『日経研月報』特集より
地域公共交通政策の再構築 ~公共財として位置づけユニバーサルサービスを実現する~
2023年6-7月号
地域の公共交通(以下、「地域交通」)は、地域の維持存続・発展に必要不可欠な経済・社会基盤であり、地域創生のためには不可欠な社会インフラです。
我が国では、この重要な社会インフラである地域交通は、一部に公営企業のケースはあるものの、基本的には民間企業に委ねられてきました。民間の企業経営によって地域交通を成り立たせる形態は、欧米諸国においては見られず、世界でも稀な姿です。これは、我が国の国土の可住地面積が狭い中で、高度成長期までは、人口が増大し、経済が成長していたため、効率的な旅客の輸送が可能であったことから、地域交通が商業ベースで成立していたことによります。
しかしながら、その後のマイカーの急速な普及や、経済成長の鈍化、人口の減少、高齢化、大都市への人口の集中により、地域交通を取り巻く状況が大きく変化し、地域交通の担い手である民間企業の経営は、不採算路線の増加、赤字の拡大、路線の廃止といった負の連鎖に陥り、地域交通サービスの存続自体が厳しい状況となっていきました。
今日では、地域交通サービスを一定の水準に確保することが困難な地域は全国に拡大し、今までのような国や自治体からの補助金による赤字補填では、地域社会に必要な交通サービスの水準を確保できない事態となっており、現在の地域交通に関するシステムは限界に達しています。加えて、昨今の運転者不足やコロナ禍により、その厳しい状況が更に悪化し、文字通り危機的な状況となっています。
もちろん、この間、国の施策において、手立てが講じられてこなかったわけではなく、ここ十数年来、地域の総意による取組みを後押しする「地域公共交通活性化再生法」の制定や累次にわたる同法の内容の拡充、「交通政策基本法」の制定等により、地域交通に関する施策は充実し、また、現に全国の各地で地域が一体となった地域交通の維持・確保・改善の取組みが進みつつあります。しかし、地域交通を巡る状況の悪化のペースがあまりにも早いため、今までの地域交通に関する施策や地域の取組みの延長線上の対応では、もはや地域交通の課題の解決には、不十分で、間に合わなくなっているのです。
私は、この際、地域交通に関する国の施策や、自治体、住民などの地域の関係者の地域交通に関する認識と関与を、抜本的に変革する必要があると思っています。
例えば、こうした状況が多くの地域で改善されずに今日に至った理由として、地域交通が、先程も述べたとおり、多くの地域では公的補助は受けつつも民間企業の経営に委ねられているため、道路などのハードの社会インフラとは異なり、地域交通の公共財・社会インフラとしての位置づけが明確ではなく、自治体、地域住民をはじめ、我々一人ひとりの、地域交通の重要性に対する認識が希薄であったことが挙げられます。
今こそ、地域交通が、地域住民のQuality of Life(生活の質)や地域の将来の姿を決定的に左右する、まちづくり・地域経営の基本的かつ重要な社会インフラであることを、国や自治体の政策に明確に位置づける必要があります。
また、例えば、地域交通は、かつては、商業ベースを前提として、乗合輸送サービスは大型車両による定時定路線のバス、個別ニーズ対応の輸送サービスはタクシーが担うといった定型的な形態が通常であったため、現行のバス事業やタクシー事業に関する法律や制度も、このような一昔前の実態を前提とした枠組みとなっています。
しかしながら、現在、我が国の多くの地域で実際に提供されている地域交通は、大都市部を例外として、もはや商業ベースを前提とせず、国や自治体の補助を受けつつ提供されるものが多く、また、サービスの提供主体やサービスの内容も、従来の枠組みとは異なる形態になりつつあるのが実状です。
すなわち、バス事業などに関する現行の道路運送法の枠組みでは、現在の我が国の地域交通の実情に対応できず、場合によっては、地域の創意工夫による取組みの足かせになると言ってもよいでしょう。
私は、現行の道路運送法の枠組みを放置したまま、地域公共交通活性化再生法などのいわば特例的な法制度や現行の補助制度の充実を図るという今のやり方では、地域交通の危機的状況を解決することは困難であると考えています。
今や道路運送法の抜本的な改正をはじめとして、地域交通に関連する諸々の法制度や財政措置等を全面的に再構築することが強く求められています。
私が所属する運輸総合研究所では、このような地域交通に関する課題の解決に向けて、昨年秋から検討委員会における突っ込んだ議論を通じて検討を進めており、その基本的な方向について近く提言として公表し、これを基に更に深掘りを進める予定です。
多くの関係者の皆様と課題意識を共有し、連携・協働して、何とか我が国の地域交通の維持・確保・改善の道筋をつけたいと願っています。