『日経研月報』特集より
直観や違和感を大事にすることからはじまるウェルビーイングとイノベーション
2024年2-3月号
コロナ禍を契機に働き方の多様化が進み、これによりウェルビーイングや生産性へのプラス効果が指摘されています。この度インタビューにお応えいただいた島田さんは、ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社(以下、ユニリーバ)で先進的な人事制度を次々に実現・展開した実績があり、現在、株式会社YeeY代表取締役として、日本におけるウェルビーイングの底上げや地域活性化に取り組まれています。ユニリーバでの新しい人事制度導入に至った経緯や一次産業ワーケーションなどのイノベーションを成し遂げたプロセス等についてお話を伺いました。(本稿は、2023年12月24日に行ったインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)
1. 島田さんのバックグラウンド
聞き手 島田さんは、ユニリーバの取締役人事総務本部長として、結果さえ出せば、原則いつどこでも働いてもよいとする革新的な人事制度(Work from Anywhere and Anytime:WAA(以下、WAA))をはじめ、会社や社会をよりよい場に変えていくための制度を実現して、社会に広められました(表1)。
これらの成果は、島田さんがご自身の直観や違和感を大事にして、「こういう世界を実現したい」と粘り強く活動を続けられた結果、実現に至ったとお聞きしております。島田さんが直観や違和感を大事にするようになった背景のようなものがあればお聞かせください。
島田 中学1年生の頃、いじめにあったことが背景に大きくあります。なぜかというと、私の記憶の中に、それ以前から変わらない部分と、その経験から気がついて自分のあり方を変えた部分が明確にあるからです。簡潔にいえば、仲の良かった子たちの態度が急に変わったことに対し、私は何か悪いことをしてしまったのだろうかと思う気持ちや、仲良くしてほしいという気持ちがあり、ごめんと言って周囲に謝り続けていたのです。しかしある日、急に「何にも悪いことをしていないのに、なんで謝らなければいけないのだろう。自分に対してすごく失礼なことをしているのだな」と気がついたのです。
聞き手 自分自身に対して失礼と思ったのですね。
島田 そうです。「そこまでして、自分が自分であることをやめる必要はないのではないか。本当に自分の何かが悪かったら注意をしてくれればいい」と思った時に、何かが湧き上がる感覚のようなものがありました。その次の日から自分のあり方が変わり、自分の態度が変わったのです。すると、いじめていた子たちが謝ってくるようになりました。その時は、結構ひどいことをされていたので、「あんなひどいことをしてきたのに謝って終わり?」という気持ちと、「相手も人間なんだし、そんな時もあるよね」と許す気持ちがありました。その2つのどちらかを選ぼうと思って、私は許す気持ちのほうを選んだことを覚えています。以来、おかしいと思ったことはおかしいと言うし、嫌なものは嫌だと言うようになりました。この経験はすごく大きかったと思っています。
加えて、私が進学した高校は多様性の塊のような学校で、自分をそのまま出すことを認める校風だったので、その環境も自分にとっては良かったのではないかと思っています。
私は、先天的に人が好きで人にとても関心がありますが、後天的な体験と学びから、その先天的な要素がより強化されたのだと思っています。
聞き手 ところで、中学生の頃に受けた職業適性テスト(一般職業適性検査)に違和感があったということを他の記事で拝見しました。このことについてお聞かせいただけますか。
島田 適性テストで出てきた結果に対し「どうして決めつけられなければいけないのか。一体何を見ているのだろうか」と思いました。結果でわかる部分があるのも理解できますが、選択肢をすごく狭くさせられたような感覚がありました。あなたは○○に向いていますという結果だけではなく、「別の可能性もあるかもしれないが、この結果の背景にはあなたのこんなところがあるからだ」という話をしてくれたら受け止め方も違ったのかもしれません。
聞き手 その検査結果に人事に関するような仕事は出てこなかったのでしょうか。
島田 ある部分、出ていたと思います。結果は、看護師さんや学校の先生でしたが、人に関する仕事という意味では共通しているので検査自体が悪いわけではないと思います。しかし当時、自分は看護師さんになろうとも先生になろうとも思っていませんでしたので、違和感があったのです。
また、母から聞いたエピソードでは、幼稚園の時に、困っているお友だちをケアしたことに対し、自分は親切をしたつもりがお節介と言われ、泣いて帰ってきたことがあったらしいのです。このような出来事もありましたが、その頃から困っている人を助けたい、みんなで笑顔でいたいといった気持ちは、今も強くありますので、やはり先天的なのだと思います。
聞き手 ところで島田さんは『マイノリティからマジョリティへ――この直観・違和感・行動が組織を変える』という論文を書かれています。マイノリティに対する捉え方を含め、簡単にお聞かせいただけますか。
島田 私にとっては、全ての人がいい状態であることが大事なので、マイノリティを特に重要視しているわけではありませんが、だれかが外されている、取り残されている、含まれていないといったことは避けるべきです。人事という仕事においては、全員同じレベルのことができないなかで、どのようなメンバーがいるのかは確実に捉える必要があります。そのうえで、制度をつくるべきであり、そのように心がけてきました。あまり名前が出てこないような声なき人の声にも耳を傾けることを常に大事にして、今も活動しています。
2. ウェルビーイングは上げることが出来る
聞き手 ユニリーバの社内アンケートでは、WAAなどの人事制度を通じてワーク・エンゲージメントが非常に上がったとありますが、こうした制度とウェルビーイングの関係性についてお聞かせください。
島田 ウェルビーイングに関してはそうした人事制度などによって上げることができます。対比の例として、モチベーションがあります。モチベーションが上がる場合というのは、上げようとして上がるのではなく、何かの結果として、上がるものなのです。ウェルビーイングはこれとは異なります。
ポジティブ心理学のマーティン・セリグマン博士のリサーチによれば、ウェルビーイングを上げるポイントとして大きく5つの要素(Positive emotion(ポジティブな感情)、Engagement(エンゲージメント)、Relationship(人間関係)、Meaning(意義)、Achievement(達成))に整理されています。これら5つの頭文字を取って、PERMA(パーマ)ともいわれています。WAAをはじめ、地域 de WAAやUFLP365も、これら5つの要素のいずれかを満たす制度です。例えばWAAであれば、自分で決めることができるという「ポジティブな感情」が起こるために、自分で決めてやり遂げた後には強い達成感や自己効力感を感じることができます。夢中で仕事をすることによって、やっている仕事に対しても「意義」を強く感じることができます。また、地域 de WAAについては、地域の方たちとのつながり、つまり「人間関係」が生まれるので、ウェルビーイングは上がります。つながりというものは私たちにとって、ものすごくコアなものです。
表1の制度はそれぞれ違う制度ではありますが、喜びや幸せを感じられる観点で、共通する部分は大きいと思います。
3. 違和感や思いつきを大事にすることでイノベーションが生まれる
聞き手 いわゆるイノベーション理論では、キャズム理論のように、最初に先駆的な需要家であるイノベーター(2.5%)がいて、それからアーリーアダプタ(13.5%)がいて、合計16%の初期購買層に行きわたるところまでは割と可能性があるが、そこから先が難しく、アーリーマジョリティ(34%)までなかなか浸透しないといわれています。WAAなどの制度は、島田さん個人の直観や違和感からスタートしたイノベーションですが、マイノリティとしての直観や違和感と、イノベーションの関係についてはどのように思われますか。
島田 イノベーションというのは、後からそう言われるのだと思います。全てはやはり思いつきから始まると思っています。思いついた時に、その思いつきを良いアイデアだと信じて、やってみようと動けるかどうかで、すごく差があると思っています。また、動いたことに対して夢中になって継続できるかどうかも重要です。その思い付きをきっかけにしたアイデアを夢中になってやっていれば、応援者が出てきて、フォロワーがついてきます。このような流れでそのことが実現できた時に初めて、イノベーションと呼ばれるのだと思います。
今取り組んでいる「みかん収穫ワーケーション」という活動がありますが、これは「一次産業ワーケーション」という言葉をつくって展開しました。2022年6月に初めて実施した和歌山県みなべ町での「梅収穫ワーケーション」は、まさに違和感と思いつきから始まったイノベーションです。始まりは、働き方についての疑問です。なぜ9時から5時半までオフィスに行かなければいけないのか。結果さえ出せば、もっと自由にどこにいてもいいのではないか。それを自分で実践し、WAAの制度としたわけです。高齢化、人口減少、労働力低下といわれている地域で、仕事をしながら多くの人が持っている知恵や知識、労働力をちょっとの時間でも提供すれば、多少はその地域に貢献できるのではないか。地域に行く側のメリットもあります。いつもとは別の場所に行くことにより、見るもの、聞くもの、感じるものも変わり、新しいアイデアが出てきやすくなりますので、Win-Winの関係だと思います。WAAから地域 de WAAが生まれ、その結果、和歌山県みなべ町での「梅収穫ワーケーション」になって、それが今、三重県御浜町での「みかん収穫ワーケーション」になっています。2024年3月には三重県尾鷲市で「甘夏収穫ワーケーション」が始まります。このように違和感と思いつきから活動が広がっています。
4. まとめ~自分のウェルビーイングに責任を持とう~
聞き手 現在、株式会社YeeYの代表取締役として、4つのミッション(①日本における働き方をもっと自由で楽しいものに変える、②人材育成、③地域活性、④日本のウェルビーイングの底上げ)を掲げて活動されていますが、今後の抱負をお聞かせいただけますか。
島田 私は、全ての人が笑顔で、自分自身が本当に豊かな人生を生きていると思える社会、世界をつくりたいと思っています。言い換えると、みんながそれぞれのウェルビーイングを感じている状態です。ウェルビーイングにはさまざまな解釈がありますが、私の中では、みんながそれぞれいい状態であるという定義です。自分のことを一番よく知っているのは自分自身です。自分がどうだったら、いい状態でいられるかをウェルビーイング・ファーストで選択し、その結果も含め受け入れていく。これは、実は自分の中に芽生えた違和感にきちんと向き合うことにつながりますし、私はそういう世界をつくりたいと考えています。
日々、多くの人との出会いがあるなかで、少しの時間であったとしても、その方のウェルビーイングが少し上がる、そんな時間を一緒に過ごしたいと思って活動しています。皆さんにも自分のウェルビーイングに関心を持ち、そのことが自分をよく知る、好きでいることになると思います。それこそウェルビーイングに関しては、前野隆司先生や内田由紀子先生をはじめ、学術的に研究されている先生方たちのおかげで広がっているとも思います。私も、前野先生からのご紹介で、2025年度から大学で授業をする機会をいただきました。皆さんにも、ウェルビーイングに関して興味を持っていただけることを期待しています。