「相対価格」上昇による銅の用途変遷について

2024年8-9月号

吉田 政雄 (よしだ まさお)

古河電気工業株式会社 名誉顧問

最近は銅価格の上昇によって、太陽光発電所の銅ケーブルの盗難のニュースが世間の耳目を集めている。私が約50年間勤務した古河電気工業は銅加工業を祖業として140年前に創業した。銅を語らずして事業説明が出来ない会社といえよう。そこで、この機会に銅の過去・現在・近未来を用途変遷の視点から振り返ってみることにした。
銅は人類が使用した最古の金属であり、銅器・青銅器は紀元前1万年近くから利用され始めたと推測されている。その後産業革命を経て、電気が普及するようになると、需要が爆発的に増え、1911年には世界の電気銅の生産量は100万tを超え、1966年には500万t、2023年には2,655万tへと増加した。
銅の金属素材の特性・優位性としては、①加工のし易さ、②腐食への耐久性、③多様な合金特性、④優れた熱伝導性、⑤電気抵抗の少なさ等が挙げられる。
これらの特性を活かして、古代から銅は食器などの生活用品、道具類、装飾品、武器、貨幣等として使われてきた。その後、刀剣類は強度の強い鉄器にとって代わられたが、18世紀の電気の時代になると優れた電気伝導性が着目され、産業機械の部材として銅条や銅線が使用されるようになった。19世紀には、銅を導体とした電線・ケーブルが開発され、通信向けや送配電向けへ用途が大きく拡大した。工業化社会の進展に歩調をあわせて鉄道網が整備されたが、鉄道の電化には、トロリー線・モーター巻線等の銅製品が大きく貢献している。
20世紀に入ると、自動車産業が大きく発展した。ラジエーターには多くの銅条が使われたし、内装の電気機器間の配線にはワイヤーハーネスと呼ばれる銅電線が使われてきた。また、家庭用の電化製品が目覚ましく発展し、パソコン・携帯電話が必需品となり、半導体部品、回路基板や配線に多くの銅が使われるようになっている。
次に、今後の銅の需給と用途の変化をみてみよう。S&P G1oba1のレポートによると2035年の銅の需要は着実に伸びて、5,000万t/年に近づくと予想されている。脱炭素社会に向けて電動化の流れは止まらず、更には半導体が主導する社会の構造変化が進展していくと予想されている。銅の需要を牽引する分野は、EV(電気自動車)、送配電等の電力インフラ、AI(人工知能)の普及とデータセンター投資、オートメーション(自動化)投資等である。
一方で、銅の供給力は制約要因が多い。探査能力の進歩に伴い、新規鉱山の開発は進められているが、高地・寒冷地等の採鉱条件が厳しい場所へと移り、鉱石中の銅分の低下傾向が続いている。更に僻地の鉱山開発が主体となっているため鉱石の運搬コストが嵩み、供給コストは趨勢的に上昇しつつある。脱炭素需要の増加と供給懸念を反映し、銅相場は上昇傾向が続き、今年の5月後半には国内の銅建値は175万円/tと過去最高値を更新した。
そこで最後に、銅の需給の逼迫と価格上昇が将来的にも続くと予想されるなかで、どのような対応策が起こるのか、私見を交えて推論してみたい。
供給面からの対策は、携帯電話等のエレクトロニクス製品や銅ケーブルからのスクラップとしての回収である。製品回収のしっかりした仕組みを構築できれば、「都市鉱山」は大きなリサイクル銅の供給源となる。
需要面からの対策の一つは、自動車部品やエレクトロニクス製品の軽薄短小化の促進である。これによって銅の使用原単位の圧縮が実現する。もっと根本的な動きが、素材代替による銅から他素材への切り替えであろう。例えば構造材である屋根や扉等の建材は銅から鉄やアルミへ変わってきた。機能材としての自動車のラジエーターやエアコンのフィン材も、銅からアルミへ切り替わっている。通信ケーブルも銅から光ケーブルへ、自動車のワイヤーハーネスも銅からアルミへの切り替えが進行している。このように、供給難による銅価の高騰が、資源量が豊富で相対的に安価な金属やプラスチックへの切り替えを促進している。一方で、相対的に高価な銅は、技術面から銅を必須とする半導体の回路やコネクター等の需要へ、市場原理で振り向けられていくであろう。このまま銅価の高騰が続いていくと、将来的には送配電ケーブルやモーター用巻線も、アルミ導体化が加速すると予想している。
最後になりましたが、この原稿の執筆にあたり、日本メタル経済研究所のアナリストの諏訪政市氏に多大なるアドバイスをいただいたことを感謝の念をもって付記させていただきます。

著者プロフィール

吉田 政雄 (よしだ まさお)

古河電気工業株式会社 名誉顧問

1949年生まれ、鳥取県出身。東京大学経済学部卒。古河電気工業株式会社入社。取締役経理部長、執行役員常務 経営企画室長、常務取締役 兼 執行役員常務 CFO、専務取締役 兼 執行役員専務 CMO 兼 エネルギー・産業機材カンパニー長などを歴任し、2008年6月代表取締役社長に就任。2012年4月代表取締役会長。2017年6月相談役。2022年7月より名誉顧問。