『日経研月報』特集より

東北大学のイノベーションと大学発スタートアップ支援の取組み

2022年12月号

植田 拓郎 (うえだ たくろう)

国立大学法人東北大学理事・産学連携機構長

石倉 慎也 (いしくら しんや)

国立大学法人東北大学産学連携機構スタートアップ事業化センター企画推進部長・特任教授

1. 建学の歴史と伝統

東北大学は、1907年の建学以来「研究第一主義」を掲げ、「門戸開放」の理念と「実学尊重」の精神を基に、教育・研究・社会連携を重視している。その好循環の中から独創的な研究成果を産み出しており、数多くのイノベーションを創出している。そして産学連携にも一早く熱心に取り組んでおり、1998年には「未来科学技術共同研究センター(NICHe)」を設置するなど、我が国の産学連携のトップランナーとして走り続けている。
これらのDNAは、東北大学発ベンチャー企業・スタートアップに脈々と受け継がれており、東北大学の革新的な研究成果・技術シーズ・アイデアの社会実装や事業化の一翼を担っている(図1)。

2. 東北大学独自のシームレスなベンチャー支援システム

東北大学は、大学発ベンチャー企業・スタートアップの創出と育成のために、研究者や学生などに対する独自のシームレスなベンチャー支援システムを構築・運営している。
この支援システムは、①アントレプレナーシップ育成、②事業性検証支援(起業前の準備資金提供など)、③ベンチャーへの投資(起業時・起業後の成長資金提供など)といった3つの柱(①②③)により構成されており、段階的に継ぎ目のない支援を行っている。
具体的には、①アントレプレナーシップ育成として、起業文化の醸成のための多様なプログラムやアントレプレナーシップ教育などを行い、学生や研究者の起業家を増やすこと、②東北大学ビジネスインキュベーションプログラム(ギャップファンド)により、研究から事業化の間の創業構想段階における事業性検証や試作開発などに必要な資金支援や伴走支援を行うこと、③東北大学ベンチャーパートナーズ(東北大学100%子会社VC)からの投資による成長資金の提供を行うこと、などの支援である。
この支援システムにより、東北大学発ベンチャー企業・スタートアップは着実に増えており、近年は新規上場する企業も出てきている(図2)。

3. 東北大学発スタートアップの状況

東北大学発ベンチャー企業数は、全国の大学別でみるとトップクラスである。また、未上場企業の時価総額ランキングでも東北大学発スタートアップは上位にランクインしている。
東北大学発ベンチャー企業・スタートアップの業種は、医療・バイオも含めて幅広いが、東北大学の強みや研究者の多さにも比例して、素材・材料、エレキ・デバイスなどの割合が大きくなっている(図3)。

例えば、素材・材料の分野では、特殊加工の生糸を電極にすることによって導電性繊維を実現するエーアイシルク(株)、エレキ・デバイスの分野では、従来の100分の1の消費電力を達成する半導体の事業化を目指すパワースピン(株)など、骨太で研究志向の強いベンチャー企業・スタートアップが多いのが特徴である。

4. 東北大学スタートアップガレージとスタートアップ・ユニバーシティ宣言

東北大学は、シームレスなベンチャー支援システムの両輪となる取組みとして、2017年に起業家育成プロジェクト「東北大学スタートアップガレージ(TUSG)」を立ち上げた。
この取組みの一つとして2022年2月に立ち上げたのが、常設コミュニティスペースである新たな起業家育成拠点「青葉山ガレージ」(青葉山キャンパスのマテリアル・イノベーション・センターに所在)と「川内ガレージ」(川内キャンパスの附属図書館内に所在)である(図4)。

また、学内の起業関係セミナー・イベントとしては、学生向けに東北大学ビジネスアイデアコンテストを開催(過去5回開催、次回は2022年12月17日開催)、OB・OGと現役の教職員・学生との交流イベント、提携企業などとの共同イベントなどを数多く開催し、参加者は年々増えている(図5)。

さらに東北大学は、2020年10月に「スタートアップ・ユニバーシティ宣言」を行い、大学発スタートアップ創出の取組みを強化している。
① 東北大学独自のベンチャー創出支援パッケージとして東北大学アクセラファンドを創設し、学生に対し事業化支援資金を提供している(起業実績あり)。また、その他の先進的な取組みとして、東北大学版EIR(住み込み起業家)の制度を立ち上げ、本学シーズ(技術や人材など)を活用する起業を支援している(起業実績あり)。さらに、東北大学スタートアップ・アルムナイを組織化し(同窓会起業家クラブ)、SNSを開設するなど活動を活発化させている。
② 広域的な大学発ベンチャーファンドとして、2020年10月に立ち上げた東北大学ベンチャーパートナーズ2号ファンドは、東北・新潟地域の大学発ベンチャーに投資対象を拡大している。

5. 東北・新潟地域の大学の広域連携

東北・新潟地域の大学が広域連携し、東北大学のシームレスなベンチャー支援システムの経験・ノウハウや仕組みを共有し、大学発スタートアップを創出する取組みが始まっている。
2021年度は、科学技術振興機構の新産業創出プログラム(JST-SCORE)に採択され、東北・新潟の9大学がともにみちのくギャップファンドの運営を行い、起業前の事業性検証のための資金支援・伴走支援を行った。
さらに2022年度~2026年度は、同機構のプログラム(JST-START)に採択され、東北大学を主幹校として、東北・新潟の10大学がともに「みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム」を立ち上げて体制を強化している。みちのくギャップファンドの運営(2021年度から継続)をはじめ、アントレプレナーシップ育成、起業環境の整備、スタートアップ・エコシステムの形成の活動に横断的に取り組んでいる。
本プラットフォームは、地域の産官学金のプレイヤーが一体となって取り組む「東北・仙台スタートアップ・エコシステム」(拠点都市は仙台市)の形成・強化に貢献し、地域の経済活性化と高度人材定着化の促進が期待されている(図6)。

6. 次世代放射光施設「ナノテラス」とサイエンスパーク

東北大学青葉山新キャンパスにおいて、量子科学技術研究開発機構と地域パートナーによる次世代放射光施設「ナノテラス」の整備が進んでいる(2024年本格稼働予定)。次世代放射光施設は、非常に性質がよく明るい軟X線によって物質の元素レベルでの化学状態をナノレベルで可視化し、ナノ世界を観察する世界随一の巨大な顕微鏡である。多様な産業分野での活用が期待され、数多くの企業や研究機関・大学との連携を行う予定である。
次世代放射光施設の隣にはサイエンスパーク(約4万㎡)を整備している。次世代放射光施設を呼び水にして産・学・官・金のさまざまなプレイヤーを集積し、国内外の異分野融合による世界最先端の研究開発、データ解析などの分野におけるスタートアップなどによる成果の事業化、研究者や起業家などの人材育成までを、一体的かつ統合的に展開するリサーチコンプレックスの形成を目指している(図7)。

7. おわりに

東北大学は、2022年に創立115周年・総合大学100周年を迎えた。その2022年を政府はスタートアップ創出元年として位置付けており、そこで東北大学が果たす役割と使命は、アントレプレナーシップ育成により起業家を輩出し、大学発スタートアップにより研究成果・技術シーズ・アイデアの社会実装や事業化を進め、我が国や地域社会からの期待に応えていくことである。東北大学は、常に「社会とともにある大学」として、イノベーションと大学発スタートアップにより、新たな歴史と伝統を築いていきたい。

(参考)

国立大学法人東北大学産学連携機構
スタートアップ事業化センター
https://startup.tohoku.ac.jp/
みちのくアカデミア発
スタートアップ共創プラットフォーム
https://michinoku-academia-startup.jp/

著者プロフィール

植田 拓郎 (うえだ たくろう)

国立大学法人東北大学理事・産学連携機構長

平成3年4月 通商産業省
平成21年7月 経済産業省産業技術環境局環境政策課環境指導室長
平成24年7月 内閣府政策統括官(沖縄政策担当)付参事官(産業振興担当)
平成26年7月 新潟県総務管理部長
平成28年6月 原子力損害賠償・廃炉等支援機構執行役員
令和元年7月 内閣府政策統括官(原子力防災担当)付参事官(地域防災担当)
令和2年4月 国立大学法人東北大学理事

石倉 慎也 (いしくら しんや)

国立大学法人東北大学産学連携機構スタートアップ事業化センター企画推進部長・特任教授