World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第43回

バッテリー・リサイクル ~EU改正規則と持続可能なビジネス~

2024年4-5月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

域内で使用されるすべてのバッテリーを対象とした、リサイクルのEU改正規則が2023年7月に発効した。回収率にはじまり、再資源化率、さらに再生素材の使用率にまで踏み込み、具体的な数値で義務化する内容だ。
EUが描く道筋は、バッテリー産業に何をもたらすのか。今回は、ヨーロッパ有数のイノベーション研究機関であるFraunhofer ISI(独)でのインタビューを中心に、リチウムイオンバッテリー(LIB)、特にEV用に焦点を当てこのテーマを掘り下げてみたい。

急拡大する需要

EUは、2035年までにすべての新車をゼロエミッション化する目標を掲げ、EVの普及拡大に力を入れている。しかし、充電インフラひとつとっても整備が順調に進んでいるとはいえず、目論見通りにEVが普及するのか筆者は懐疑的だ。
ただし、仮に歩みを弛めたとしてもEV普及は確実に進み、必然的にリサイクルの重要性は増すことになる。改正規則の目的はバッテリーの生産から素材の再生使用まで、ライフサイクル全体を通した循環経済の確立であり、持続可能なバッテリー産業の育成にも多大な効果が期待される。

図1は、ドイツ連邦教育研究省(BMBF)の助成プロジェクト「BEMA 2020」でFraunhofer ISIが作成した、LIBリサイクルのレポートのデータである。LIBの回収量は、今後10年間でおよそ6倍に増えると予想され、それに対応する処理能力は、今のところ十分であると見込まれている。バッテリー・リサイクルは、需要拡大を見通せる手堅い産業分野ということができる。

クラスターの形成

レポートには、ヨーロッパ各地の主なLIB処理施設の所在と処理能力の地図が載っている。際立つのは、ドイツ北部にリサイクル拠点が集中している様子だ。レポートの責任者Schmaltz博士に、その背景を伺った。
「実のところ、はっきりしたことは分かりませんが、まず考えられるのは、補助金を出すなど新たな産業の育成に力を入れていることです。
また以前から、バッテリーの素材、セル製造、リサイクルの関連企業が比較的多い地域なので、受け入れの土壌が整っているのではないでしょうか」。
昔、北西ドイツは炭鉱業で栄えたが、今は新たな産業の育成に躍起になっている。一方、北東ドイツ(旧東ドイツ)は、ドイツ再統一後の経済の落ち込みが激しいが、高等教育水準が高く、再生可能エネルギー関連の研究所や企業の立地が少なくない。
そして、再生素材や製品の輸送には注意が必要で手間と費用がかかるため、施設の集中配置には利点がある。そういった背景から、ドイツ北部と周辺地域に、クラスターが形成されているようだ。

新たなマーケット

競争力はどうなのだろう。人件費やエネルギー価格の高いヨーロッパで再生された素材は、市場競争力を得られるのだろうか。
「改正規則により、新しいバッテリーは再生素材を一定量使用(注※)しなければならなくなります。バッテリーメーカーは、価格に関係なくこれを選択しなければなりません。再生リチウムのマーケットは、(採掘・精製)リチウムとは別個のマーケットとして成長するはずです」。
改正規則はリサイクル事業者にメリットをもたらす。なぜなら、具体的な数字が示されることで、明確なビジネス・プランニングが可能になるからだ。
健康と環境に配慮したシステムの確立を促すのも改正規則の目的であり、カーボン・フットプリントの規則や、バッテリー・パスポート(2027年から実施)というトレーサビリティーの規則を定めている。結果、EU域外で環境対策を削り割安な再生素材を生産したとしても、EU域内で販売することはできなくなる。

リユースの可能性

回収バッテリーは、品質によってリユースが可能だ。実際、ケルン(独)では、地元の自動車工場(Ford)の協力により、回収されたLIBがEV路線バスの充電ステーションでストレージとして活用されている。
「現状、自動車メーカーのリユースは難しいでしょう。バッテリーの由来を100%確認することはできませんから、わずかであってもリスクを抱えて車を走らせることは、ビジネスとして機能しないと思います。
しかし、そこまでの完全性が求められない場面での需要は増えるでしょう。いずれにしてもリユースのビジネスモデルは確立しておらず、ビジネスケースを積み上げている段階です」。

現状と課題

さらにSchmaltz博士が挙げた課題は、処理作業の効率化と自動化の促進だ。ただし「メーカーにとっては、バッテリーの機能向上や、いかに安く・薄く製造するかが大切で、使用後のことは(私の知る限り)考慮されていません」。製造する側に、リサイクル・デザインの向上をどのように動機付けするか、社会全体で対処する必要がありそうだ。
もう一つの課題は処理規模の拡大によるコスト削減だという。すでにSungEel社(韓国)やEcobat社(米国)が、最大級の処理能力を持つ工場を建設し、Umicore社などの大手セルメーカーや、自動車メーカーも乗り出している。しかもレポートによれば、工場建設においては、近い将来の処理能力増強を見越しているという。キープレーヤーは次の時代を見据えながら、着実に新たな一手を打っている。

(注※)2031年から、リチウム6%、コバルト16%、ニッケル6%、鉛85%の使用率証明が義務付けられる。

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独28年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。