『日経研月報』特集より
地方創生と経済効果、関係人口
2024年6-7月号
1. 地方創生の中間結果
人口減少に伴う地方自治体の持続可能性が地方創生の最重要課題であることは論をまたない。その第1期(2015~2019年度)では、2060年までの「地方人口ビジョン」と、それを実現するための「地方版総合戦略」の策定を国が全自治体に求めた。そのこともあって各自治体の総合戦略においても人口に関する施策が中心となった。
他方、地域の振興策は、産業振興に特化した「新産業都市」(1964年1月に指定)以来、数多くあるが、2015年からの「地方創生」ほど同じ名称で続いている施策は他にないであろう(注1)。また、これほど多くの交付金を地方振興に投入された例も過去にないと思われる(注2)。
はたして、その成果があったかと問われると、表1で見るように厳しい結果となっている。人口減少社会において、東京への集中傾向は低下どころか増大しているのである。
開始時期と第1期とを比べると、表1の2列目、若年層の有業者は、東京の構成比で0.7ポイント増加している(全国では5年間に72万人近く減少している)。また、これまでは地方経済の中心都市(多くは県庁所在都市)が県内他地域から若者を集め、その若者が東京圏へと転出していくという構造であったのが、その県庁所在都市でも多くが転出超過となっている。このような人口移動の結果を反映して、東京の人口割合も5年間で0.3ポイント増加しており、これを首都圏の人口割合でみると27.9%から1ポイント上がって28.9%となっている。また所得面では、課税者対象所得の割合が1.4ポイント上昇、そして金融面においても預金や貸出等の割合は東京一極集中が従来から顕著であったのが一層高まっている結果となっている。資金の東京集中の高まりである。
ミクロな個別の活性化とマクロ指標の動向は、必ずしもタイムラグなく連動するものではないが、東京への集中傾向は表1での第1期から第2期にかけての動向でも変わりないことがわかる。総合戦略の作成に対して自治体の主体性(自発性)がなかったことも、この結果の遠因であろう。
2. 地方創生の副産物
そういったなかで成果を1つ上げるならば、地方創生交付金を活用して地域産業連関表の作成に取り組んだ市町村が増えてきたことであろう。これはEBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)とのからみで、地方創生本部が市町村レベルの地域産業連関表の作成を推奨していたこととも関係している。このことは事業実施の経済効果の見える化などEBPMの検証にも貢献している。
筆者も新潟県佐渡市や徳島県美馬市をはじめ、地方創生開始以来、数多くの自治体の地域産業連関表の作成に携わってきた。その経験からいえば、事業所調査で補完するサーベイ法を用いた地域産業連関表の構築には時間と費用はかかるものの、その精度においてノンサーベイ法では絶対に得られないものがある。特に交易収支(移輸出と移輸入の差)の把握が最たる例である。このような優位性があることから、この地域産業連関表を用いた分析結果には説得力がでてくる。
従来、手間暇かけて作成しても十分に活用し切れていない自治体もあったが、近年では施策立案の根拠とするべく、実践的活用に向けて努力している自治体も増えてきている。筆者が関与したところでもいくつかあるが、例えば沖縄県宮古島市では、地域経済の自立に向けて地域産業連関表を作成して地域経済における循環効果を分析し、その情報と併せて住民とのワークショップを重ねている。その結果、住民がどのような意識を持って日々の生産や消費活動に取り組めば、循環効果型が高まって次第に所得が向上するのだという考えが徐々に浸透しつつある(注3)。
「地域産業連関表分析」自体は、研究分野としては成熟域に達しており、新規に参入する研究者は多くない。しかしその分、実証面での活用が盛んとなっており政策評価を扱う部局やシンクタンクなどでは必須の道具となっている。創始者のレオンチェフはノーベル賞を受賞したが、歴代の経済学賞においてこれほど政策現場で活用されている経済モデルはないであろう。
3. 地方創生第1期から第2期
地方創生の第1期では、2014年に「2020年に東京圏と地方の転出入均衡」という目標を掲げたのだが、2019年2月に目標達成時期を2024年度末に先送りした。2020年の1年間では東京圏への転入超過数が減少したが、これは若い世代の転入超過数が減少したことが主たる要因であった。また、2014年から20年までに地方拠点での雇用者数を4万人増加させるという目標については、2015年に地方で働く場を増やすため、企業に本社機能の移転を促す優遇税制を導入した。2018年には原則10年間、東京23区内の大学での定員増加を禁じる「地域大学振興法」が成立している。
いくら東京圏への転出を食い止め、東京圏からの転入を促そうとしても、日本全体で死亡者数が出生者数を上回るという人口減の時代においては、限られた資源を単に奪い合うだけの地域間競争となってしまう。人口減少化への対処には、転入そのものの考え方を改めることと、それと絡めた出生者数の増加に取り組むことが必要である。「自然増減:出生・死亡」と「社会増減:転入・転出」は独立ではない。つまり、若い世代が転入してくれば出生数は伸びるし、反対に若い世代が転出すれば出生数は伸びない。
「定住人口」の維持が困難ななかで、観光客やビジネス客を中心とする訪問客を増やすという「交流人口」の考え方がかねてからあるが、地方創生第2期における総合戦略では、「交流人口」よりむしろ「関係人口」の獲得に重点を置いて、そこから移住定住を促進する施策が多くの自治体に見受けられる。
「関係人口」とは、他の地域に住みながら当該地域の状況や活性化に対して関心を寄せ、また関係性を有する人あるいはグループのことを指す。[関心を持つ]+[係わりをもつ]という「関心+係わり=関係」と読み解くことができる。情緒的な側面を持つ概念でもあり、いろいろと定義がなされているが数値化できるものとそうでないものがある。ふるさと納税の額(人数)、ふるさと住民票の数、お試し移住の人数、内地留学児童の数、そしてワーケーションの人数などは数値化できるが、関係の程度の差や地域への想いは数値化できない。
「関係人口」を増やしてそこから移住に持っていくという戦略の典型的なものは、ワーケーションを通じて当該地域に関心を持ってもらい、それを「関係人口」として位置づけ、さらに移住へと結びつけるというものである(注4)。
4. 関係人口と稼ぐ力
地域経済にとって経済循環は大切であるが、域外からの資金を稼ぐ力がないと衰退する。域外に依存せず域内の資源だけでやっていく経済は、たとえそれが循環型であっても、技術の進歩を考えなければ建物や設備機械など固定資本の減耗によってやがて地域経済は縮小する。地域経済を持続可能にするには、更新投資を実施し、技術進歩を可能にすることが必要条件である。そして、それには地域にとって新たな資金である域外マネーを獲得していくことが十分条件となる。
はたして「関係人口」は稼ぐ力につながるのだろうか。関係人口の増加が、単に地域の気運を盛り上げるだけでは真の地域の活性化にはつながらない。
関係人口が最終的な移住者ということになると、住宅投資、消費需要の増加による経済波及効果が考えられる。移住者には、年金生活者を除いて、通常は仕事が必要である。もっとも、どのような仕事をするかによってまちへの経済効果は異なる。地域産業に従事するか、移出産業に従事するか。前者の場合は、基本は人口規模に依存するので経済効果は小さい。後者の場合は、移住者自身が移出産業の担い手であればベストだが、そうではなくても移出産業に従事することで、域外マネーの獲得に貢献できる。
図1の①における移輸出額の増加を起点とする地域経済の成長メカニズムのフロー図からみると、移輸出額の増加による移出産業の成長が出発点である(注5)。この移出部門の生産拡大は、それに直接係わる部門の成長(②)のみならず、非移出部門である域内需要を満たす産業の成長(③)も促し、地域全体として経済が成長(④)することになる。地域生産額の拡大は、そこから派生してくる需要として、固定資本の投資(⑤)や研究開発投資(⑥)をもたらすであろう。その結果、資本労働比率の増加と技術進歩が生まれる。これによって、労働生産関数において労働生産性が高まることになる(⑦)。
他方、ローカル財の価格変化、言い換えればまちの物価上昇は、賃金上昇が労働生産性の上昇(⑧)を上回る分であると考えられる。つまり、賃金水準の上昇を上回る労働生産性の成長があれば、地域の価格競争力が高まること(⑨)を示唆している。また、賃金の上昇は域内の消費需要を高め、それが域内産業(非移出産業)の成長を促すと考えられる(⑩)。
そして当該地域の移出が増えることを説明する理由としては、他の競合地域に対する自地域の移出財価格の相対的低下、当該地域の移出財・サービスの評価や評判の高まり、さらに全国的な所得の高まりなどが考えられる。
5. 関係人口の先例
岐阜県の高山市では、高山に縁のある人や高山が好きな人との交流を広げ、さらに深めることで、高山を応援してもらいたいという思いを込めた市公認のファンクラブ飛騨高山「めでたの会」を2015年に立ち上げ、都市部での交流会、市内視察、会報誌の発行、Facebook等SNSでの情報発信を実施している。会員には、市内の支店などに赴任したことのある市外出身者等で構成される特別会員、市外在住の市出身者や高山が好きな人で構成されるサポート会員、当会Facebookを登録した一般会員があり、2020年度末で特別会員102人、サポート会員222人、一般会員37,108人となっている。高山市によると、2024年4月8日現在、特別会員・サポート会員の区分はなく353人で、Facebookフォロワーは37,424人である。
現在、ふるさと納税や飛騨高山「めでたの会」の活動などを通じて、本市との係わりを持つ人が増加傾向ではあるが、今後はまちづくりに協働して取り組むなど、新たな関係性の構築が必要であるとしている。
他方、滋賀県の草津市では、特定の地域や地域の人々と多様な形で係わりを持つ人々という「関係人口」を具体的に、
① 地域外から地域の行事(祭りやイベントを含む)に継続的に参加し運営にも携わる
② 地域の企業・NPOで働く(副業・兼業・週末のみを含む)
③ 地方の暮らしを体験する
④ 地方と都会の暮らしを使い分ける
⑤ ボランティア等で定期的に関わる
といった取組みをする人たちとして捉えている。さらに、オンライン関係人口など必ずしも現地を訪れない形や、副業・兼業、テレワーク、ワーケーション等の多様な形態も含むと再定義している。そのうえで、市の地域特性に鑑みて、人口が増加している地域における関係人口、人口が減少している地域における関係人口の観点からさまざまな検証を試みている(注6)。
6. まちづくりの視点
人口減少による持続困難性を乗り越えるための「まちづくり」として自治体は何をすべきか。経済循環の視点で“まちづくり”について論じた著書では、住環境の整備、雇用機会の創出、観光振興・交流人口の増加などを通じて「住みたいまち」、「働けるまち」、「訪れたいまち」の三要素を満たすことが重要で、これを「まちづくりの三原則」と定義している(注7)。
関係人口の獲得に向かうことは、このうち「訪れたいまち」の要件に該当する。観光で訪れる消費型に加え、スポーツ応援も含めたイベント参加型、ワーケーションのような一時就労型、まちづくりにコミットする直接関与型など係わり方の強弱はあるが、地域の存在を広く知ってもらい移住に結びつくことも考えられる。関係する側からすれば、これは個人の自己実現の場となっている。関係人口に関する地域と個人とのWin-Winの関係ともいえよう。
その本質は、そのまちならではの施策で個性を打ち出し、それを全国発信することで若い来訪者を呼び込んでいることである。関係人口の具現化によって、その人たちが必要とするサービスを地域が提供することでも新たな稼ぐ力が生まれる。外からマネーを稼ぎ、それを子育て支援に代表される住民生活の向上に投資する、まさに出生率向上と地域振興がリンクしたまちづくりとなるのである。そして、どのような関係人口が地域にとっての効果的な経済効果をもたらし、人口維持につながるのかを、作成した当該地域の産業連関表を用いて検証して欲しい。これが客観的エビデンスに基づく政策形成につながるからである。
(注1)直近では「デジタル田園都市構想」があり、かつての第三次全国総合開発計画(三全総時)の地方定住圏の背景となった田園都市構想を彷彿させる。
(注2)新型コロナウイルス感染症対応の臨時交付金(約18兆円)も含めてこれまで約40兆円の税金がつぎ込まれた。2023年度の地方創生交付金の種類として、地方創生推進交付金、地方創生拠点整備交付金、デジタル田園都市国家構想推進交付金、地方大学・地域産業創生交付金などがある。
(注3)他にも、岐阜県高山市、兵庫県豊岡市、朝来市、鹿児島県出水市、宮崎県串間市なども積極的に活用をしている。
(注4)ワーケーションの概念は、長期休暇が浸透していた欧米で先行していたが、2017年に和歌山県が自治体として初めてワーケーションに対する取組みを実施した。ワーケーションとは、work(仕事)とvacation(休暇)を組み合わせた造語であり、働き方改革の一環としての取組みの中で注目が高まった。
(注5)移輸出額が大きい産業で一般的には製造業などが該当するが、最近では情報通信技術のめざましい進展でサービス関連の業種も移出産業になり得ることから、関係人口が移出に寄与するサービス部門で増えると経済効果も期待できる。
(注6)草津未来研究所「草津市における関係人口の創出・拡大と移住促進の可能性に関する調査研究報告書」草津市、2022年3月。
(注7)中村良平「まちづくり構造改革」(日本加除出版、2014年)の5頁。