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現金給付は誰を対象にすべきか?
2024年2-3月号
住民税非課税世帯は、現在最も注目される政策対象である。全国民に10万円を支給した特別定額給付金以降、支給対象が限定された現金給付策が繰り返し実施されているが、住民税非課税世帯は常にその対象とされてきた。2021年の「子育て世帯等臨時特別支援事業」では、子供1人当たり10万円の給付が注目されたが、同時に住民税非課税世帯にも一世帯当たり10万円の給付があった。2022年には、光熱費や食料費の物価高騰に対応するために1世帯当たり5万円の「電力・ガス・食料品等価格高騰支援給付金」が給付されたが、その対象も住民税非課税世帯であった。さらに、11月に閣議決定された「デフレ完全脱却のための総合経済対策」では、1人当たり4万円の定額減税が決定されたが、その恩恵を受けられない住民税非課税世帯には別に世帯当たり10万円の給付が決定されている。
住民税非課税世帯とは、全ての世帯員の住民税が非課税である世帯である。住民税が課税されるかは、個人ごとに前年の所得が一定の基準以下であることが条件となっており、基本的に「低所得世帯」である。経済的に弱い状況に置かれている世帯と考えられ、政府が給付金を支給する対象として妥当な世帯にみえる。
しかし、現代の経済学において主流となっているライフサイクル理論に基づいて考えれば、個人の経済的な状況を判断するのに「ある年の所得」を使うことは適切ではない。ライフサイクル理論とは、個人は生涯を通じた経済的リソースを自分にとって最も望ましいように使用しているとする考え方である。その考え方によれば、個人にとって行動を規定する最も重要な要素は、生涯を通じたリソースの量である。そのリソースの量は、一時点の所得とは必ずしも連動しない。特に、高齢者と現役世代のようにライフステージの異なる個人を比較するには問題がある。
多くの個人は一定の年齢までは就業することで所得を得て、老後は公的年金などの再分配を受ける。高齢者は現役時代の蓄えを取り崩して生活することが前提であり、低所得でも経済的に貧しいとは限らない。ところが、住民税が非課税かどうかは、ライフサイクルを無視した単一の基準で決まるため、高齢者が該当しやすくなっている。
実際、住民税非課税世帯のうち65歳以上の世帯は72%と、年齢分布に偏りがある。一方で、65歳以上の世帯に占める住民税非課税世帯の割合は35%であり、決して例外的な貧困高齢者だけが該当しているわけではない。住民税非課税世帯の高齢者の約半数は1500万円以上の資産を持っており、現役層の貧困層とは全く異なる状況にある。すなわち、住民税非課税世帯とは、実質的に高齢者のことであり、経済的に弱い状況にあるわけでない世帯を多く含むグループなのである。
しかも、ライフステージを考慮したとしても、住民税が課税されるかどうかと経済的なリソースの不足との関係は強くない。住民税を課税するかは、税の論理で決まっており、必ずしも経済的な豊かさを反映しないからである。ポイントは、収入からさまざまな控除を引いた所得で課税されるかが決まるという点である。
たとえば、低所得の高齢者が、給与を受け取った場合の控除は65万円なのに対し、年金収入は120万円まで控除される。これは公的年金がいわば「保険金」であること、公金での再分配的性質があること、を反映した配慮であり、経済的には合理性が乏しい。公的年金では不足するために就労すれば課税されやすくなる一方で、十分な年金を受け取っている高齢者ほど住民税非課税世帯に分類されやすいのである。
少なくとも再分配の観点から考えて、住民税非課税世帯に限定して現金給付の対象とすることに合理性はない。所得のライフサイクルは個人によって異なり、個人の資産を把握することは現状では難しいため、新たな政策対象の選定は容易ではない。しかし、現金給付策を続けるのであれば、支給対象の即時の見直しは不可欠である。