World View〈アジア発〉シリーズ「アジアほっつき歩る記」第98回

タイ 快適なコンパクトシティ チェンマイの今

2023年6-7月号

須賀 努 (すが つとむ)

コラムニスト・アジアンウオッチャー

これまでタイのチェンマイには何度も行っているが、宿泊しても2-3日ということが多かった。今回初めて1か月滞在してみたチェンマイの様子を紹介してみたい。かつては日本人にとって海外ロングスティの人気都市だったが、最近はどうだろうか。

チェンマイはコンパクトシティ

チェンマイはタイ北部の大きな街であり、同時に古都という印象があり、バンコクを東京とすれば京都のような場所かと勘違いする日本人も多い。だが実際のチェンマイの街の規模はバンコクより遥かに小さく、タイ第2の都市などでは決してない、ということを先に述べておきたい。
その代わり、バンコクのような都会の喧騒はなく、朝晩の交通渋滞といってもさほどの混雑でもない、極めて穏やかな街だ。ピン川から城壁の残る旧市街地一帯は、お寺が多く存在し、ふらっとその中に入り、祈りを捧げたくなるような雰囲気がある。史跡、寺院、食堂、ホテルなどが極めて近い場所にあり、ある程度は徒歩で行けてしまう、まさに観光客にとっては便利なコンパクトシティといえるだろう。
コンパクトなのは街だけでなく、そこに住まう人間関係も極めて密接だといえる。筆者は茶の歴史を追ってこの街にやってきたが、ほぼ知り合いもいないなか、気が付けば1か月の間に、大いなる収穫を得た。それは一人と知り合えば、後は次々に紹介者が現れ、『会いたいと願えば叶う街』と心底思ったほどだ。

滞在に便利なチェンマイ

チェンマイの産業といえば、基本は観光業だろう。ヨーロッパ人などがその自然を求めてチェンマイ郊外の山中に分け入る姿が多く見られた。観光産業が盛んで外国人が多いことから、小さなお店にも英語や中国語メニューがあり、言葉が通じやすいのは何とも便利だ(タイは東南アジアでも英語が通じにくい国との感覚あり)。
外国人向け商品へのアクセスが容易であり、またタイ料理だけでなく、パンやパスタが美味しい店なども多く、食事の不便はあまり感じない(和食はバンコクには敵わないが)。そして物価はバンコクより1-2割安いと感じられ、宿泊費などはもっと安いだろうから、滞在しやすい街といえる。
気候的には、日中はバンコクと変わらない暑さではあるが、朝晩はかなり涼しく、夜の睡眠も快適だった。寒暖差があることは、日本人には楽なのではないだろうか。実際現地に長期滞在している方々(特に60歳以上)にチェンマイの良さを聞いてみると、気候の良さを上げる向きが多かった。ただ残念ながら3月以降は煙害により空気がかなり悪いとの報道もあり、滞在には季節を選ぶ必要があるかもしれない。
また見逃しがちではあるが、食文化や生活習慣など、タイ北部は日本に近い所がある、というのも、気持ちよく滞在できる要因かもしれない。例えば、味は若干異なるが漬物や納豆があり、日本に近い米を食する。山岳民族は正月に餅つきをして、独楽を回して遊ぶなど、日本の原風景かと思われる光景を山で目にすることもある。タイ北部からミャンマーシャン州、ラオス北部、雲南南部、これを一つの文化圏と考え、古代の日本との繋がりに思いを馳せるのも面白い。

コロナ禍のチェンマイ

2020年コロナ禍の京都は観光客がいなくて本当に良かった、という感想を聞いたことがある。同じ言い方をすれば、コロナ禍で観光客の少なかったチェンマイも良かったといえるかもしれない。それくらいコロナ前は中国人などが押し寄せていたチェンマイだが、2023年2月現在、中国のコロナ規制が解除されたといっても、団体旅行者の姿を見ることはなかった。
ただ地元民によれば、今も中国人はチェンマイに来ているという。それは中国の厳しいコロナ規制を嫌がり、チェンマイで不動産を購入して居住し、子供をインターに通わせるプチ富裕層だともいわれており、当然その数は限られているが、それでも目立ち始めている。
コロナ禍においてタイ政府も日本の『全国旅行支援』のような政策を打ち出し、これまで外国人中心だったチェンマイにタイ人観光客を呼び込み、全体としては一定の成果を挙げたとの話も聞いた。ただヨーロッパ人受入を主業とする旅行会社の社長によれば「コロナ禍は悲惨だった。全くお客はなく、土地を売って何とか凌いだ」という。今やタイ人の日本観光がすさまじい勢いで伸びているが「それはアウトバウンドの話。オペレーターは送り出しと受入れで全く違う」と聞き、旅行業と一括りには出来ない実情の一端を知る。
そして残念ながら日本人は海外旅行に二の足を踏んでいるとも感じる。確かに航空券の高騰や円安要因、更には各国の物価上昇など逆風が吹いており、海外に行きたい若者は資金不足、余裕のある高齢者はコロナ不安などが主因といわれている。因みに現在チェンマイにロングスティしている日本人は数百人いるようだ。ロングスティブームだった2000年代と比べるコロナ禍で帰国を余儀なくされた方もいて、最盛期の半数以下になっているらしい。
チェンマイで毎週末開催されるサンデーマーケットに行くと、既に観光客が溢れかえり、身動きできない程の時もある。ある商店主は「既にコロナ前の80%は回復している。これに中国人が加われば、120%回復だ」と意気込んでいたが、この状況に中国人が押し寄せれば、キャパオーバーになるのではと心配になるほどだった。

実はタイ人は自己判断でマスクを着用する人がいまだに多いが、外国人はノーマスクが殆ど。再度感染爆発の恐れを気にする向きもあるが、これまで3年間の辛抱を考えれば、コロナを恐れて観光客を逃がすことは死活問題という声をよく聞いた。日本でも同じ議論が起き、果たして何が正解かは難しい問題だが、チェンマイは既に歩み出している。

著者プロフィール

須賀 努 (すが つとむ)

コラムニスト・アジアンウオッチャー

東京外語大中国語科卒。
金融機関で上海留学、台湾2年、香港通算9年、北京同5年の駐在を経験。
現在は中国を中心に東南アジアを広くカバーし、コラムの執筆活動に取り組む。