World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第41回

持続可能な北海観光を目指して ~ビューズムの挑戦~

2023年12-2024年1月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

快晴に恵まれた9月下旬の休日、北海に面するドイツの観光地ビューズム(Büsum)を訪れた。夏のメインシーズンはそろそろ終わりとのことで、海岸を歩く人の姿はまばらだが、店舗や飲食店の集まる港周辺はかなりの賑わいだった。また、公園や観光施設など活発なインフラ整備も目についた。
コロナ禍が過ぎたかと思えば、次は物価高騰と、観光業を取り巻く状況は厳しい。そんななかにあって、ビューズムには特別な活力を感じるが、その背景にはいったい何があるのだろう。今回はビューズム観光社へのインタビューから、彼らの生き残り戦略と持続可能な観光の在り方を探りたい。

干潟という観光資源

海沿いの観光地と聞いて筆者がまず連想するのは、屋根付きビーチチェア(写真1)が浜辺に並ぶ光景だ。チェアを管理する観光窓口で聞いたところ、レンタル料金は1日7ユーロ、1週間あるいは2週間の長期になると割引になるそうだ。当たり前のように週単位の話が出てくるあたり、長期観光が一般的なヨーロッパらしい。

観光の最大の目玉は、遠浅の浜辺が続く独特の景観だ。潮が引くと奥行き数百メートルの干潟が現れ、そこを裸足で歩くと、すこぶる気持ちいい(写真2)。泥のように足が沈むのかと思いきや、硬い粘度くらいの質感で、足裏のツボを刺激する感覚が新鮮だ。パンフレットを見ると、バリエーションに富んだエコツアーが年間を通して100回以上開催されている。

15年前からの取組み

観光政策を統括する公営企業「ビューズム観光社」の責任者、ロベルト・コビッツ氏によれば、15年ほど前から、抜本的な改革に取り組んでいるそうだ。
コビッツ氏:「それまでのビューズムは、インフラの古びた保養地でした。時代に即した観光地とするため、家族用宿泊施設の整備、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州初の気候堤防の整備、観光インフォメーションセンターの強化、老朽化したプールの改修などを行い、競争力回復に努めました。これら4つのプロジェクトの予算は合計約6千万ユーロで、各種の公的補助を利用しています。それと並行し、ホテルや宿泊施設建設に、約1億9千万ユーロの民間投資がありました。」

自然共生の伝統

「観光施設の整備に加え、文化・芸能・レクリエーションのプログラム充実、近隣観光地との連携を図っています。観光シーズンには一週間平均26のプログラムを実施しています。」
ドイツの場合、長期滞在型の観光地は必ずと言っていいほど、劇場などの文化施設を運営し、コンサートや演劇などを催している。その土地ならではの観光と、それを補う文化体験、そして食やショッピングの楽しみなどを織り交ぜながら、独自のキャラクターが形作られる。
なお、前述の気候堤防とは、コンクリートの護岸ではなく、その土地に適した自然の営みを極力活かした堤防と護岸の名称だ。高いレベルの持続可能性が求められる現代にマッチし、前述の通り、エコツアーに活用するなど観光資源としても非常に有効だ。コビッツ氏によれば、自然との共生はビューズムのDNAに刻まれているのだという。

モデル地区

さて、気になるコロナ禍の影響は?
コビッツ氏:「(全国で)ロックダウンが実施されましたが、当地はこれまでの努力が評価され、観光業を続けられるモデル地区に選ばれました。州内36観光地のうち、わずか4か所だけの特例措置です」。
さしずめコロナ対策観光特区といったところか。そのおかげで、宿泊客は2019年の201万人に対し、2020年は169万人と、落ち込みはわずか-16%にとどまった。選定に漏れた観光地は6割以上の落ち込みだったというから、その差は歴然だ。いち早く改革の必要を認識した先見性と実行力が、想定外の事態に功を奏した。
その他の公的補助について質問したところ「財政補助はありませんでしたが、それは大きな問題ではないのです。就労者の8割が観光業に関わっている当地において、生業を続けられるかどうかは地域の存在意義にかかわる事柄です。」
ドイツでは、観光に限らず休業を余儀なくされた事業者に対する固定費の補助や雇用者への休業補償などがあった。そのため、事業者と就労者はなんとか生き延びたが、ほとんどの観光地は、文字通り火の消えたような有様だった。そのような事業の断絶は、観光地の将来に極めて悪い影響を残す。

カギを握る柔軟性

例えば、多くの観光地は今、従業員不足に悩んでいる。不安定な業種に見切りをつけた就労者の気持ちは、理解に難くない。モデル地区認定を勝ち取ったビューズムは、その点でもメリットを得ただろう。就労者の福利厚生に関していえば、手ごろな住宅の提供、幼稚園・小学校の整備など、就労者とその家族が定住しやすい環境の整備に力を入れているそうだ。
客足が戻ってきたものの、今度はオーバーツーリズムに悩み、地域住民との軋轢が顕在化している観光地も珍しくない。持続可能な観光の定義はさまざまありそうだが、環境への配慮だけでなく、観光客、就労者、そして住民にとっても魅力的、かつ快適なものでなければならないと、取材を通して実感した。
コビッツ氏が一連の苦境から学んだのは、柔軟性の大切さだという。他にも問題は多数あったはずだが、柔軟性を備えていたからこそ活気を保つことができたそうだ。極端な状況のなか、ビューズムはたゆまぬ変革の努力と柔軟な対応で活路を見い出した。
取材協力:Tourismus Marketing Service Büsum GmbH(1ユーロ≒161円)

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独28年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。