World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第45回

水と廃棄物、そしてサーキュラーエコノミー ~IFAT2024~

2024年8-9月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

今年5月にミュンヘンで開催された、世界最大級の水と廃棄物処理の国際展示会「IFAT2024」は、ドイツ環境大臣シュテフィ・レムケの基調演説で開幕した。環境大臣は登壇した15分間で、環境保護と資源保護の重要性を謳い、サーキュラーエコノミーの話題に最も時間を割いた。今回は、EUとドイツが描く将来像を見据えながら、展示会に出展した特徴的なスタートアップ企業を紹介したい。

サーキュラーエコノミーの制度設計

環境大臣が取り上げたテーマは主に5つある。1つは、EUのエコデザイン新規則について。製品の長寿命化を促し、修理が容易でリサイクルしやすい製品の製造を求め、資源の無駄遣いを抑制する内容だ。例えば、アパレル業界は売れ残った衣料品が「無意味」に廃棄される現状を変えることを迫られる。
次は産業廃棄物の分別規則厳格化。そして家電回収とリサイクルシステム改善のための法律改正。
4つ目はリンの回収と再利用に関する話題だった。リンはEUにとって戦略資源の一つであり、排水処理場の汚泥からの回収を2029年までに義務化する。将来的に域内消費量の50%を賄う計算だ。
5つ目のテーマは下水処理場の高度処理について。EUの上水は河川に大きく頼っており、下水処理の改善は、すなわち河川という水源を守ることを意味する。しかしながら、通常の処理では含まれる医薬品や化粧品を完全には除去できない。これに対処するため、高度処理を義務化する。それにかかる費用は、原因物質の製造者に80%以上の負担を求める計画だ。
演説内容はEUの政策とドイツの政策を織り交ぜたものだったが、両者は不可分で重層的な関係にある。加盟国はまずEU規則に従い、その枠組みの中で自国の法令を運用する。環境政策をけん引する立場のドイツは、EU規則を先取りした、より厳格な法令を定めることが多い。サーキュラーエコノミーは世界の潮流であり、EU規則はその道しるべになっている。

AIの活用


さて、最初に紹介するのは、Greyparrot AI社(イギリス)が提供する、AI技術を駆使したゴミ判別システムである。デモ用の小さなベルトコンベヤーの上に典型的な家庭ゴミが置かれ、AIカメラシステムがリアルタイムで判別を続けていた(写真1)。
類似するシステムとして、赤外線を使用するものもあるが、素材の種類や「食品系の包装材かどうか」の判別は困難だ。広報のジョルダーノ氏によると「食品系の包装材を同じ用途に再利用する場合、非食品系の混入は5%以下でなければならないという厳しいEU規則があります」。同社のシステムを利用すれば、分別の精度が高まり、安全基準に適合した高価値のリサイクル材を提供できる。
家庭ゴミは種類が多い。毎日のように新商品が発売され包装材も新しくなるが、AIは色・形・反射光・光沢などを自動学習し、いち早く対応できる。現在、多くの処理場では、最終的な判別を手作業に頼っているが、AIシステムは精度・作業量・スピードとも、それを凌駕する。
さらに、データ処理能力も高く、分別状況をライブで監視できるのも特徴だ。ジョルダーノ氏が、デモ用のグラフを示しながらライブデータの重要性を説明してくれた。「これは処理場におけるペットボトルの分別状況で、常時5%程度の異物が混入している様子が分かります。今は許容範囲内ですが、何らかの原因で異物が増えた場合、迅速にシステムを止めなければなりません。出荷するためのプレス工程が終わってからでは遅すぎます」。
自動学習、高速処理、ライブデータの活用など、AIの能力を存分に発揮するシステムといえ、ヨーロッパを中心にすでに40以上の施設が導入している。

プラスチックゴミをフィルターに


次に紹介するPolymerActive社(ドイツ)は、従来廃棄されているプラスチックを利用し、空気や水用のフィルター素材(写真2)を生産している。Greyparrot AI社とはまた別の角度から、プラスチックゴミへアプローチしている。
原料は、例えば使用済みの漁網やプラスチック産業で発生する廃棄物など。熱による加工はエネルギー消費が大きいため、化学処理によって粒子状のフィルター素材を製造している。
デモ用に組まれた排水処理の簡易システムを見ると、汚水を模した色付きの水が、数段のフィルターを通り、無色になる様子が分かる。フィルター素材には多様な機能を付与することが可能で、色素はもちろん、塩分、窒素分、微量な有機物、あるいは重金属を取り除く製品もある。先に触れた下水処理場の高度処理にも活用できる技術だ。
特筆すべきは循環システムの構築で、利用したフィルター素材をリサイクルし、再びフィルター素材を生産できる。世界的な問題となっている海洋プラスチックゴミの削減にも寄与できるだろう。

環境と経済

ドイツでは「環境と経済は社会の両輪」と言われる。これは単なる理念ではなく、環境政策の促進が結果として経済にメリットをもたらすという、したたかな計算でもある。
規則の厳格化は社会や産業界に一時的なコストの上昇を強いるが、それを乗り越えれば、世界的な競争力と、該当分野の主導権をつかむことができる。
環境保護が経済の糧になる。このことをいち早く認識した先見性と、実際の行動に移した実行力が環境大国たるドイツの神髄であり、他のEU諸国もそれに追随している。

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独28年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。