『日経研月報』特集より

価値の循環

2023年3月号

梅田 靖 (うめだ やすし)

東京大学大学院工学系研究科/人工物工学研究センター 教授

サーキュラー・エコノミー(以下、CE)への我が国の企業からの注目度がここ1、2年で急速に高まっている。この背景には、EUタクソノミー、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)といった、金融界からの長期的な企業価値、企業活動のサステナビリティへの貢献可能性の評価が強まっていることがある。CEは、その概念が我が国に広まり始めた当初は3R(リデュース、リユース、リサイクル)の焼き直しとみられていたが、最近では、ものづくりや価値の提供の根幹に関わる問題であると認識されるようになってきた。
CEの理念は、資源循環が当たり前に成立し、経済的にも成立する社会を構築することだと理解している。一連のEUのCE政策は、さまざまな事象と関連し、多様な側面を含んでいるが、柱は2つだと思っている。1つはもちろん、リサイクルに代表される資源循環を社会に定着させる流れであり、もう1つは、脱大量生産・大量販売ビジネス社会を指向する動きである。これは、市場競争の座標軸を変え、ものづくりや価値提供のやり方を変えようとするものである。2015年にEUがCE政策パッケージを発表した頃は、大規模なリサイクルを手掛ける欧州のメガリサイクラーの動きもあり、廃棄物問題、海洋プラスチック問題などとも絡めて前者が目立っていたが、近年では、2022年3月に発表されたエコデザイン規則案に代表されるように、後者が中心になりつつある(注1)。少なくともEUは、サブスク、シェアリング、PaaS(Product as a Service)に代表される脱大量生産・大量販売ビジネスをブルーオーシャンにしようとしている。
EUには、WEEE(電気・電子機器廃棄物に関する指令)、ELV(廃自動車に関する指令)といった使用済み製品リサイクル、IPP(統合製品政策)、資源効率といった一連の政策の流れがあり、そこに、シェアリング、PaaSなどにつながる2000年代初頭から流行り始めたサービサイズ(モノの販売からサービスの販売への転換)、サービス工学の流れが合流し、それをDXの進化が下支えする、このことによって、資源循環と経済を両立させようとする動きが活発化したのではないだろうか。その背景には、人々の価値観が所有価値から経験価値、文脈価値へ変化していることが大きくある。EUの一連の施策には、大量生産を駆動するグローバルメガマニュファクチャラーから、ユーザ、地域へ主導権を移そうとする意図が伺える。それが例えば、持続可能な製品のためのエコデザイン規則案に記載されているユーザの「修理権」という形で現れている。さらに近年のコロナ禍、ウクライナ危機などによるグローバルサプライチェーンの途絶、不安定化が、地域単位での資源循環の価値を高めている側面もある。
このようにCEは多様な見方ができるが、循環「経済」を実現することは必ずしも「資源循環」を作ることに限定されない。ましてや、廃棄物から利用可能な資源を取り出し動脈工程に戻すこと、すなわち、旧来の意味でのリサイクルにも限定されない。それらはあくまで手段の一種であり、製品が廃棄された後だけでなく、作る前から、循環全体を見なければならない。最終的な目標は、人々の豊かさ、企業競争力を追求する人間活動を、プラネタリー・バウンダリー(人々が地球で安全に活動できる範囲を科学的に定義し、その限界点を表した概念)に代表される地球の有限性の範囲内に収めるアブソリュート・デカップリング(経済水準が向上しつつも環境負荷が低下している状態)を実現することだと考えている(これは既に多くの識者が指摘しているが)。その資源面での発露がCEであり、地球温暖化、自然資本については、それぞれカーボン・ニュートラル、ネーチャー・ポジティブを目指すということであり、根は同じである。カーボン・ニュートラルにしても、基本はエネルギー源を再生可能エネルギーに転換することであるが、それだけでは絶対量が不足するので、エネルギー消費自体を下げるためにCEによる製品ライフサイクルの循環量の大幅削減が必要になる。
結局のところ、CEは、「もの」にこだわってきたものづくりが「価値」の提供に転換することを促している。この変化は既に起きていて、それに乗り遅れたことが失われた30年の原因であるとの指摘もある(注2)が、CEはこの転換を促進する強烈なパンチとも捉えられよう。CEの時代のものづくりは、価値の循環に注目したholisticな視点が重要である。その視点から、ビジネス、製品、製品ライフサイクルを統合的にデザインしマネジメントすることが重要になる。それは、我が国の場合は一社で実施することは難しく、材料メーカー、製品メーカー、サービス提供者、リサイクラーなどが連携して価値の循環を成立させることが必要であり、このような連携は我が国の得意分野なのではないかと思っている。このような連携による価値の循環を主導するプレイヤーを、私は「循環プロバイダー」と呼んでいる。
金融の門外漢の筆者が言うのもおこがましいが、今や金融はこうした動きを先頭で引っ張りうる存在だ。実際に、企業の長期的なサステナビリティに向かう姿勢を評価し、お金の裏付けをつける役割と、地銀などのように草の根で価値の循環の企業連携の形成を促す世話役の役割という二つの役割を果たしつつあり、今後、そうした役割の重要性はますます高まっていくだろう。

(注1)喜多川 和典:“サーキュラーエコノミーの動向について,”経産省 第4回成長志向型の資源自律経済デザイン研究会資料,https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/shigen_jiritsu/pdf/004_03_00.pdf,2023.
(注2)諸富徹:“資本主義の新しい形,”岩波書店,2020.

 

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梅田 靖 (うめだ やすし)

東京大学大学院工学系研究科/人工物工学研究センター 教授