ツール・ド・九州がもたらす地域への影響

2024年2-3月号(Web掲載のみ)

後藤 明 (ごとう あきら)

株式会社日本政策投資銀行九州支店企画調査課 課長

1. はじめに

2023年10月6日(金)~9日(月)の4日間、九州を舞台とする国際サイクルロードレース「マイナビ ツール・ド・九州2023(注1)」が開催されました。第1回大会となった2023年大会についても、世界トップレベルに位置するチームが参加可能なレースとなったため、九州において魅力的なレースが観戦できる機会となりました。
私も初日となる10月6日(金)に北九州市で開催された「小倉城クリテリウム(写真1)」を観戦しましたが、ロードバイクの集団が高速で駆け抜ける姿や音、選手の順位が目まぐるしく入れ替わるレース展開など、現地で観戦することの醍醐味を充分に感じることができました。

初開催となった今回は、福岡県・熊本県・大分県を舞台としてレースが開催されましたが、将来的には、九州各県を舞台とした国際的なロードレースに成長させていきたいと考えられています。
来年度の第2回大会については、今回と同様に福岡県・熊本県・大分県が舞台となりますが、2025年に開催予定の第3回大会については、九州全域におけるサイクルロードレースの定着を目指し、開催地を広げたいとの考えが示されています。
また、ツール・ド・九州は、各県知事で構成される九州地域戦略会議や九州経済連合会などを中心に、九州の官民が一体となって推進したイベントであることが特徴の一つとなっています。ツール・ド・フランスが、世界中から観光客を集める自転車競技の一大イベントであるように、スポーツ振興という側面のみならず、地域観光振興、地域経済振興の観点からも、誰もが知る九州の主要イベントの一つに育っていくことが目指されています。
本稿は、このように地域からの期待が強いイベントであるツール・ド・九州の地域経済波及効果について、2023年7月に(株)日本政策投資銀行九州支店が発表した「ツール・ド・九州開催による経済波及効果(注2)」レポートの内容を抜粋し、紹介をさせて頂くものです。なお本稿における経済波及効果額は、マイナビ ツール・ド・九州2023大会報告書(速報版)にある観客数(速報値)を踏まえて再試算をしています。

2. マイナビ ツール・ド・九州2023の概要

マイナビ ツール・ド・九州2023は、九州の経済団体トップと各県知事で構成される九州地域戦略会議において開催が検討されてきた大会であり、国際自転車競技連合(Union Cycliste Internationale:UCI(以下、UCI))の認定を受けた国際サイクルロードレースです。初開催となる今回は、2023年10月に4日間に亘って行われ、ステージは福岡県・熊本県・大分県の3県、全走行距離が400㎞を超える熱いレースが展開されました。また、第1回大会にも拘わらず、トップレベルの選手たちの参加が可能となる「UCIコンチネンタルサーキットアジアツアー クラス1」の認定を受けたレースとなったため、九州において世界トップレベルのレースを観戦する機会となりました。

ちなみに、ツール・ド・フランスに代表される、サイクルロードレースは、基本的に優勝を競う個人戦のレースです。しかし、その個人が優勝するためには、チームでの連携が重要となります。高速で公道を走り抜けるサイクルロードレースを制するためには、前面からの空気抵抗を如何に減らすかが重要となります。そのため、チーム内で最も実力のある選手(エース選手)を空気抵抗から守り、体力を温存させるべくチームメイトが連携します。具体的には、エース以外の選手たちが隊列を組んで、エース選手の前を走ることで、空気抵抗を減らしながら進みます。最終的に、体力を温存させたエース選手がゴール前で全力疾走してゴールテープを切ることが、チームとしての目標になります。そして、このチーム同士の駆け引きが、サイクルロードレースの見どころの一つでもあります。
ちなみに、サイクルロードレースの成績評価基準は「自チームから優勝者を出すこと、もしくはそれに準じた順位を獲得すること」にあるので、たとえ優勝者以外の全員がリタイアしたとしても、そのチームは最高評価を得ることになります。

3. マイナビ ツール・ド・九州の経済波及効果

3-1. 算定方法

ツール・ド・九州の経済波及効果算出に際しては、栃木県宇都宮市で開催されている「ジャパンカップサイクルロードレース」のデータを参考にしています。ジャパンカップサイクルロードレースは、日本でも最大規模のロードサイクルイベントであり、1992年から毎年開催されています。宇都宮市の発表によれば、2022年(10月14日(金)~16日(日))は、3日間で13万人がレースを観戦(うちクリテリウム5万人)し、その経済波及効果は26億3,400万円と推計されています。このジャパンカップサイクルロードレースの観戦者データや観光関連の統計情報等を利用して、マイナビ ツール・ド・九州2023の経済波及効果を試算しています。これに加えてツール・ド・九州の開催にあわせて造成・販売されている旅行商品「ディスカバー九州(注3)」の経済波及効果を試算し、これらを合計して、マイナビ ツール・ド・九州2023(全体)の経済波及効果として推計を行いました。

3-2. 前提条件

① 観客数について

大会開催後に公表された「マイナビ ツール・ド・九州2023大会報告書(速報版)」によれば、観客数(速報値)の合計は8万8,300人となりました(図1)。

② 観戦者等による消費額と事業費

消費単価については、開催県や国が発表している統計データを活用しています。宿泊客・日帰り客の想定については、ジャパンカップサイクルロードレース観戦者の宿泊状況を踏まえ、直近3大会の平均値を用いて、宿泊比率47.5%、日帰り比率52.5%と想定をしました。
加えて、マイナビ ツール・ド・九州2023の開催にあたっては、チーム契約金等を除くと約8億5,000万円の事業費が見込まれていることから、これも大会開催に伴う最終需要額の一部としています。

3-3. 経済波及効果

以上の前提条件を用い、各県が作成・公表している産業連関表(中分類表)によって経済波及効果を計測しました。なお、間接効果は二次波及効果まで測定しています。本稿で設定した前提条件に基づくと、マイナビ ツール・ド・九州2023の全4レースで、26億1,619万円の経済波及効果があると試算されました。

4. ディスカバー九州の経済波及効果

4-1. 算定方法

ツール・ド・九州の開催にあわせて、サイクリングによる旅行商品「ディスカバー九州」の造成・販売がされています。ディスカバー九州は、ツール・ド・九州と同様に、サイクルツーリズムの推進を図り、サイクリング文化を醸成するとともに、これによる持続可能な地域の活性化を目的とするものであることから、このディスカバー九州の実施による経済波及効果についても算定をしています。
ディスカバー九州に関しては、日帰り(所要3~4時間程度の38コース)から5~14日程度かかる長期型(10コース)まで、多様なルート、テーマなどのラインナップが揃えられています(表2)。全ての商品には地域に精通したサイクリングガイドが同行するほか、宿泊を伴う長期型コースではサポートカーも同行します。旅行代金は、日帰り8,800円、長距離型では30万円以上、12日以上では70万円以上が想定されています。

4-2. 前提条件

実施主体が目標とする2023年度中の参加者数は、330名とされています。日帰りコースについては、ほとんどの単価が8,800円に設定されていることから、これを日帰りコースの単価としています。中~長距離コースについては、各ツアー単価の中央値付近となる9日間・50万円を平均単価としました。その他、観光庁「2018年旅行・観光消費動向調査年報」および観光庁「訪日外国人消費動向調査」(2018年)の宿泊費・飲食費の単価を勘案し、ディスカバー九州の想定消費額(売上額)を約7,700万円と試算しました。

4-3. 経済波及効果

以上の前提条件を用い、各県が作成・公表している産業連関表(中分類表)によって経済波及効果を計測しています。なお、間接効果は二次波及効果まで測定しています。その結果、本稿で仮想的に設定した前提条件に基づけば、ディスカバー九州の実施により、総計で1億1,399万円の経済波及効果があるものと計測されました。

5. ツール・ド・九州(全体)の経済波及効果

マイナビ ツール・ド・九州2023及びディスカバー九州の実施による経済波及効果は、レースの開催が予定されている①小倉城クリテリウム、②福岡ステージ、③熊本阿蘇ステージ、④大分ステージに関する経済波及効果と、ディスカバー九州の経済波及効果を合計し、総額27億3,018万円と推計されました。
なお、今年のマイナビ ツール・ド・九州2023に関しては、観客数に加えてパブリックビューイングへの参加者数(約5.5万人)、レースを中継した動画投稿サイトYouTubeでの再生回数(26.7万回)も発表されていますが、これらは今回の経済波及効果の試算には含まれていません。

6. おわりに

ツール・ド・九州は、今後も継続的に開催されることで、名実共に日本最大級且つ国際的なサイクルロードレースになっていくことが期待されます。次回以降の開催に向けてツール・ド・九州が進化していくためには、(1)継続開催・開催県増加による知名度の向上、(2)九州観光の高付加価値化がポイントになるものと考えています(図2)。

(1)継続開催・開催県増加による知名度の向上

集客力を高めるためには、まずはイベントの知名度を上げることが重要になります。2024年は引き続き3県を舞台とした大会になる見通しですが、2025年に開催が予定される第3回大会に向けて、開催県を増加させることができれば、九州内における知名度を向上させ、これまで以上に九州全域が一体となるイベントになっていくのではないでしょうか。また、訪日外国人旅行者数が、コロナ前を上回る状況になってきているなか、海外を含めたプロモーションを強化することができれば、より多くのインバウンド旅行者を惹きつけるイベントに育てていくこともできます。外国人観光客がSNSで発信した情報が、母国で拡散されて注目が集まることで、結果的に日本国内での知名度が上がるようなケース(例:元乃隅神社(山口県)の海と鳥居の景色など)もあることから、こうした戦略は、国内外を問わずツール・ド・九州の知名度向上に有効だと考えられます。

(2)九州観光の高付加価値化

地域への経済波及効果を高めるためには、高付加価値が重要なポイントになると考えられます。特にディスカバー九州は、外国人を含めたサイクリスト(自転車愛好家)などを中心に、付加価値の高い旅行のニーズに応えられる商品のひとつとして、定着させることが重要です。ツール・ド・フランスが定着している欧州からのインバウンドのみならず、TSMCの九州進出に伴い往来が盛んになることが想定される台湾人に、サイクリストが多いことは、今後のツール・ド・九州の追い風にもなるといえます。九州をサイクルロードレースやサイクルツーリズムの聖地にしていくことができれば、九州観光のリピーターを増やすことにも繋がりますし、地域への経済波及効果を大きく積み増すことも期待できます。しかし、これを実現するためには、インバウンド旅行者に対応できる語学力のみならず、自転車のメンテナンスやロードレースに関る知識を有するガイド人材を養成することが重要となります。

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世界から注目が集まるツール・ド・九州の開催は、九州における大きなチャンスであるといえます。このチャンスを、イベントの継続開催・開催県増加による知名度の向上や九州観光の高付加価値化などにより、九州地域全体で活かしていくことが、地域への経済波及効果を拡大させる鍵となるのではないでしょうか。

(注1)今年度大会を示す場合は「マイナビ ツール・ド・九州2023」と表記し、今後の大会も含める場合は「ツール・ド・九州」と表記している。
(注2)日本政策投資銀行九州支店、“ツール・ド・九州開催による経済波及効果”、2023年7月、https://www.dbj.jp/topics/dbj_news/2023/html/20230711_204396.html
(注3)ディスカバー九州は、ツール・ド・九州の開催にあわせて実施されている九州・沖縄・山口におけるサイクルツーリズム推進の取組み。ブランドの構築と国内外からの誘客促進を目指し、サイクルツアー造成等が行われている。九州地域戦略会議で策定された「九州観光戦略」の実行組織である九州観光機構がディスカバー九州の実施主体となっている。
https://cyclingisland-kyushu.com/index.html

著者プロフィール

後藤 明 (ごとう あきら)

株式会社日本政策投資銀行九州支店企画調査課 課長

2002年日本政策投資銀行入行。2007年より1年間の復旦大学(中国・上海)派遣、2008年より3年間は日本経済研究所に出向。その後、国際統括部、新潟支店での投融資業務、企業戦略部でのM&Aのアドバイザリー業務に従事。2018年4月より政投銀投資諮詢(北京)有限公司(副総経理)へ出向後、2020年6月より現職。名古屋大学経済学部卒業、香川大学地域マネジメント研究科修士課程修了(MBA)。