特別研究 (下村プロジェクト)

シリーズ「豊かさの基盤としての生産性を考える」第3回

老朽化が進む社会資本のメンテナンスが地域内外に及ぼす影響

2024年4-5月号

川崎 一泰 (かわさき かずやす)

中央大学総合政策学部 教授

岩崎 雄也 (いわさき ゆうや)

青山学院大学経済学部 助教

1. はじめに

日本の高度経済成長期につくられた社会資本(public capital)の老朽化が進んでいる。社会資本の更新投資が財源不足などの理由で進まないなか、そのメンテナンスに注目が集まっている。こうした日本の社会資本研究はMera(1973)を皮切りに進められてきた。時代背景としては、高度経済成長を支えたインフラ整備が経済成長に寄与してきたかが問われていたこともあり、そうしたことを分析するものが多くなされた。Asako and Wakasugi(1984)、Ashauer(1989)、岩本(1990)などは先駆的な研究として位置付けられ、これらの研究で社会資本の蓄積が経済成長に正の影響を及ぼしてきたことが示されてきた。また、こうした影響が地域経済に与える影響を分析する研究も行われ、浅子・坂本(1993)、三井・竹澤・河内(1995)、宮川・川崎・枝村(2013、2018)などがある。これらの研究においても社会資本が地域経済に正の影響を及ぼしていることが示されてきた。
ところが、昨今、社会資本の老朽化が進むなか、更新投資や長寿命化投資などがなされるようになってきたものの、一部では財政制約などにより維持管理が不十分なものも散見されるようになっている。例えば、老朽化が原因と思われる水道管の破裂や道路の陥没などの事例が各地で報告されている。道路や水道などの社会資本は広大なネットワークを形成し使われるため、その経路のどこかのメンテナンスが不十分なだけで、その効果を発揮できなくなってしまう。こうした社会資本のネットワークに着目した研究もいくつかなされ、三井・竹澤・河内(1995)、塚井他(2002)などがある。これらの研究は社会資本が自地域の生産のみならず、他地域の生産に対しても影響を及ぼすスピルオーバー効果を考慮したものであり、アメリカの場合は州間、日本の場合は都道府県間の地理的な距離に基づく分析が多い。
一方、De Jong, Fedinandusse and Funda(2018)はOECD諸国データに基づくVAR分析をしたところ、多くの国で社会資本が経済成長に正の影響を観測できなかったとしている。海外の実証研究では社会資本が経済成長に正の影響を及ぼすことが観測されないこともあり(注1)、“public capital productivity puzzle”と呼ばれ、社会資本が経済成長に及ぼすメカニズムをめぐる研究が進められてきた。こうしたなか、Cohen and Paul(2004)は輸送費の節減などのネットワーク効果に着目した研究、Kalyvitis and Vekka(2015)は、アメリカの州政府の社会資本のメンテナンス支出の生産力効果に着目し、そのスピルオーバー効果を含め、地域経済に及ぼす影響を分析する研究を行った。これらの研究では社会資本が自地域の生産に寄与するとともにスピルオーバー効果により周辺地域に対しても正の影響を及ぼすことが示されている。また、Zhang and Yan(2022)が中国における地方の社会資本が地域経済に与える影響を分析し、社会資本ストックが地域経済に正の影響を及ぼすことを示している。このように社会資本ストックが経済成長に与える効果を抽出するための研究は広く行われてきた。
本稿では、日本の老朽化する社会資本のメンテナンスとネットワークを通じたスピルオーバー効果に着目し、生産力効果を検証する。その一次接近として、メンテナンスとスピルオーバーを含むシンプルな地域生産関数の推計を試みる。これらの分析を通じて老朽化する社会資本の更新及び補修の効果を検証することを目的とする。

2. 基本モデル、社会資本、スピルオーバー効果

まず、社会資本の生産力効果を検証するため標準的な生産関数を考える。

ただし、Yは付加価値、Lは労働投入、Kは民間資本投入、Gは社会資本投入である。Kalyvitis and Vekka(2015)はこの生産関数にメンテナンス費(M)と社会資本及びメンテナンス費用のスピルオーバー効果(それぞれをSG、SMと表す)、外生的技術のインデックスとしてタイムトレンド(t)を要素として加え、以下のような生産関数を想定している。

本稿でもこの考え方に基づき分析する。そこで、従来の標準的な社会資本の生産力効果の分析とは異なるメンテナンス費とスピルオーバー効果の考え方を中心に説明しよう。

2.1. 社会資本ストックとメンテナンス費

社会資本のメンテナンス費に関しては各市町村と各都道府県が実施したものがそれぞれの決算に「維持補修費(注2)」として計上されている。これは公共施設、設備、物品の修繕、補修にかかる経費であり、地方公共団体全体で2021年度に1兆4,175億円が支出されている。この維持補修費は、国が直接支出している部分もあるが、国の維持補修の地域配分に関する決算データが入手できないことと、図1の社会資本ストックの内訳をみてもわかるように、社会資本のかなりの部分を都道府県、市町村が最終支出(注3)するものが占めていることから、地方公共団体の支出をもって各地域のメンテナンス費と捉えることとした。

このメンテナンス費(維持補修費)と社会資本ストックの関係は図2のとおりである。社会資本ストックは「日本の社会資本2022」(内閣府)の純資産ストックを用いた。これによると2007年の636兆円をピークに減少傾向が続いている。これに対して、維持補修費の方は2007年頃からわずかながらではあるが、増加傾向を示すようになっている。メンテナンス費はストック量が多いところでは増加するものと考えられるため、この維持補修費を社会資本ストックで割ることでこの問題を回避することとした。

2.2. スピルオーバー効果の考え方と推計

スピルオーバー効果の推計に関して、Case et.al.(1993)がアメリカの隣接州の財政支出のスピルオーバー効果を計測するなど国内外で関心が高かった。日本では三井・竹澤・河内(1995)が地理的近接性をベース(注4)としたスピルオーバー効果の分析を行っている。また、塚井他(2022)は空間的近接度を表す変数を指標化し、分析している。このように地理的近接性を中心とした分析が行われてきた。これに対して、宮川・川崎・枝村(2013)は地域間の産業構造の類似性に着目しスピルオーバー効果の分析を行った。また、Cohen and Paul(2004)は地域間の取引でウェイト付けをして地域間のスピルオーバー効果を検証する研究を行っている。本稿では、Cohen and Paul(2004)に近いスピルオーバー効果を考える。すなわち、地理的近接性ではなく、取引量に着目した分析を試みる。
ここで、スピルオーバー効果の計算方法について説明する。利用するデータは経済産業研究所(RIETI)が公表している「2011年都道府県間産業連関表(取引額表)」である。これは都道府県間の取引額を31の部門別に推計した表であり、レイアウトは図3のようになっている(注5)。
本稿では、この表の取引額が大きい都道府県間ほどスピルオーバー効果も大きいと想定し、他都道府県からのスピルオーバー効果を以下の手順で求める。
表の「都道府県別内生部門」の都道府県別・部門別取引額を「本社」を除いたうえで抽出し(図3の色付きの部分)、抽出した表について、各都道府県内の部門別の取引額を行方向と列方向に合計し、都道府県別の全取引額の行列を作成する。これは同部門間でも異部門間でもスピルオーバー効果が生じうると本稿では想定するからである。次に、作成した都道府県別の全取引額の行列について、対角成分(同一都道府県内の取引額)をゼロとしたうえで、各取引額を行方向に合計し、行和を1に基準化するために、行方向の各取引額を行方向の合計額で割って、都道府県別の取引額ウェイト行列を求める。この行列にスピルオーバー効果の分析対象、例えば社会資本ストックであれば、都道府県別の社会資本ストック額を行方向に掛け合わせ、都道府県別のスピルオーバー効果行列を求める。このスピルオーバー効果行列を列方向に合計し、他都道府県からのスピルオーバー効果の値を求めた。

以上のように計算されたスピルオーバー効果の値を推計モデルに加え、実証分析を行う。

3. 使用データと生産関数の推計

まず、生産関数を推計するにあたり、実質付加価値(Y)、実質民間純資本ストック(K)、就業者数(L)については「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベース2021」(経済産業研究所)のデータを使用した。これらのデータ、社会資本ストック、メンテナンス費は47都道府県分を1997年から2018年の23年収集し、分析に使用した。ここで以下のような生産関数を想定する。

ただし、rは都道府県、tは時間のインデックス、α,γ1はパラメータ、AはTFPを表す。この形式は先行研究で広く採用されてきたものの一つである。両辺をLで割り、対数をとると、以下のようになる。

この基本モデルをベースとし、メンテナンス費を導入した(2)式、社会資本とメンテナンス費のスピルオーバー効果を導入した(3)式に基づいて分析をした。


ただし、Mは地方公共団体の維持補修費(メンテナンス費)、Sjはj=G, M、それぞれのスピルオーバー変数を表す。ここで生産に使用される生産要素は前期末のストックと考え、ストックデータに関しては1期前のもの、すなわち、t-1期のデータを使用した。ここで外生的トレンドの有無、及び地域のTFP水準の差を仮定しないPooled OLSと差があることを仮定する固定効果(Fixed Effect)モデルで推計を試みた。推計結果は表1のとおりである。

まず、基本モデルを見ると、トレンド項が入ると不安定になるものの、OLS、固定効果モデルとも概ね先行研究と同様の値となる。社会資本ストックが地域経済の付加価値に正の影響を及ぼしていることを示唆するものである。メンテナンス費を導入したモデル2では、メンテナンス費に関しては固定効果(トレンド無)で有意な係数は得られたものの、不安定なものであった。また、社会資本ストックは正で有意な係数が得られた。スピルオーバー効果を含めるモデル3をみると、トレンド無のモデルで有意な係数が得られている。まずスピルオーバー効果の係数は正で有意なものが得られた。これに対してメンテナンス費は負で有意な係数が得られた。社会資本ストックの係数は推計方法でまちまちである。
これらの推計結果を受けて、社会資本ストックについては概ね正で有意なものが多く、一定の生産力効果はあるものと考えられる。また、スピルオーバー効果は正で有意な結果となったものの、スピルオーバー効果を入れると推計方法によって結果はまちまちなった。
それに対して、メンテナンス費についてはスピルオーバー効果を導入すると自地域の効果は負、スピルオーバー効果は正という結果となっている。つまり、社会資本のメンテナンスに関しては、自地域の付加価値にはほとんど寄与しないか、費用負担の方が上回り、マイナスの影響を及ぼす可能性が示唆されたのに対して、取引関係の大きなところからのスピルオーバー効果は正の影響をもたらすことが示唆された。

4. むすびと政策的示唆

最後に本稿で得られた結果を整理し、政策的示唆を述べよう。本稿では老朽化する社会資本の生産力効果とメンテナンス投資の効果の検証を試みた。まず、社会資本の生産力効果は存在しており、そのスピルオーバー効果も観測された。こうしたことからも社会資本ストックを維持し続けていくことは地域経済にとっても大きな意義があることがわかる。
一方、メンテナンス費の効果に関しては、自地域では負ではあるものの、スピルオーバー効果は正であった。つまり、社会資本のメンテナンス投資は自地域の付加価値には寄与しないものの、取引関係の大きな地域からのスピルオーバー効果は正の影響を受けるというものだ。この結果はフリーライドをする要因になりかねない。すなわち、自地域のメンテナンス投資は抑制し、取引相手の投資のスピルオーバー効果で地域経済にはプラスに寄与するからだ。こうした観点から、社会資本のメンテナンスに関しては国の補助を含む広域的な費用負担の仕組みが必要だと考える。
社会資本ストックのメンテナンスをしながら水準を維持し続けていくことは自地域のみならず、取引関係のある地域にも正の影響を及ぼすことがわかった。老朽化し減耗していく社会資本に対してメンテナンス投資することで維持していくことは自地域のみならず、スピルオーバー効果もある。これまでは新規投資に対する国庫補助が中心だったが、メンテナンスの費用負担のあり方が今後の課題としては大きい。
本稿はまだ研究の一次接近であり、推計の精度を高めていく必要性はある。特に内生性の問題に対する対処、コントロール変数の検討などは喫緊の課題である。この他にも社会資本を生産に寄与するものと生活関連のものとを分けて分析することなどまだまだ課題は多い。こうした分析の精度を上げるとともに、これらの分析を通じて、老朽化する社会資本の更新及び補修の効果の検証を進めていきたい。

参考文献

Asako, K and Wakasugi, R.(1984), “Government capital, Income Distribution and Optimal Taxation”, エコノミア,80,36-51.
Aschauer, D.A.(1989), “Is Public Expenditure Productive?”, Journal of Monetary Economics, 23, 177-200.
Case,A., Hines,J. and Rosen,H. (1993), “Budget Spillover and Fiscal Policy Independence” Journal of Public Economics, 52, 285-307
Cohen, J.P. and Paul, C.J.M. (2004), “Public Infrastructure Investment, Interstate Spatial Spillovers and Manufacturing Costs”, Review of Economics and Statistics, 86, 551-560.
De Jong, J.F.M., Ferdinandusse, M. and Funda, J.(2018), “Public Capital in the 21st Century: as productive as ever?” Applied Economics, 50-51, 5543-5560.
Evans, G. and Karras, G.(1994), “Are Government Activities Productive: Evidence from a Panel of U.S. States” Review of Economics and Statistics, 76, 1-11.
Garcia-Mila, T. Macguire, T.J. and Porter, R.H. (1996), “The Effect of Public Capital in State Level Production Function Reconsideration” Review of Economics and Statistics, 78, 177-180.
Kalyvitis, S. and Vella, E.(2015), “Productivity effect of public capital maintenance: Evidence from U.S. State”, Economic Inquiry, 53-1, 72-90.
Mera, K.(1973), “Regional Production Functions and Social Overhead Capital”, Regional and Urban Economics, 20, 157-186.
浅子和美・坂本和典(1993),「政府資本の生産力効果」フィナンシャル・レビュー26,97-102.
新井園枝(2022),「2011年都道府県産業連関表の作成とその概要」RIETI Discussion Paper Series 22-J-003.
岩本康志(1990),「日本の公共投資政策の評価について」経済研究41-3,250-261.
塚井誠人・江尻良・奥村誠・小林潔司(2002),「社会資本の生産性とスピルオーバー効果」土木学会論文集,716,53-67.
三井清・竹澤康子・河内繁(1995),「社会資本の地域間配分」三井清・太田清編著『社会資本の生産性と公的金融』(日本評論社)第5章所収.
宮川努・川崎一泰・枝村一麿(2013),「社会資本の生産力効果の再検討」経済研究64-3,240-255.
宮川努・川崎一泰・枝村一麿(2018),「地域の資源配分と生産性向上政策」徳井丞次編著『日本の地域別生産性と格差』(東京大学出版会)第7章所収.

(注1)例えば、Evans and Karras(1994), Garcia-Mila et.al.(1996)などがある。
(注2)都道府県分は「都道府県決算状況調」(総務省)、市町村分は「市町村決算状況調」(総務省)で公表されている。
(注3)例えば、「道路統計年鑑2022」(国土交通省)によると、2021年の道路総延長に対して、都道府県、市町村以外が管理者となっているのは2.7%に過ぎない。ここで都道府県、市町村以外が管理者となるのは高速道路と国道の指定区間である。また、上下水道、小中学校などの文教施設も事業主体が地方公共団体となっている。もちろん、最終支出が地方公共団体であっても、国庫補助などにより国が一定割合を支出している。
(注4)都道府県庁所在地間で100㎞圏及び300㎞圏にある社会資本の集計値を使い分析している。
(注5)2011年都道府県間産業連関表の詳細については、新井(2022)を参照されたい。

著者プロフィール

川崎 一泰 (かわさき かずやす)

中央大学総合政策学部 教授

中央大学総合政策学部教授・博士(経済学)
2000年法政大学社会科学研究科博士課程満了後、(社)日本経済研究センター研究員、東海大学政治経済学部講師、准教授、東洋大学経済学部教授を経て、2019年より現職。この他、(社)社会開発総合研究所研究員、川崎市専門調査員、国立国会図書館調査員(非常勤)、ジョージ・メイスン大学訪問研究員なども歴任。
主要著書は『コロナショックの経済学』(中央経済社、2021年、共著)、『地域再生の失敗学』(光文社、2016年、共著)、『官民連携の地域再生』(勁草書房、2013年、単著)などがある。主要論文として、“The effect of management practices on the performance of bus enterprises”, International Journal of Economic Policy Studies, 17-1, 133-161, 2023.(共著)、“The economic impact of supply chain disruptions from the Great East-Japan earthquake”, Japan and World Economy, 41, 59-70, 2017.(共著)などがある。
専門は公共経済学、地域経済学、公共政策。

岩崎 雄也 (いわさき ゆうや)

青山学院大学経済学部 助教

青山学院大学経済学部 助教
1988年山口県生まれ。早稲田大学卒業後、青山学院大学大学院修了。博士(経済学)。博士論文題目「最低賃金に関する計量経済分析―生産性・労働供給・労働移動への影響―」。専門分野は労働経済学、公共経済学、応用計量経済学(賃金や生産性に関する実証研究)。
〈主要業績〉「最低賃金と地域間労働移動―国勢調査を用いた実証分析―」(『青山社会科学紀要』第50巻第1・2号1-19頁、2022年3月)、「最低賃金の引き上げがマクロの生産性に与える効果―都道府県別データによる実証分析―」(『青山社会科学紀要』第48巻第2号37-53頁、2020年3月)、「最低賃金の引き上げが労働生産性に与える影響―企業財務データを用いた実証分析―」(『青山社会科学紀要』第48巻第1号61-74頁、2019年9月)。