『日経研月報』特集より
災害からの復興と政策金融~関東大震災の教訓~
2022年7月
新型コロナウイルスの発生以来、2年半以上が経過し、日本国内でも世界的にも終息の兆しが現れているとはいえ、依然として予断を許さない状況が続いている。国内に限っても、すでに累積感染者が900万人近く、死亡者が3万人以上に達する深刻なパンデミックである。日本経済に対しては、コロナ禍は、人々の罹患・死亡による直接の影響だけでなく、感染対策のための政府・自治体による活動制限が、観光・飲食等の業種を中心に企業に大きな打撃を与えた。こうした打撃を緩和するために、さまざまな政策が実施され、中小企業に対する金融面の施策の一つとして日本政策金融公庫による「新型コロナウイルス感染症特別貸付」制度が設けられた。①直近1ヶ月ないし6ヶ月の平均売上高が、前4年のいずれかの年の同期と比較して5%以上減少しており、かつ②中長期的に見て業況が回復し発展する見込みがある中小企業が貸付の対象とされている。対象に関する条件で重要なのは②である。もともと成長の見込みがない企業を対象から除外して、潜在的には成長の可能性があるにもかかわらず、コロナ禍のため売上げが一時的に減少して流動性不足に直面した企業に融資先を限定することで、市場が非効率な企業を淘汰する機能を歪めないよう意図されている。
パンデミックに限らず、大きな災害の発生時に、企業に対する政策的な金融支援措置が実施されることはしばしばあり、戦前の日本でも1923年9月に南関東地域を襲った関東大震災の際に、日本銀行による金融支援が行われた。すなわち、緊急勅令・震災手形割引損失補償令に基づく政府補償を背景に、罹災地域の企業が発行した手形で銀行が割り引いたものを、日本銀行が再割引するという措置が実施された。この措置は、中央銀行が、銀行を介して、罹災地域の個々の企業を特定して金融支援を行った点でユニークな政策といえる。
最近筆者は、慶應義塾大学の大久保敏弘氏、スイス・ベルン大学のエリック・ストロブル氏と共同で、この震災手形再割引政策の経済的含意を実証的に検討した。対象は、関東大震災で東京市以上に深刻な被害を受けた横浜市の中小企業である。これら企業について、各企業が受けた震災被害だけでなく、取引先銀行を特定したうえで、その銀行が受けた震災被害、さらにその銀行が日銀から受けた震災手形の再割引金額等のデータを集め、回帰分析を行った。その結果、中小企業のうち、取引先銀行の規模が比較的大きく、かつその銀行が日銀から多額の震災手形再割引を受けたものは、震災後、1925年まで存続している可能性が高いことがわかった。震災手形再割引政策は中小企業が震災被害を生き延びるうえで効果があったことを示唆している。一方で、比較的規模が大きい中小企業で、その取引先銀行が日銀から多額の震災手形再割引を受けたものは、1925年にかけての成長率が相対的に低いことも明らかになった。
この結果は、震災手形再割引による流動性供給が、潜在的な成長可能性が低い企業に対しても行われたことを示唆している。言い換えれば、この施策によって、市場が非効率な企業を淘汰する機能が歪められた可能性がある。実際、震災手形を発行した企業の中に震災前にすでに経営が悪化していたものがあったことは、1927年の金融恐慌後に明らかになった。災害時における企業に対する政策的金融支援がプラスの側面とともにマイナスの側面を持ち得ることには留意が必要である。
参考文献
Tetsuji Okazaki, Toshihiro Okubo, Eric Strobl(2021)
“The Bright and Dark Side of Financial Support from Local and Central Banks after a Natural Disaster: Evidence from the Great Kanto Earthquake, 1923 Japan”
CIGS Working Paper Series No. 21-001E