『日経研月報』特集より

幸福度ランキング1位の福井に見る日本再生のヒント

2022年7月

菊池 武晴 (きくち たけはる)

福井工業大学環境情報学部経営情報学科 教授

今年2月に勃発したロシアによるウクライナ武力攻撃は長期化する様相である。2年以上にわたり継続しているコロナ禍も収束する目途は立っていない。我々の経済社会はいつになったら正常化するのか、という疑問を毎日のように自問自答するが、甘い期待のようである。コロナ禍以前より「不確実な未来」と言われて久しいが、このような乱世の時代では、「自律した個人による経済的・精神的に豊かな社会の実現」が我々の目標となると思われる。経済的豊かさのみを追求しても真に豊かにはならない、という議論は、日本で公害がクローズアップされた時代から長く続いており、最近も「新しい資本主義」や「well-being」の議論が盛んである。それらを具体的に計測する指標として、従来の「GDP」を補完する試みが多くなされている。そのうちの1つと位置付けられるが、一般財団法人日本総合研究所は、47都道府県を「幸福度」に繋がる「健康、文化、仕事、生活、教育」の5分野75指標で評価している。本稿では、この評価方法において、2014年、2016年、2018年、2020年の「幸福度」総合ランキングで4回連続第1位の福井県に焦点を当て、日本再生のヒントを探ってみたい。
福井県は、特に仕事分野と教育分野が強く過去5回連続で部門1位である。仕事分野では「大卒者進路未定者率(の低さ)」1位、「インターンシップ実施率」1位、「正規雇用者比率」3位、「若者完全失業率(の低さ)」4位、「高齢者有業率」5位、教育分野では、「不登校児童生徒率(の低さ)」1位、「学力」3位、「子どもの運動能力」1位、「大学進学率」10位、「社会教育費」2位、「悩みやストレスのある者の率(の低さ)」7位等となっている。
筆者は、2022年4月より福井県に居住しはじめた「よそ者」に過ぎないが、「よそ者」ならではの視点で、福井の教育、デジタル化、環境問題対応について報告することとしたい。

1. 福井の教育

福井県の小中学生は、文部科学省が毎年実施している学力テストで長年にわたりベスト3に位置している。体力テストも全国ナンバー1である。私の住む近隣の公立中学校でも、生徒がよく校庭を走っており、鍛えられているようだ。「心技体」と言うが、このバランスがとれた教育が根付いている印象をもつ。その中学校のホームページを見ると、「無言清掃」が毎日の日課となっていた。「無言清掃」とは、文字通り、黙って清掃を行うことである。朝日新聞の2020年2月16日の記事によれば、全国の学校に広まっているとある。福井県の永平寺中学校では、掃除前に黙想60秒を行って心を整えてから黙って掃除を行うことで心の修養に繋げている。福井の全中学校が採用しているわけではないが、教育効果があるとして禅宗の大本山永平寺のお膝元から徐々に県内外に広まったようである。
福井の教育レベルがなぜ高いのか、福井県出身の本学教員に話を聞いた。「福井では学校の先生が尊敬されている。昔はどの地域もそうだったと思うが、福井はその伝統が残っていると思う。それゆえ、比較的知力も体力もある優秀な人間が教師になる。熱心な先生が多いから、手を抜く人も少なく、全体の質が比較的保たれているのかもしれない。」「また、地域コミュニティが維持できていることも大きい。女性就業率が高い(全国1位)、三世帯同居比率が高い(2位)、住宅延べ床面積が広い(2位)、持ち家比率が高い(4位)。冬には雪かきもあるので、自治組織が機能している。子供は、近くにおじいちゃん、おばあちゃんが住むので、昔からの道徳心や躾を言われる機会も多い。先生への尊敬はその影響もあろう。」
日本の教育を改革する動きを率先してきた、福井大学の「教職大学院」の取組みについては、藤吉(2018)に詳しいが、現役の小中高教員がどのようにしたら教育効果が高まるか、自由横断的に議論してきた伝統がある。また、その大学院で学ぶリーダー的教員の数を増やすため、現場を指定校として研修内容を実践する等、独特の取組みが行われている。さらに、福井県教育委員会が、県内公立小学校、中学校、高校の「授業名人」を認定し、公開授業を頻繁に開催する取組みを行ってきたのも、県内教員の質向上に貢献しているといえよう。

2. 鯖江市におけるデジタル化

日本の眼鏡フレーム96%以上を生産していることで有名な鯖江であるが、ここでは市民主役のデータ活用をとりあげる。鯖江市は、2012年に「データシティ鯖江」を掲げ、「オープンデータ」を開始した。地元の福井工業高等専門学校出身でIT企業を創業した福野泰介氏が、牧野前市長に提案したことが契機となった。鯖江市のホームページには、公衆トイレや観光地、地元コミュニティバスの運行情報やインフラデータ等が公開されており、誰もが自由にアクセスしてアプリ開発等に活かすことができる。例えば、「さばれぽ」は、市民が道路等インフラの不良箇所を写真で撮って市役所に修繕要望を投稿できるようにしたアプリで、市役所は要修繕箇所を調査する必要がなくなる。鯖江市は2010年に全国でも珍しい市民提案による「市民主役条例」を制定した。「まちづくりは市民がやる」ことを宣言したものである。人口約69,000人の鯖江市は、毎年徐々に自治体の予算や人員が減少するなかで、逆に地方分権の流れで行政の仕事が増えていて、このままでは行政サービスの質が保てず破綻することに強い危機感をもった。そこで牧野前市長は、市民は行政サービスの「顧客」でもあると同時に「株主」でもあるから、市政をともに作る「市民主役」を、市民に行政サービスの一部を担ってもらう形で推進した。

市民へのプログラミング教育という点でも先駆けて取り組んだ。IchigoJamという福野氏が開発した1500円の簡易パソコンを使ったプログラミング教室を地元NPO竹部美樹氏が運営し、福井高専卒業生が指導役となる形で浸透していった。鯖江市では、草の根での活動が広がり地域住民に支持された結果、日本政府が打ち出した小学生のプログラミング必修化に先駆けて、2019年度から市内全12小学校において、IchigoJamを使ったプログラミング授業を開始している。

また、竹部氏が地域活性化プランコンテストを2008年に開始し、毎年継続していることも特筆される。鯖江市長も関与し、全国の大学生は、鯖江市民が主役となって行うべき施策を提案し、優秀な提案について市民はその実行を具体的に検討する。「市長をやりませんか?」というキャッチフレーズに応じて、力を試したい全国の大学生が応募する。単なるアイディアソンと違うのは、3日間の合宿で、市長が現状を講義するほか、市役所職員や地元企業、住民が大学生による調査や疑問に答える万全の体制を整えている。この過程で大学生は鯖江の人の温かさを知り、本気で鯖江を良くするアイディアをぶつける。イベント終了後も鯖江のファンになり、別の地で就職後も鯖江のサポーターになる人が多いという。この形が毎年継続し今年で15回目を数えている。市長が現在の佐々木市長になっても継続されているのは、もともと市民発意で始まり、資金は地元の多数企業が協賛金を出すことで賄い、運営も地元学生によってなされているからである。オープンデータやプログラミング教育も同様である。
Society5.0の概念が政府により定められ、データを活用して市民満足度向上をめざす「スマートシティ」の取組みが日本のあちこちで開始されたのは2015年頃であるから、鯖江市のデータ活用は相当早い。さらに、全国のスマートシティの多くは、自治体と大手IT企業が主導しているため、市民が置き去りになっている印象がある。一方、鯖江市は派手さこそないが、まさに市民主役でデジタルシティ構築が進められている点が注目に値する。
地元の女子高生(JK)を構成員とする「鯖江市役所JK課」を設置したのも面白い。女子高生は市役所の正規職員ではないが、市長から委嘱され、市政の改善点を提案し実現をめざすクラブ活動のようなものだ。例えば、市の図書館で勉強したいと行っても席がとれないことが多かったため、図書館の混雑状況を見える化するアプリを開発し、市民が使えるようにした事例が生まれている。このように、自分たちで課題を見つけ、解決策を見出す事例が出てくると、当然周囲にも影響する。刺激を受け、地元のオバちゃん達からなる「鯖江市OC課」もできたようだ。女子高生がまちづくりをジブンゴトにすることで、若者や一般市民に伝播し、自分たちが良い地域を作る主役であるという意識づくりに奏功している。
このように、鯖江のデジタル化は、約10年にわたる取組みを経て、小学生のプログラミング教育からはじまり、高校生や大学生、市民がまちや日常における課題を自律的に発見して、価値を創造していく、まさにシビックテックが実践されている。そしてこれらは、福野氏や竹部氏のような40代の地元リーダーシップのもと、市役所、教育、産業が一体となったまちづくりに繋げている点が特徴である。

3. 大野市における環境への取組み

福井県大野市の人口は約3万人、森林面積が9割を占める山間部であり、豊かな自然が地域の財産である。元環境省職員である石山市長は、当然環境対策に熱心である。2021年3月に大野市は、2050年までに二酸化炭素実質排出量ゼロをめざす「ゼロカーボン宣言」をした。国のチャレンジングな目標と合わせた形だが、地域の特性を活かした多様な取組みがみられる。
2014年には、木質バイオマス発電所を誘致した。近隣の間伐材等を燃料とすることで地元森林関係者に安定的に資金を還元しているため、森林経営の健全化にも繋がっている。当発電所を建設、運営している株式会社福井グリーンパワーは、株式会社神鋼環境ソリューション70%、地元森林組合10%、地元木材加工業10%、電力小売業10%で設立された。2016年に稼働を開始し、2017年には、大野市より農山漁村再生可能エネルギー法に基づく「地域資源バイオマス発電設備」認定を受けている。設備容量は7340kW、年間発電量は大野市全世帯数15000を賄う規模である。年間使用する木材量は約10万トンに達し、地元の林業や木材加工業に新たな収入をもたらした。2交代制24時間稼働のため、社員は24名でほとんどが地元採用である。それ以外にも地方税収等をもたらし、地域経済の活性化に大きく寄与している。大野市では、木質バイオマス発電所整備に加えて、森林経営健全化による温室効果ガス吸収源対策を行うことや、自転車、電気自動車の活用による交通ほかの省エネルギー対策を進める計画である。

また、大野市の六呂師(ろくろし)高原は、2004年及び2005年に、環境省により日本一美しい星空に選定された。大野市は、エコツーリズムに繋げるため、「星空の世界遺産」とされる、国際ダークスカイ協会による「星空保護区」の認定をアジアで初めて取得することをめざしている。
なお、本学は、大野市と相互連携協定を締結し、この活動を支援している。具体的には学生が参加する形で「星空ハンモック」や新しい地元料理を開発し、誘客イベントを実施、地元小学校への出張教育等で協力している。
また、本学では、AI、IoT等の情報分野の研究・教育にも力を入れているなかで、環境防災対策をデジタルの力によって解決する試みも進めている。例えば、美浜町における実証実験であるが、本学教員が開発した「低コスト河川水位監視センサ」、「低消費電力小型センサノード」、「環境データ共有クラウド」を活用して、町内の中小河川の水位を10分間隔で24時間遠隔監視できるようにした。近時、気候変動によりゲリラ豪雨等が頻発しているが、地域の防災対策を低コストで実現する取組みである。

4. おわりに

以上、福井の教育、デジタル化、環境への取組みについて取り上げた。福井県は、47都道府県「幸福度」総合ランキング第1位といってもまだ多くの課題がある。鯖江の10年間にわたるデジタル化対応は日本の中では間違いなく先進的であるが、これをいかに保守的・慎重な人が多い他地域にも展開できるか、また老若男女を問わず、変化に強いイノベーティブ人材を育てるのは大きな課題である。2050年カーボンニュートラルは、全地球的な極めてチャレンジングな課題である。そのためには各地域が、それぞれ持つポテンシャルとITを含めた最新技術を活かすこと、さらには地球環境維持のために我々のライフスタイルをどう変革するのかも問われ続けている。こうした時代において、「自ら課題を発見し、楽しく粘り強くチャレンジして、価値を創造する」次代を担う人づくりが自分の役割と感じている。

(参考文献)

・朝日新聞 「ひたすら「無言清掃」小中学校で広がる どんな意味が?」2020年2月16日記事、朝日新聞社
・IchigoJam HP (https://ichigojam.net/
・鯖江市 「さばれぽ」 HP (https://www.city.sabae.fukui.jp/about_city/it_nomachi/app/android_sabarepo.html
・寺島実郎監修、一般財団法人日本経済研究所編「2020年版全47都道府県幸福度ランキング」、2020年、東洋経済新報社
・福井県教育委員会 「月刊教育情報誌 明日への学び」2015年、福井県教育委員会
・福井工業大学 HP 「福井県大野市との連携事業」(https://www.fukui-ut.ac.jp/news/education/report_m/entry-7783.html
・藤吉雅春「福井モデル 未来は地方から始まる」2018年、文藝春秋

著者プロフィール

菊池 武晴 (きくち たけはる)

福井工業大学環境情報学部経営情報学科 教授

福井工業大学 環境情報学部経営情報学科 教授
1995年日本開発銀行(現株式会社日本政策投資銀行)入行。環境・エネルギー分野に通算12年従事。2022年3月まで一般財団法人日本経済研究所イノベーション創造センター長。2022年4月より現職。福井県環境審議会特別委員、福井県再生可能エネルギー導入アドバイザー。神戸大学後期博士課程修了(経済学博士)。