特別研究 (下村プロジェクト)

シリーズ「ポストコロナにおけるグローバルリスク」第9回(最終回)

ポストコロナにおけるグローバルリスク:総括

2022年9月号

小川 英治 (おがわ えいじ)

東京経済大学経済学部 教授/一般財団法人日本経済研究所 評議員

1. はじめに

2020年3月11日に世界保健機関(以下、WHO)によって新型コロナウイルス感染症が世界的感染拡大(パンデミック)とみなされると表明されてから2年半が経とうとしている。しかし、いまだ波(むしろ津波)状的な感染拡大が世界を襲い、日本国内でも第7波となって、新規感染者数の最高記録を塗り替えている。多くの国では、日本と同様に、感染拡大抑制と経済活動維持といった政策目標のトレードオフに直面し、両者のバランスを取ろうとした政策が採用されている。それとは対照的に、中国では、ゼロコロナを目標として経済活動維持よりもむしろ感染拡大抑制に重きが置かれている。上海では新型コロナウイルス感染症拡大に対して2022年3月から2か月以上にわたって都市封鎖が実施された。そのために、グローバルサプライチェーンが機能不全となり、日本の企業にも影響を及ぼした。このように、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大は、需要サイドとともに供給サイドにおいても経済の停滞を引き起こしたと指摘されている。
現時点で新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大が収束したとは言い難い。しかし、2020年から2022年にかけて世界各国で実施されたコロナ対策の経済政策は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって大きな痛手を受けた企業や産業そして雇用に対してある程度の効果を上げる一方、その副作用が現れ始めている。その副作用を抑制するためにコロナ対策の経済政策を停止して、感染拡大前の状態に急速に復元しようとする動きもみられる。一方、コロナ対策の経済政策がまだ十分に効果を上げていないという判断からその政策を継続する動きもみられる。このようにコロナ対策の経済政策の効果が世界経済においてまだら模様となっていることに加えて、各国の政策当局の現状認識や政策の方向性の相違から、経済政策の復元と維持との間で非対称的な反応がみられる。非対称的な反応のなかで経済政策実施に関する不確実性が高まりつつあり、そのこと自体がグローバルリスクになりつつある。
新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大がまだ収束をみないなか、それが収束した後の状況、すなわち「ポストコロナ」について議論するのは、時宜尚早だという意見もあるかもしれない。しかし、コロナ対策の経済政策の副作用を念頭に置いて、それが収束した後のポストコロナにおける世界経済でその副作用が新たなグローバルリスクとして出現する可能性そしてその状況で国際協調の失敗によって経済政策不確実性が高まる可能性を考察することは早すぎることはない。
このような問題意識を踏まえて、本シリーズでは、『ポストコロナにおけるグローバルリスク』というメインテーマのもとに、10人の研究者がそれぞれに論文を執筆した。筆者が編者として企画した前回シリーズ『グローバルリスクとその影響』の執筆者に2人の研究者に新たに加わってもらった。前回シリーズでは、第I部でグローバルリスクそのものおよびその測定について考察した。グローバルリスクとして、具体的には、米中貿易戦争、Brexit他のEUにおけるリスクとチャイナリスクについて考察した。これらのグローバルリスクは依然として実際に顕現したり、顕現する可能性が高いことから、ポストコロナを想定して、引き続き考察を続ける。一方、その後、米国経済および米国連邦準備制度(以下、FRB)による政策金利引上げや量的金融緩和の正常化等の急速な金融引締め政策がグローバルに見て、円やユーロに対するドルの急速な増価や新興市場国からリスク要因として浮上してきたことから、本シリーズの1つの論文として加えることとした。また、前回シリーズの第II部で、グローバルリスクの影響について考察したが、引き続き同じ研究者によって、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大が直接投資や株式市場に及ぼした影響を考察するともに、最近の国際商品価格の高騰を踏まえて、国際的流動性が国際商品価格に及ぼしている影響を分析した。
これらの論文は、『日経研月報』に掲載された順に、以下のとおりである。

小川英治・羅鵬飛「グローバルリスクの構造変化」
木村福成「政策リスクの増大と国際貿易秩序」
関根栄一「中国の不動産業界を巡る金融リスクと安全網の整備状況~中国恒大集団の流動性問題を例に~」
高屋定美「新型コロナによる欧州経済への影響と、ポストコロナ時代のEU経済戦略」
大野早苗「国際商品価格の決定要因の検証~国際的流動性の影響に着目して~」
松原聖「アジアへの直接投資~コロナ禍における日本企業の動向~」
熊本方雄「COVID-19によるグローバルリスクが株式市場に与えた影響」
地主敏樹・井尻裕之「米国の金融政策と資産価格」

以下で、これらの8本の論文について、論点を中心に概要をまとめることによって、総括する。

2. グローバルリスクの構造変化(小川・羅論文)

本論文においては、コロナ・ショックについて、2020年3月11日にWHOが新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の宣言を行った前後のタイミングと定義したうえで、コロナ・ショック後に世界金融市場および経済政策不確実性におけるグローバルリスクの変化について考察した。グローバルリスクを表す指標としてS&P 500 Volatility Index(以下、VIX)と金融ストレス指数を観察すると、コロナ・ショック時に大きく上昇し、これらに構造変化が起きた可能性がある。もう一つの重要なリスクとして各国の当局がどのような経済政策をとるか、ひいてはそれらの経済政策において必要とされる国際協調がとられるか否かというグローバル経済政策不確実性(Global EPU(以下、GEPU指数))を観察した。これもコロナ・ショックによって急上昇し、構造変化が起きた可能性がある。
グローバルリスクを構造的に変化させる可能性のある要因は、感染拡大防止の懸念、世界経済成長の長期的減速およびFRBの量的金融緩和縮小(以下、テーパリング)と金利引上げである。世界金融危機後のテーパリングでは、米国金利が上昇すると新興市場国から資本が流出した。米国のテーパリングが国際的な流動性を縮小することによって金融資産価格が下落し、同時に、米国との金利差が縮小し、新興市場国から資金が流出することにより、グローバル金融リスクが再び高くなる恐れがある。
それらを踏まえて、いくつかの構造変化を検証する手法を用いて、グローバルリスク指標として用いられるVIXと金融ストレス指数とGEPU指数によってコロナ・ショック時において構造変化が起きたかどうかを検証した。いずれの手法も、各グローバルリスク指標が自己回帰モデルに従って推移すると想定した。分析期間について、VIXが2000年1月3日~2021年11月4日まで、金融ストレス指数が2000年1月3日~2021年11月8日まで、GEPU指数が2000年1月~2021年5月までである。
第一に、Chow検定を用いて、3つのグローバルリスク指標がコロナ・ショックを受けて構造変化を起こしたかを分析した。第二に、sup F検定を用いて、特定の時点の構造変化ではなく、3つのグローバルリスク指標が全分析期間にわたって構造変化を起こしたかどうかを分析した。第三に、グローバルリスク指標が分析期間の中で複数の構造変化を起こすことを想定して、Bai-Perron法を用いて、起こりうる複数の構造変化時点を分析した。
実証分析の結果は以下の通りであった。VIXの構造変化については、Chow検定とsup F検定の結果によって、コロナ・ショック後(2020年3月11日あるいは2020年3月17日)にVIXに有意な構造変化が起きたという結果が得られた。Bai-Perron法を用いて得られた分析結果は、2008年リーマン・ショックと2011年欧州債務危機と2019年米中貿易摩擦と2020年コロナ・ショック(2020年3月17日あるいは2020年3月13日)に有意に構造変化したというものであった。次に、金融ストレス指数については、Chow検定とsup F検定の結果によって、コロナ・ショックの時点にもリーマン・ショックの時点にも有意な構造変化が起きたという結果が得られなかった。しかし、Bai-Perron法による分析結果からは、コロナ・ショック後(2020年3月24日あるいは2020年3月20日)に金融ストレス指数が構造変化を起こしたことが明らかとなった。最後に、GEPU指数の構造変化については、1つの時点で構造変化を検定するChow検定とsup F検定の結果は、GEPU指数がコロナ・ショックの時点で構造変化を起こしたことは検出されなかった。しかし、Bai-Perron法による分析からは、コロナ・ショック後(2020年5月)にGEPU指数が構造変化を起こしたという結果が得られた。
以上の推定結果によって、グローバル金融リスクとグローバル経済政策不確実性がともにコロナ・ショック後に有意に構造変化を起こしたことが明らかとなった。構造変化の時期から見ると、2020年3月のWHOによるパンデミック宣言の直後にグローバル金融リスクが急増して構造変化が起きたのに対して、GEPU指数は2020年5月に構造変化を起こした。その理由は、金融市場参加者のリスク選好がコロナ・ショック後に即時に変わって、世界金融市場におけるシステマティックリスクも同時に上昇したが、各国当局がコロナ対策政策の作成から公表まで時間を要し、2020年5月より大規模なコロナ対策政策を実施し始めたことにあると説明している。

3. 政策リスクの増大と国際貿易秩序(木村論文)

本論文においては、国際貿易に焦点を当てて、2010年代後半以降の政策リスクの増大によって実物経済での経済活動における「ルールに基づく国際貿易秩序」が弱体化し、不確実性が高まったかについて考察された。そのうえで、ルールに基づく国際貿易秩序が直面する二つのチャレンジ、すなわち、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大および米中対立と地政学的緊張について分析が行われた。これらが東アジアの国際的生産ネットワークにどのような衝撃を与えているのか、また国際的生産ネットワークに抜本的な構造変化をもたらすのかが考察された。
生産拠点としてのアジアにおいて展開されてきた国際的生産ネットワークにとって、生産ブロックにおける生産コストがフラグメンテーションによって十分に削減されるとともに、生産ブロックを結ぶためのサービス・リンクのコストが高くなりすぎないことが必要である。平均コストのみならず、コストの分散も危険回避的な企業にとっては重要となる。政策リスクがコストの分散を高めるようであれば、国際的生産ネットワークの構築にマイナスに作用し、国際的生産ネットワークの存在基盤を揺るがす危険性が指摘された。
新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大のなかで、人の移動が止まっても、特に機械産業の国際的生産ネットワークは強靭であったと指摘された。東アジア諸国の輸出が北米・欧州と比べ、落ち込みが小さく、また回復も早かった。特に、サプライ・チェーンの見直しを行う日系企業が少なかったことが指摘された。一方、サプライ・チェーンにおける中国の位置づけについても、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による当初の負の供給ショックが1か月でほぼ解消され、中国からの輸入への依存は日米等で高まった。さらに、中国からASEAN等への生産拠点流出も中国経済全体からみればわずかであったと指摘している。このように、国際的生産ネットワークは、コロナ・ショックに対して頑健であった。政府が過度に市場介入してサプライ・チェーンを管理する必要はなく、政府の関与が強くなりすぎると、管理コストや規制遵守コストが高まり、民間企業のダイナミズムが失われ、成長の機会を逸すると指摘した。
米中対立と地政学的緊張については、米中がお互いに関税をかけあう「関税戦争」から始まり、「安全保障」や「機微技術」の問題に発展している。経済的に中国との関係が深い東南アジアでは、デカップリングとして完全に経済を切り離すことはなく、その影響は部分的なものとなっていると指摘している。
このような状況を踏まえて、日本企業が対応すべき3つの問題が挙げられた。第一に、明示的にハードコアの安全保障とリンクしている輸出管理について、適用範囲を明確に定義し、できる限り効率的な方法で経済活動への影響を最小限にとどめるような運用が望まれる。第二に、中国発の政策リスクの備えについては、中国依存度を高くしすぎないよう、「チャイナ+1」戦略が実際に採られている。このような状況のなかで、民間企業が自らの効率性とリスク管理のトレードオフについて適切に判断を下せるよう、政府は、地政学的環境を整えるとともに、有用な情報を提供することが重要である。第三に、米国発の政策リスクに対する対応については、地政学的緊張が高まるなか、日本の安全保障にとって米国との同盟関係が重要であると指摘する。日本政府は、米国とのきめ細かいコミュニケーションをとる必要がある。一方、日本企業もしっかりと情報収集を行い、日本政府とシェアする必要がある。日本政府は、できる限り明確なデカップリングの適用範囲を示し、政策リスクの防波堤となり、民間企業に自由な経済活動の余地を多く残すことが求められると主張している。
政府は民間企業と市場原理を信頼し、過度の介入を避けることが重要であると指摘する。適切な情報と予測可能なビジネス環境が揃っていれば、民間企業は効率性とリスク管理に関して適切な判断が下せるし、サプライ・チェーンの頑健性も確保できる。政府が過度に貿易・投資を管理して、民間のダイナミズムを損なってしまうことは避けねばならない。貿易管理や経済活動の制限については、基準を明確にし、目的に照らして最低限にとどめるべきである。政府としては、政策リスクをできるだけ軽減し、民間の創意工夫を活かすために予測可能性の高い「ルールに基づく国際貿易秩序」の領域をできるだけ広く確保することが求められる。そのためには、世界貿易機関(WTO)の復権も重要であるし、環太平洋パートナーシップ(CPTPP)や地域的な包括的経済連携協定(RCEP)等のメガFTAsを生きた協定として活用していくことの必要性が強調された。

4. 中国の不動産業界を巡る金融リスクと安全網の整備状況~中国恒大集団の流動性問題を例に~(関根論文)

本論文においては、中国の三大リスク(貧困リスクと環境リスクと金融リスク)の一つである金融リスクに焦点を当てて、中国恒大集団(以下、恒大)の流動性問題を取り上げて、中国の不動産業界を巡る金融リスクと安全網の整備状況が考察された。
恒大の流動性問題については、2021年8月19日に、中国人民銀行と中国銀行保険監督管理委員会の関係者が恒大の経営陣と面談し、債務リスクを積極的に解消して不動産市場と金融の安定を維持すべきとしながらも、恒大の流動性問題に関する投資家の不安が解消するほどの正確な情報開示がなされていない。中国人民銀行も中国銀行保険監督管理委員会も、広東省政府等と協力し、問題解決に努めるとともに、恒大の抱えるリスク解消を適切に秩序立てて進めるとしている。
恒大の外貨建て債務一部不履行の背景として、不動産業界への銀行融資や金融機関の集団投資スキームを通じた資金調達規模が金融当局によって制限され、物件の工事完成や購入者への引渡しによって、物件の販売代金が恒大に入ってくるまでの運転資金を外貨建て債務(香港発行債)で賄えなくなったことにあると指摘している。2020年8月から実施された「三つのレッドライン(①(前受金控除後の)総資産に対する総負債比率が70%以上、②自己資本に対する負債比率(純負債比率)が100%以上、③現金に対する短期負債比率が1倍以上)」規制により、恒大は負債規模を増やすことも、金利負担分を外貨建て債務の借換えにより賄うことも難しくなった。このように、恒大の流動性問題は、中国当局による規制強化によって生じた問題であると指摘している。
金融リスクの解消のうち、借り手の過剰債務問題に対する中国政府の取組みとして、2020年8月20日、住宅・都市農村建設部と中国人民銀行は、恒大を含む主要な不動産企業に行政指導を行った。中国人民銀行は、重点不動産企業の資金モニタリングおよび融資管理規則を制定し、不動産市場の長期的に実効的な運用メカニズムをさらに着実にすることに努めた。そして、不動産向け金融に対するマクロプルーデンス制度を実施することに努めた。さらに、不動産企業の資金調達に対する市場化・ルール化・透明度を高めた。
貸し手に対する規制として、中国人民銀行と中国銀行保険監督管理委員会は、2020年12月31日に「銀行業金融機関の不動産向け貸付の集中度管理制度構築に関する通知」を公布した。これによれば、銀行業金融機関を5つのカテゴリーに分類したうえで、不動産企業向け貸付残高の人民元総貸付残高の割合の上限、および住宅ローン残高の人民元総貸付残高に占める割合の上限を、それぞれカテゴリー別に設定した。
2021年9月末時点の不良債権2兆8,335億元、要注意先債権3兆7,813億元に対し、貸倒引当金は5兆5,818億元、コアTier1は19兆714億元、自己資本比率は14.8%となっている。銀行セクター全体として、潜在的な要注意先債権も含め、同時点で不良債権処理の原資は確保されてはいると指摘している。今後、不動産業界向け貸出の不良債権化の進行により、銀行の不良債権処理能力に限界が生じた場合に備え、安全網(預金保険制度や債券・破綻計画、地方中小銀行への資本注入)が近年整備されてきていると指摘している。
恒大を含む不動産企業全体の資金繰りの悪化が継続し、銀行の抱える不良債権処理能力に限界が生じ、金融機関にもバランスシート問題が発生し、市場参加者の不安が高まるかどうかは、今後、金融危機発生原因のポイントとなっていくであろうと指摘している。その場合、過去の株式市場危機のケースのように、中国当局から危機の原因に応じた支援策が出される可能性も高い。将来的な金融危機発生の芽を摘むためにも、不動産業界の流動性問題を解決する一方、中長期的に債務削減を進めていく必要を強調している。

5. 新型コロナによる欧州経済への影響と、ポストコロナ時代のEU経済戦略(高屋論文)

本論文においては、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大が欧州経済に与えた影響を実証的に分析したうえで、EUと加盟国政府および欧州中央銀行(以下、ECB)が行ったコロナ対策の経済政策の効果が検証された。そして、長期的な経済復興策であるグリーンディールとデジタル化政策が検討された。
外的ショックを識別可能なBlanchard=Quah型の制約を加えたパネル構造VARモデルを用いて、2020年1月~2021年12月の分析期間で、EU経済が外的ショック(原油価格ショックと供給ショックと需要ショック)によってどのような影響を受けたかが分析された。原油価格変化率とEU平均物価変化率とEU平均生産変化率への各ショックのインパルス応答の分析結果より、需要ショックが大きく、それが物価と生産に負の影響を与えたことが明らかにされた。供給ショックに比較すると、需要ショックの規模が大きく、感染拡大に対するロックダウン等の対応が需要後退を招いたと解説されている。
コロナ対策の経済政策として、EUは雇用や企業活動を支援するため総額5,400億ユーロの資金を用意し、3つのカテゴリーでの支援(①欧州投資銀行による企業支援、②欧州安定メカニズムによる加盟国予算への支援、③EU市民の失業や企業破綻のリスクを予防・緩和するための新施策としてSURE(緊急時の失業リスク緩和のための一時的支援策)による支援)が行われた。この内の最大1,000億ユーロがEUの信用力によって国際金融市場から調達され、公的資金の不足する加盟国に融資された。
ECBもさまざまな金融政策の枠組みを用いて経済支援を行った。2020年3月にパンデミック緊急購入プログラム(以下、PEPP)を発表し、1.85兆ユーロの国債・社債を購入した。それまでの公債・社債購入を拡大し、大手企業や政府の資金調達を支援するとともに、低金利を維持してきた。PEPPは2022年3月末をもって終了し、それに代わり資産購入プログラム(以下、APP)が実施されている。さらに、貸出条件付き長期資金供給オペレーション(TLTRO-III)等を通じて、ユーロ圏内の銀行がECBから資金供給を受ける際の担保資産要件が一時的に緩和され、幅広い資産が担保として受入れられた。ユーロ圏金融機関向けの流動性のセイフティネットとして、パンデミック緊急長期資金供給オペレーション(PELTRO)が2020年5月に導入された。PELTROにより、追加的な長期資金供給オペレーションが実施され、金融機関の支障ない資金繰りを可能とした。
PEPPとAPPの経済効果を推計するために、予想インフレ率としてフォワード5年先5年物、電力消費量変化率、ユーロドル為替相場変化率、PEPPとAPPの購入額の合計額の4変数を用いてパネルVARモデルによって分析された。分析対象国はユーロ圏17カ国とし、2020年1月~2021年1月の分析期間で推定された。インパルス応答よって、PEPPとAPPの購入額の合計額が予想インフレ率と電力消費量変化率と為替相場変化率の累積値にどのような影響を及ぼしたのかを検証した。その分析より、PEPPとAPPの購入は予想インフレを高めたが、景気に対する持続的な効果は限定的であったという結果が得られた。PEPPの導入は、景気対策のため財政赤字拡大が予想された諸国の長期金利の急上昇を抑え、金融市場の混乱を回避したと指摘している。
ウィズコロナに向けた取組みとして長期的な経済復興対策(欧州グリーンディールとデジタル化の促進)がEUによって打ち出された。グリーンディールは、EUが主導する産業政策として、2050年までに温室効果ガス排出量が実質ゼロの社会・経済を目指すという目標を掲げて気候温暖化対策に取り組む政策である。これは2019年12月に公表され、コロナ対策のために打ち出されたものではないが、ポストコロナの欧州社会を見据えた産業政策となっている。復興基金とEU予算の資金調達に関して、EU名義のEU共同債による資金調達が認められた。今回一回限りの条件付きであるものの、共同債発行という新たな独自財源を持てたことは、EUにとって大きな前進であると評価している。
しかし、EU共同債については、第一に、もし償還時に独自財源だけでは不足し、加盟国からの追加拠出金を求めることになれば、欧州債務危機の時にみられたように北部欧州と南欧との間の軋轢が再現すると指摘された。第二に、加盟各国のコロナ対策の財政出動は各国政府の政府支出であり、財政赤字が懸念される。そのため、現在、停止している、財政ルールとしての安定成長協定がいつ再開するのか、EU加盟国政府間で今後、対立が生ずることが指摘された。第三に、財政赤字が大きいイタリア等の加盟国政府の政府債務も膨張し、その将来の返済負担は大きくなっている。円滑な返済が難しいと金融市場が判断すると、長期金利が上昇し、経済復興を阻む可能性が指摘された。

6. 国際商品価格の決定要因の検証~国際的流動性の影響に着目して~(大野論文)

本論文においては、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に対する政策対応として主要国中央銀行が量的緩和(QE)政策を実施したために国際的流動性が急増したことを踏まえて、国際商品価格の決定要因として国際的流動性に焦点を当て、国際的流動性の急増によって国際商品価格がどのように影響を受けたかが考察された。
構造VARを用いて、ヒストリカル分解による要因分解を行い、国際商品価格の決定要因の一つである国際的流動性が国際商品価格にどのように作用したのかが実証的に分析された。実証モデルは、Recursive型の構造VARモデルが想定され、変数としては世界工業生産指数と国際的流動性(マネタリーベースの対名目GDP比とLIBORとOISの金利差)と国際商品価格指数とドル名目実効為替相場と米国株価指数の5変数を使用して、2009年4月~2021年11月の分析期間で分析が行われた。
国際的流動性の指数として2種類の指標を利用した。一つはマネタリーベースの対名目GDP比である。過剰流動性の指標としてマネーストックを名目GDPで除したマーシャルのkが用いられるが、マネタリーベースの増大がマネーストックを増大させるまでタイムラグを伴うので、マネーストックをマネタリーベースに置き換えた修正マーシャルのkが使用された。もう一つは、金融機関の信用リスクの影響を除去したうえで、LIBORとOISの金利差が用いられた。国際通貨として広く使用されるドル資金のインターバンク市場が逼迫すれば、グローバル金融機関は資金調達のロールオーバーが困難となる。LIBORとOISの金利差はインターバンク市場に参加する金融機関の信用リスクや資金流動性リスクを反映すると考えられるため、3か月物ドル建てLIBORと3か月物ドル建てOISの金利差からLIBORパネル銀行の信用リスクの影響を除去することで、国際的流動性の指標とした。
分析結果の第一は、パンデミック宣言がなされた2020年3月に国際商品価格は暴落したが、世界工業生産指数ショックや国際商品価格ショックの寄与が相対的に大きいことが示された。LIBORとOISとの金利差を国際的流動性の指標として用いた場合には国際流動性ショックの寄与も比較的大きかった。世界規模でヒト、モノの動きが停止し、生産活動が急停止したことを受けて、商品価格が下落するとともに、市場参加者のリスク認識の変化も価格下落に寄与していたと指摘している。また、2020年3月のドル建て短期金融市場で起こった流動性逼迫も商品価格の下落に拍車をかけたと指摘された。
第二に、2020年3月以降、国際的流動性ショックの寄与が拡大し、商品価格の上昇要因となっている。量的緩和政策の再開が米国株価の高騰にもつながったが、量的緩和政策への回帰による市場参加者の資金流動性リスクに関する変化が米国株価ショックに反映されたのかもしれない。2021年に入ると国際商品価格ショックの影響が支配的となり、資源特有の要因の影響度が高まっていると指摘している。
第三に、国際商品のサブインデックスを用いて、各国際商品について分析したヒストリカル分解の結果については、いずれのサブインデックスに対しても、大規模金融緩和政策が再開した2020年4月以降で国際的流動性の影響が拡大する傾向がみられる。影響の度合が相対的に高いのは産業用金属(アルミニウム、銅、鉛、ニッケル、亜鉛)である。将来の需要増大が強く見込まれる商品の先物市場への投機資金の流入が価格上昇の一因として作用した可能性を指摘した。一方、農産物価格に対しても国際的流動性の寄与が相対的に大きい。
インフレの進行を背景に、米国では金融政策の引締め方向へ転換した。また、商品価格は地政学リスクや天候リスクの影響にも晒されやすいことから、ウクライナ情勢の緊迫化を背景に、ロシアやウクライナの主要輸出品目を含めたあらゆる商品の価格が上昇傾向にある。今後は、金融政策の方向転換や地政学リスク等が相乗的に商品価格に影響を及ぼすであろうと予測している。

7. アジアへの直接投資~コロナ禍における日本企業の動向~(松原論文)

本論文においては、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大を中心とする短期的・中期的なグローバルリスクに焦点を当て、グローバルリスクが2010年代後半の日本企業のアジアでの直接投資にどのような影響を与えたのかが考察されている。直接投資のデータは東洋経済新報社「海外進出企業データ・パネルデータ」(以下、東洋経済データ)の2016年・20年・21年版が用いられている。日本企業の国別・年別進出企業数について、2010年代後半の変化に注目して説明されている。そして、日本企業の産業別・年別進出企業数の変化をアジア全体および中国、台湾、タイ、ベトナム、カンボジア、インド、バングラデシュについて考察されている。
まず、アジア各国に進出した日本企業の国別進出企業数については、期間全体を通して中国に進出した日本企業の数が他国に比べて圧倒的に大きい。2010年代後半を通じて、進出企業数のアジア全体に占める中国の割合はやや下がっているものの依然3分の1以上であり、中国のシェアは2位のタイの2倍以上である。一方、中国の周辺諸国・地域(韓国、台湾、香港)に進出した日本企業の数の変化は、国ごとに異なる。韓国の伸び率はこの時期の日韓関係が良好でなかったにもかかわらず、中国よりも高い。台湾の伸び率は23か国平均には及ばないものの非常に高く、増加のペースは2020年に加速している。最後に香港は表の23か国の中で唯一進出企業数が減少しており、減少のペースは2020年に上がっている。
東南アジア(ASEAN諸国)の多くの国では、進出企業数が大幅に増えている。中でも2015年時点での進出企業数が相対的に多い6か国(タイ、シンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナム)への進出企業数の伸び率は、アジア全体の平均を上回っている。6か国では特にベトナムの伸び率が高い。ベトナムに加えて、タイ周辺のカンボジア、ラオス、ミャンマーといった、ASEANのなかでもこれからさらに経済発展が期待されるCLMV諸国への進出企業数の増加が目立つ。特にミャンマーの伸び率が、政情が不安定でありながら高い。ラオスを除いて、2020年の伸び率も非常に高い。2010年代後半の進出企業数の伸び率が高い傾向は南アジアの3か国(インド、スリランカ、バングラデシュ)にもみられたが、これら3か国とパキスタンは2020年の伸び率も高い。
次に、日本企業の産業別・年別進出企業数の変化が考察されている。アジア全体について、産業別にみると、製造業では電気機器のシェアが一番大きく、化学、輸送機器が続く。しかし、電気機器がシェアに加え2015~19年は進出企業数も減少した一方で、輸送機器は伸び率が高い。輸送機器と同様に数やシェアの増加が著しい他製造業に次いで数の伸び率が高いのが繊維・衣服および金属製品であり、特に、繊維・衣服は2010年代前半には進出企業数が減少していたのとは対照的である。繊維・衣服は機械・他製造業と並んで2020年の増加率も高い。一方、2015~19年に進出企業数が減少した電気機器も、2020年は数を大きく増やしている。次に、卸売業では製造業で電気機器産業の進出が多いことを反映して電気機器卸売のシェアが2010年代後半を通じて一番大きい。そして、化学・機械産業・他製造業の進出が盛んであることを反映して、化学卸売・機械卸売・他卸売の伸び率が高い。サービス業については、情報・システム・ソフト等、製造業および卸売業の現地生産活動を支える分野の企業が多く進出し、伸び率も高い。
このように、中国への進出の伸びは鈍化した一方、東アジアや東南アジアの周辺国への伸びが大きかったことが示された。2020年に新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の影響から進出国が大きく減った国はみられなかった。製造業では輸送機器・他製造業の伸びが大きかったことに加え、2010年代前半は微減であった繊維・衣服が2020年も含め進出企業数の伸びが小さくなかった。特に東南アジアや南アジアの国々でこの傾向が顕著であり、チャイナプラスワンまたはタイプラスワンの流れの可能性を指摘した。2010年代に伸び率がプラスであった電気機器は、2010年代後半はわずかに減少したが、2020年に急増している。電気機器を含め2020年の伸びが大きかった産業は他にもあり、しかも特定の国に限定されない。新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の影響がまだ表れていない可能性を指摘している。

8. COVID-19によるグローバルリスクが株式市場に与えた影響(熊本論文)

本論文においては、新型コロナウイルス感染症によるグローバルリスクが世界の株式市場に与えた影響に関し、感染拡大の各局面における影響、各産業部門に与えた影響、および、政府の採用した抑制政策やワクチン接種が与えた影響を考慮した実証分析が行われた。パネルVARモデルが用いられ、各局面における影響の通時的変化、産業部門間の影響の差、および、抑制政策やワクチン接種の影響を考慮した分析が行われた。
全期間を対象に市場全体の株式指数を用いたベンチマークの分析において、内生変数として、新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況を表す変数(人口100万人当たり累積感染者数あるいは人口100万人当たり累積死者数)と新型コロナウイルス感染症に対する抑制政策の厳格度を表す変数と株式市場ボラティリティと市場全体の株価指数から計算される株式リターンを用いた定式化において、感染拡大とこれに対する抑制政策によって株式市場ボラティリティが影響を受け、さらに株式リターンに影響を与えることを想定された。標本期間を分割した分析でもこれらの内生変数が用いられた。さらに、ワクチン接種開始以降の副標本期間では、これらの内生変数にワクチン接種の進捗状況を表す変数(人口100万人当たり総ワクチン接種数)を加えた。また、各産業部門に与えた影響を分析する際には、産業部門別株価指数から計算される株式リターンが利用された。
分析対象国は、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデン、スイス、英国、および、米国の先進諸国10か国である。2020年1月3日~2021年12月31日の標本期間の日次データが用いられた。標本期間を分割した分析においては、第1標本期間を拡大初期である2020年1月3日~4月30日、ワクチン接種開始までの第2標本期間を2020年5月1日~2021年4月30日、第3標本期間をワクチン接種開始以降の2021年5月1日~12月31日である。
ベンチマークの推定結果については、株式市場は、死者数よりも感染者数から大きな影響を受け、感染者数が拡大すると、株式市場ボラティリティは増大し、株式リターンは低下すること、また、抑制政策は限定的ではあるが、株式市場ボラティリティを増大させ、株式リターンを低下させることが明らかとなった。
各局面における影響を分析した結果は、感染者数を用いた場合には、感染者数の拡大と抑制政策の厳格度が拡大初期において株式市場ボラティリティを上昇させたが、その後、その影響は低下し、ワクチン接種開始以降はほとんど影響を与えなかった。感染者数の拡大は、拡大初期において株式リターンを大きく低下させたが、その後、その影響は低下し、ワクチン接種開始以降はほとんど影響を与えなかった。また、抑制政策は、拡大初期において株式リターンを大きく低下させたが、その後、その影響は低下し、ワクチン接種開始以降は、株式リターンを上昇させた。この結果は、ワクチン接種開始以降、抑制政策が持つ、経済の正常化のタイミングを早めるという中長期的な効果を株式市場が肯定的に評価するようになったと解釈している。
ワクチン接種の影響を分析した結果については、ワクチン接種者の増加は、ボラティリティと株式リターンに影響を与えなかった。ワクチン接種開始以降、感染者数の拡大は株式市場ボラティリティや株式リターンにほとんど影響を与えなかった。また、抑制政策を肯定的に評価するようになっていることから、株式市場のセンチメントを安定化させる役割を果たした可能性があると指摘している。
各産業部門に与えた影響を分析した結果については、旅行・余暇等の対面サービスを含む一般消費財部門は、感染者数の拡大や抑制政策の厳格度の上昇により、株式市場ボラティリティが大きく増大し、株式リターンが大きく低下するのに対し、生活必需品や、在宅ワーク等による需要が増大した電気通信サービス部門ではその影響が軽微であると指摘している。

9. 米国の金融政策と資産価格(地主・井尻論文)

本論文においては、グローバルリスク要因として最近の米国の金融政策の展開に焦点が当てられている。米国経済のインフレーションを決定する諸要因を分析し、労働市場との関係で物価と賃金の悪循環=スパイラルからホームメード・インフレの局面に入る過程が考察された。FRBが急速な金融引締め政策を行う背景として、金融引締めに転じるのに遅れたことを指摘し、その理由を考察するために金融政策決定会合(以下、FOMC)メンバーのインフレーション予想のデータが分析された。そして、各政策行動(テーパリングと利上げと量的引締め(QT))の予告時点を中心にイベントスタディの手法でドル為替相場への影響が分析された。
FRBは新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に対して急速な金融緩和策で対応した。2020年3月に政策金利をゼロ金利へ引下げるとともに、世界金融危機時と同様に国際的にドル流動性を供給し、さらに量的緩和策(QE)を再開した。ゼロ金利は2022年3月の利上げまでほぼ2年近く継続された。5年物以上の長期金利をみると、2021年2月頃から将来の利上げが予想されて上昇が始まり、9月以降には顕著な上昇が続いた。FOMCも経済の回復とコロナ対策の進展を認め、テーパリングを11月から開始し、加速させた。一方、政策金利を据え置いたので、市場の期待に対して政策行動の遅れる“behind the curve”の状態になったと指摘した。FRBは、2022年3月以降、急速に政策金利を引上げた。将来の利上げの連続が予想され、長期金利が既に上昇していたが、2年物金利も2021年11月頃から急上昇し、タームスプレッドが縮小した。FRBは量的引締めを急速に進め、2022年3月に予告、5月に決定、6月から実施した。
政策方針を急速に転換した背景には、国内インフレーションが予想外に急加速したことを指摘した。米国内インフレ率の高騰は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって生産や流通が滞った供給ショックが引き起こした。加えて、米国内の労働供給減少も供給ショック要因として指摘した。感染拡大のために労働市場参加率が3%余り低下した。同時に、失業率は10%を越えて急増していたので、労働市場ではミスマッチが大規模に生じていた。こうした労働市場の需給によって5%超の賃金上昇率となった。こうして、物価と賃金の悪循環=スパイラルが生じて、ホームメード・インフレの局面に入ったと指摘した。
金融市場の期待に反してFRBが金融引締めに転じなかった理由としては、当時のインフレーション加速が供給側の原因による一時的な現象であり、引締め対応をしなくても減速すると見込んでいたと推察している。2021年9月におけるFOMCメンバーのインフレーション予想は、2021年だけの一時的な高騰で、2022年には大きく低下するというものであった。この予想に基づいて、9月会合では全員一致で、景気後退からの回復が進んでいることを認めて、テーパリングが間近となる可能性を示唆しながらも、ゼロ金利と大規模資産購入の金融緩和策を継続した。
さらに、FRBが政策判断を誤らせた要因として2020年8月に導入を発表した「平均インフレ目標」政策を指摘している。インフレ率が2%を下回った時期の後には、2%を越えることを容認するというオーバーシュート型のコミットメントを示し、「平均インフレ目標」を実現する金融政策を実施した。新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大によって不透明性が極端に高まった時点でこの政策を導入したことを問題視している。実際には、「平均インフレ目標」実現のためとして3%超のインフレを容認している間に、賃金が上昇し、ホームメード・インフレ化したと指摘する。
各政策行動の予告時点を中心に、イベントスタディの手法で為替相場への影響が分析された。政策行動が予告された4回のFOMC会合(2021年9月22日、2022年1月26日、同年3月16日、同年5月4日)をイベントとして、それぞれに円ドル相場とドル実効為替相場の変化率と±1標準偏差のバンドを推計した。
2021年9月のテーパリング予告と2022年1月の利上げ予告に関しては、2つの為替相場はよく似た反応を示した。9月は基本的に事前の反応は弱く、事後的にドルが大きく増価しており、この予告にサプライズ要素が強かったことが示されている。1月は、直後の増価が大きいが、事前にも顕著な増価があるので、この予告がかなり予想されていたことを指摘している。3月の量的引締め予告と5月の連続利上げ予告については、2回の為替相場の反応が非対称的であった。3月の場合は、7日前にともにドルが増価した後、その後も円ドル為替相場のドル増価が続いたのに対して、ドル実効為替相場のドル増価がみられなかった。対照的に、5月の場合は、5~4日前に有意なドル増価がともに発生した後、実効為替相場の増価が連続するのに対して、円ドル為替相場の増価がなかった。この非対称性の一因として日本銀行の政策行動を推察している。

著者プロフィール

小川 英治 (おがわ えいじ)

東京経済大学経済学部 教授/一般財団法人日本経済研究所 評議員

略歴 1957年 北海道生まれ。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(商学)取得。
一橋大学商学部専任講師、助教授、一橋大学大学院経営管理研究科教授を経て、2020年4月より現職。2009年~10年同研究科科長、2011年~14年、理事・副学長。1986~88年ハーバード大学経済学部、1992~93年カリフォルニア大学バークレー校経済学部、2000年9月国際通貨基金調査局で客員研究員。専門 国際金融論。
主要著書(共著を含む) 『国際通貨システムの安定性』東洋経済新報社(1998年)、小川英治編著『グローバル・インバランスと国際通貨体制』東洋経済新報社(2013年)、小川英治・日経センター編『激流アジアマネー-新興金融市場の発展と課題』日本経済新聞出版社(2015年)、小川英治編著『ユーロ圏危機と世界経済』東京大学出版会(2015年)、小川英治編『世界金融危機と金利・為替-通貨・金融への影響と評価手法の再構築』東京大学出版会(2016年)、小川英治編『世界金融危機後の金融リスクと危機管理』東京大学出版会(2017年)、小川英治編『グローバリゼーションと基軸通貨:ドルへの挑戦』東京大学出版会(2019年)、小川英治編『グローバルリスクと世界経済-政策不確実性による危機とリスク管理』東京大学出版会(2021年)