『日経研月報』特集より

特集「医療、介護のあるべき姿」 によせて

2022年5月号

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

一般財団法人日本経済研究所 調査局長/「日経研月報」編集長

今号の特集は「医療・介護のあるべき姿」です。今回のコロナ禍において、医療は大きな注目を集めています。そこでは医療提供体制を厳しく見る視点が多かったかもしれません。同時に、医療がいかに重要なインフラであるか、という点に気づく機会でもあったでしょう。今号の特集はそうした足下の話に限らず、介護も含め、少し大きな視点でこの分野を見ていきます。
巻頭言では、占部まり医師から、御父上である宇沢弘文氏の考えを紐解きつつ、社会的共通資本の観点から医療を捉え直していただいています。専門家集団が高い倫理観と知識をもって管理運営を行うべきであるというメッセージは、現代においても重要なメッセージです。そして、「コミュニティの健康」に対して果たすべき医療の役割を定義されています。
特集として続く原稿は英国レスター大学の鈴木亨教授へのインタビューとなります。本稿も前稿と同じく医師の立場から語られるものです。日英の医療現場での経験をもとに、医療の質をどのように担保していくか、という観点から重要な示唆をいただいています。専門家によるピアレビュー(相互の評価)が安全や品質の維持を担保するために重要な役割を果たしている、という点では社会的共通資本の議論と通底する部分を感じます。
続いて、池上直己氏(慶應大学名誉教授)から「介護保険の制度設計」について寄稿いただきました。ここでは介護保険制度の成り立ちのなかで生じてきた種々の課題が描かれています。医療との連携についても最後に語られていますが、そこでは今後への期待も表明されています。『日本の医療』(J.C.キャンベル氏との共著、中公新書・刊、1996年)は今でも日本の医療制度の本質を突いた決定的な名著ですが、近年の『日本の医療と介護』(2017年)、『医療と介護 3つのベクトル』(2021年)(ともに日本経済新聞出版・刊)などで述べられていた「医療と介護の関係」を踏まえつつ本稿を読むと、介護保険制度のあるべき姿を考える契機となるでしょう。
東京大学大学院の田倉智之特任教授は、近著『医療の価値と価格』(医学書院・刊、2021年)において医療の価値・価格について総合的に解説されました。今回は特に、世代をまたいで医療介護システムを運用・発展させるために必要な「価値・価格意識の醸成」をテーマとした寄稿です。質調整生存年(QALY)などの重要な概念も解説をいただきました。ご本人が「(こうした話は)疑問を呈する方もいると推察される」と書かれていますが、同時に「社会経済と調和しないシステムは持続性が不安定になる」という言葉の持つ意味は重たいものです。特集原稿ではありませんが、慶應義塾大学・土居丈朗教授の講演会原稿でもこの分野の財政的な位置づけが語られており、そうした財政制約はこの分野の議論では避けては通れません。
そして池上氏や田倉氏の論考のなかでは、「治る介護」を実現するために必要な情報共有のあり方や、「医療価値の共有」などという項目が取り上げられています。こうした価値や情報の共有という視点は、鈴木教授が語った「質の担保」の議論含め、医療介護制度の安定運営のためにより一層必要となるでしょう。
また拙連載は最終回を迎えました。過去4回、伊藤孝憲氏(新成医会統括事務長)、谷口郁夫氏(慈恵大学専務理事)、朝戸幹雄氏(昭南病院院長)、藤間和敏氏(セントケア・ホールディング代表取締役社長)にお話を伺いつつ、安定的な医療介護制度の運営に必要な事項、足りていない事項を考察してきました。そして今回は、今後向きあうべき医療介護分野での課題を整理しています。特集各稿とリンクする課題が並んでいますが、引き続き実務的にもこうした課題への対応を図っていきたいと考えています。
これら原稿に加え、2022年2月15日に開催されたDBJライフサイエンスセミナーの模様も採録しました。本特集の主たる対象は医療介護の提供体制に関わるものですが、同時に医薬品や医療機器の発展は不可避です。当セミナーでは、MedVenture Partners 代表取締役社長 大下創氏、Catalys Pacific マネージングパートナー 高橋健氏、Newton Bio Capitalグローバル投資 日本代表 鈴木貞史氏にご登壇いただき、それらの開発において日本の存在感をどのように高めていくかを語り合っています。ドメスティックに閉じた形ではない、欧米等の動向をフラットに意識した視点は、本特集の他原稿にも共通するものですが、その視点が最も端的に本稿では表れています。

医療介護というのは、ともすると専門的・限定的な分野に思われるかもしれません。しかし、本特集を編集した立場としては、3月号「社会課題と向き合う」、4月号「イノベーションの社会的意義」といった特集を作成した際と似た感覚を得ています。「既存制度がどのように課題を抱えるに至り、これを刷新するために何が必要か。特にパブリックな領域において。」ということがテーマとして共通しているからでしょう。そうした意味で、他分野の議論にも応用可能な論考として参考にしていただきたいと思います。

著者プロフィール

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

一般財団法人日本経済研究所 調査局長/「日経研月報」編集長