『日経研月報』特集より
特集 「進化するコモンズ」 によせて
2022年11月号
今回の特集では「コモンズ」を取り上げた。共有地としてのコモンズは、日本の入会地も含め歴史ある仕組みとして、これまでも長らく世界中で研究されてきた分野である。近年は貴重な自然資源や、データなどの人工資源を共有する仕組みとして注目されるようになってきている。さらに地球環境などのグローバル・コモンズは、全人類が共有する資源としてこれからますます注目されるテーマである。このようにコモンズだけでも取り上げるスコープが広いうえに、さらに今回特集でコモンズを取り上げるきっかけでもあった故宇沢弘文先生の「社会的共通資本」にもテーマを広げ、社会的共通資本とコモンズを掛け合わせて共通項のようなものを探ることを試みた。
井上真先生(早稲田大学人間科学学術院 教授/東京大学 名誉教授)の巻頭言(時評)では、コモンズが注目され、その知見がグローバルな課題など新しい思考枠組みに活用されるとしても、自らの日常生活を豊かにするために汗を流し、肌感覚としてコモンズを体験することが重要であることをお教えいただいた。それはまた、コミュニティなど足元の日常から始めて社会全体、世界全体をよりよいものにしていく希望のメッセージでもある。
特別記事「社会的共通資本のための制度設計」は、当財団主催「東京講演会」(2022年8月5日)にて松島斉先生(東京大学大学院 教授)にご講演いただいた際の講演録である。松島先生は今年5月、東京大学において「社会的共通資本寄付講座」を立ち上げられた。本稿においても、ゲーム理論やマーケットデザインの手法を使い、社会的共通資本やコモンズの課題を解決するための具体的な制度設計を提案されている。その社会実装を含め、この分野のより一層の深化・発展が期待される。
茂木愛一郎先生(立命館アジア太平洋大学 非常勤講師)は、日本の入会研究を始めとしてコモンズ論の系譜を学術的に振り返っている。そのうえで、都市のコモンズについて考察し、緑地など都市内のミクロなコモンズとは別に、都市という空間全体をコモンズとして捉える考え方を提示された。都市全体としてのコモンズを持続可能とするために、交通や教育など、宇沢弘文先生の社会的共通資本が適切に提供されることの重要性を指摘している。
宇沢達先生(名古屋大学大学院 教授)と宮川努先生(学習院大学 教授)との対談では、宇沢弘文先生の社会的共通資本およびコモンズの双方に関してご対談いただいた。お二人からは、宇沢弘文先生の肉声が感じられるようなエピソードを含め、両テーマに関して本質的な理解につながるお話をいただいた。議論の中身は、ローカル・コモンズとグローバル・コモンズ、さらにインタンジブル(無形資産)・コモンズなどコモンズを巡る最新の話題から、持続可能な仕組み、コモンズの担い手としての専門家や委員会方式といった社会的共通資本やコモンズのマネジメントに関わる話題など多岐にわたっている。そして最後に宇沢弘文先生が情熱を傾けて取り組まれた地球環境問題(グローバル・コモンズ)を現在の視点から振り返っていただいた。この対談が今後、社会的共通資本とコモンズに対する理解を深めるうえでの道標となれば幸いである。
三俣学先生(同志社大学 教授)は、筆者も巡った英国のコモンズが19世紀以降に大転換した経緯を日本の入会地と比較し、またオストロムの理論などを引用しつつ学術的に検証している。その検証を踏まえてコモンズの現代的意義として、万人が自然の恵みを享受できるようにする「自然アクセス制」を提示された。そして自然アクセス制に関する議論の基盤にある共通財は、宇沢弘文先生の社会的共通資本の考え方に通じているとされている。
筆者自身のシリーズ「コモンズを巡る旅」の最終回では、英国で出会い、本シリーズで取り上げた3箇所のコモンズを筆者なりの理解で総括し、その今日的な意味を探った。
もとより私自身は経済学者でもコモンズの研究家でもないが、今回の特集という「場」でいろいろなご専門の先生方とご一緒させていただき、とても知的な刺激をいただいた。そしてこれこそが「知のコモンズ」ではないかと感じている。先生方からそれぞれの知見をご披露いただき、それをみなでシェアできる資源として未来に引き継いで行く。そして振り返れば、これは宇沢弘文先生からのメッセージだったのかもしれない。私一人ではとても受け止めきれないものではあるが、今回の特集を組むことによって、もしほんの橋渡しの役にでもなったとすれば望外の喜びである。