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地方創生のジレンマ

2024年6-7月号

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授

ローカル・アベノミクスともよばれる「地方創生」事業が開始され10年が経過しようとしている。この事業の目的は、2014年に成立した「まち・ひと・しごと創生法」によれば、「急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正」することである。ここでは、「地方」に関する政策の第1の目的に人口の減少という「国全体」の課題の解決が挙げられていることに注目し、地方創生が直面しているジレンマについて考えたい。
これまでの地域政策でも「国土の均衡ある発展」をスローガンに、東京への一極集中の是正を大きな政策課題としてきた。その手法は、基本的に、国が地域間の資源配分に介入し、地域振興の原資を与えるものであった。その典型が「人口と産業の地方分散によって過密と過疎の同時解消」を目指した田中角栄の日本列島改造論であり、竹下政権で全市町村に1億円が配られたふるさと創生事業である。
それに対し、現在の地方創生事業では、日本の総人口という「配るべきパイ」の大きさを拡大することに主眼が置かれている。これは、地方創生の契機となった「増田レポート」の影響である。レポートでは、日本全体の人口が減少していけば自治体の半数が消滅すると論じており、地方創生にはまず少子化対策が不可欠だと指摘している。いわば、人口減少の是正なくして地域間での資源配分なし、という状況なのである。
さまざまな政策において、成長と分配はしばしばトレードオフの関係になる。たとえば、格差を縮小するために所得税を引き上げれば、労働意欲の減退を招き、全体としての生産水準は低下する。岸田政権が掲げるように、成長と分配の好循環が達成されればベストであるが、その実現は容易ではない。実際に実施された少子化対策でも、この成長と分配のトレードオフは大きな問題である。
アベノミクス以降の少子化対策で、もっとも大規模かつ有効だったのは保育所の整備であった。保育所整備は、一方では女性の活躍を推進する政策でもあったが、子育て負担の軽減を通じて少子化対策にもなっていた。安倍政権では、待機児童解消加速化プランなどを通じて保育所を整備し受け入れ可能な定員を約80万人分整備したのである。アベノミクス以前の2010年の定員が約216万人分であったのと比較して約1.4倍にもなる大規模な事業であった。
この保育所の整備によって、少子化を一定程度解消する効果はあった。筆者の推計によれば、この保育所の整備事業によって、一人の女性が生涯で生む子供の数に相当する合計特殊出生率は約0.1程度上昇したと考えられる。その意味では、地方創生のための大前提である「少子高齢化の進展に的確に対応」はできたことになる。
一方で、保育所の整備は、東京一極集中の是正という目標に対しては逆行した側面がある。この時期、保育所が重点的に整備されたのは待機児童の多かった地域であるが、その中心は首都圏であった。増加した保育所定員のうち東京・千葉・埼玉・神奈川だけで合計33万人分であり、全国の増加分の約4割を占める。
そもそも若年者は首都圏に集まっており、特に就業継続意欲の強い高学歴女性は集中していることから、保育所の潜在的なニーズは大きかった。また、人口密度が高く、人口比で見れば保育所の整備の遅れていた地域でもある。日本全体として最も有効な少子化対策をしようとすれば、首都圏に集中するのは適切な政策対象の選択であるのは間違いない。しかし、首都圏に集中的に資源を投入することは、皮肉にも一極集中の解消を掲げる地方創生の流れに逆行してしまう。
このジレンマに正面から向き合わなければ、地方創生に成功はない。原理的に言えば、地方の少子化をより効率的に解消できれば、人口成長と地方の活性化の両立は可能となる。しかし、そのような政策を見つけることは困難であり、少なくとも一時的には少子化と一極集中どちらをより優先するのかを明らかにする必要があるだろう。

著者プロフィール

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授

京都大学教授、博士(経済学)。専門は日本経済論、家計分析、経済統計論、応用ミクロ経済学。東京大学大学院修了後、慶應義塾大学専任講師、京都大学講師、神戸大学准教授、一橋大学准教授、財務省財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学教授を経て、2020年9月より現職。統計委員会臨時委員、社会保障審議会臨時委員。日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員、経済産業研究所ファカルティフェロー、財務総合政策研究所特別研究官。主著は『現代日本の消費分析:ライフサイクル理論の現在地』(2023年)。