中国の経済情勢と習近平政権の対外長期戦略

2024年6-7月号(Web掲載のみ)

近藤 大介 (こんどう だいすけ)

株式会社講談社『現代ビジネス』編集次長、明治大学 講師

(本稿は、2024年4月17日に東京で開催された講演会(オンラインWebセミナー)の要旨を事務局にて取りまとめたものである。)
1. 中国経済
2. 中国国内政治
3. 中台関係
4. 日中関係

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私は中国を35年間ウォッチしています。本日は、中国の習近平政権の今をお話しします。

1. 中国経済

昨日(2024年4月16日)、中国の国家統計局は、2024年第一四半期のGDP成長率が予測を上回る5.3%であると発表しました。注目すべきは、発表後のハンセン指数(香港証券取引所の株価指数)の値動きで、昨日の1日で119ポイントも下がりました(始値16,367→終値16,248)。市場は中国が発表したGDPの数字をそのまま受け取っていないことがわかります。
今年3月の中国の貿易指標は、輸出は△7.5%、輸入が△1.9%と、輸出がふるわなくなっています。中国政府は、輸出で経済をV字回復しようとしているのですが、電気自動車やリチウム電池、太陽光パネル等に対するヨーロッパの反発が強くなっている影響もあり、輸出の伸びはストップしています。
上海総合指数(中国企業が上場する上海証券取引所の株価指数)は現在3,058ポイントで、基準となる3,000ポイントを少し上回って推移しています。この指数が3,000ポイントを割込むと中国経済は厳しいといわれますが、2023年10月24日に3,000を下回った後も下落を続け、2024年1、2月に政府はさまざまな政策を打って株価を上げる政策を行い、何とか3,000をキープしている状況です。
一番問題なのは、中国のGDP全体の3割を占める不動産です。2024年1~3月を前年同月比でみると、不動産開発投資は△9.5%、住宅投資は△10.5%で、手元資金は△26.0%まで下がっています。不動産開発景気指数は、2024年3月時点で92.07まで下がり、標準値である100をはるかに下回る想定外の状況です。国家統制局は毎月、70都市における前月比の不動産価格を新築、中古、平米数別に定点観測していますが、2024年3月の最新データでは、新築は、前月より上がったのが11都市で、下がったのが57都市です。中古は、上がったのが1都市で、下がったのは69都市となり、2月よりも落ち込んでいます。習近平政権の基本的な方針として、不動産セクターでは、大きな民営企業を今年から来年中に国有化する気なのかもしれません。恒大グループは日本円で約50兆円の負債を抱えており、国有企業が同社を8つに分けて吸収する予定です。また、約30兆円の負債がある碧桂園グループも国有化に向かうかもしれません。
3期目の習近平政権の方針は「国進民退」です。かつて中国は国有企業が多かったのですが、1990年代後半から不動産業界とIT産業が新しく興り、それらの産業を中心に民営企業が発展し、21世紀の中国経済を牽引しました。習近平政権には、この2つの業界の民営企業を国有化する方針が見え隠れしています。
不動産業がふるわないと消費もふるわなくなります。3年間のゼロコロナ政策の影響で、多くの国民は節約志向が強くなっています。10年ほど前に日本でよくみられた爆買いの光景は過去の話です。中国の3元(60円)ショップ(全商品均一価格の店)は店舗を拡大しています。デフレ傾向が強く、日本のバブル崩壊後のデフレスパイラルに似た面があります。
就職難も起きています。昨年7月、1,158万人が大学を卒業しましたが、就職先が少なく、学生の公務員指向が強くなっています。公務員の募集人員3万9千人に対して303万人もの応募があり、倍率が最も高い職種では3,572倍に上っています。また優秀な中国の若者は、これまで人気のあったアメリカではなく日本に留学、就職している印象があります。
2024年3月5日に全国人民代表大会が開幕しました。香港のハンセン指数がどう動くかが注目されましたが、大会開幕直後に暴落しました。2023年12月11日に開かれた中央経済工作会議の直後も下がっています。こうした傾向は続いています。
中国政府はこういった状況を何とか打破するために「中国経済光明論」を掲げ、全国人民代表大会では5人の経済担当大臣級が記者会見を開き、中国経済の好調ぶりを盛んにアピールしました。国債も1,000億元アップして3兆9,000億元発行するとの発言がありました。さらに1兆元の超長期国債を発行するとしたのですが、これでは地方への振り分け分は昨年の3.8兆元に対し今年は3.9兆元と、わずか1,000億元しかアップしていません。地方は疲弊し、地方自治体の公務員の給料さえ十分に払えないところが続出しています。
内需拡大の課題に対し、王文濤商務部長は、「以旧換新」政策、つまり古い自動車や家電製品を新しい物に取り替える政策を掲げました。個人の自由である買い替えを、国家が強制したようなものです。国民の節約志向が強まっているなかで、この政策はちぐはぐな印象を受けます。
また、潘功勝中央人民銀行行長は、預金準備率を下げるとしています。「まだ7%近くあるので、今年もまだまだ下げられる」と発言しました。また、人民元決済の比率は3割に上っていると発言していましたが、実際には、その多くが対ロシア貿易による決済です。ロシアはユーロやドルを使えなくなっているため、ロシアとの人民元決済の貿易は増えています。中ロ貿易自体も前年比26.3%増えて2,401億ドルとなりました。中露貿易額がはじめて日中貿易額を追い越す勢いです。
中国政府はここ10年ほど、会合費、出張費、公用車費の3つを節約するよう唱えており、これらが削られています。ある日本の官僚の話によると、中国政府による接待の内容も昔と比べると様変わりしたようです。
金融に関しては、中小企業を助けるため、銀行は貸出を促す政策を進めているのですが、実際には地方銀行による貸し渋りの状況が続いています。
また、中国政府は、グレーターベイエリア(粤港澳大湾区:GBA)、香港、広東省、マカオを一体化させると2018年から唱えていますが、世界の株式市場において中国と香港だけは悪く、順調に進んでいるとはいえません。株価向上策として、中国証券監督管理委員会主席を2024年2月に交代させました。着任した呉清新主席は、全国人民代表大会が終わった2024年3月15日に4つの通達を出しました。まず株価が下落している会社は退場させ、上場廃止の基準を広げ、新規の上場を厳しくしました。さらに、上場企業に監督管理委員会の監督指導を徹底させました。しかし、これらの策は短期的な株価維持策でしかないため、個人的には、民営企業の育成に力を入れたほうがV字回復に繋がるのではないかと考えます。
全国人民代表大会の後も株価は下落し、同大会後に中国政府は政策を転換しました。厳しい社会主義政策を一度横に置き、経済発展にアクセルを踏んだのです。その姿勢が如実に表われていたのが、同大会後の、習近平主席の湖南省訪問です。習近平主席は毛沢東の信奉者で、その故郷である湖南省へ行きたかったのでしょうが、その際にドイツの合弁会社なども訪問し、改革開放を進める経済発展に舵を切ることを強調しました。昨日(4月16日)まさに、ドイツのショルツ首相を招いて会談を行いました。ドイツの自動車産業の市場の3分の1は中国ですので、お互い持ちつ持たれつのなかで何とかテコ入れしようということなのでしょう。
2024年4月2日、習近平主席は米国バイデン大統領と電話会談を行いました。2人はトランプ復活阻止で一致しています。最近の中国は対米関係で、いわゆる、習近平主席の十二文字「相互尊重、和平共処、合作共赢」を呪文のように唱えています。相互に尊重し、お互い平和的に住み、協力してダブルウィンを目指すという意味合いです。従って今年、対米関係が大きく悪化することはないと思います。

2. 中国国内政治

2022年10月、習近平主席は共産党大会で5年に1度の重要なスピーチを行いました。出てきた単語は、「社会主義」が78回、「政権の安全」が44回、「新時代」が25回、「偉大な国」が22回、「強国を作る」が15回、「闘争の精神を持て」が15回で、「市場経済」は2回でした。つまり、社会主義と安全を重視していくのが3期目の方針なのです。
これらを総合すると、鄧小平よりも毛沢東を重視する、経済効率よりも権力闘争を重視する、市場経済よりも社会主義を重視する、民営企業よりも国営企業を重視(国進民退)する、国際協調よりも軍事面の強化を優先する(戦狼外交)といった点が特徴です。いずれも経済発展にはブレーキになります。
先述の全国人民代表大会は異例ずくめでした。会期は従来の9~16日間から7日間に短縮され、連日、代表(国会議員)たちが習近平主席の話を聞き、習近平主席と共に歩むことを代表一人ひとりに念押しさせる大会でした。初日の政府活動報告は50分間で終わり、いつになく短い時間でした。また、李強首相の記者会見を廃止しました。これまでは首相がメディアに対して自由に語ることが市場経済化を象徴していましたが、その廃止を宣言したのです。さらに、王毅外相の会見は日本人記者を完全に無視したものとなり、これも今までにはない光景でした。
この時期に施行された法律に、「国家秘密保護法」、「国務院組織法」という象徴的な2つの法律があります。国家機密保護法の13条7項では、国家が決めたものは全て国家秘密保護法であるとしていますので、誰でも国家秘密を盗んだことにされてしまう危険があります。日本企業が中国で合弁会社を新たに作ろうという気持ちになるでしょうか。懸念されるところです。国務院組織法も驚くべき内容です。中央官庁の国務院は21部3委1行1署ですが、それらが全て共産党の傘下に置かれました。香港では、2020年に香港国家安全維持法が施行され、さらに今年3月23日、香港国家安全条例が制定された結果、香港経済の機能は衰え、ハンセン指数は暴落していますので、今後の動向には注意が必要です。

3. 中台関係

2024年1月の台湾総統選挙で民進党の頼清徳氏が当選し、2024年5月から政権を引き継ぎます。習近平主席の外交の原点は、1996年の台湾海峡危機でした。台湾の李登輝総統(当時)が台湾で初めての民主的総統選挙を実施したことに対し、中国は、台湾は独立するのではないかと焦り威嚇をはじめました。その時、台湾の対岸の福州市で、人民解放軍を担当する共産党書記を務めていたのが習近平氏です。一方、頼清徳氏は当時内科医でした。貧しい環境で育った彼は、人助けをしたいと医者を志し、当時は台南市で内科医として働いていましたが、台湾海峡危機をきっかけに、より多くの人の命を救うのは政治家しかないという思いから、政治家になります。威嚇する側とされる側で、1996年を契機に人生観が変わった2人なのです。
また、中国のアモイの近くにあり台湾が実効支配している金門島で、2024年2月に「金門島事件」が起きました。台湾の海上保安庁にあたる海巡署が、侵入した中国の密漁船を追い、その密漁船がアモイに逃げる途中で転覆して2名が死亡した事件です。憤った中国は報復的措置として台湾の遊覧船を捕まえ、乗員23人を徹底検問しました。旧正月から一触即発の状況で、北京では対台湾工作会議が開かれました。習近平主席は台湾と軍事的に揉めたくない立場にあり、その会議には出席していません。中国国内の台湾に対する強硬派を抑えるための会議だったのでしょう。台湾の住民の意識は、台湾政治大学によるアンケート調査では、自分が中国人だと答える人は2.4%、統一したい人は1.2%で、住民の反中国の意識は非常に強くなっています。
習近平主席は台湾の馬英九元総統(元国民党主席)と4月10日に北京で会談し、改めて「1つの中国」を宣言しました。習近平主席は台湾統一を成し遂げたいのですが、台湾有事を起こさないように、強硬派の人民解放軍や台湾の民進党を牽制する目的で常に考えてこうした手を打っているのではないかと思います。
台湾側の課題は、中国の人民解放軍をどう押さえるかです。軍事力は中国と台湾が約10対1で、両者の軍事力の差はますます広がっています。台湾有事が起きれば、台湾の西側は中国に占領され、台湾は東側に拠点を移し抵抗を続けるでしょう。台湾有事は日本有事に繋がります。台湾や中国の在留邦人の退避や、台湾からのボートピープルへの対処、尖閣諸島の守り、アメリカからの出動依頼の対処、シーレーンをどう確保するか等々、台湾有事イコール日本有事なのです。

4. 日中関係

現在、日中間には4大懸念事項があります。2023年8月、東京電力福島第一原子力発電所がALPS処理水を放出したことに伴い、中国は日本産水産物の輸入を禁止しました。また2023年3月、アステラス製薬の日本人幹部を捕えてスパイ容疑をかけた事件も発生しました。2023年7月には、尖閣諸島の排他的経済水域にブイを置き、人工衛星を使って尖閣諸島周辺の軍事データを観測しています。また中国は、コロナ明けのビザなし渡航を、日本に対しては未だに再開していません。これらが4大懸念事項です。
2024年1月には日本から経済ミッションが訪中し改善を要求したのですが、ゼロ回答でした。習近平政権が言い続けている「新時代の要求にふさわしい中日関係の構築」は、日本側からすると、上から目線の要求です。
習近平外交は、戦狼外交を一旦降ろし、経済先行で西側諸国とスマイル外交を始めていますが、そのスマイルは日本にはまだ届いていません。今後はどう変っていくのか、注視しています。

〈質疑応答〉

質問A 中国最大の問題は、地方財政だと思います。地方への財源の手当てがなく、教育、医療、社会保障は全て地方政府の責任としていますが、これでは地方は回らないのではないでしょうか。
近藤 中国は31の地域があり、地方財政の3分の1から2分の1は不動産関連の収入に拠っています。土地は国家所有ですが、地方自治体が使用権を不動産業に貸し与えることで収入を得ています。しかし、不動産不況で収入が滞っているので、地方行政もおろそかになり、荒廃しています。中国政府はそうした状況を深刻に捉えていますが、地方にはまだ光明が見えていません。
質問B 不動産企業を国有化しても、民間企業が作った債務を国が肩代わりするだけで、不良資産はなくなりません。不動産問題の国有化は、財政悪化に繋がるのではないでしょうか。
近藤 不動産の問題は、短期的には解決できない泥沼状況にあります。最悪の事態は、金融機関に伝播し、地方銀行が倒れ、リーマンショックのような危機になることです。莫大な債務を負った企業を小さく分割し、個々のリスクを減らし、複数の国有企業が引き取っていくという方向のようです。
質問C 中国の人口は14億人、今は減少に転じていますが、統計外に数億人いるという説があります。逆に、人口そのものを多めに盛っているのではないかという説もありますがいかがでしょうか。
近藤 中国で無戸籍の人は5,000万人ぐらいいるとも言われます。一人っ子政策によって、生まれた子供を戸籍に入れられないということが社会問題化しました。従って、統計上の人口が全てではありません。そもそも、国が大きいので人口の正確な把握は難しく、まだ知られていない少数民族がいるかもしれないとも言われています。ただ傾向として、人口が減少し、統計人口では昨年インドに抜かれたこと、また老齢化問題が進んでいることは事実です。現在時点で65歳以上人口が2億人を超えていますが、これからさらに高齢化が進み、2049年の建国100周年には、高齢者は統計上5億人を超えます。人口構成としては、かなり足腰が弱って、少子高齢化社会を迎えるのではないでしょうか。
質問D 半導体は重要アイテムです。中国でスマホ向けの最先端の半導体が製造できていると聞きますが、歩留まりが悪いとも聞きます。習近平政権の半導体政策はいかがでしょうか。
近藤 中国の半導体を巡る状況は、2018年の米中貿易摩擦の時から悪化し、2022年10月のバイデン政権による対中半導体規制から、また加速して厳しくなっています。そのため、中国はファーウェイ等を中心に、半導体の国産化を進めています。2023年8月末、ファーウェイが新型のスマホを、米国等から中国への輸出が禁止されている14ナノメートル以下である7ナノメートルの半導体を使って発売しました。ファーウェイの半導体の調達先は自社の子会社であるハイシリコン社があり、同社を中心に開発・生産して「中長期的には大丈夫だ」と考えているようです。中国半導体産業の空気感は自国開発に変わり、米国に対抗する態度になってきています。すでに中国の公共機関では、アメリカの半導体、パソコン、スマホ使用が禁止されているようです。最終的に中国は西側諸国の技術水準に追いつくのでしょうが、それがいつになるかという勝負を、今、必死にやっていると思われます。

著者プロフィール

近藤 大介 (こんどう だいすけ)

株式会社講談社『現代ビジネス』編集次長、明治大学 講師

1965年生まれ。埼玉県出身。東京大学卒業。国際情報学修士。講談社「現代ビジネス」編集次長。東アジア問題コラムニスト。(株)講談社入社後、中国・朝鮮半島を中心とする東アジア取材をライフワークとする。2008年より明治大学国際日本学部講師(東アジア国際関係論)兼任。2009年より2012年まで講談社(北京)文化有限公司副社長。2019年「ファーウェイと米中5G戦争」(講談社+α新書)で第7回岡倉天心記念賞を受賞。「現代ビジネス」のコラム「北京のランダム・ウォーカー」は、毎週1万字の中国分析として連載700回を超え、日本で最も読まれる中国レポートとなっている。
著書 「日本人が知らない!中国・ロシアの秘めた野望」(2023年、ビジネス社)、「ふしぎな中国」(2022年、講談社現代新書)、「台湾VS中国 謀略の100年史」(2021年、ビジネス社)、「アジア燃ゆ」(2020年、MdN新書)ほか多数