動き出したDXの現状報告

2022年5月号

猿渡 知之 (さるわたり ともゆき)

株式会社日本経済研究所 理事

2018年9月に経済産業省の研究会が発表した「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート」は多くの反響を呼んだ。DXという言葉は、バズワードに過ぎないという意見もあったが、今後の環境変化を見据えた事業展開の一つとして法人等において具体的な動きが始まっている。本稿では、今後少なくとも二十年は少子高齢化が続く現状において、従来のビジネスモデルのあり方を見直そうとする大正大学のDX事例と、自治体の地域振興策等を地域商店街等において、より効果的に実現する手段としてデジタル地域通貨の実証事業を実施した宮崎県都城市の事例を紹介することとしたい。

I 大正大学のDXの事例

1 DX推進の背景

(1)既存システムの課題

既存の学務システムの老朽化、複雑化に対し、新システムへの導入が必要であると思われた。同システムには、各部門の業務支援のためにカスタマイズが行われ、全体最適やデータの有効活用という視点が不足していた。

(2)コロナ禍におけるリモート体験

コロナ禍におけるリモート授業やリモート業務の体験から、オンラインの活用とデジタル化された教材やミニテスト等の学習履歴の蓄積等に大きな可能性を感じたことで、学習管理システム(以下、LMS)の導入の必要性が認識された。

(3)今後の社会動態を踏まえたビジネスモデルの検討

今後も長期間にわたる少子高齢化の状況が続くことが明白ななかで、各大学とも、サービスとして提供する大学教育について、改めて顧客は誰で、どのようなサービスを提供できるのかを検討する必要が認識されている。
学務システムやLMSの新規導入に際して、既存の業務プロセスの簡素化を徹底し(「守りのIT投資」の視点)、そこで生み出された人材力で、ITを活用した新たなビジネスモデルの構築やサービスを開始するための「攻めのIT投資」を行うという視点を業務改革のエンジンとすることが有力な手段であると考えられた。

(4)新たな学生サービスの構築の方向性(エンロールマネジメント)

個々の学生に対して学力・就職・生活等、大学入学から卒業後まで多様な面からサポートし、卒業後の転職支援やリスキリング等を含めた生涯支援により大きな価値を大学が提供できるようにする必要がある。
このため、大学は、個々の学生を起点として、変化し続けるニーズや行動パターンに柔軟に対応できるよう、必要なデータを確保しながら、変化に対応できるシステムであることが必要となるのではないか。

(5)超高齢社会における大正大学の使命

団塊の世代が80歳を超える2030年前後から、我が国は毎年160万人から170万人が死亡する多死時代を迎える。高齢者になれば、多くの疾病を併発している場合が多い。すなわち、超高齢時代とは、老いと病の中で、死を身近なものとして見つめながら生きて行く人々が多い時代である。生老病死という四苦の老病死に直面して苦しんでいる人々を前に、総合的な仏教の大学として智慧と慈悲の実践を建学の理念に持つ大正大学は、これらの人々に正面から向き合う人間を育成できる。同時に、リモート教育等を通じて、直接、これらの人々に接し、その反応をデータとして収集し、その反応に基づいて常にサービスをアップデートしていくことにより、社会問題の解決に貢献することが求められるのではないか(社会人学習の観点)。

2 現行システム及び現行業務内容の現状分析

新たなビジネスモデルの取組みのためには、新しい業務システムの導入に際し、業務プロセスの大胆な簡素化を実行し、人材や資金等のリソースの再配分が必要となる。
このため現行のシステム及び業務内容を分析し、問題点の抽出と対応方向の確認を行った。基本的な分析手法としては、学務システムが保有する各データについて、データの発生源と実際のデータ入力者等を確認していくことで、一つのデータの多段階入力や同じデータの多重入力等を発見し、それらの部分については、原則として発生源入力やデータの共有化等を図ることにより、対応策の整理に繋げることとした(図1、図2)。

3 DX推進の具体的方針の策定

DX推進の背景や現行システム及び業務内容の分析を踏まえ、今後、DX作業を進めて行くための具体的な方針を列挙した。この際、今後の柔軟な対応を可能とするため、パッケージシステムについては極力カスタマイズせずに利用し、複数のパッケージやクラウドサービスを組み合わせることや、LMSについても、グローバルに通用するオープンソースを利用することにより、共同運用のメリットを享受することを心掛ける等の柔軟な導入が重要であることに留意した(図3)。
DX推進の具体的方策は、次の通りである。

I. 更新に伴い学務システムの意義を再認識すること

(1)学務システムは顧客管理システムである

① 学生毎に、入学前(高校・入学試験等)、在学中、及び卒業後のデータを横串で管理する
② 正しいデータを保有している者がデジタルデータとして入力することが原則(発生源入力)
・氏名住所等の属性データは学生自身の入力が望ましい
・教育上の課題等については教員による入力が望ましい(LMSの活用と学務システムとの連携)
・職員には、入学金や授業料の納付管理等のほか、時間割データ等、学生の在学環境に係るデータの適切な管理が求められる
③ 一度入力されたデジタルデータは使い倒す
・入試時に志願者によって入力されたデジタルデータ等、特に、変更が無い場合は、在学中から卒業後まで活用する

(2)デジタル化は省力化である

① データ連携や発生源入力による多重入力の削減
② デジタル化による多様な集計業務等の省力化
③ データの加工・再利用による作業の高度化(AIによる機械学習も視野に)

(3)学務システムは経営管理ツールである

① 入試動向や在学生のニーズ把握、さらには、卒業生とのコミュニケーション等によるマーケティングを可能とする
② 資金管理と学生の教育支援等の効果を連携して把握する
③ ①及び②を踏まえ、大学経営をデータによるPDCAサイクルで推進する

II. デジタルデータ利用により新たなサービス向上を図ること

(1)職員による対応

① 在学中の日常活動等の支援力の向上~オンデマンドでのさまざまな相談等に対応
② 学習支援力の向上~LMS導入等により、きめ細かな学習進捗の見える化・データ分析
③ 進路支援力の向上~就職希望と適正マッチング等

(2)教員による対応

① 多様な教材の作成・管理支援力の向上
② 学生とのコミュニケーション力の向上
③ データ分析等による教育・研究支援力の向上(Institutional Research等)

III. DXは新たな顧客獲得ツールであること

(1)潜在的な顧客の発掘

① 入学前、在学中、卒業後の学生とのコミュニケーションデータを蓄積することにより、リカレント教育だけでなく、新たなサービスを求める顧客としての学生・卒業生を発見する
② 社会人向けの講演・研修等の参加データ等を蓄積することにより、サラリーマン等の社会人層のニーズを汲み取り新たな顧客として発見する
③ 卒業生とのコミュニケーションデータ等を蓄積することにより、人生、老いること、死ぬこと等を見つめ、心の安寧を求める方々との出会いを図る

(2)大正大学のビジネスモデルの変革の支援(大正大学の建学の精神に立ち返る:智慧と慈悲の実践)

① エンロールマネジメントの本格実施
② 社会人教育の本格実施
③ これからの時代に相応しい人間形成の提唱、社会・時代への提言等

(3)新しい学務システムやLMSを通じた新業務モデルの支援可能性の検討

① 新たな業務変革について、新しいパッケージシステムがどこまで対応できるのかを検証する
② デジタル化による省力化等を踏まえ、検討を開始するビジネスモデルを決定
③ 決定した新業務につき、パッケージで対応できない部分が存在した場合の対応については、必要性とコストの比較等により次のように判断
・業務のやり方を変えることの検討
・他のクラウドサービス等の活用の検討
・手作業等の活用
・アドオン(カスタマイズ)の検討
・当面は諦める(継続検討)

(4)対応策の検討=業務プロセスの再設計

これまで当たり前のこととされていた業務プロセスの中には、前例を踏襲しているだけで、実は見直しによって効率化可能なものや、過去から積み重ねられてきた個別ルールによって、かえって非効率となっているものが潜んでいる。デジタルを前提とし、顧客起点で見直しを行うことで、大幅な生産性の向上や新たな価値創造が期待できる(図4)。

(5)新しいビジネスモデルの検討

① エンロールマネジメント

現行の業務改革により生み出されるリソースを充てる。そのうえで、学生に対する大正大学の使命(仕事)は何かを改めて考え、現状における仏教系、福祉系、地域系それぞれの授業を提供とともに、時代の流れに対応した総合的な知識と人格育成のサービス提供をさらに加味していくことが重要である。
少子高齢化の急激な進行は、豊かな地域包括ケアサービスが各地で求められ、医療・介護だけではなく高齢者が中心となる地域社会となる。そこでは、職種に限らず住民と人生の喜びを分かち合える人材が求められる。卒業後においても、そのような悩みや疑問等にも対応できること等が今後の検討事項となってくるであろう。

② 社会人学習

大正大学の使命は、智慧と慈悲の実践(自利・利他)にある。今後は、多死社会であり、日本各地が老・病・死のある地域となる。高齢者の持つ複雑な諸問題に向き合い、人生の最終段階に向けて、高齢者とその家族が充実して「生ききる」ことができるようにサポートできる人材を育てることが重要である。
これまでの実社会における価値観が喪失される60歳代以上の人々に、苦しみからの解脱の意義等を提供していくことが求められているのではないか。そのためには、学習サービスの流通チャネルとして、卒業生との連携等が効果的であると考える。

II 地域通貨(地域限定電子マネー)の事例

1 都城市マイナポイント事業の概要

(1)目 的

都城市は、全国一(市区別)のマイナンバーカード普及をさらに進めるため、新型コロナにより疲弊した地域経済対策として、マイナンバーカードを活用している。
従来より、紙ベースの地域振興券事業を実施していたが、紙ベースにはさまざまな非効率要因があった。今回、地域振興券を電子化し、マイキープラットフォーム(総務省運用)を活用することで、利用者の手続負担軽減及び迅速な給付を図った。併せて、市内の店舗及び利用者双方のキャッシュレス化の促進を目指した(総務省の自治体マイナポイント事業に参加して実施された)。

(2)事業概要

① マイナンバーカード取得済みの都城市民に対し、7000円分のポイントを地域通貨として給付
・申請日時点で都城市民であることをマイキープラットフォームを通じて本人確認(市外転出者でマイナンバーカードの券面未更新の場合があるため、市の台帳との突合も実施)
② 市内キャッシュレスサービスの推進
・地域通貨アプリの開発にあたっては、高齢者等のデジタル弱者にも使いやすいユーザーインターフェース等に留意
・日本青年会議所九州協議会の協力を得て、参加店舗開拓を強力に推進
・丁寧なアプリの設定支援や操作講習を実施
③ 店舗にQRコードを置き、QR決済を実施
・利用者は地域通貨アプリで店舗QRを読み取り、アプリに金額を入力
・各店舗は店舗管理システムと決済完了メール等で決済状況を確認
④ 2週間に1度、市が決済データを基に振込処理を実施
・振り込みには請求書は不要
・現時点ではチャージ機能は実装していない

(3)留意点

① 地域通貨発行段階で住民への以下手続支援が必要であること
・マイナンバーカードの発行
・マイキーIDの設定
・地域通貨アプリのインストール
・自治体マイナポイントの申請
② 地域通貨の利用段階での店側と顧客側への以下手続支援が必要であること
・店舗の登録とQRコードの配布と管理
・利用者のアプリ操作
③ 地域通貨の精算業務は、市の事務として実施したが、本来、地域金融機関の業務とする方が適切であること

2 デジタル地域通貨導入により想定されるメリット

(1)住民の視点

・現金を持ち運ぶ手間や紛失盗難等のリスクが無い
・お釣りや小銭の受け渡し等が不要となり、レジ等の効率化を図ることができる
・スマホやPCと併せて活用することで、使用上限設定や購入履歴等の参照機能が可能となる

(2)商店の視点

・現金のやり取りや釣銭準備等が不要になる
・レジ締め作業等が簡素化される
・売上金の保管(夜間金庫等)作業や盗難リスクが無くなる

(3)自治体の視点

・ボランティアポイントや健康ポイント等の政策的インセンティブが低コストで容易に実施可能となる
・給与のデジタル支払い等への対応にも活用すれば地域内の経済循環に直結する
・コロナ禍等の非常時における給付及び経済対策等が迅速に行える
・地域金融機関が運用主体になれば、地域内での経済循環の創造にも繋がる

3 地域経済好循環拡大のためのプラットフォームへ

(1)地域経済循環の基盤となり得る仕組みを構築する際の留意点

① 地域通貨として継続的に運用される仕組みを構築する必要があること
② 地域通貨の流通量を増やすには、住民等利用者による「チャージ」を可能とする必要がある。これは住民等の銀行口座からチャージ金額を引き落として、運用事業者の口座に振り込むことになるので、地域での顧客が多い地域金融機関との連携が必要であること
③ 持続可能な仕組みとするため、店舗手数料の徴収は必要になるが、他の通常のキャッシュレス決済よりも低額になるような工夫が求められる
このため、送金と口座管理を担う地域金融機関が運用事業者となることを検討すべきであること
④ 正確な本人確認のため、マイナンバーカードの活用が適切であること
⑤ ボランティアや健康活動等、政策的インセンティブのためには、原則として地域通貨の給付を活用すること
⑥ 地域内の商店等での決済に限定するため、地域通貨アプリの活用について検討が必要であること

(2)地域経済好循環拡大のプラットフォームとしての活用

食材や日用品の買い物だけでなく、医療・介護をはじめ、日常生活におけるさまざまな支払いの手間は、特に高齢世帯において、大きな負担となっている。さらに、キャッシュレス化のなかで、コスト圧縮を図るため、各金融機関において、支店やATMを廃止していく動きが出ている。特に人口の少ない地方では、従来の決済のやり方のままでは、一層日常生活の困難が増える地域が増えることが予想される。
このような現象は、地域の商店減少と高齢化による所謂買い物難民の増加だけでなく、生活基盤の存亡に関わる問題でもある。
そこで、地域における信用の高い自治体と地域金融機関が連携して、デジタル地域通貨を活用し、高齢世帯をはじめとする住民へのサービス提供と決済とを支援する地域総合決済サービスを構築することが期待される。高齢者等の利用者は、チャージ段階でのみ現金を移動させるので上限設定となり、買い物等の履歴情報は支払い指示としてデータが残るのでリスクが小さい。例えば、高齢者に係る適切な資産管理の下、利用可能な資金の活用により、医療・介護や、その周辺サービスであるクリーニング、買い物支援、タクシー利用等についても一括決済が可能となり、かつ、遠方の親族を含め、適切なサービス利用と決済状況等の確認ができる。
預貯金残高は、高齢化の進む地方においても増加する傾向にあるが、買い物等が困難であること等も理由に含まれている(図5)。従って、このような仕組みを構築することで、高齢者の利便性向上と併せ、地域経済の好循環の拡大にも資することが期待される。

著者プロフィール

猿渡 知之 (さるわたり ともゆき)

株式会社日本経済研究所 理事

1961年熊本県出身。1985年東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。京都府総務部長・副知事等の勤務と共に、総務省で情報政策企画官、地域政策課長及び地方創生担当や地域情報化担当等の大臣官房審議官として地域政策に従事し、2020年退職。同年より株式会社日本経済研究所理事。著書に「自治体の情報システムとセキュリティ」「公的個人認証のすべて」他。