ウェルビーイングの考察(後編)~先行研究から考える今後の課題~

2024年6-7月号

永島 千恵 (ながしま ちえ)

一般財団法人日本経済研究所地域未来研究センター 主任研究員

1. はじめに

本稿は、ウェルビーイングとはそもそも評価指標やKPIなどで評価したり、目標設定したりするものなのかという疑問から出発した。前編では先行研究を参考に構成要素を分析し、ウェルビーイングとは、評価指標などの単なる情報としてではなく、それを活用して新たな意味や価値を涵養するものと捉えた。特に、図1の成長ニーズに関連する要素が重要であり、これらがそれぞれに補い合い(複眼・複層的/補完性の担保)、バランスを取りながら最適解を更新するものとした。後編では、「成長ニーズを支えるつながり」とは、具体的にどういうものなのかを先行研究や取組みなどを通して考察を深めてみたい。

2. 成長ニーズを支えるつながりとは

「成長ニーズを支えるつながり」の検討において、以下の先行研究を参考にその方向性を整理する。
広井良典氏は未来のコミュニティの課題を次のように記している(注1)。「戦後の日本社会で人々は、会社や家族という『共同体』を築き、生活の基盤としてきた。だが、そうした『関係性』のあり方を可能にした経済成長の時代が終わるとともに、個人の社会的孤立は深刻化している。『個人』がしっかりと独立しつつ、いかにして新たなコミュニティを創造するか―この問いの探求こそが、わが国の未来そして地球社会の今後を展望するうえで中心的課題となろう。」とし、「『関係性の組み替え』あるいは『独立した個人のつながり』の確立」が求められるとしている。この関係性の組み替えは、前編でも考察したとおり、広井氏がこれからの幸福やイノベーションにとって重要であると指摘する「昭和的な思考の枠組みからの解放」であり、それを通して、「個人がもっと自由度の高い形で自分の人生をデザインし、『好きなこと』を追究していく」ための「独立した個人のつながり」という「新たなコミュニティ」の構築を目指すことがこれからの課題と理解する。
船木亨氏は、「健全性(注2)」という観点から「健全な民衆における健全性は、社会全体の善を実現しようとするところにあるのではなく、自らの感性的意図を実現し、あるいはその意図が実現しやすい環境を構築することを目指してそれぞれに生きようとするところにある。」と述べている。
これらの主張は、図1に示す成長ニーズを基軸としたつながりという共通の方向性を持つといえる。本稿では、成長ニーズを支えるつながりを「関係性の組み替えによる独立した個人のつながり」と方向づけ、その内容を考察する。

3. 萌芽的な取組みとその考察

「関係性の組み替えによる独立した個人のつながり」とはどのようなものか、参考となりうる萌芽的な取組みからその特徴などを考察する。

(1)分散型自律組織(DAO)

昨今では科学技術の進歩に伴い、それを活用したコミュニティが形成されている。そのひとつが分散型自律組織(Decentralized Autonomous Organization:DAO(以下、DAO))である。従来組織とDAOとの比較を図2に示す。この中にある「組織形態:水平・分散型、開放的」について、特に注目したい。

デジタル庁はWeb3.0研究会報告書(2022年12月)の中で、イノベーションが本質的なものであればあるほど将来何が起きるか分からないといった視点も踏まえ、未来像・理想型を固定化するのではなく、一定の理念を共有しながら、多様な人材がイノベーションの主体になり、新たなものが生み出されていく動きを推進していくという発想が重要としている。この未来像・理想型を固定化しないという視点は、成長ニーズに関連する要素として先に述べた「複眼・複層的/補完性の担保」にも共通している(注3)。
国内では、表1のような地域創生など非営利目的の活動でDAOの取組みがみられる。同庁は、DAOへの具体的な期待として、地域開放により、これまで関わりのなかった多種多様な人々が、DAOを通して、地域への共感や応援をリアルな地域活動に活かし、将来的な移住・定住や多種多様な働き方・自己実現の支援につながることとしている。地域開放の具体例として、「山古志DAO」では、村の象徴である錦鯉をモチーフにした「錦鯉NFT(注4)」を発行し、購入した人をデジタル村民として認定している。購入されたNFTは1,600点で、実際の地域の人口約800人よりデジタル村民の方が多い。デジタル村民は、「錦鯉NFT」を地域住民に無償提供することを投票で決定しており、地域住民もデジタル村民になる。このように、これまでの住民、地域及び意思決定のあり方などに影響を与える「関係性の組み替え」によって、地縁や地域の共同体とは異なる「独立した個人のつながり」が模索されている。

(2)その他の取組みの考察

DAOの取組みの考察から得られた、独立した個人のつながりの重要な示唆となる、水平・分散型、開放的な関係性の構築や未来像・理想型を固定化しないことについて、DAO以外の取組みを参考に別の角度からみてみたい(表2)。

「“はんつか”パブリックハック宣言」、「みんなの図書館さんかく」や「Space-out competition」では、利用ルールの簡素化などにより一定の裁量を利用者に提供している。それにより、管理者と利用者、パブリック(公)とプライベート(私)、アーティストと観客の区別といった境界を曖昧にすることで、これまでの管理者や主催者主導の活動や場所づくりとは異なるアプローチを可能にしている。
奈良県立大学地域創造研究センターは、「撤退学研究ユニット」を立ち上げて、いま必要なのは、「持続可能性」への処方箋よりも、人々の思考を「持続」へと方向付けるメカニズムの解明を課題としている(注5)。さらに、同ユニットでは、これまでの「持続」を手放し、「撤退」という観点から、地域創生、新しい働き方やDAOをはじめとする組織論などの幅広い研究を行っている(注6)。
「監督が怒ってはいけない大会」、「Space-out competition」、「Doing Nothing Course」や「Fellowships for Doing Nothing」では、勝敗、優劣、生産性の有無など、これまでの成果や評価の概念を手放し、目標や使途などを限定せず、参加者それぞれが問題意識などを見い出す感覚や考え方を体得する機会を提供している。
表2の「DAOと類似する取組み」として整理した通り、各取組には、受動的に内面化した役割や立場などでの関係性(フラット/開放する)だけでなく、地域や施設、競技あるいはカリキュラムなどの資源そのもののあり方(リセット/手放す)への問いかけがある。この問いかけの有無が、取組みの根幹となる要素である。なぜなら、このことは、成長ニーズだけでなく、生命・尊厳など安心・安全な人が生きていくうえで必須となる欠乏ニーズにも重大な影響を与えると想定されるからである。例えば、前述の「Doing Nothing Course」を実施するセントローレンス大学のカッサー氏は、同コースにて最終試験の実施や成果物の提出を単位取得の前提としないのは、学生がプログラムにどのように参加するのか、なぜ参加するのかを敢えて考えることで、帰属意識とインクルージョン(包摂(注7))の文化を真に構築することが目標と述べている(注8)。この目標のあり方は、本稿のつながりの方向性「関係性の組み替えによる独立した個人のつながり」を体現する一例といえる。

4. 今後の課題

ウェルビーイングを支えるつながりについて、先行研究から「関係性の組み替えによる独立した個人のつながり」を検討の方向性とし、DAOをはじめとする複数の取組みを考察した。そのうえで、関係性やつながりのあり方の特徴を踏まえ、ポイント(フラット、開放する/リセット、手放す)を整理した。このポイント・特徴が、これまでの価値観、マインドや文化の変容を促す問いかけとなって各取組に反映されていた。
この問いかけは、固定化した手法、基準や評価を前提とした、非対称な関係性の中での選択や参加を必要としない仕組みを可能にしたと推察する。このような「健全性(注9)」を担保した「関係性の組み替え」の仕組みをどう構築し、「独立した個人のつながり」である集合的なつながり(図3)とはどのようなものなのかを問い続けることが、今後の課題であり、ウェルビーイングに帰結していくものと考える。

(注10)

(注1)『コミュニティを問いなおす』広井良典著 ちくま新書 2009年8月 本項の内容は本書を参考とし、表記箇所を筆者にて抜粋・引用のうえ、編集。
(注2)『いかにして個となるべきか?』船木亨著 勁草書房 2023年6月 本項の内容は本書を参考とし、表記箇所を筆者にて抜粋・引用のうえ、編集。
(注3)DAOについては、デジタル庁が「現状は理念が先行して具体的な検討を行うための実例の積み上げが追い付いていない状況にある。国際的にはDAOについて統一の理解や定義はないと解されている中、様々な目的・機能を有する組織がDAOとして運営されており、グローバルでは法規制の適用を避けながら多額の資金を集めるツールとして使われている事例も存在する。」と指摘していることにも留意が必要である。
(注4)アルゴリズムや数学的手法などから生まれる偶然性を取り入れて作られるデジタルアートで、デジタル住民票を兼ねている。
(注5)『撤退論』内田樹編 晶文社 2022年4月「撤退は知性の証である」堀田新五郎 本項の内容は本書を参考とし、表記箇所を筆者にて抜粋・引用のうえ、編集。
(注6)『地域創造学研究50』特集 撤退的知性の探究「撤退学」の確立に向けて 堀田新五郎 本項の内容は本資料を参考とし、表記箇所を筆者にて抜粋・引用のうえ、編集。https://narapu-rcrc.jp/uploads/2021/07/e3c5eba943933e85ca9b4488069c87dc.pdf
(注7)インクルージョンの解釈については、以下の資料を参考とした。NHK放送文化研究所「インクルージョンと包摂」https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20230301_3.html
(注8)Lawrence University ‘Doing Nothing’ course gives students skills to unplug
https://www.lawrence.edu/articles/doing-nothing-course-gives-students-skills-unplug
(注9)脚注2に同じ。
(注10)コレクティブ・インパクト、次の10年の課題と可能性 スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR Japan)https://ssir-j.org/a_learning_agenda_for_collective_impact/
『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう。』スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR Japan) 2021年8月
美術手帳web「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」https://bijutsutecho.com/artwiki/128

著者プロフィール

永島 千恵 (ながしま ちえ)

一般財団法人日本経済研究所地域未来研究センター 主任研究員

(一財)日本経済研究所地域未来研究センター主任研究員
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科(MBA in Social Design Studies)修了
2008年4月同財団入所、2009年4月株式会社日本経済研究所転籍後、現職。
自治体の地域振興や公共施設マネジメント関連の計画策定、公有地活用、公共施設整備事業の調査・コンサルタント業務に従事。