『日経研月報』特集より

新価値創造の理論と実践~日本の組織は新価値創造にどう取り組めばいいのか~

2022年12月号

〈対 談〉 松波 晴人 (まつなみ はるひと)

大阪大学フォーサイト株式会社 Founder & CEO

〈対 談〉 加藤 夏来 (かとう なつき)

大阪大学フォーサイト株式会社 Project Manager

〈聞き手〉 渡部 泰生 (わたなべ たいき)

大阪大学フォーサイト株式会社 Intern Student

はじめに

イノベーション、すなわち「新しい価値の創造」は今、日本経済全体にとっても経営者にとっても大きな課題になってきています。しかしながら、日本全体でも、地域でも、また殆どの企業でも苦戦しているのが実情です。では、どのようにすれば新しい価値を創造することができるのでしょうか。
本稿では、この問いに対する、画期的といえる新しい方法論を開発された、大阪大学フォーサイト株式会社(以下、大阪大学フォーサイト)の考え方と活動をご紹介します。
同社は、創業者の松波晴人さんが開発された、イノベーション・新価値創造の新しい方法論を用いて、社会的課題を解決する新価値の創造をクライアント企業とともに共創するため、また、新しい価値を創造できる人材を育成するため、2022年8月に大阪大学100%出資の会社として設立されました(会社概要参照)。

以下では、同社にインターンとして参加する渡部泰生さん(大阪大学工学部)からの質問に、代表取締役社長の松波晴人さんとプロジェクトマネージャーの加藤夏来さんに答えていただく形式で、イノベーション・新価値創造のための、新しい方法論の開発や人材育成、さらには「組織の在りよう」について、実践と研究の両方を行ってこられた同社の考え方と活動をご説明いただきます。

大阪大学フォーサイトのミッション

渡部 インターンの渡部です。私は、大阪大学の4回生で、大阪大学フォーサイトの新価値創造の方法論に惹かれてインターンとしてジョインさせてもらっています。あらためて大阪大学フォーサイトが目指すものを端的にお教えください。まず、松波さんからお願いします。
松波 私は行動観察を日本で始めた人間ですが、「行動観察(場の情報)」と「大学の知(知見・教養)」を統合し、「日本から世界にスケールする新しい価値を生み出したい」と考えています。
渡部 それが当社のミッションというわけですね。新価値創造のコンサルティングを担当されているプロジェクトマネージャーの加藤さんもお願いします。
加藤 私はデザイナー志望だったこともあり、インサイト、つまり新価値創造のための隠れたニーズの仮説の導出だけではなく、プロトタイピングにも力を入れています。同社ではおかげさまでたくさんの依頼をいただき、さまざまな新価値創造のプロジェクトに取り組ませていただくなかで、成功例が出てきそうです。

新価値創造とは何か?

渡部 ありがとうございます。お二人から新価値創造という言葉が出てきましたが、まず、「新価値」とは何なのでしょうか。
松波 我々が使う新価値という言葉は、「新しいサービス、新しい商品、新しい事業」を意味します。そもそも「価値」というものは抽象度が高いので定義をはっきりさせることが難しいのですが、価値には大きく3つの特徴があると思います。
1)顧客のためになる
2)それを得るためにお金を払ってもらえる
3)主観的要素がある
3つ目の「主観的」という要素があるから価値を科学的に扱うのが難しいのです。
「この本は松波にとって価値があるけど、加藤さんにとってはいらないものである」というようなことが簡単に起こるので、価値を定量的に測ることは難しく、サイエンティフィックに議論しにくいものになっています。

加藤 「人間の主観で決まること」を扱おうとすると、人間を深く理解しなければなりませんね。
松波 その通りです。だから大学の人文社会系の先生方の知見を応用すべきなのです。
加藤 最近では、少子高齢化やメンタルの問題など、社会的な課題を解決して新価値創造を目指す企業が増えてきたように思います。
松波 価値は「人のため」になるものでなければなりませんので、今の世の中に対する深い洞察力が必要です。
加藤 「このサービスの価値は何ですか?」と問いかけると、「仕様」を答える人が多いように思いますが、いかがでしょうか。
松波 価値と仕様を混同している人が、結構な割合でいることは確かです。新幹線の提供する価値は何か? という問いに対して「時速300㎞出ること」と答える人がいますが、これは仕様です。新幹線が提供している価値は「東京から大阪まで2時間半で行けること」、つまり移動時間を短縮できることが価値なのです。

新価値創造の人材育成

渡部 では、新価値創造のできる人材をどのように育成すればいいのでしょうか。
加藤 「社内コンペをやって新しい価値を社員に考えさせてもいい案が出てこない」、「デザイン思考を取り入れたがうまくいかない」といった声はよく聞きます。
松波 それに関しては、デザイン思考が消費されたという印象があります。つまり、デザイン思考の本質的なところではなく、雰囲気だけが取り入れられたということです。人材育成に必要なことは大きく2つあります。スキルとマインドセットです。「新価値創造」はこれまで「勘と経験」の世界でしたので言語化することは難しかったのですが、それでも「方法論の言語化」と「組織における共通言語化」は必要です。みんなが共通言語を持つと、議論の進みがとても速くなります。

新価値創造に必要なスキル

加藤 デザイン思考のフレームワークは大まかに示されていますが、その中の方法が曖昧で、「あとはセンスでお願いします」という感じがします。デザイン思考が間違っているわけではありませんが、ではどのようにしたらいいのかが曖昧ですよね。
松波 例えば、デザイン思考を開発したIDEO(米国のデザインコンサルタント会社)は、クリエイティブの分野において全米で最も優秀な人材を集めているので、デザイン思考の方法論を言語化しなくても議論ができてしまいます。従って、わざわざ言語化するというインセンティブが働きにくいのです。
渡部 私が今ここにいるのは、松波さんが構築した「Foresight Creation」という新価値創造の方法論を実践できるようになりたい、と思ったからです。このForesight Creationが言語化にあたりますか。
松波 その通りです。クリエイティブに発想する方法論をすべて科学的に手順化することはできませんが、「もっとサイエンスにすることは可能だ」と考えていたので、私が留学時にコーネル大学で教えてもらったことや企業との実践を通じて得たものをまとめて、Foresight Creationとして言語化しました。価値創造に関してのプロセスと必要なスキルが8つの能力で整理されていて、それらを伸ばす教育プログラムになっています。
加藤 Foresight Creationがなぜいいかというと、実践に基づいて多様な理論を学べることだと思っています。一つひとつの能力に対して、例題やワーク、宿題が設定されているので、体験を通じて学ぶことができますよね。
松波 Foresight Creationの概念を理解することは難しいものではありませんが、実践することの難易度は高いため、ワークや宿題を多く取り入れています。漫才のボケとツッコミと一緒です。理論はすぐ理解できても、「ボケてみて」「ツッコんでみて」と言われてすぐできるものではないですよね。反復練習に近いものがあります。
加藤 新価値創造をロジカル一辺倒で行うと、「どのチームも同じ答えになった」という笑えない話になってしまいます。Foresight Creationは共通言語ではありますが、個人のやり方をガチガチに決めるのでなく、チームのメンバーが考える共通言語を提供しているように思います。共通言語だけが渡されて、クリエイティビティは個人に委ねられるところがいいと感じています。

アイディアではなく問いを

渡部 新しいことを考えるときに、「とにかくアイディアを出せ」という話になることがよくあると思いますが、こういった場合はどのように進めるべきなのでしょうか。
松波 アイディアから考えるのは、どこかにある正解を探し出すというアプローチです。
新価値に正解はありませんので、問いを立てる必要があります。問いを立てるというのは、“どんな隠れたニーズがあるのか”、“本当に解決しないといけないのはどういう問題か”などという新しい仮説を立てるということです。
加藤 そもそもリサーチの意味は、調査・研究ですよね。多くの企業が「調査で正解を出そう」としているように思えます。それはリサーチでなくサーベイでしかないので、新しい価値に繋げることは難しいですよね。
松波 そうですね。だから我々は「研究」というアプローチをとっています。
「場の観察による一次情報」と「アカデミックな知見・教養」を統合することによって新たな仮説を立てるというのが、文理関係なく行われている研究の流れです。そして、隠れたニーズや課題に関する仮説=我々の言葉でいうインサイトに基づいてソリューション(フォーサイト)を考えるというのが新価値創造の流れになります。社名でもあるフォーサイトは、「未来の展望」という意味です。

加藤 「いいインサイト(新しくて妥当性の高い仮説)」を立てることが新価値創造では一番重要ですが、その本質的なことを実践することはなかなか難しいのが実情です。
松波 日本で行動観察がスケールしたのはよかったのですが、あまりいいインサイトを見出すことができていないのは、知見・教養を駆使していないからではないかと思います。お医者さんで考えると分かりやすいです。お医者さんは症状や血液検査の結果などといった一次情報を集めて、診断を下します。しかし、きちんとした医学的知識がなければ、診断を下すことができません。どんなハイテクな医療機器を使っても、そもそもの診断(インサイト)が間違っていれば病気は治りません。また、面白そうなアイディアから事業をする危うさもこのメタファーでわかると思います。従って、インサイトが間違っていればどんなに最先端の技術を使おうが顧客に価値を提供することはできません。

新価値創造に必要なマインドセット

渡部 次は新価値創造に必要なマインドセットについて、ご説明いただけますか。
松波 マインドセットの方がスキルよりも重要です。どのようなマインドセットが必要なのか、3つご紹介します。
1つ目は『チャレンジ精神』です。慣れた環境から離れることができるか、つまりコンフォートゾーンを出ることができるかどうかが重要になってきます。新しい発想をするために、未知の場や考え方を取り入れて広げてみるというマインドセットが必要になります。このマインドセットがなければ、いくら新しい方法論を教えても実践しようとはなりません。例えば「月に行けるんだけど行きたい?」と言われた時に二つ返事で「行きたい」というぐらいのチャレンジ精神が望ましいと思います。
2つ目は『他己実現』です。自分のためでなく他者のために頑張れるかという意味です。価値を創るということは、他者を喜ばせられるかどうかが重要なので、自分が儲けたいから頑張るのではなく場の誰かを幸せにしたいという思いが重要になります。
3つ目は『自己効力感』です。何か新しいことに取り組むときに、最終的にうまくいくと思えるか、が重要です。新しいことに取り組むのは、かなり大変なことです。既存の枠組みで考えるマジョリティーから批判されたり、辛い状況に陥ることが多くなるのですが、それでもできると信じてやり切るマインドセットが必要になると思います。
加藤 私はこの3つの定義が大好きです。しかし、例えば企業が効率化を進めた結果として、一社員が何らかの意見を抱いたとしても、「これまでの常識とは違う発想を言いにくい」というようなことがあるのではないでしょうか。
松波 サラリーマンは、失敗したら減点されるので、失敗しない方がいいとされています。そもそもサラリーマンは仕事が上から降ってくるので、改善は求められますが「まったく新しい発想」をする必要がありません。ただ、新しい価値を生み出すためには、起業家精神が必要です。失敗しないことが賢いといわれるサラリーマンの考え方とは、大きな乖離があります。
加藤 新価値創造をする人を育てるというのは、経営者を育てるのと同じことですよね。

新価値創造を阻む組織の3つの壁

渡部 スキルとマインドセットを持っている人がいれば、新しい価値を創造することができるのでしょうか。
松波 さまざまな企業が新価値創造のために新しい部署を作っていますが、あまりうまくいっていないですね。新しい価値が実現するまでに乗り越えなければならない3つの壁があるためだと考えています。
まず1つ目は、『意思決定の壁』です。これは、意思決定するポジションにいる人が「ノーリスク」かつ「ハイリターン」を求めているために生じる壁です。残念ながら、そのようなものはこの世に存在しません。あったとしても、超アンフェアなものか違法なものなので、長続きしません。
加藤 確かに、基本的にはローリスクならばローリターンですので、確実性がないことに対して決断できなければ、新しいことに取り組むことはできません。

松波 意思決定の壁を乗り越えた先にある2つ目の壁が、『リソースの壁』です。上司が意思決定してくれたとしても、「人、時間、お金」を割いてもらえないと、結局は頓挫します。
加藤 これは結局リスクを取るという意思決定をしていないのと同じですね。
松波 3つ目の壁は『横連携の壁』です。人と時間とお金が与えられても、他の部署が協力してくれないというものです。効率化に励み、組織が最適化しすぎると、新しいことのために動けなくなってしまいます。また、新価値創造のための組織を作っても、結局はドリブルし続けるだけで、シュートはしません。失敗する可能性があるからです。

新価値の目利き力とは?

渡部 リスクがあるなか、新価値についての意思決定はどのようにすればよいのでしょうか。
松波 今もなお名を馳せているビートルズですら、駆け出しの頃はオーディションに落ち続けていたくらいですから、新しい価値に対して「どうやって目利き力を高めるか」というのが重要な観点になってきます。先見力を得るには重要なことが2つあり、1つは「顧客への深い理解」です。そしてもう1つは「こういう世の中にしたい、という思い」です。
このことは人にプレゼントすることと似ています。例えば加藤さんに何かプレゼントしようとすると、まず加藤さんという人間を深く理解する必要がありますよね。それと、加藤さんにこういう価値を届けたいという意志もあってはじめて、いいプレゼントが生まれます。
加藤 効率化のために現場業務をアウトソーシングしている会社が多いので、目利き力が育ちにくいのかもしれません。
松波 その通りです。新しい価値はプレゼントと同じで正解がないために、世界観(今の世をどう捉え、どういう世にしていきたいか)が重要となってきます。
加藤 そもそも新しい価値がうまく市場に受け入れられるかどうかは、アンケートで分かるものではありません。
松波 例えばSONYが手がけている携帯音楽プレーヤーのウォークマンも、1979年発売前の調査ではいい結果を残すことが出来ませんでした。なぜなら「歩きながら音楽を聴く」という文化がないなかではその価値がすぐには理解してもらえなかったからです。
渡部 ではどのようにして意思決定をすべきなのでしょうか。
松波 「野生の直感」で決めるべきだと思います。野生の直感と言っても、なにも考えず勘で決めるということではなく、知見と思いを持った人が一次情報を集めて判断することです。これはエンジェル投資家のアプローチと同様です。彼らはどの案がうまくいくかは予想できないということを理解したうえで、マインドセットややり遂げる意志、能力などを見て人に投資します。
加藤 新しい価値を創造する人は、負けてもそれを乗り越えてどんどん成長していくスポーツ選手に近いかもしれません。
松波 失敗を経ていない人が上に立つと、新しいことに取り組むのは難しくなります。一般的に、老いると変化を恐れると言われていますので、一つの仮説として、企業や人が老いてきているのではないかと考えています。

新価値創造は正解がなく時間とともに変化する「厄介な問題」

加藤 そもそも論になりますが、新価値創造についての誤解がいろいろとあるように思います。
松波 「どういう問題なのか」の理解から間違っていると思います。新価値創造を、再現性のある「複雑な問題」として解こうとするとうまくいきません。例えば人を月に送るアポロ計画は「複雑な問題」の典型で、複雑で困難ですが一回成功すれば再現性があります。一方、誰と結婚するかなどの問題には正解がなく、事前に結婚生活が成功するエビデンスは出せません。新価値創造も同じで、正解がなく時間とともに変化する「厄介な問題」であるという認識をすべきです。
渡部 その「厄介な問題」を解くための組織の在りようについては、どのように捉えればいいのでしょうか。
松波 そのような問題に取り組む時には、組織の立て付けを変える必要があると考えています。神話のように、同じ思いを持つものたちが集まり、多様な能力を駆使して、成功の保証がない旅を続けるという形が一番向いていると思います。桃太郎や西遊記の物語のような組織で取り組むべきだと思います。
加藤 違う役割、特徴を持った人達が同じサウンドを目指して進んでいくといった意味で、音楽のバンドにも共通しているように感じます。
松波 いい例えですね。そしてそのような人たちが既存の組織の中で新価値を創造していくことは難しいので、出島方式を使う必要があるとも考えています。試行錯誤の許される環境で、元の組織との繋がりは維持して取り組めるのが理想です。
加藤 神話方式と出島方式が同時に必要ですね。神話だけだと企業内で動けなくなってしまいますし、出島方式だけでも企業内と同じような座組でやるのであれば意味がありません。
松波 最後に言いたいことは、新価値創造は経営そのものであるということです。今の経営者か次世代の経営者が考えて、組織全体で取り組む必要がある問題だと考えています。
渡部 本日は、難しい課題について、深いながらも分かりやすい議論ができました。ありがとうございました。

著者プロフィール

〈対 談〉 松波 晴人 (まつなみ はるひと)

大阪大学フォーサイト株式会社 Founder & CEO

米コーネル大学大学院にて修士号取得後、和歌山大学にて博士号(工学)を取得。2005年、行動観察ビジネスを開始。著書に『ビジネスマンのための「行動観察」入門』(講談社現代新書)、『「行動観察」の基本』(ダイヤモンド社)、寄稿に、ハーバード・ビジネス・レビュー「行動観察×ビッグデータ特集」がある。近著(共著)は『ザ・ファースト・ペンギンス―新しい価値を生む方法論』(講談社)。2022年8月に大阪大学100%出資の子会社として「大阪大学フォーサイト」を設立。

〈対 談〉 加藤 夏来 (かとう なつき)

大阪大学フォーサイト株式会社 Project Manager

和歌山大学システム工学研究科 修士号取得。2014年、大阪ガス行動観察研究所(株)に入社し、行動観察・リサーチを担当。新価値創造のためのコンサルティングを実践し、特に価値実現に向けたプロトタイピングに取り組む。2022年8月に創業メンバーとして大阪大学フォーサイト(株)に参画。

〈聞き手〉 渡部 泰生 (わたなべ たいき)

大阪大学フォーサイト株式会社 Intern Student

松江高専電子工学科卒業後、大阪大学工学部に編入。インターン生として大阪大学フォーサイト(株)にジョイン。他、大阪大学発ベンチャーHULIX(インターン)参画。