾ領域をしっかりと見据えて、例えば製品ライフサイクルをうまくデザインし、マネジメントし、運用していくこと等が非常に重要です。日本が弱い部分ですが、頑張らないといけません。

〈質疑応答〉

質問A サーキュラー・エコノミーが経済の仕組み自体を変えなければいけないという話がありましたが、社会全体を変えていく仕組みの具体的なヒントはありますか。
梅田 ESG投資等でメーカーはここ数年で急激に動きましたし、フレキシビリティが高まったのではないかと思います。やはり、金融の力はものすごく強力で、金融の後押しがあると製造業は一気に動きます。ものづくり企業はDXを導入し、サプライチェーンで関係者と直接つながり、トレーサビリティの情報等をやり取りしなければ、そもそも製品を出荷できなくなります。ハードウエアだけでは世界の流れについていけなくなると思います。
質問B サーキュラー・エコノミーの分野はこれから成長していくところなので、スタートアップの役割も大きいと思いますが、どのようにお考えでしょうか。
梅田 リサイクルの部分は、装置産業的なところがあるので従来型企業の役割が大きいと思います。一方、サーキュラー・エコノミーのビジネスがうまくいくかどうかは、経済的なメリットを含め、やってみないとわからないところが多分にあると思います。スタートアップが主導し、失敗してもいいという形で知恵の蓄積をすることが大事ではないでしょうか。
質問C 家電あるいは自動車のような耐久財において、リサイクル以外にどんな循環のアプローチが考えられますか。
梅田 長寿命化、リマニュファクチャリング、部品のリユース等、モノの形を壊さない循環が期待されます。医療機器のようなB to B装置、つまりコンシューマー・マーケットではないもののほうがやりやすいのではないかと思います。家電品のようなB to Cで取り扱う商品は仕組みを構築するのが大変で、かなり難しいと思います。いずれにしろ、やりやすいものからやっていき、成功例を積み上げることが大事なのではないかと思います。

著者プロフィール

梅田 靖 (うめだ やすし)

東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター 教授

1992年3月 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士課程 修了。博士(工学)、1992年4月 東京大学工学部助手、1995年4月 東京大学工学部講師、1999年4月 東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻 助教授、2005年2月 大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻 教授、2014年1月 東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻 教授、2019年4月 東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター 教授(現職)
グリーン購入ネットワーク(GPN)会長、エコマーク運営委員会委員長、精密工学会ライフサイクルエンジニアリング専門委員会委員長、経団連21世紀政策研究所研究主幹なども務める。国の委員も多数、ISO TC323(サーキュラーエコノミー)CAG(Chair’s Advisory Group)メンバー。専門は、ライフサイクル工学、サステナブル・マニュファクチャリング、次世代ものづくり、設計学、メンテナンス工学。著書は「サーキュラーエコノミー~循環経済がビジネスを変える」(勁草書房)など。
著書・編著 松岡由幸ほか「デザイン科学事典」丸善出版,2019,(編集委員. 「エコデザイン」,「製品ライフサイクルモデリング」の項執筆)。梅田靖,21世紀政策研究所「サーキュラーエコノミー:循環経済がビジネスを変える」勁草書房,2021年1月(編著)の他、論文著書寄稿・書評等多数