地域ブランド活用に関する調査研究

2024年8-9月号(Web掲載のみ)

姫野 裕太 (ひめの ゆうた)

日本商工会議所地域振興部 主査

根岸 亞樹 (ねぎし あき)

株式会社日本経済研究所産業戦略本部産業調査企画部 研究員

1. はじめに

これまで、国や自治体、商工会議所等は、地域の稼ぐ力を向上させる手法の一つとして、地域ブランド創出に向けた事業者支援を実施してきた。地域ブランドの確立・活用は、地域事業者の持続的な成長のみならず、関連産業の裾野拡大につながる地域への裨益が生まれる取り組みであり、ここ数年のコロナ禍の厳しい経営環境下でも、地域事業者は懸命に取り組みを継続してきた。コロナ禍が収束に向かい、インバウンドを含めた人の活発な往来が復活してきた今こそ、地域一丸となって地域ブランドを確立・活用し、域外の需要を取り込むチャンスである。
そこで、株式会社日本経済研究所は日本商工会議所と協力し、意味や用法が曖昧な場合も多かった「地域ブランド」を改めて定義するとともに、地域の資源を地域ブランドに昇華させる要素や、地域ブランドを通じて地域の稼ぐ力を向上させるための調査・研究を行った。本稿は、その一部を抜粋したものである。

2. 地域ブランドの定義

経済産業省の定義によると、「地域ブランド化」とは、(1)地域発の商品・サービスのブランド化と、(2)地域イメージのブランド化の2つを結びつけ、好循環を生み出し、地域外の資金・人材を呼び込むという持続的な地域経済の活性化を図ること、とされている。
本調査では、地域の特徴(=地域資源)を活かした商品・サービスのブランドと地域そのもののブランドの相乗効果によって、経済の好循環が創出されている状態を「地域ブランド」と定義する。
次いで、地域の特徴を地域ブランドに昇華させるために必要な要素として、①「潜在力」、②「企画力」、③「組織力」、④「販売力」の4つがあると考えた。これら4要素は、自社の経営資源を評価するVRIO分析(希少性、組織、模倣困難性、経済的価値の4つの視点から自社の競合優位性や経済資源を把握できるフレームワーク)の手法を活用して定めたもので、地域資源が地域の稼ぐ力に昇華されているかを確認するための手法として援用できる。

3. 「販売力」向上のためのポイント

前述の4要素のうち、「販売力」については、日本商工会議所が主催した「地域ブランド活用に関する調査研究事業におけるワーキンググループ」(2023年度事業)や各地商工会議所から、顧客目線を含めたマーケティングの検討が不足しているといった課題が挙げられた。
そこで、地域産品を扱い、かつマーケティングの目線も持つバイヤーの意見を踏まえて、販売力の向上を検討することは有意義であるという認識のもと、バイヤーにヒアリングを行った。
ヒアリングによると、バイヤーが選定する際に重視するのは、商品の品質や(食品であれば)おいしさ、安全性は前提となるものの、最も重視するのは、生産者の思いやこだわり、地域特性、さらに商品のストーリー性に光るものがあり、それを他者に伝えたくなるような独自性や面白さがあるかどうか、といった点であった。価格やパッケージデザイン、生産供給体制などの点は、劣後するようである。概して商品の品質を中心にPRするケースも多々あるが、そういった“モノ”としてよりも、それを生み出した背景やストーリー性、地域性といった“コト”をいかに打ち出すかがバイヤーにすり込むうえで重要となってくる。
なお、バイヤーが商品を知るきっかけは、SNSやホームページなどネットからの積極的な情報収集、自治体や商工会議所が企画する展示会・商談会、既存の取引先からの新たな商品の紹介、店頭での偶然的な発見、他社バイヤーとのつながりでの情報収集、などが挙げられた。
また、バイヤーが企画するイベント等でバイヤー自身がさまざまな商品を扱うことがある。バイヤーが年間に仕入れる新規商品は約100種類に及ぶこともあるため、シーズンごとに商品を入れ替える際、拾いきれない商品が出てきてしまう。“生産者から定期的に連絡があると、忘れることなく取引を継続しやすい”といったバイヤーのコメントもあったことから、生産者は、SNSやメールを通じて継続的且つ定期的にバイヤーへ情報発信を行い、バイヤーに“すり込み”をすることも重要である。

4. 各地における地域ブランド活用の先行事例

本調査では、全国各地の地域ブランドの取組みの中から3事例を取り上げた。具体的には、(1)愛媛県今治市の「今治タオル」、(2)岡山県岡山市の「おかやま果実」、(3)長崎県平戸市の銘菓「平戸百菓繚乱」である。事例の選定にあたっては、参考となる着目点が重複しないよう、取組状況にそれぞれの特徴と工夫がみられる3事例を抽出した。この3事例における「潜在力」、「企画力」、「組織力」、「販売力」の4要素を整理したのが図3である。

「潜在力」については、今治、岡山、平戸のいずれも地域産業の特性や地域資源(歴史文化等)を認識し活用していることは共通している。
また「企画力」についてもその経緯は異なるものの、3事例とも共通して培われている。今治は、外部環境の変化を受けてタオル産業の存続が危うくなり、地域内の危機感が醸成され、産業の立て直し施策としてブランドを企画した。一方、岡山や平戸は、既にある資源を活用し、域内の活性化を図って取り組まれた。
通常、変革に取り組むきっかけとなるのは危機意識を高めること(例えば、ジョン・P・コッターの「変革の8段階プロセス」でも提唱されている)であるとされている。今治はまさにこれに当てはまり、地域ブランドを企画するうえでの動機付けの1つとして、大いに参考になろう。さらに、企画時点で地域ブランド化による地域産業や経済への効果、目指すべき姿を明らかにしておくことも必要である。
「組織力」と「販売力」については、今治と、岡山・平戸で大きく異なっている。
今治ではブランドが立ち上がった後、プロジェクトの主導権が、企画段階まで担当していた商工会議所から今治タオル工業組合に移譲された。今治タオル工業組合は、高い基準による認定制度を設けることで品質維持管理活動も行いながら、類似品との差別化を図った。更にはロゴマーク使用料や人財育成に関わる収入基盤を構築し、組織力の確立を実現させた。そして、類似品との差別化要素をプロモーションによって直接エンドユーザーに訴求して消費者の認知・関心を高めるとともに、従前の問屋経由だけでなく、消費者が直接購入できるアンテナショップ等といった販売チャネルの拡大も行った。このように、ブランドを管理することでその商品の品質が保たれて消費者の安心感が醸成され、さらに消費者に直接訴求することで購買力が上がるといった有機的なつながりによって、販売力を向上させている。
一方、岡山も平戸も独自の工夫をしながら運営している点が特徴である。事業運営の採算を維持するためには基盤確立が課題であるが、岡山では運営主体が商工会議所で、ブランド認定基準は緩やかであるため参加者の裾野は広い。毎年の審査会に合わせて新商品を開発する事業者もあり、新製品創出のきっかけにもなっている。平戸も運営主体が商工会議所で、ブランドの基本方針や共通デザインはあるものの認定基準までは定めず、参加者の自由意思による創作としている。
岡山と平戸の今後の課題としては、販売力のさらなる強化である。そのためには、特にAIDMAモデルのAである認知度の向上がまずは重要となってくる。もちろん、SNSの活用、展示会やイベントへの積極的な出展、対象商品が一括展示できる売り場の確保、ECサイト構築などさまざまな販売促進策が検討されているが、運営資金との兼ね合いも踏まえた、より効果的な対策が期待される。

5. 地域ブランド活用のポイント

地域ブランドを活用して稼ぐ力を向上させるために、4つの提言をしたい(図5)。

(1)消費者へのわかりやすさを追求すること

消費者に地域ブランドを認知してもらい、理解・関心を持ってもらうために重要なのは、その商品のわかりやすさ、もしくは面白さである。どんなによい機能をもった商品、もしくはおいしい商品でも、消費者がその商品を使ったことのない(食べたことのない)状況の場合、その伝え方に問題があると、AIDMAモデルでのA(Attention:認知)からI(Interest:関心)には進まない。
このためには、まずはターゲットや消費者の使用シーンをイメージすることが重要である。ターゲットとして、今治タオルであればタオルの本物志向の方、おかやま果実であれば県外から来た人のお土産、あるいは県内の人が県外へ持って行く際のお土産として、平戸百菓繚乱であれば台湾を中心としたインバウンドもしくは歴史好きな方などが挙げられていた。そういったターゲット消費者等に対し、生産者としてのこだわりや地域特性、ストーリー性といった、商品の背景にある“コト”を伝えることが消費者のわかりやすさを助けることになる。
また、そもそもの地域ブランドのネーミングやブランドのロゴマークも消費者にとってのわかりやすさにつながる要素である。今回の事例でもあったように、デザイナー等専門家の支援を得ながらその制作に取り組んでいくことも必要であろう。

(2)消費者の期待を裏切らない仕組みをつくること

地域ブランドが市場に広がり、消費者の初回購買だけでなく、リピート購買につなげていくためには、消費者の期待を裏切らない仕組みをつくることが大切である。実際に使って(食べて)みて購入前の期待通りもしくは期待以上であれば、リピート購買ないしは他者へのポジティブな口コミにつながる。
今治タオルは最たる例で、品質基準の厳格化とその維持管理を行い、打ち出している品質がぶれない仕組みを構築することで、消費者の商品に対する期待感通りの満足感・安心感が得られ、ブランドの刷り込み、リピート購買もしくは他者に推薦するような口コミに成功している。
おかやま果実の場合でも、その認定基準を定めて一定の統一化を図っていることに加え、「フルーツパフェの街」として消費者を呼び込んでいることが大きい。県外消費者に県内でパフェを食べてもらうことで、お土産としてフルーツを持って帰りたいというニーズにつなげることができる。おかやま果実は、持ち運びのできる果実加工品としても位置付けられているため、このような取組みは消費者の期待を裏切らないための取組みといえる。
平戸百菓繚乱の場合でも、ブランドや品質の構成要素の大枠を決め、それを基準として、歴史や文化を織り込んだストーリー性が損なわれないよう、商品の開発に取り組んでいる。

(3)顧客・バイヤーとの接点を工夫すること

販売力を高めていくうえでは、SNS、ホームページ、マスメディア、パンフレット、展示会、口コミ、店舗など多様な顧客接点を戦略的に構築し、1つの顧客接点を通じて次の顧客接点に誘引しながら、AIDMAといった顧客の態度変容を促していくことがマーケティングとして必要であるのは既述の通りである。中でもまずは認知してもらうことが出発点であり、今治タオルでのマスメディアの活用、おかやま果実や平戸百菓繚乱での展示商談会への出展など、各事例でもその取組みがみられた。
これらを継続させることに加え、独自の地域産品の情報を常に探索しているバイヤーへの認知度向上も検討に値するであろう。バイヤーとの主な接点はSNSや展示会等が考えられる。バイヤーがそれぞれの地域ブランド商品に関心を寄せるかといった不確実性はあるが、こうした接点を利用してバイヤーに発信し続けることが重要である。

(4)継続的な事業運営のための仕組みを描くこと

地域ブランド創出に向けた取組みによって、地域の稼ぐ力は向上する。特に事業の立ち上げ時に行政の支援を活用することは、多様な関係者のベクトルが合わせやすく、また面的な広がりの実現にも有用である場合が多い。ただ、取組みを始めてから稼ぐ力の実現に至るまで長期に亘る傾向があるため、補助金に依存せずとも運営が成り立つ仕組みと、それを構築していくための事業運営計画を策定する必要がある。直ぐに活動費を全て賄うことが出来なくても、いくばくかでも収入源を確保しようとすることが重要である。
今治の事例では、ブランド立ち上げ以降に運営主体となった今治タオル工業組合が、①組合企業からのロゴ使用料、②今治タオルに関連したソムリエ資格制度ビジネス(受験料)等を収入源にして活動している。ブランド立ち上げ前の今治タオル工業組合は借金を抱え、JAPANブランド事業の費用負担が難しいほどの財政状況であったが、今治タオルのブランド化による販売力向上により、事業運営費用を賄う収益確保に成功した。こうして事業運営の継続が可能となる状況を作り出し、地域ブランドの稼ぐ力を向上させ、それが事業運営資金を生み出し続けるという、好循環につながっている。
岡山の事例でも、製品認定の申請に一事業者当たり3万円の事業参加費を徴収し、事業費の一部に充てており、平戸の事例でも、一事業者当たりの事業参加費として将来的には数%の事務手数料収入の徴収を検討している。
日本各地にある地域ブランドにおいて、そのプロジェクトを運営する事業体を継続させていくことは必要である。今治タオル工業組合のように、今治タオルのブランド化により、販売力を向上させて好循環サイクルをつくり出すことは容易ではないと思われるが、「持続性」を維持するための資金源を域内・域外から確保することは、他の地域における地域ブランドにとっても参考になり得るのではないだろうか。このことも参考に、まずは継続的な事業運営のための仕組みを描くことを提言したい。

6. 最後に

地域ブランドを創出する取組みは全国各地で行われてきているが、実際には地域資源を活かす個社の取組みに留まっている事例が多い。(既述の4要素のうちの「潜在力」と「企画力」の構築のみに留まっている。)
また、展示商談会への出展やECサイト等を活用して販路拡大を目指すことも重要となるが、経営資源の限られる中小・小規模事業者が継続的に取り組むことは難しく、単発的な取り組みで終わってしまう懸念もある。
一方で、コロナ禍が収束し、インバウンドを含めた人の活発な往来が復活するとともに、消費者のニーズはモノ消費からコト消費、トキ消費へと変容しており、地域ならではの産品やストーリーが重要視されている。
そこで、その地域ならではの産品やストーリーをいかに消費者に訴求していくかという点において、地方から大都市の展示商談会等に産品を売り込んでいくような、従来型の「中央集約型・プッシュ型」の取組みに加え、大都市圏から地域に人や投資を呼び込んでいくような「分散型・プル型」の取組みを強化し、中小・小規模事業者が持続可能な形で付加価値が向上し、ひいては所得向上を実現することがこれまで以上に重要となる。
このため、商工会議所には、地域事業者が個別に越えていくべき成長のハードルを乗り越える手助けを行うことが求められている。具体的には、地域ブランドの創出に向けて地域の持つストーリー性を消費者にわかりやすく伝え、独自のルールを設けて消費者の期待を担保し、ロゴ等のデザインやマーケティング等については専門家の支援を受けながらバイヤーや顧客との接点を工夫するといった面的な支援等である。
地方創生を実現するために、地域の「稼ぐ力」を活用して地域事業者が持続的な成長を実現するよう、商工会議所がコーディネート機能や外部人材活用支援等の役割を果たし、地域資源活用に留まらない真の「地域ブランド」を創出していくことが期待される。

(本稿は、日本商工会議所「2023年度地域力活用新事業創出支援事業 地域ブランド活用に関する調査研究事業」実施報告書『各地域における地域ブランドを活用した地域経済活性化の取り組みについて』(https://www.jcci.or.jp/news/publication/2024/0524173607.html)による。)

著者プロフィール

姫野 裕太 (ひめの ゆうた)

日本商工会議所地域振興部 主査

2014年京都大学経済学部卒業後、日本商工会議所入所。企画調査部、総務部(総務・人事担当)、産業政策第一部、産業政策第一部副主査を経て、2023年より現職。

根岸 亞樹 (ねぎし あき)

株式会社日本経済研究所産業戦略本部産業調査企画部 研究員

一橋大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社を経て、2018年に株式会社日本経済研究所に入社。以降、観光業界や航空機産業等の調査業務、企業の事業戦略策定や新規事業創出の支援サポート等に従事。