『日経研月報』特集より

医療・介護分野において私たちがいま考えるべきこと(~『わからない』から始めるヘルスケア・その5(最終回)~)

2022年5月号

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

一般財団法人日本経済研究所 調査局長

本短期連載のテーマは、医療や介護を支える人々が安定的に働ける環境を地域によらず維持し、同時に地域に対して一定の医療や介護を提供しながら、財政的にも、またコロナ禍のような緊急事態にも対応しうる体制を整えることが出来るか、というものです。最終回ではこれまでの議論を振り返りつつ、そのテーマをトレースしていきます。

1. 「わからないこと」という入口

この連載では「わからないこと」を少しデフォルメしながら議論の入口にしてきました。内容的には図1のような問いですが、並べ方を少し整理しています。

本連載は比較的大きなテーマを設定し、テーマに沿った数字をみたうえで、数字では把握しきれない部分について事業者の方々にお話を伺ってきました。次項ではこれらの問いへの回答を要約します(細かな数字は連載各回をご参照ください)。

2. 数字や議論などを通してわかってきたこと

(1)担い手について

まず病院数自体は20-99床の小病院を主体に長期において減少傾向にあります。それでも多いという議論がコロナ禍以前は主流でしたが、現在は「病院が足りていない」という議論も出ています。ただし、それは機能としての新型コロナ向け病床数の話です。また新型コロナに限らず、高度急性期、リハビリなど機能が明確な医療行為向けの病床も不足傾向です。
一方、医師数は比較的順調に増えており、専門医制度(注1)の開始により役割の明確化も進みました。ただし過疎地域における医師の寡少度合など、医師の偏在に歯止めはかかっていません。
また介護においても着実にその担い手は増えています。しかし首都圏を主体に、介護需要の増加に応じた介護人員の十分な確保は出来ていません。

(2)医療や介護に対するニーズ

高齢化は進展していますが、実は入院患者数自体は近時増加していません。新入院患者数は増えているので、在院日数の短期化(や病院数の減少)による入院患者減という側面が強いでしょう。
医療の高度化は着実に進展しており、高度医療に対するニーズは、新薬や新たな術式の拡がり具合をみると極めて強いものです。保険医療に収載される限りにおいて、その償還価格次第では全体医療費への影響も小さなものではありません。
一方、高齢者医療へのニーズは多様化しており、機能の明確な後方病床などの必要性、地域での合併症対応を含めた総合的なスキルの必要性などは現場感として伝えられるものです。同時に、介護ニーズも、特に人口増が続く都市部などでは強く進展しています。

(3)改善してきた部分

どのような施策も出来ていないことにだけ焦点を当て、改善してきた要素をみないのはフェアではありません。
担い手については、医療人材が少なくとも都市部でしっかりと確保されてきていることや専門医制度が始まったことなど、一定の成果が出ています。これは大学などの行動原理と、医師不足の解消や医療の高度化などというテーマが合致した故の事象でしょう。
ニーズについても、長期入院を抑制し、在宅(医療・介護双方)や介護施設などでの対応を誘導し、地域毎に異なる医療ニーズに対して地域医療構想(注2)の策定を通じて議論が出来るようになってきたことは変化の兆しではあります。
またリハビリテーションや介護についてもその科学化を進める過程で診療報酬・介護報酬に反映され、エビデンスに基づいた医療・介護の進展の兆しがみえます。そして、この20年の間でも、医療・介護ともに数字を踏まえた経営の観点が従前と比べて増してきた実感は筆者にも確かにあります(ただし、それが変化に対する硬直性と諸刃の剣となっている側面もあり、後述します)。

(4)残る課題群

一方で以下のような課題群はまだ残っています。
●医師の偏在、介護人材の首都圏などでの不足
●高度医療や緊急時医療の不足
●機能性を有した後方病床の不足
●医療と介護の更なる連携
●医療・介護双方でのデジタル化未浸透

3. 課題解決を阻む担い手側の諸事情

残る課題群が解決されにくい要因を3つほど挙げます。

(1)固定される「エリアごとのリソース・需要」

少し古いデータの再掲ですが、筆者は『医療機関の経営力』(2017年)という著書で、A:東京都・大阪府・愛知県に存在する二次医療圏、B:県庁所在地+人口50万人以上を抱える二次医療圏、C:人口20~50万人を抱える二次医療圏、D:人口20万人以下の二次医療圏、という形でエリアを区分し、二次医療圏毎の医療や介護のリソース、需要のバランスを数字でみており(注3)、その総括を簡易な言葉に置きなおしたものが表1となります。

この表作成から時間が経ちましたが、構造自体に大きな変化はありません。医療・介護は地域インフラでもあり、その地域の経済・産業・人口動向に大きく左右されます。リソースについて、一度固まった構図を動かすには、「他地域からの人材を呼び込む、他業種からの転換を促す、地域のなかで優先順位をつける」などの行為が必要ですが、かなり強力なリーダーシップが必要となります。地域にそうした人材が存在するか、というハードルがまず存在します。

(2)経済的観点

医療・介護は公的な費用でまかなわれる要素が強いですが、実際に個々のアクションを起こすのは民間法人が主体です。その経済的な余力がない場合、誘導的な施策があっても対応が出来ません。以下では病院について、その損益財政状況をみておきましょう。
表2は斯業で公表されている経営データです。自治体病院は赤字が主体なので、民間法人の数字をみます。基本的に以前は黒字で推移してきたのですが、コロナ禍以前でも2018年以降、経営状況が悪化していることは医業収支差額の推移からみてとれます。

また設備投資が必須の事業でもある医療事業において、各法人のバランスシートは極めて重要です。ここではその一端として、医療・福祉向けの国内銀行による貸出額のストック、フロー双方の推移を掲載します(表3)。2010年代後半の状況を示していますが、事業者側からみて設備資金向け借入は減少している一方、借入金残高自体は増加傾向にあります。
収益的にも厳しい状況のなか、設備投資余力に限界があり、建て替えのみならず、業態展開やデジタル化投資にある程度限界がある、という点は理解をしておく必要があります。

(3)各関係者の行動特性

最後に各関係者の行動特性です。例示的に挙げると、①医療機関が収益部門を確保したいと考えること、②医師が所属する医療機関ではなく、所属する大学の指揮系統にあるケースも多いこと、③保健行政を地域で担う自治体の人事ローテーションにより新たな取組みへの継続性が担保しにくい側面があること、④患者自身も自身が対象となった場合に不利益変更に応じにくいと感じること、などが重なり、物事が止まるケースは少なくありません。関係者毎に優先順位が異なる故に物事が動かないということは、残念ながら医療・介護に限った話ではないでしょう。

4. 課題解決のために考えていくべきこと

とはいえ動かない理由を述べるのが本連載の目的ではありません。ここでは順番に、課題解決に向けて考えていくべきことを整理します。

(1)医師偏在の解消

現在、施策としては医療従事者の需給を検討し、医学部における地域枠の設定や臨床研修制度、専門医制度における偏在対策が継続的に検討されており、各々重要な議論です(注4)。一方、マーケットデザインという分野で「僻地病院の定理」という数学的定理があるくらい、定員割れの続く地方の病院に研修医を送り込むのは市場原理では難しいといわれています。マーケットデザインで有名なアルビン・E・ロスの著作(注5)においても、研修医ではなく地方の病院がキャリアのある程度固まった中堅医師を雇うことを示唆しています。
実際のマッチングに限りはあると知りつつ、持続的に運営を行っている事例を連載第3回(3月号)で紹介しています。実際にそうした地域では、急性期医療に対する需要も大都市圏とは異なり、介護との距離感も近いものです。
この課題克服には、「当該エリアの中小病院・クリニック・介護事業者が適切な協業関係を結び、近隣大都市圏などの大中規模病院が一定のキャリアを有した医師を当該エリアに派遣する」などという方向があるかもしれません。しかし、前者はまだしも、後者に関する積極的なインセンティブは見出しにくい、というあたりが議論の入口になるかと思います。

(2)都市部における介護人材不足の解消

この課題は(1)と似ているのですが、起こっているエリアが違います。介護人材確保のための施策(注6)の方向性としては「処遇改善、魅力向上、多様な人材の確保・育成、外国人材の受入れ、離職防止」などが志向されています。連載第4回(4月号)でも触れているように介護職員数は直近では横這い傾向ですが、地方部では一定の安定をみせており、施策が奏功している部分といえます。
ただし、首都圏での介護需要増(世帯構造の違いもあります)や「介護職と他業種の給与を含む処遇差」などが特有の課題を生んでいます。介護人材確保全体の施策は国で行うしかないのですが、同時に都市一極集中問題が重なります。集中を是として、「処遇や教育を厚くする、ロボ・AI含めた人材を補う技術への重点的な底上げを図る」方向に進むか、あくまで都市人口の平準化を考えて、そこまで踏み込まないか、が本質的課題です。とはいえ都市の高齢化は世界的課題でもあり、目標を絞りつつ関係者の意向を集約していくべき分野でしょう。

(3)重篤性や複雑性に対応する高度医療の構築

今回のコロナ禍の対応では、日本の医療構造特性が「重篤性や複雑性に対応しづらい人的資源配置」にあるという指摘(「第五波までの医療提供体制の検証と教訓に基づく今後のあり方(注7)」、以下「提言」)が為されています。本連載第2回(2月号)でも7:1看護体制に対応せんとするため医療資源が分散し、可変的に緊急時に集中対応する体制作りが困難となっている状況が指摘されています。これに対して、先程の提言でも「情報共有に関わるシステムを活用して限られた病床数のなかで効率的な運用を追求し、広域で入退院調整を一元管理する仕組みを導入する」ことの必要性が述べられています。
ここでは「平時の体制」と「緊急時への対応がどの程度可能か」という双方の議論が必要になります。前者は優先順位の問題であり、高度医療をどういった医療機関にどの程度集中させるか、いうコンセンサス作りの話です。後者は、緊急時対応につき、今回、自治体による対応の差も見受けられましたが、今後のためにもそのノウハウ共有は重要です。
平時における高度医療の需給と医療提供体制が合致しているかを検証しつつ、平時と異なる需給が生じた場合の体制のあり方を両建てで用意し、これを平時の看護体制などの議論に還元していくことが必要です。ただし、ここで述べてきた他の課題と比べてスコープの大きな話にはなります。

(4)機能性を有した後方病床の拡大

この論点は(3)と比べるとボトムアップ型です。地域医療構想における回復期病床の不足の指摘、地域包括ケア病床の創設など、個別の示唆は多くありますが、実際に動くのは各医療機関です。
しかし、医療機関は経営状態を含めて積極的な投資が難しい時期であり、転換を行うのも人材育成にも時間を要します。機能性を有した後方病床に転換するより、既存病床を残す方が(人材獲得もしくは人材育成コストを含めると)高い収益が確保出来る場合、無理に転換を志向しません。そして、こうした発想で維持されている急性期病床のボリュームは相当数にのぼるのではないでしょうか。
これは需給の開示だけで動く話ではなく、経営が各法人に委ねられる以上、どうしてもスタックしてしまう部分です。(3)で述べた7:1看護の議論とも合わせ鏡になっており、制度に沿って収益性確保を図る医療機関は一定の体制を構築しているので、短期的な診療報酬改定のシグナルだけで変換が容易ではありません。
そのなかで転換を可能にするには、地域医療構想の議論のその先で、「どのようなロールモデル作りを行い、誰がリードをして転換を促進していくか」について踏み込んでいく必要があります。また、そこに踏み込むことで、「地域医療構想の議論が需給調整とその背後にある医局権限などの増大などに地域医療構想が結びつくこと」も避けられると考えます。

(5)「医療と介護の複合ニーズの高まり」への対応

これは(4)の進化形であり、医療計画に関する議論(注8)でも「医療と介護の複合ニーズが一層高まる」と述べられています。しかし具体的な方策はまだ抽象的となり、難しい点です。
制度の歴史的な経緯、資格のあり方の違い、患者・利用者として実際に必要となる健康状況の違いなど含め、同じテーブルで議論がしにくいという問題があります。
これも結局は「連携に関するコンセンサスを誰がどう作るか」という話に収斂します。単なる立場の相違だけでなく、医療側からすると自らの負担が減ることが自身の経営上プラスにならない場合もあり、より議論が難しくなります。
まずは「在宅医療・介護における他職種連携」の事例紹介にみられるような事例のシェアが大事ですが、結局、「その連携により、何が付加価値として生まれ、利用者含め、そのメリットをどのように享受出来るか」という定量的な情報シェアや価値観共有が必要になります。連載第4回でも述べましたが、介護については業態移行のフレキシブルさなどで「可能性」を感じる側面もあり、「医療と介護の複合ニーズの高まり」に対して、臆せずにサービス提供の可能性を関係者に提示していく場を設ける必要があるでしょう。

(6)医療・介護のデジタル化への対応

医療・介護のデジタル化(医療のIT化だけでなく、介護のAI・ロボ展開も含みます)については多くの施策が練られています。厚生労働省による「データヘルス改革(注9)」や総務省による「医療・介護・健康分野の情報化推進」などです。
施策遂行のボトルネックの一つは、医療機関、介護事業者の投資体力不足です。これまでも電子化は為されていますが、逆に高コスト体質の要因となる側面もあり、かつ情報共有という意味で既存の電子化の汎用性が乏しかった、という問題もあります。
米欧を主体に新たなヘルスケアサービスは枚挙にいとまはなく、日本においてもその流れで生まれたデジタルヘルス製品は多いのですが、保険償還への組み込みが導入側としては重要です。保険償還に組み込まれないレベルのサービスは、既存サービスの補完・代替に留まるレベルであることも多く、発展に限界があるかもしれません。
しかし、医師の偏在・介護人材不足への対応などにおいてもシステム化は不可避です。医療機関・介護事業者が、課題対応を自らのインセンティブとして捉えられれば、デジタル化されたサービスの活用にも主体的に取り組む可能性があります。

5. 終わりに

「わからないこと」を入口に課題として最終回では「残る課題」の考察を行いました。4(3)以外は方向感が似ており、「事業者自身が課題を明確化し、関係者間の調整を行う必要があるが、多くの場合、阻害要因を越えて実現するためのインセンティブが弱い」という共通点があります。いいかえれば、巨大な医療・介護保険のシステムがあり、そのシステムを動かしている「ゲームの規則」から得られる果実が大きいため、課題を打開するためのアクションは一事業者のキャパシティを超えるということでしょう。
その状況を克服するには何が必要でしょうか?愚直ではありますが、「課題の明確化、対応によるプラスマイナスの明示、議論を通じたコンセンサスの醸成、事例の開示」を事業者・関係者が主体的に取り組むカルチャーを構築することが必要でしょう。それが本稿の題に「私たち」と書いた主旨です。大上段に構えることは避けたいのですが、本連載のテーマを実現するためには「事業者の主体性」に帰結することが重要、という考えに連載を通じて至りました。
医療や介護は、専門家が倫理観と高い知識をもって管理運営すべき領域であることは明らかです。しかし、ここで述べてきた課題がそのままの形で残っているのであれば、専門家を含めたボトムアップ型の問題提起も必要となります(本月報4月号所収のソーシャル・イノベーションに関する対談で述べられていた「カーブカット効果(注10)」なども念頭においています)。
筆者自身も、本稿で抽象的に述べた課題への対応含め、継続的に語り合い、実践につなげられる場を作っていければと思っています。
最後になりますが、本連載にご協力いただいた事業者の皆さま、本当に有難うございました。

(注1)専門医制度:それぞれの診療領域(診療科)において、標準的医療を提供出来、患者から信頼される医師を育てるための制度。日本専門医機構が「専門医」を認定。
(注2)地域医療構想:各地域における2025年の医療需要と病床の必要量について、医療機能ごとに推計し策定されるもの。そのうえで、各医療機関の足下の状況と今後の方向性を「病床機能報告」により見える化しつつ、各構想区域に設置された地域医療構想調整会議において、病床の機能分化・連携に向けた協議を実施する。
(注3)『医療機関の経営力』(青山竜文著・きんざい刊)136~137頁
(注4)「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会第5次中間とりまとめ」(厚生労働省・令和4年2月7日)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000209695_00002.html
「医療計画の中間見直し(へき地の医療体制構築に係る指針)について」(厚生労働省・令和2年9月4日)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20900.html
(注5)『フー・ゲッツ・ホワット』(アルビン・E・ロス著、日本経済新聞出版社)
(注6)令和3年度 全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料(厚生労働省・令和4年3月)https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000915231.pdf
(注7)新型コロナウイルス感染症対策分科会(第11回)、2021年11月16日、参考資料7(執筆者:阿南英明)
(注8)「第8次医療計画、地域医療構想等について(2. 医療提供体制を取り巻く状況~超高齢化・人口急減の到来~)」第8次医療計画等に関する検討会・資料1(厚生労働省・令和4年3月4日)
(注9)データヘルス改革に関する工程表について(厚生労働省・令和3年6月4日)https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000788259.pdf
(注10)1970年代の米国バークレーで、歩道の段差に困っていた車いすの学生たちが、夜中にゲリラ的にカーブ(縁石)をカットしてなだらかなスロープに変えることが評判になり、全米に拡がったのち歩道のあり方を変えたもので、ベビーカーや、大きな荷物をもっている人達にもメリットがもたらされたが、これを「カーブカット効果」と呼ぶ。

著者プロフィール

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

一般財団法人日本経済研究所 調査局長

(一財)日本経済研究所 調査局長
1996年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。2005年米国スタンフォード大学経営大学院留学(経営工学修士)を経て、2006年よりヘルスケア向けファイナンス業務立上げに参画し、以降同業務に従事。2021年より(一財)日本経済研究所常務理事(調査局長兼事業部長)。2022年より(株)日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員兼務。著書に『再投資可能な医療』『医療機関の経営力』(きんざい)。