『日経研月報』特集より

気候変動最前線、COP27の注目点~投資ギャップは解消するか~

2022年10月

諸泉 瑶子 (もろいずみ ようこ)

株式会社日本経済研究所国際本部海外調査部 副主任研究員

1. COP26の成果と課題

2021年11月、COVID-19の影響で2年ぶりに対面開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(以下、COP26)には、過去最大となる約4万人が参加登録を行った。会議最大の注目点であった石炭火力発電所の段階的廃止への合意については、中国やインド等のGHG多排出国の合意を得られず、土壇場で“段階的廃止”が“段階的削減”にトーンダウンされる結果となった。一方、COP26成果文書であるグラスゴー協定には、産業革命前から世紀末までの気温上昇を「1.5℃に抑えることを目指す」点や、化石燃料補助金の段階的廃止が明文化されたこと、2年越しでパリ協定第6条(注1)の実施方針が固まる等成果もあった。
議長国である英国主導のイベントでは、日毎に「金融」、「エネルギー」、「交通」、「自然」等、実態経済に則した異なるテーマで集中的な議論が行われた。中でもCOP26の会期中に注目されたのは、数多くの官民セクターから気候アクションにかかるプレッジ(気候変動対策に関する誓約)の発表があったことである。例えば、元イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏は、ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟(Glasgow Financial Alliance for Net Zero、以下GFANZ(注2))に450の銀行・機関投資家・資産運用会社等が加盟し、2050年ネットゼロの達成に向けて総資産130兆米ドル(世界の金融資産の約4割)の動員準備が整ったことをアピールした。また、(日米中は参加しなかったものの)46か国が賛同を示した「世界の石炭からクリーンパワーへの移行声明」では、主要経済国では2030年代、その他経済圏では2040年代にクリーンエネルギーに移行することが合意された。更に、注目が高まる自然資本の分野では、日本を含む145カ国が「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」に著名し、森林破壊を2030年までに終わらせることを宣言した。
COP26では、温暖化の責任は累積GHG排出量の多い先進国にあると主張する途上国と、先進国間の対立も明らかとなった。2009年、コペンハーゲン開催のCOP15で合意された、先進国から途上国への気候変動資金援助を2020年までに毎年1,000億米ドルに増やす目標が未達に終わったことに対し、途上国側は不満を表明した(2019年は計796億米ドル、2020年は833億米ドル)(注3)。こうした背景もあり、グラスゴー協定には、先進国は途上国への適応分野への資金援助を2025年までに少なくとも2019年比で倍増させることが明記された。更に、COP26までに各国が更新したGHGの国別削減目標(NDC)を合算しても、パリ協定の目標達成には十分ではなく、また、世紀末までに2.7℃上昇するという国連環境計画のレポート(注4)もあるため、COP27までに各国が1.5℃目標に準ずる施策を打つことが最大の課題として残った。

2. 世界各地で顕在化する異常気象

世界のGHG排出量はパリ協定が合意された2015年以降も増加の一途を辿っている(図1)。COVID-19に伴うロックダウンで経済活動が停滞した2020年は一時的に減少するも、2021年はコロナ前の水準に戻った。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3作業部会は、気候変動緩和にかかる第6次評価報告書(2022年4月)のなかで、地球の平均気温上昇を2℃以下に抑えるためには遅くとも2025年までにGHG排出をピークアウトする必要があると指摘している。一方、ロシアのウクライナ侵攻後、天然ガス価格は高騰し、エネルギー安全保障の観点からドイツや東欧諸国は石炭火力発電所の再開等を進めている現実がある。国際エネルギー機関(IEA)によると世界の2022年石炭消費量は約80億トン、2023年には過去最高を更新する見込み(注5)であり、2025年までにピークアウトすることは困難を極める。

こうした状況下、2022年も世界各地で観測されている異常気象は数千億米ドルの経済損失をもたらし、食料と水の安全保障を脅かし、強制移住等を生み出している。世界気象機関(WMO)は2022年5月、「地球気候の現状に関するWMO報告書」を公表し、GHG濃度、海面上昇、海水温度の上昇、海洋酸性化という4つの主要な気候変動指標が2021年に最高値を更新したと警鐘を鳴らした。
2022年7月には欧州各地で記録的熱波となり、スペイン南部で47.5℃、リスボンでも41.4℃を記録し、猛暑の影響として死者が1,100人を超えた。また、中国の記録的猛暑に伴う干ばつで長江沿岸部では水位が低下し、水力発電が停止した結果、湖北省の日系企業を含む工場は操業停止を余儀なくされた。農作物への影響や飲料水不足に起因する直接的な経済損失は約34億元(約690億円)にも上るとされる。パキスタンでは2022年6月以降の豪雨に伴い国土の三分の一が水没する洪水被害に見舞われ、被害総額は100億米ドル(約1兆3,900億円)に及ぶという。他にも、米国ケンタッキー州の洪水や英国の干ばつではイングランド南部等8地域で「干ばつ宣言」が出される等、枚挙にいとまがない。

3. COP27:緩和、適応、そして、ファイナンス

2022年11月6日から18日に開催される第27回気候変動枠組条約締約国会議(以下、COP27)はエジプト開催であり、アフリカ開催としては2016年のモロッコ(COP21)以来となる。異常気象に対し脆弱とされる途上国の最重要課題として、緩和、適応、ファイナンス、ロス&ダメージ(注6)等が交渉の前面に出されるだろう。干ばつやそれに伴う農業収量の低下、エネルギー価格、農薬・食品価格の高騰やCOVID-19に伴う財政逼迫等により、アフリカの社会経済も大きな打撃を受けている。
アフリカ大陸のGHG排出量はグローバルな排出量の約4%に過ぎないが、その国別削減目標(NDC)の達成には2020-2030年の間に2.8兆米ドルが必要と試算されている(注7)。しかしながら各国政府によるプレッジは2,640億米ドルと必要額の10%に過ぎず、9割近い2.5兆米ドル近くを多国籍機関や国内外の民間金融機関等の非財政資金から動員させる必要がある。こうした状況を踏まえ、交渉官によるアフリカグループ(African Group of Negotiators)は、2025年から年間少なくとも1,500億米ドルの支援を先進国に要求している。

ブレンデッド・ファイナンスはゲームチェンジャーになるか

世界の脱炭素に必要な投資は年間1.6~3.8兆米ドル(UNEP, Emissions Gap Report 2019)と膨大で、民間資金を気候変動緩和・適応事業に動員することが喫緊の課題となっている。2050年ポートフォリオのネットゼロにコミットする金融機関のグローバル連合であるGFANZは、新興国・開発途上国における移行資金動員を優先事項とし、慈善財団やドナーのリスク低減ツール(信用保証やファーストロス等)を活用し民間資金を動員するブレンデッド・ファイナンス(以下、BF)の活用を掲げている。
しかし、BFには課題もあり、2015年以降の年間資金フローは平均約90億米ドルと市場規模が小さい(図2)。加えて、途上国にはバンカブル(融資適格)・プロジェクトが少ないこと、BF組成の取引コストが高いこと、事業規模がESG投資家の意向よりも小規模であること等が要因となって、これまで全世界で組成されたBFはファンドタイプが最も多く、中でもアフリカ地域における再エネファンドが組成最多となっている。ファンドへの機関投資家等からの資金動員には、リスク低減のためのファーストロスや信用保証を提供できるドナー機関、慈善団体の存在が必須であるが、その提供は限定的な状況である。今後のBF主流化については、こうした諸課題をBFの触媒役となるドナー機関等と、ESG投資をうたう機関投資家が共に協力してどこまで乗り越えることができるかにかかっている。

4. GFANZ署名機関のBF投資は進むか

BFの活用について進捗はある。GFANZを構成するネットゼロ・アセットオーナー・アライアンス(NZAOA)(注8)は、2021年2月にBFビークルの組成を資産運用会社に要請する書簡を公表し、2022年3月には更に組成プロジェクトの具体的要件も追加した(注9)。BFビークルの規模は3-5百万米ドル以上であること、途上国におけるバンカブルな事業パイプラインがあること、リスク低減ツールがあること等である。更に、GFANZはアジア地域の脱炭素化を推進するべく、2022年6月にシンガポール証券取引所や金融管理局(MAS)らと連携し、アジア太平洋ネットワークを設立した(注10)。2022年7月には、インドネシア政府が立ち上げたBFメカニズムであり、石炭火力発電所の早期廃炉を進めるエネルギー移行メカニズム・カントリー・プラットフォーム(注11)への投資意欲を表明している(注12)。
COP27に向けては、議長国のエジプト、国連地域委員会、COP26&COP27ハイレベル気候行動チャンピオン(注13)によって、新興国・開発途上国グリーン事業への官民投資呼び込みのため、投資家向けのロードショーが2022年8月にアディスアベバ(エチオピア)でキックオフした。今後、バンコク(タイ)、サンティアゴ(チリ)、ベイルート(レバノン)、ジュネーブ(スイス)でも開催される予定である。本ロードショーは、事業ホスト国が主要開発金融機関やGFANZメンバーに対し、投資リスク低減手法を伴うバンカブル事業のプレゼンテーションを行う機会として位置付けられている。8月頭に実施された第1回のアディスアべバ会合では、エネルギーアクセス、食料安全保障、デジタル・トランスフォーメーション、炭素クレジット市場、ブルーエコノミー(注14)、水と都市のテーマで、19のプロジェクト(総額約420億米ドル)が提示された(注15)。この中には、エジプトにおける事業が4件(総額170億米ドル)を占めており、7.5GWの非効率化石燃料発電所の再エネへの転換事業(100億米ドル)や、適応分野でもナイル川デルタ周辺の食物生産の強じん性改善(8億米ドル)等が含まれる。今後、プロジェクトは随時追加される予定で、一連のロードショーの成果は、COP27の金融デー(11月9日)で報告される予定である(注16)。

5. 気候変動と生態系喪失で負のスパイラルに

気候変動による生態系への悪影響(種の絶滅、種の住処の喪失、沿岸・山間部での水門の水位上昇等)は甚大で、一部の影響は適応できる限度を超え不可逆的なものもある(注17)。GHG排出や汚染等で生態系が脆弱化することにより、社会経済はますます気候変動リスクへの強じん性を失うという負のスパイラルに陥っている(図3)。世界経済フォーラム(WEF)によると、世界のGDPの50%以上に相当する44兆米ドルの経済価値生成が自然資本に依存していることから、その自然資本の急速な喪失・劣化は、金融安定に関わるリスク源となり得るという懸念が高まっている。こうした背景のもと、金融業界では気候変動と並行し自然資本の保全への対応を強化している。

具体例として、2020年9月、19か国にまたがる103の金融機関(総運用資産約14.7兆ユーロ)が署名する「生物多様性のためのファイナンス協定(注18)」では、2025年までに投資運用における生物多様性インパクト測定・目標設定・開示を行うため、連携を図っていくことが合意されている。
更に、2021年6月には、気候変動財務情報開示タスクフォース(TCFD)の自然資本版として、自然資本リスク・機会に関する開示をグローバルに進めるため、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が正式に発足した。2022年3月に初期的フレームワークが公表され、2023年9月には最終提言として公表される予定である。TNFDフォーラムには世界中の金融機関や事業会社等600を超える機関が署名しており、関心の高さを表している。
また、2022年12月には生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)がモントリオールで開催される。愛知目標の後継となるポスト2020生物多様性枠組の内容が議論される重要な国際会議である。2030年までに陸域の30%ならびに海域の30%を保護する目標(30 by 30)が検討されており、他にも、生物多様性ファイナンスの主流化、企業に対して生物多様性依存度と影響の開示を求める等、企業行動目標が議論されており、産業界への影響は大きい。COP15の1カ月前に行われるCOP27でも、自然資本問題は大きく取り上げられることになることから、官民セクターの主要プレイヤーの発言が注目される。

6. 終わりに

ロシアのウクライナ侵攻後、世界各地で石炭回帰が進み、資源・食料価格高騰、世界的なインフレ、景気後退懸念というボラティリティのなか、資源エネルギー業界の株価は上昇しており、脱炭素を掲げるESG関連のマネーフローにも変化が見受けられる。世界のサステナブルファンドへの純資金流入額は、2022年第二四半期326億米ドルと前期比62%減少となった。特に米国では景気後退懸念もあり16億米ドルの純流出と5年余りで初めての流出となっている(注19)。更に、好調に推移してきたグリーンボンドをはじめとするサステナブル債券市場も、2022年上期は前年同期比27%減(約4千億米ドル)となる等(注20)、これまでのESG投資の勢いはスローダウンしている。長期的にはエネルギー移行は進むだろうという見方は強いものの、脱炭素の道が一筋縄にいかないことがよく分かる。
スウェーデンの気候アクティビストであるグレタ・トゥーンベリ氏は、2019年9月ニューヨークで開催された国連気候アクションサミットで、「好むと好まざるとに関わらず、(気候の)変化は避けられない(注21)」と述べた。今目前に広がる異常気象と社会経済損失はその事実を物語っている。エネルギーの安全保障を守りつつ、いかにして全ての人々にとって公正な移行(Just Transition)を進めていくのか、非常に難しい局面にある。COP27の現場で、政府、投資家、企業、市民社会の代表が何を議論するのか、未来に向けた前進を期待したい。
株式会社日本経済研究所では今年もCOP27にオブザーバー参加する予定であり、現地で収集した情報は本月報の場を借りて情報発信する(日経研月報1月号への掲載を予定)。

(注1)GHG排出削減量を国際的に移転する「市場メカニズム」を規定。
(注2)2050年までにポートフォリオのネットゼロ、2030年までに50%削減をコミットする金融同盟。毎年進捗の開示を行う。
(注3)https://www.oecd.org/climate-change/finance-usd-100-billion-goal/
(注4)UNEP, Emissions Gap Report 2021
(注5)https://www.iea.org/news/global-coal-demand-is-set-to-return-to-its-all-time-high-in-2022
(注6)気候変動の悪影響に伴う損失及び損害。途上国から先進国に追加的資金支援強化の要求が続いている。
(注7)https://www.climatepolicyinitiative.org/publication/climate-finance-needs-of-african-countries/
(注8)70以上の機関投資家(運用資産10兆米ドル)が2050年までにポートフォリオのGHG排出をネットゼロにコミットするネットゼロ同盟。
(注9)https://www.unepfi.org/news/themes/climate-change/the-net-zero-asset-owner-alliance-renews-its-call-to-asset-managers-for-climate-focused-blended-finance-vehicles/
(注10)https://www.gfanzero.com/press/gfanz-launches-asia-pacific-network-to-support-asia-pacific-financial-institutions-move-to-net-zero/
(注11)石炭火力発電所の早期廃炉と再エネ投資を並行して推進するものであり、GFANZのほかにも世銀やインドネシア投資当局(INA)、慈善団体や民間投資家も投資意思を表明している。
(注12)https://g20.org/indonesia-launched-energy-transition-mechanism-country-platform/
(注13)ハイレベル気候チャンピオンとは、政府・非政府アクターによる気候変動対策のためのイニシアチブを促進する役割を担う人物。
(注14)水産業、海運、海洋レジャー、洋上風力発電、海水淡水化、海底地下資源などの海洋に関連する経済活動。
(注15)https://www.uneca.org/sites/default/files/ACPC/2022/RegionalRTC/Africa%20Climate%20Projects%20Review_Draft%20One%20Pagers%20%28final%2019%29_vShared.pdf
(注16)https://climatechampions.unfccc.int/uns-global-climate-investor-roadshow-kicks-off-in-africa/
(注17)IPCC第2作業部会(影響・適応・脆弱性)第6次報告書(2022年2月)
(注18)Finance For Biodiversity, 2020年国連総会生物多様性サミットにおいて金融大手ら26社により発足。(https://www.financeforbiodiversity.org/
(注19)Morningstar, Global Sustainable Fund Flows: Q2 2022 in Review(2022年7月28日)
(注20)Climate Bonds Initiative, “Sustainable Debt Market Summary H1 2022” (https://www.climatebonds.net/resources/reports/sustainable-debt-market-summary-h1-2022
(注21)“Change is coming, whether you like it or not”

著者プロフィール

諸泉 瑶子 (もろいずみ ようこ)

株式会社日本経済研究所国際本部海外調査部 副主任研究員

専門分野・得意分野 サステナブルファイナンス、気候変動対応
経歴・職歴 九州大学文学部 卒業、英国サセックス大学開発学研究所 ビジネスと開発学修士課程
業務実績 サステナブルファイナンス、気候変動対応支援業務、海外インパクトボンド調査