『日経研月報』特集より

働き方改革とその帰趨

2022年8月号

高田 朝子 (たかだ あさこ)

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授

1. はじめに

「働き方改革」という言葉ほど同床異夢の扱われ方をするものはない。労働時間の短縮、労働生産性の向上、女性活躍推進、男性の育児参加、働き方の多様化、ジェンダー平等、社会的格差の解消など、言葉を使う人や環境によって、「改革」の中心と置くものは大きく異なる。共通しているのは、我が国の労働者の働き方を変えなくてはいけないというシンプルな問題意識である。
IMFが試算した我が国の一人あたりGDPは1988年の2位から2021年に28位と凋落の一途をたどっている。Japan as number oneと賞賛されるとともに揶揄された時代があったことすらも忘却の彼方である。これに昨今のコロナ禍による不況が加わり、我が国の先行きは暗い。変革の必要性は自明である。ここ10年間働き方改革が謳われ実行されてはきているが、その成果についての実感は湧きづらい。
何故働き方改革は始まったのか。それは現状においてどんな影響をもたらし、そしてどこに向かうのか。本稿では働き方改革の原点を振り返ったのち、どうすれば働き方改革がより進むのかについて考える。

2. 働き方改革のめざしたもの

働き方改革の根底にあるものは我が国の少子高齢化と労働力不足への憂虞(ゆうぐ)である。少子化は労働力不足をもたらし、ひいては国力の低下をもたらす。アウトプットの総量を下げないためには、少子化を止めるか、もしくは労働生産性を著しく向上させるかの2つが求められる。現状維持のままで少子化が急に止まり、多くの子供が産まれ、その子供達が幸福で健康的な生活を送り、将来の労働力の一端を担うなどという魔法の杖はない。人々が子供を持ちたいと願い、産み育てる環境が構築されないと難しい。

多重構造を持つ働き方改革

働き方改革は多重構造をしている。これが多くの人に同床異夢の幻想を抱かせる原因である。働き方改革の最終的なゴールは少子高齢化の緩和である。しかしそのゴールに直接影響を与えることは難しい。出産を強制することはできないからである。よって帰納法的なアプローチにならざるを得ない。直接出産にアプローチするのではなく、子供を産み育てやすい社会を作るという大目標がまず置かれる。その実現のために労働生産性を向上させること、快適なワークライフバランスを実現することという二つの小目標があり、お互いが影響しあい尚且つそれぞれ下位の目標を持つという多重で且つ複雑な構造があり、それが改革のゴールを一層わかりにくくしている。

3. 働き方改革の道程

少子化の現実から始まった働き方改革

2003年に史上初めて1.3を割り混んだ日本の合計特殊出生率(15歳から49歳までの女性の年齢別出生率の合計)は、2006年に1.26と史上最低を記録した。これにより将来の労働力不足が現実的な危機として認識され、喫緊の課題と考えられるようになった。勿論、それまでも長時間労働を主体とする我が国の働き方の歪(いびつ)さについては内外から指摘も多かった。1999年の「男女共同参画基本法」や2003年の「少子化対策基本法」の成立などでそれなりの手は打たれてきたが、出生率の歴史的な低下という現実を見て初めて「お尻に火がついた」形となった。
2007年1月、第一次安倍政権において、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議による少子化対策案の一つとして働き方改革が示された。同時に内閣特命担当大臣として少子化担当大臣が設置される。

日本企業の対応と女性達の躊躇

一方、労働力減少の危機感から企業サイドの対応は政府よりも早かった。その関心の中心は女性の積極的登用であった。ダイバーシティの発想に基づいた働き方全般ではなく、女性の登用に絞って対応がなされたことは日本企業の動きの最も大きな特徴であろう。図1は合計特殊出生率と経団連加盟47社が女性関連の専門部署を設置した年度を示したものである。2003年の1.29ショック(同出生率の低下)以降、矢継ぎ早に多くの企業が女性の戦力化について力を入れたのがわかる。企業は女性達が働き続けやすい環境と昇進に向かう仕組みを整備し、育休や産休、社内メンター制度などさまざまな制度を拡充した。
しかしながら、企業側の「女性を昇進させよう運動」のムーブメントとは裏腹に、女性達の昇進意欲は上がらなかった(高田,2016)。制度をいくら作ったとしても、それが機能するかは別問題である。

働き方改革の社会的変遷

次に社会における取り上げ方を見てみよう。図2は1997年以降の合計特殊出生率の変化と朝日新聞と日本経済新聞の朝夕刊に「働き方改革」という言葉が掲載された件数を表したものである(注1)。年度の下の線は景気拡大期(内閣府経済社会総合研究所による)を示す。1991年のバブル崩壊以降、長期の経済停滞に陥った日本経済のなかで出生率は下がり続ける。しかしながら、社会の関心は人口減少よりも目前の経済の立て直しにおかれ、危機感を持つことはなかった。

朝日新聞は2005年にシンポジウムの発表の一つとして働き方改革という言葉を初めて掲載する。日経新聞は2007年の日本版ホワイトカラー・エグゼンプションの先送りの記事の中で最初に働き方改革という言葉を初めて使用している。その後2013年までは0-8件程度の推移で、殆ど注目されなかったといってよい。リーマンショックや東日本大震災など予期せぬ未曾有の危機の発生により、社会の関心が未来の平和よりも目前の生活に向けられた結果である。
働き方改革が世の中で意識されるようになったのは2014年である。アベノミクスの方針に中長期の重点課題として「女性の活躍、男女の働き方改革」が取り入れられたからである。その後、2015年「少子化対策大綱」を第二次安倍政権が打ち出してから働き方改革は政策課題の中心に置かれるようになる。女性活躍推進と共に、男女共に働き方そのものの変革に初めて関心が移ったといえる。景気回復により労働力不足が顕在化したことや、この年に発生した電通過労死事件の痛ましさが世論を後押しした。
急速に長時間労働を含めた働き方への関心が集まったことも追い風となり、2018年に「働き方改革関連法」が成立する。紙面においても、2015年に朝日新聞が25件、日経新聞が74件だった働き方改革関連の記事は2018年には朝日新聞1122件、日経新聞1014件に上った。皮肉なことに出生率は2015年から再び下降に転じる。2021年は朝日新聞259件、日経新聞269件とコンスタントに紙面に取り上げられ、単純計算で1.5日に1回は働き方改革という言葉を目にしていることになる。

4. 働き方改革がもたらしたもの

働き方改革関連法が成立した2018年から4年経った現状でも、働き方改革が文字通り我が国の働き方を変えたとはいえない。デロイト・トーマツグループが277社に行った調査(2020)では「効果を感じた」が9%、「部分的にではあるが効果を感じた」が44%で効果を実感しているのは約半分である。他方、「あまり効果を感じられない」20%、「全く効果を感じられない」4%、「KPIがなく効果モニタリングできていない」24%と効果に否定的なのが約4分の1、それら以外が4分の1と分散している。具体的に見ていこう。

労働時間は減少傾向

働き方改革が始まって最も影響を受けたのが労働時間である。1990年に週間就業時間60時間以上の雇用者の割合は男女計15.9%であった。1990年をピークにさまざまな施策が功を奏し、2020年に同割合は5.1%にまで減少している。他方、2020年のOECD統計では、我が国の1年あたりの実労働時間は1,598時間で、G7諸国の中で最短のドイツの1,332時間と比べて年間で250時間弱程度長い。

女性に偏る家事育児は変わらない

労働時間が働き方改革以前と比較して減少したとしても、その内容がワークライフバランスの向上に影響しているのかという点については甚だ疑問である。図3は男女共同参画白書(令和三年度版)に示されている男女別の1日あたりの生活時間の割合である。2009年から2018年までの日本の男性の有償労働時間はOECD平均317分を超え、ずば抜けて長い(452分)。日本の女性も同様にOECD平均218分を大きく超え272分である。他方、家事や育児、介護やボランティアといった無償労働時間には男性が41分と全ての国の中で最も短い。これに対して女性は224分で男性の5.5倍費やしている。

日本の女性は、「外で稼ぎ、尚且つ家庭内の家事育児を含めた労働の殆どを担っている」という苦行と言うべき環境にある。更に言えば、我が国では長時間働くわりには労働生産性が低く、そのうえワークライフバランスが極めて歪(いびつ)で女性に家事労働の殆どを依存している、という構造的な欠陥がありそれは今も維持されている。この状態で出生率を上げろというのは、女性達にとってより一層の苦行に身を投じろと言っているのと等しい。

低位安定の労働生産性

加えて、働き方改革が労働生産性の改善(注2)に及ぼしたとは残念ながらいえない。相変わらず我が国の一人あたりの労働生産性はG7諸国の中で常に最下位を維持している。労働時間が以前よりは短くなったといえども国際的に見れば長いことと、アウトプットを生み出す能力が低いことの組み合わせがこの結果である。日本の一人あたりの労働生産性(就業者一人あたり付加価値)は78,655ドルでOECD加盟38カ国中28位である。労働生産性水準が比較的低いとされている英国(94,763ドル)やスペイン(94,552ドル)、韓国(82,346ドル)よりも格段に低い(日本生産性本部,2021)。

5. 変わるために必要なこと―マインドセットをどう変えるか

ここで単純な疑問が湧き上がる。何故変わることができないのだろうか。この現象について、我が国は古いマインドセットの変更に四苦八苦していると考えると理解しやすい。
明らかに人口は減少し、労働力、国内市場共に減少縮小している。加えてコロナ禍が状態を悪くしている点については周知の事実である。未来の我が国を考えると、働き方改革をより進めなくてはいけないのは自明である。しかし、その変化のスピードは非常に遅い。企業においても同様で、未曾有のコロナ禍で経営を維持することに気を取られ、その後を見据えた取組みには逡巡している。

マインドセットの変化を促す

人間はこうなるべきだという目指すべき方向性と、その実行のための行動の規則を持つ。この物事の見方や考え方、即ちマインドセットは一度固定されると変化するのには時間がかかる。現状では、我が国の企業の多くが「長く皆で働くことが良いことだ」「会議は対面で話してこそ一体感がでる」という、経営の中枢部にいる多くの人々が今までの自分の経験で得た古典的なマインドセットを元にさまざまな施策を決める。そして一度固定化され、行動の規則となったものを変化させることは難しい。働き方改革は未だ取組み半ばで、成功事例が少ないために思い切った手を打てないのが実態だろう。
一般に、マインドセットが変化するときは困った時、つまり、今の行動の規則では未来に対応できないという危機感を持った時である。長期的視野で考え、新しい方向性と行動の規則を作り上げることが不可欠になる。今のマインドセットが正しいのか、現状に合っているのか、将来も適応可能なのかを常に問い直す作業が必要である。
具体的に企業がやるべき事を4つ挙げる。

① コロナ禍が終われば昔の働き方に戻るという幻想を捨てる

多くの場合、企業は現在をコロナ禍という切り取られた時間であると考え、特別な期間として処理しがちである。しかしながら、過去からの延長線上に現在があるのであって、コロナ禍収束後、前の状態に戻るということは想定しない方がいい。リモートワークという働き方を学習した後に、それ以前に戻そうとすること自体が不合理である。コロナ前に戻ることが好ましい選択肢だと考えるのは、それは即ち労働生産性の低いやり方を堅守することになる可能性が高い。

② 環境に合った評価基準を作り直す

日本企業の評価基準は多くの場合、業績評価に加えて「長く一緒にいることによって得た情報」も加味した総合評価であった。そもそもの評価基準に曖昧さを多く含んでいるのである。従来のやり方はリモートワークが可能になった今では適応しないことが多い。そして長く一緒にいることを基準とした従来の評価の仕方は、無償労働時間が男性と比較して圧倒的に長い女性には圧倒的に不利という特徴がある。
働き方改革を推進するためにどのような評価基準が必要なのか、最初から洗い直し、作り上げ、試行錯誤を繰り返しながら更新する必要がある。これはトップが腹をくくり、直轄で行うことが肝要だろう。この作業に携わる者の人選には、長時間労働礼讃マインドセットを持つ年配者をマジョリティにするべきではない。
「自分の不利益になるかもしれない状態」に対して人間は敏感である。新しい評価基準が標準となる、即ち、自らの古い評価基準で評価を行うと跳ね返って自分の不利益になる状態を早く社内に作ることが、マインドセットの変革に繫がる。

③ トップは腹をくくる

マインドセットの変革は必ず守旧派の抵抗勢力の反対にあう。長期的に見て働き方改革を行い、労働生産性を上げる以外に我が国と我が国の企業が生き残る道は少ない。だからこそトップは腹をくくるべきであるし、評価基準の作成も含めて新しい働き方を積極的に取り入れるための守護者となるべきである。

④ 小さな変化を積み重ねる

そうはいっても、人間のマインドセットは短期間では変わらない。小さな変化を積み重ねる必要がある。その際、「改革の波に乗った方が得だ」という状況を作り、蔓延させることが重要である。そのためにも、個々人の意識として、変化を認め、受け入れ、必要とあれば修正するという一連の作業に寛容になる必要がある。

6. 結 語

常に先送りされてきた働き方改革はコロナ禍によって新たな局面に来ている。コロナ禍は「対面で長く一緒にいる」ことが基本であった我が国の働き方そのものを変え、リモートでもさまざまなことが可能であることを明らかにした。実はコロナ禍は従来のマインドセットが変化できる絶好の機会なのかもしれない。チャンスの女神は前髪しかない。このコロナ禍を災い転じて福となす契機にできるかが、今後の我が国の将来を作る事は間違いない。

参 考

経済産業省(2020)『令和2年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)―コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス』
厚生労働省(2021)『男女共同参画白書 令和3年度』
高田朝子(2016)『女性マネージャー育成講座』生産性出版.
デロイト・トーマツ(2021)『働き方改革の実態調査2020』https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20200205.html
日本生産性本部(2021)『2021年度版 労働生産性の国際比較』https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html

(注1)朝日新聞は1985年以降、日本経済新聞は1988年以降の朝夕刊 働き方の改革など、働き方改革を想起させるものも数えた
(注2)労働生産性はアウトプット(付加価値もしくは生産量)をインプット(労働投入量=労働者数*労働時間)で除法したものである。

著者プロフィール

高田 朝子 (たかだ あさこ)

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授

モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て、米サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。
高千穂大学経営学部専任講師、助教授。
2008年法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授、2010年より現職。自治大学校講師、税務大学校講師を兼任。専門は組織行動、リーダーシップ、経営組織。
著書 『本気で、地域を変える地域づくり3.0の発想とマネジメント』共著 晃洋書房 2021年、『女性マネージャーの働き方改革2.0-「成長」と「育成」のための処方箋』生産性出版 2019年、『女性マネージャー育成講座』生産性出版 2016年、『人脈のできる人―人は誰のために「一肌ぬぐ」のか?』慶應義塾大学出版会 2010年、『ケース・メソッド入門』石田英夫(共編著) 慶應義塾大学出版会 2007年、『組織マネジメント戦略(ビジネススクール・テキスト)』(共著) 有斐閣 2005年、『危機対応のエフェカシー・マネジメント―「チーム効力感」がカギを握る』慶應義塾大学出版会 2003年。