DBJ日本経済研究所 産業技術総合研究所 共催オンラインシンポジウム 

地球1個分の資源で生きる~持続可能な社会のための新しい資源循環技術~

2022年7月

株式会社日本政策投資銀行 イノベーション推進室、一般財団法人日本経済研究所 イノベーション創造センター

はじめに

産業革命以降、人類は地球の資源を大量に消費し続けています。現在の人類の需要を満たし、今の生活を続けるには、毎年地球1.7個分が必要とも言われています。カーボンニュートラルのみならず、地球全体の自然資源を経済原理に含めることで、真に持続可能な社会を目指すエコロジー経済学や循環経済(サーキュラー・エコノミー)の考え方、さらに、それらを支える最先端の資源循環技術をテーマに、産業技術総合研究所(以下、産総研)とDBJグループは共催シンポジウムを開催しました。その概要を報告します。

同志社大学 経済学部 経済学科教授 和田 喜彦氏
「地球生態系とのバランス指標としてのエコロジカル・フットプリント~ダスグプタ・レビューの示す未来」

責任投資原則(PRI)が国連によって提唱されて以降、ESG投資が世界に広まっています。2009年には、窒素、リン、気候変動等の地球の9つの要素が限界値を超えていないかどうかを示すプラネタリー・バウンダリーという概念が、ヨハン・ロックストローム博士らにより発表されました。

さらに、EUは、2019年に欧州グリーン・ディールを発表し、「2050年までにEUをカーボンニュートラルにする」と宣言しています。このような潮流のなか、2021年に英国財務省は、主流派経済学の第一人者であるケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ名誉教授がまとめた生物多様性と経済に関する報告書「ダスグプタ・レビュー」を発行し、同年のG7サミットでも取り上げられました。同サミットでは、各国首脳が「2030自然協約」に署名し、2030年までに生物多様性の減少を反転させ、回復に向かわせること、すなわちネイチャー・ポジティブを約束しています。
「ダスグプタ・レビュー」の重要ポイントは、以下の6つです。

1. エコロジー経済学のパラダイムに立つ
2. 包括的富指標(GDPに替わる尺度)
3. 金融・サプライチェーンマネージメント改革
4. コモンズ(共的部門)の価値を強調
5. 教育改革
6. 自然への畏敬・畏怖の回復

本日は、1. エコロジー経済学、2. 包括的富指標を中心にお話しします。
エコロジー経済学は、自然は私たち人間の外側にあるのではなく、私たち人間も経済も、自然の一部に組み込まれており、完全に自然に依存しているという前提に立つ経済学です。地球上の自然生態系の供給能力には限界があり、人間の経済活動による需要は、それを超えてはなりません。しかし、人類による資源需要は地球の供給能力を超過しており、このバランスを回復する必要があります。
エコロジー経済学に立脚したダスグプタは、「技術が自然を代替することで環境問題は解決されるので、技術革新に投資し続ければよい」という考え方は間違っており、現に、人間が森林深くまで開発の手を伸ばし、自然を改変した結果の最新事例が、今回の新型コロナウイルスの蔓延だとも述べています。また、カーボンニュートラルのみに集中することも批判しています。地球上の生態系は相互に依存し合いながら成立しているため、部分のみを見るカーボン・フットプリント(Carbon Footprint of Product:CFP(以下、CFP))ではなく、全体を見るエコロジカル・フットプリント(Ecological Footprint:EF(以下、EF))が必要であると訴えました。

EFとは、「人間の経済活動が必要とする資源再生産・廃棄物処理サービスを持続的に生み出している生態系の面積」のことです。具体的には、以下の6つの土地に分けられます。CO2を吸収する「CO2吸収地」、木材や資材を提供する「森林地」、食糧のための「牧草地」、「耕作地」、「漁場」、生産能力を発揮できない「生産能力阻害地」です。これらの土地面積の合計は、gha(グローバルヘクタール)という単位で、人間の需要を表します。これに対し、地球が生産可能な生態系面積、すなわち供給サイドの面積をバイオキャパシティと言います。需要と供給の面積を比較することにより、人間の経済活動が生態系の能力の範囲内で行われているか、すなわち、持続可能であるかどうかが判断できます。現在、供給側のバイオキャパシティの面積は、121億gha、1人当たり1.6ghaです。一方、需要側のEFの面積は、209億gha、1人当たり2.8ghaです。従って、現在、世界の需要を支えるためには1.7個分の地球が必要となっており、需要が供給を上回るオーバーシュート状態になっているのです。
私たちは、土壌の改善や適切な植林等によってバイオキャパシティを増やし、温暖化対策や食品ロス削減、技術支援等によってEFを減らさなければなりません。日本人の家計におけるEFでは、食料が最も割合を占めています。食のあり方を見直すことも、EF削減に向けて大きなポテンシャルがあると言えるでしょう。
また、ダスグプタは、真に持続可能な発展のために、GDPに替わる尺度として、包括的富指標を提言しています。建物やインフラ等の人工資本、健康や教育等の人的資本に加え、これまで測れていなかった自然資本の価値を金額で表し、包括的に評価する指標です。1992年以降、世界の人工資本および人的資本は増加し続けていますが、自然資本は減少し続けています。
ダスグプタ・レビューが象徴するように、あらゆる政策がネイチャー・ポジティブを前提とする方向に向かう等、世界のさまざまな業界でパラダイムシフトが起きています。金融界では、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の設置により、資金の流れは圧倒的にESG経営企業に有利となるでしょう。英国政府は、世界を環境面でリードし、ゲームのルールを根本的に転換させようとしています。日本政府や日本企業も、世界の動きに遅れないように対応することが今後必須となるでしょう。

一般財団法人日本経済研究所 常務理事 SDGs研究センター長 有年 和廣氏
「循環経済がビジネスの常識を変える」

(一財)日経研SDGs研究センターでは、気候変動、生物多様性等のテーマについて調査研究を行っており、さらに今後は、循環経済や人権問題等の地球課題を先取りし、調査研究を進めていく予定です。
さて、ダスグプタ・レビューによれば、われわれは地球1.7個分の資源を浪費しています。解決策として考えられるのは、以下の4つです。

①人口を減らす
②生活水準を切り下げる
③生態系等への投資による資源の保全・回復
④イノベーションによる資源の有効活用

本日は、私たちが生活水準を犠牲にする前に、仕組み作りや新技術によって、地球1個分の資源で生きることができないか、考えてみたいと思います。
地球1個分の資源で生きるためには、大量生産・大量消費のリニア経済から、循環経済という新しい仕組みへの移行が必要でしょう。循環経済では、バージン素材の投入による新規製造は例外的な措置と考え、資源は循環させることが前提となります。さらには、循環にもエネルギーが必要なので、循環の輪を小さくすることも重要となります。リデュース>リユース>リサイクルという優先順位があることを理解する必要があります。ビジネスとしては、修理(メンテナンス)、レトロフィット等の整備がビジネスモデルの前提になり得るでしょう。新技術に頼る前にやるべきことは多いと思います。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 資源循環利用技術研究ラボ ラボ長 佐々木 毅氏
「産総研における資源循環技術への取組」

産総研では、複雑化、多層化する社会課題の解決のために、所内の研究領域を融合して、融合研究ラボを設置しており、その一つが資源循環利用技術研究ラボです。資源消費型社会から脱却した資源循環型社会の実現を目指し、機能性材料の開発やリサイクル並びにそれらの生産時に生じる二酸化炭素や窒素酸化物等の再資源化技術とその評価技術の研究開発を行っています。本日紹介する窒素循環、ケミカルリサイクルの他にも、炭素循環、LCA評価技術等の多様な産業に跨がる技術開発に取り組んでいます。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 資源循環利用技術研究ラボ・窒素資源循環チーム 研究チーム長 川本 徹氏
「環境を脅かす窒素排出を解決する窒素循環技術」

ハーバー・ボッシュ法の誕生により、空気中の水素と窒素からアンモニアを合成できるようになってから、窒素化合物の排出量は増加し続け、プラネタリー・バウンダリーの中でも最大の環境問題の一つとなっています。国連環境計画(UNEP)の中長期計画では「2025年までに窒素廃棄物排出を半減するアクションを開始します」と明記される等、世界的にも危機感が高まっており、我々は、毎年、1億トン-N/年の排出量削減が必要と試算しています。
現状、国内の産業・生活活動で排出される排ガスや排水は、半分程度しか無害化されていないとの報告もあります。これに対し、産総研は、さまざまな機関や国と連携しながら、窒素やアンモニアの変換技術、濃縮技術、利用技術を組み合わせた新しい窒素循環システムの構築に取り組んでいます。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 資源循環利用技術研究ラボ・ケミカルリサイクルチーム 研究チーム長 吉田 勝氏
「循環経済に貢献するケミカルリサイクル技術」

プラスチックによる海洋汚染が世界的に大きな問題となっています。我が国でも、「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」が閣議決定される等、循環経済の観点から、プラスチックリサイクルのより一層の高度化と社会実装の重要性が高まっています。
今回紹介する新しいPET樹脂のケミカルリサイクルでは、高温水を利用することにより、低コスト、低環境負荷、高収率のモノマー化プロセスを実現しました。さらに、反応に用いる試剤の工夫により、PET樹脂の常温原料化法の開発にも成功しています。

パネルディスカッション

最初に、有賀氏、濱川氏から自社の取組みの紹介をいただき、その後、議論を行いました。

DIC株式会社 執行役員R&D統括本部長 兼 総合研究所長 有賀 利郎氏
「DIC株式会社の取組」

DICは、印刷インキ、有機顔料、合成樹脂等の製造販売を行う会社です。新事業として、社会課題と社会変革を起点とした新たな事業の創出にも取り組んでおり、サーキュラーエコノミーへの対応として、主に食品パッケージ市場において先行的に取り組んでいます。具体的には、食品容器の原材料であるポリスチレンの完全循環、また、2020年からは産総研と「冠ラボ」を形成し、自動車部品に使われるPPS(ポリフェニレンサルファイド)のケミカルリサイクル技術等を共同研究しています。
有年 社会的価値と経済的価値の両立を掲げていますが、どのようなお考えなのでしょうか。
有賀 近年は、特に社会的価値に重きを置いています。製品を通じ、社会環境の変化に対して価値提供していくことが、最終的には、株主利益、そして経済的価値に循環していくという考えに基づいています。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 材料・化学領域 領域長 濱川 聡氏
「産総研 材料・化学領域の紹介 ~資源循環技術研究開発の最前線から~」

産総研は、世界に先駆けた社会課題の解決と経済成長・産業競争力の強化に貢献するイノベーションを創出することをミッションに掲げています。多様な社会課題の中でも、「エネルギー・環境制約」を我が国および産総研が最も取り組むべき課題の1つに設定しており、資源循環型社会の実現を目指しています。そのためには、環境保全と経済発展の両立を考えることが必要ではないでしょうか。また、企業単独ではなく、バリューチェーン全体で、資源循環を新しい価値を生む付加価値プロセスとして捉え、共通の概念設計、情報共有の仕組み、革新的な技術開発に取り組むことが重要です。
有年 川本様にもご紹介頂きましたプラネタリー・バウンダリーによると、地球の限界にはさまざまなものがあり、気候変動よりも窒素循環のほうがより危機的状況にあるように思えます。少しご解説いただけないでしょうか。
濱川 窒素は、肥料の原料として非常に重要なものです。効率的な食糧生産のため、自然の再生能力を上回る窒素を人間が合成し、今ではプラネタリー・バウンダリーを明確に超え大きな問題となっています。すなわち、産業や経済発展が優先され、環境への配慮がされていなかった結果です。一個人、一国ではなく社会共通の課題と捉え、今後は、これ以上排出せず、回収して資源化する技術開発が必要と考えています。
有年 EFという概念が出てきましたが、何か具体例はありますでしょうか。
和田 例えば、トマトの温室栽培と露地栽培を比較すると、面積あたりの生産量は温室栽培の方が高い一方、温室を温める燃料や輸送エネルギー等も考慮してEFを算出すると、実は環境負荷が非常に高いことが示されます。このように、一見、効率が良いハイテク農業ですが、環境負荷が高く、持続可能とは言えないことが分かります。
有年 見えなかったものが見えてくるというわけですね。さて、有賀さんにお聞きしたいのですが、企業活動の中で、CFPだけではなく、より包括的な自然環境への影響まで、消費者の意識は進んでいると感じますか。
有賀 お客様の中にEFの概念が出てきていると端々に感じてはいますが、企業としては、まだ一側面しか取り組めていません。また、日系企業に比べると、やはり欧米企業の感度は明らかに高いです。
濱川 回収や資源化をした場合、EFはどのように計算されるのでしょうか。
和田 例えば、工場等の生産阻害地から排出されるガスを回収し、再資源化できれば、それらを吸収する役割の二酸化炭素吸収地を減らすことができます。ただし、回収の過程で必要なエネルギーが、ずさんに管理された土地によって生み出されている場合、生産能力阻害地を増やしてしまうので、そこも考慮する必要があります。
濱川 日本のEFが大きい理由は何でしょうか。
和田 食糧の輸送や加工、冷凍等の食に関するフットプリントが大きいです。地産地消、旬のものを食べる、有機農業の作物を学校の給食に取り入れる等、小さなことでもできることが多くあります。
和田 ポリスチレンの完全循環の取組みが紹介されましたが、質を劣化させずに資源を完全循環させるうえで難しい点は何でしょうか。
有賀 ポリスチレンの例では、資源をモノマー単位まで分解することにより、質を落とさず循環させることができます。難点は、非常に高温での分解により、多くのエネルギーがかかることです。いかに上手にものを壊していくか、ブレイクダウンのケミストリーに挑戦しています。
和田 技術革新はとても大事ですが、ダスグプタ・レビューでは、科学技術に過信しすぎることへの懸念も示されています。この点についてどのようにお考えでしょうか。
濱川 おっしゃるとおり、技術を過信しすぎるのは、間違った方向に向かうきっかけにもなります。先ほどの窒素循環の話も、その一例です。一方で、技術は自然を代替はできませんが、延命させたり、増やしたりすることには活用できます。過信はせず、上手く使っていくことが大切だと考えています。
有年 環境に配慮した製品は、やはりコストが高くなってしまいますが、消費者にメリットを与える良い仕組みはないでしょうか。
和田 ソーシャルマーケティングという言葉があるように、購入するときに社会的意義が分かる情報をくっつけることにより、企業の良心に共感する消費者を集めることが出来ます。今後、このような消費者は増えていくと考えられるので、消費することで社会貢献できる製品を開発してほしいと思います。
有年 消費者のマインドの変化についてお話がありましたが、有賀さんはいかがでしょうか。
有賀 経済システムそのものが転換し、価値の源泉が変わるのではないかと考えています。現在は、原油があらゆる経済に影響を与えていますが、原油による大量消費ではなく、地球上の資源を上手く使い回すこと、つまり循環するものこそが価値を持つような社会になるかもしれません。そのような可能性も念頭に、企業として技術開発をしなければならないと考えています。
有年 本日は、地球1個分で生きるためには何が必要かというテーマでご議論いただきました。最後に1つずついただければと思います。
濱川 やはり環境保全と経済発展の両立を考えていくことが、まず必要だと思います。そのためには、個社で考えるよりも、新しいプロセスや機能を共に構築するプレイヤー同士が理解していけるバリューチェーンのようなものが大切だと思います。その際、資源循環から新しい価値を生むプロセスに変えていく仕組みや、技術革新が必要になると思っています。その意味では、技術者や経済学者等、学問の垣根も越えたダイバーシティも必要ではないかと考えています。
有賀 一企業の立場で、あらためて地球1個分の資源で生きる意味について、その難しさと、やはり何とかやらなければいけないという想いを強くしております。CFPのみならず、自然資本全体を考慮するEFのような考え方を、どのように企業活動に連動させていくか、今後も議論させていただきたいと思います。
和田 これからは、企業がどれだけ社会貢献しているか、ネイチャー・ポジティブな取組みをしているかが問われていきます。適切に情報開示をしないと、金融機関から資金調達できない世界がやってくると考えられるので、それを見据えた経営戦略が大事になってくるでしょう。また、地域の生態系を守り、ネイチャー・ポジティブを達成するためには、地元の人たちの知恵を持ち寄りながら、さらに技術も活用し、課題解決に向かっていくことも大事だと考えます。

おわりに

カーボンニュートラルのみならず、地球全体の自然資源を経済原理に含めることで、真に持続可能な社会を目指すという方向に国際社会が大きく舵を切っていることを認識しました。本日紹介された考え方は、今後の企業経営や技術開発の方向性を見通す際に、必ず道しるべになるでしょう。地球1個分の資源で生きるためには、学問、技術者、企業等の多種多様なプレイヤーがそれぞれの立場を越えて議論し、新しい仕組みや技術を社会に実装させることが必要です。
DBJグループは、今後も皆様のイノベーション推進に役立つ場を提供していきたいと考えています。

著者プロフィール

株式会社日本政策投資銀行 イノベーション推進室、一般財団法人日本経済研究所 イノベーション創造センター