『日経研月報』特集より

新規事業創出を通じた経営人材の育成

2023年4-5月号

田中 聡 (たなか さとし)

立教大学経営学部 准教授

人材育成に関する研究は多いものの、経営人材の育成に関する研究は少ないように思います。これは、経営者は持って生まれた才能やある種の環境・経験から輩出されるものであって育成の対象ではないのではないか、という通念が影響しているのかもしれませんし、実証的な研究を行うことの難しさも影響しているのかもしれません。経営環境の不確実性の高まりで優れた経営者輩出への期待が一層高まるなか、2021年に著書『経営人材育成論』(東京大学出版会)で、経営人材の育成を正面から論じたのが立教大学の田中聡先生です。しかもその経路は新規事業創出というわが国にとって一層重要性を増している業務の経験を通じてであり、その意味でも大変注目されます。今回、田中聡先生に、この研究に取り組まれた経緯や、この研究の結果を企業や組織がどう活かし得るかについてお話を伺いました。(本稿は、2023年1月26日に行ったインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)

1. はじめに

聞き手 まず先生が「経営人材育成」という重要なテーマに取り組まれるに至った経緯について、お聞かせください。
田中 私が経営人材の育成を研究テーマに取り組み始めたのは2014年頃です。ちょうど有効求人倍率が1倍を超え、「構造的な労働力不足」が日本の中で声高に叫ばれるようになった頃です。特に大企業を中心に、アルバイト・パートの基幹化・正社員化や、定年退職の再雇用、女性の活躍推進、外国人の雇用等によって量的に人手を増やす施策に注目が集まっていました。当時、このように足りていないプレイヤーはたくさんいましたが、とりわけ私が質的にも量的にも圧倒的に不足していると感じていたのが「経営人材」です。
前職パーソル総合研究所に勤務していた当時、さまざまな経営者の方々とお仕事をする機会がありました。特に創業期から会社の経営を支えてきた経営幹部層たちの行動や思考に間近で触れることが多く、いわゆるミドルマネジャーのそれとは質的に異なる「何か」を感じ取っていたのですが、一体どうすればミドルマネジャーから優れた経営人材を計画的・戦略的に育てていけるのかという私の問題意識にストレートな解を示してくれる研究はありませんでした。これまでの経営学における人材育成の研究を遡ってみると、ほとんどがプレイヤーからミドルマネジャーまでを対象にした研究だったのです。特に高度経済成長期の日本企業の躍進を実質的に支えてきたのはミドルマネジメント層で、優秀なミドルマネジャーの育成に研究の関心が集まっていました。一方、そうした右肩上がりの経営環境の中では経営人材といわれる人たちが担う役割はそれほど大きくなかったので、研究としての関心もあまり向けられていなかったわけです。しかし2010年以降、経営環境の不確実性が高まり、全社の事業ポートフォリオを再編し、既存事業から新規事業へ会社全体をピボット(pivot)させていかなければならないという状況に多くの会社が直面したのです。では「そうした全社レベルの構造的な変革を担うのは誰か」となった時、当然それをリードするのは現場のミドルマネジメント層ではなく、経営層になってくるわけです。そこで、いよいよ「経営人材の育成が急務である」と叫ばれ始めたのが2010年頃です。その意味では、社会的な背景と個人的な問題意識がちょうどリンクしたところに「経営人材育成」という研究テーマがあったということです。
その後、働く場を大学に移し、研究者として「この国の経営人材の質・量をもう少し高めていかなければいけない」という思いと、そのために「人材育成研究の立場からできることはないか」という思いで、この問題に取り組んでいます。

2. よき経営人材とは

聞き手 ありがとうございます。それでは本題に入りまして、よき経営人材の定義と、日本の経営人材育成の状況についてお教えください。
田中 経営人材育成は決して新しいテーマではありません。さまざまな組織人事課題に関するアンケート調査をみてみると、ここ20年ぐらい毎年上位に「経営人材育成」が挙がってきています。但し、「次世代の」という枕詞が付きます。ずっと回答の上位を占めているということは、大きく改善もしていないわけです。つまり、重要度は高いが、緊急度は高くないということです。少し批判的に捉えるならば、今日明日に手を付けなければ組織が大きく揺らぐというほどの緊張感はなく、それを課題と認識しつつも、ずっと先延ばしにしてきた問題がここにきていよいよ待ったなしの課題になったともいえます。
良き経営者が備えるべき要件はたくさんありますが、ひと言で言うなら、ステイクホルダーが共感できる魅力的なWhyをつくることです。つまり、同社の社会における存在意義や将来のありたい姿を構想して、魅力的に語り、それを具現化することです。トップの役割は、ビジョンを構想し、戦略的に意思決定を行い、執行をきちんと管理することです。経営者にしかできない大きな役割としてまず挙げられるのは、パーパスを考えてビジョンをつくることです。また、特定の部門の業務改革といったレベルではなく、どのように事業オートフォリオを組み直すのか、どの事業に投資をして、どの事業から手を引くのか、といった全社レベルの戦略的な意思決定です。これは、事業を統括している事業執行役員では難しく、全社の経営に責任をもつ経営者がやるべき仕事です。また、現場との対話の機会をたくさん持つことも非常に重要です。ただし、何もなしに素手で現場に話を聞きに行っても返ってくる答えはバラバラですから、まずは経営層が自分なりの仮説を持っていることが大事です。
このように、優れた経営人材になるためには特別なトレーニングを積むことが必要ですが、実態は必ずしもそうなっていません。経営人材になるために必要な経験を積み重ねることなく、ある部門で業績をあげ、業績の管理が得意だったミドルマネジャーがその実績を買われて経営者になるといった「管理職の延長線としての経営職」という見方を根本から改めるべきだと思います。業績管理型のミドルマネジャーは、How(どのように遂行するか)は非常に上手ですが、Why(どのようなビジョンを描くか)は未知数です。ミドルマネジャーと経営人材に求められる役割が「質的に異なる」ことを意識し、ミドルマネジャーとしての優秀さを1回自己否定して学び直していくことが、ミドルマネジャーから経営人材に上がっていく時には非常に重要です。

3. 新規事業創出を通じた経営人材育成

・なぜ、経営人材の育成に、ミドルマネジャーによる新規事業創出を通じた経験学習が有効なのか

聞き手 経営人材育成には、ミドルマネジャーによる新規事業創出を通じた経験学習が有効であるというアプローチをされていますが、この経路に注目された理由をお聞かせください。
田中 まず人材育成全般にいえることですが、人の育て方のアプローチとしては、実務経験を通じ、その経験から学習させる「OJT」と、体系的な知識やスキルを座学で学んでいく「Off-JT」の2つの方法があります。まず経営人材育成では、多くの場合が、Off-JTを取り入れています。実際に大企業では、今後伸びしろがありそうなミドルマネジャーを選抜し、その人たちを対象とした1泊2日の合宿のようなものを年に数回行うといったケースがよくみられますが、これにはあまり経営人材の育成効果がないことは長年指摘されています。
それより、実務経験を通じて人を育てていく方が、はるかに投資対効果は高いのです。但し、ある程度要件をもった経験がやはり必要になってきます。それは、「発達的挑戦課題」といわれる経験です。これには5つの特性があります。1つ目は、極力不慣れな仕事環境に移動させること。特に、保守本流の花形といわれる事業にいた方であれば、そこから離れ傍流に行く。2つ目は、そこで極力高いレベルの責任を負わせること。3つ目は、2つ目と矛盾するような話ですが、権限を持たせ過ぎないこと。つまり高い責任が負わされる一方で行使できる権限は限られているような矛盾する環境の中でチームをつくる経験です。4つ目は、頻繁にトラブルが起きる状況下でトラブルシューティングすること。5つ目は、自分の裁量で変化をつくり出していくこと。これら5つの経験特性です。つまり、不慣れな仕事環境に移動し、高度な責任を持ち、一方でそれに付随した権限が十分には与えられない環境下でチームをつくり、さらにトラブルを乗り越えていくなかで変化を自らつくり出していく。もう聞いただけでも、避けたくなるようなタフな仕事です。しかし、こうした修羅場の経験により、ようやくミドルマネジャーは経営人材に生まれ変わっていけるのです。
これらの経験特性を備えた実務経験として具体的に挙げられるのは、不採算事業の立て直し、あるいは新規事業創出の経験です。その中でも、特に自らの手で新規事業を立ち上げる経験が、経営人材育成においては有益であるといわれます。その経験を通じ、人がどのように学び、経営人材へと成長していくかを論じたのが拙著『経営人材育成論』です。
不採算事業の場合は、Howから入っていけます。つまり、その事業を立て直すことはすでに意思決定されており、どのように事業を立て直していけばいいかという再建の話なので、テクニカルにHowで凌げる部分があります。もちろんその過程では、事業の最終責任者として意思決定していかなければならず、疑似的に経営を学べるという意味では、非常に有効だと思います。
一方で、新規事業創出の魅力とは、本質的に経営者の視点を持たないと、その事業の責任者としての役割が務まらないことです。そもそも新規事業とは、やりたくてやるものではなく、やらなければ全社の経営目標が達成できないからやる、と考える方が経営的には正しいのです。従って、新規事業に責任を持つ人間は、既存事業の横並びで1個新しい事業をつくるのではなく、まず、全社の経営目標がどこに設定されているか、また各既存事業がどういう状況なのかを、経営者と同じ目線で捉えなければ、本来の役割を果たすことができません。つまり、新規事業創出の責任者は1事業の責任者とは異なり、一段高い視点から新規事業を捉え直していくことが求められます。花形の事業部門から経営トップになるケースがまだまだ主流ではありますが、そういう人たちは、自分がこれまで携わってきた事業のことしかわかりません。当然その事業を潰すかどうかの意思決定はできないし、本当の意味での全社最適的な意思決定やビジョン構築は、経験していないのでわからないわけです。従って、早いタイミングで保守本流から離れ、会社を総体的に俯瞰し、全社の課題がどこにあるのか、全社はどこに向かって進まなければいけないのかという全社的な視点で物事を考える経験を身に付ける非常に有効な機会として、新規事業創出を位置づけることが出来るのです。

・新規事業創出を通じてミドルマネジャーは何をどのように学び得るのか

聞き手 新規事業創出のイメージからすると、その事業をいかに立ち上げ成長させるかという点のみに注目がいきがちですが、経営人材育成のプロセスという意味では、既存事業を含めた全社事業の視点が非常に重要になってくるわけですね。それでは、新規事業創出を通じてミドルマネジャーが何をどのように学び得るかについて、もう少し詳しくご説明ください。
田中 繰り返しになりますが、本質的にミドルマネジャーが新規事業の創出を通じて得られる学びは、経営的な視座です。全社の視点に立ち、5年10年という中長期の視点で物事を考える思考や、単一の事業をどう考えるかではなく、全社のポートフォリオを考える視点です。こうした視座を獲得することが経営者には必要です。しかし、新規事業を立ち上げれば一足飛びにそうした視座を獲得できるほど簡単なものではなく、やはりこれには個人差があります。獲得するまでに10年~15年かかる人もいます。その過程には4つぐらいの思考フェーズがあります。視座が変わる最初の段階は、①「他責思考期」です。新規事業の現場は、問題だらけの状況です。すると、うまく行っていない現状を正しく受け止めることができず、責任の所在を自分ではなく、他者(経営層、既存事業部門、部下等)や環境に転嫁する「他責思考期」のフェーズに入ります。しかし、それでは現実が好転していかないため、人によっては半年から1年かけて、緩やかに現状を冷静かつ客観的な視点から受け止めるようになってきます。これが、②「現実受容期」です。その過程で自ら顧客を開発し、事業の本質を学んでいき、次第にHowの思考にWhyの思考が入ってきて、今、置かれている状況を少し俯瞰して捉え直すようになります。人によっては、このタイミングで会社に愛想をつかして、転職活動を始めるケースもあります。しかし、それがむしろ重要な機会となることもあります。例えば、他社の面接を受けるときに、新規事業を立ち上げた理由を問われ、辻褄を合わせるように話をしていくなかで、初めて考え直し、行動を整えていくようになります。人によっては、創業社長のお墓参りの際に、創業者の視点で今の自分たちを捉え直していく。そうすると、だんだん矢印が自分に向かってくる。これが③「反省的思考期」です。これまで順風満帆に既存事業の中で成果を挙げてこられたのは、自分自身の能力が優れていただけではなく、たまたまその時のマーケットの状況に恵まれていたり、周囲に支えられていたからだと、これまでの自分を支えてきた成功体験を批判的に顧みるフェーズに入っていきます。その過程において、これまでの独善的なミドルマネジャーとしての振舞いや、さも自分がリードしているかのように錯覚していたものは幻想だったのではないかと、そこではじめて過去の自分と決別し、新たな経営者としての自分になっていくための資質や学びを獲得していくマインドに変わります。そこから④「視座変容期」にシフトしていきます。現実と折り合いをつけていくなかで、全事業の経営者の視点で事業を捉えられていたのか。あくまで1つの事業部門の責任者の視点から、経営に向かって提言していたのではないかと反省的に考え始めます。視座変容期は中長期的な視点に立って、会社の成長を捉え、経営人材としての視座を獲得していくフェーズです。人によっては10年ぐらいかかりますが、優れた経営者になるためには非常に重要なプロセスだと思います。

・ミドルマネジャーの視座の変容に、経営陣・人事担当・上司はどのように関わるべきなのか

聞き手 ミドルマネジャーがそのような視座の変容を獲得していく時、経営陣・人事担当者・上司はそれに対しどのように関わるべきなのでしょうか。
田中 経営者を育てるのは、基本的には現役の経営層です。従って、人事担当者が次世代の経営人材を育成していくことに、現役の経営層がどれだけコミットできるかが非常に重要です。いろいろな関わり方がありますが、重要な役割としては、内省支援をすることです。先ほど申し上げた①~④の学習プロセスに経営層がどこまで携われるかだと思います。端的に言えば、経営者がその候補者のメンタリングをするイメージです。自社の経営課題は今、その候補者の目にはどう映っているかと問い掛けながら、1事業部門の責任者から全社レベルの経営層になってもらうために、その候補者たちに欠けている視点や視座からフィードバックしていく。非常に地道なサポートですが、こうした経験学習支援に勝るサポートはないと思います。これは「批判的省察支援」ともいわれます。カバン持ちをさせることや作業場を見せて学ばせることと、本質的にはそれほど変わらず、内省や振り返りを促していく支援を、できれば近い距離でやっていくことが大切です。さらに、経営者は会社の中で用意した新規事業創出の過程をサポートし、きちんと職務裁量権を与え、その候補者に任せていくのが重要だと思います。

・経営人材の候補者にとって重要な「学習目標志向性」の高さ

ところで、学習目標志向性の違いによって、経営人材の育成の効果に違いが出るという話をしたいと思います。仕事や課題を前にした時に、人はどういう目標をそこに設定するのか。大きく分けて「業績目標志向性」と「学習目標志向性」の2つのタイプがあります。業績目標志向性の人は、与えられた目標が高ければ高いほど燃えるタイプであるのに対し、学習目標志向性の人は、学習そのものを目標とし、その目標を達成する過程でこれまで見たことのなかった新しい景色を見ることに本気でワクワクするタイプです。
人材としてはどちらも重要ですが、今の経営人材においては、業績目標志向性より、学習目標志向性の方が必要な能力なのです。なぜなら、業績目標志向性の人は成功体験を積極的に求めようとするのに対し、学習目標志向性の人は誰もやったことがない仕事をすることに本質的にワクワクするからです。業績目標志向性の人には、能力はある一定の段階で止まりそれ以上は伸びなくなるという信念(固定的知能観)があります。仮に仕事でうまく成果を出せない時には、その原因は自分の能力の限界にあるのだと考えてしまいがちな傾向があります。他方、学習目標志向性の人は、うまく行かなかったことも「学び」と捉え、違うアプローチでやってみようと試みます。その背後には、人の能力や機能はいくつになってもトレーニング次第でいくらでも伸び続けるという考え方(拡張的知能観)が影響しています。研究結果からは、新規事業で成果を出せるのは学習目標志向性の人たちであり、学習速度が速いこともわかってきています。新規事業をはじめとする発達的挑戦課題は本当にメンタルが折れるようなタフな経験ですが、それをむしろ楽しみながら乗り越えていけるのは学習目標志向性が備わっているからであり、それが非常に大切な資質となります。
逆に言えば、こうした学習目標志向性を持った人たちを経営人材候補として、人事部門が選抜できるかどうかが重要です。なぜなら、既存事業の中で成果を出せるミドルマネジャーの多くは、業績目標志向性の人だからです。価値の定義がある程度決まっている既存事業の中で高い成果を残した人たちが新規事業に配置されてもなかなか成果を得られないのは、このためです。既存事業で成果を挙げながら、一方で学習目標志向性を持っている人を見極め、いかにその人たちを抜擢できるかは難しいテーマですが、人事部門が担っていく非常に重要な役割だと思います。

4. 最後に ~経営人材の輩出に向けて~

聞き手 優れた経営人材の輩出に向けて、その他にどんなことが考えられるでしょうか。
田中 まずは経営人材育成というテーマに対して、次世代の経営人材をどう育てるかだけではなく、現役の経営層が今の経営経験を通じて学び変わっていけるのか、という視点で捉えてみることが、このテーマに残された非常に重要な問いだと思います。現役の経営層は学び終えた人たち、という認識が世の中全体に蔓延していますが、そうではなく、現役の経営層がさらに学び、さらに成長することを組織がどう支えていくかは、重要な問いだと思います。
経営者は、経営者としてさらに成長できる可能性を、自らの姿をもって次世代の人たちに伝えていくことが重要です。そうすることによって、経営の仕事が次世代の人たちにとってますます「憧れる仕事」「選ばれる仕事」に変わっていかなければいけないと思います。起業も結構ですが、入社した若者が、この会社の経営をやってみたいと思えるような空気感が自然に醸成されていかなければいけないと思います。そのためには、現役の経営層がやはり魅力的な姿を対外的のみならず、対内的にも発信していくことが必要です。

著者プロフィール

田中 聡 (たなか さとし)

立教大学経営学部 准教授

1983年 山口県生まれ。東京大学・博士(学際情報学)。2010年、パーソル総合研究所設立に携わり、同社リサーチ室長・主任研究員を経て、2018年より現職。
専門は人的資源管理論・組織行動論。主に人材開発・チーム開発について研究している。著書に『経営人材育成論』(東京大学出版会)、『チームワーキング』(共著:日本能率協会マネジメントセンター)、『事業を創る人の大研究』(共著:クロスメディア・パブリッシング)など。