『日経研月報』特集より

志本主義経営~志を起点とする人的資本の活性化~

2023年4-5月号

名和 高司 (なわ たかし)

一橋大学ビジネススクール 客員教授

人的資本の重要性があらためて認識されています。私は、以前から志(パーパス)を中心とする資本主義という意味で「志本主義」を提唱しているのですが、本稿では、志を起点とする人的資本の活性化について述べてみたいと思います。
私が「志本主義」という言葉を使い始めたのは、資本主義の語呂合わせという面もありますが、現在のお金を中心とするキャピタリズムとしての資本主義が、地球温暖化や経済面での格差拡大をはじめとするさまざまな問題の顕在化で、ある種の限界を迎えているのではないかという思いからです。そうしたさまざまな課題の解決に貢献しよういう志が、企業にも個々人に求められています。
それでは、企業の志(パーパス)はどのようなものであるべきでしょうか。私は、企業のパーパスの議論や設定をお手伝いすることがあるのですが、その際には、3つの要件「わくわく」、「ならでは」、「できる」を大切にすることを呼びかけています。世の中によくあるパーパスは、世の中に媚びているようなものや、逆に独りよがりなものが多く、そうしたパーパスは私からみると「わくわく」しません。しかも、その会社「ならでは」のものでもないとすると、社員にとっては「やらされ感」で一杯になります。3つ目の要件の「できる」という実感を社員の人たちが持てない場合、やはり、やらされ感になってしまいますが、「わくわく」と「ならでは」があると、「できる」と思いやすくなりますので、前の2つは特に重要です。
では、企業がよい志(パーパス)を持てたとして、それを実行していくには何が必要でしょうか。一つは、社員一人ひとりがその志に腹落ちできるようにすること、もう一つは、内省を重ねて本当にやるべき仕事のために既存の業務を合理化したうえで、それを実行するための仕組みをつくることだと思います。まず前者の方法として、会社の部署単位のワークショップをお勧めしています。部署とは、特定の事業部や、特定の機能部、例えば人事部、総務部、経理部などです。会社全体でよいパーパスが設定できたとしても、特に機能部系の部署の社員にとっては自分ごと化しにくい、つまり腹落ちにくいケースがあります。このため、企業全体のパーパスを設定した後でさらに部署の中で議論して、部署のパーパスをつくって部署ごと化してくださいと言っています。そのあとに自分ごと化もしなければいけませんので、上司が部署のメンバーの人から「あなたのマイパーパスは何ですか」といったように各人の思いを引き出していくという、マイパーパスのための「1 on 1ミーティング」を行っていくのです。部署のパーパスを持っておくと、その一員としての自分が何をしたいのかというのは、そこから紐づけやすくなります。
次に、各人が会社や部署のパーパスに腹落ちしたら、そのパーパスの実行のため、個人やグループで内省を重ねて、既存の業務を合理化したうえで、それを実行するための仕組みをつくります。日本の企業の人たちは、業務の足し算は好きですが引くのが苦手なように思います。既存の業務の価値をもう一回よく考えて、これは本当にやるべきなのか、自分がそれをやらなくてはならないのか、それはデジタルやシステムの力で何とか効率化できないか、そうしたことを内省するセッションをやっていただくことがあります。
さらに、パーパスを持続的に実現していくためには、こうしたある種の前さばきをやったうえで、一人ひとりが創意工夫していくことが大事です。それを私は「たくみ」と言っているのですが、それを組織大にスケールさせるためには、それをデジタルの力も使いながら「しくみ」化することが必要になります。つまり、パーパスを起点に創意工夫を仕組みにして拡げていって、企業のパーパスを持続的な成長に繋げるということです。これは常に行っていくべきことで終わりはないのですが、このパターンに入れば勝てると思っています。
こうした勝ちパターンの行動の起点は企業や個々人のパーパスですので、その思いの強さ、パッションが大事だと思っています。思いが強ければ、かなりのことはできてしまうという面が人間にはありますし、そのことで自分が成長し社会に貢献できる、という良い循環が生まれます。そうした姿勢が周りの人たちにもいい影響を与え、新しいものをやりたい、新しい世界をつくろう、正しい方向に向かいたいという思いが組織に広がっていくことが理想だと思います。そのためにこそ、企業も個々人も志(パーパス)を大事にしていきたいものです。

著者プロフィール

名和 高司 (なわ たかし)

一橋大学ビジネススクール 客員教授