研究員リポート

官民連携事業におけるGXの取組推進に向けて

2024年8-9月号

高平 洋祐 (たかひら ようすけ)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部インフラ部 研究主幹

1. はじめに

我が国では、2030年度の温室効果ガス46%削減、2050年のカーボンニュートラル実現が公約されている。そして、この目標達成に向け、官民協調のグリーントランスフォーメーション(以下、GX)投資を150兆円規模で実施することが方向付けられている。
地方公共団体においては、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づいて、「地方公共団体実行計画」の策定が義務付けられており、ゼロカーボンシティ宣言(2050年CO2実質排出ゼロ)を行っている自治体も多い(2024年6月時点で、1,765自治体中1,112自治体)。
こうしたなか、官民連携事業(PPP/PFI事業)においても、GXの具体的な取組みとして、Net Zero Energy Building:ZEB(以下、ZEB)/Net Zero Energy House:ZEH(以下、ZEH)、CASBEE(建築環境総合性能評価システム)等の認定取得を条件とする事例も、散見されるところである。他方で、コストバランスの関係で、具体的な条件設定が難しい事業も多くあるものとみられる。
かかる現況を踏まえて、本調査では、官民連携事業におけるZEB化等の状況を調査し、GXの推進に向けた課題を明らかにする。そして、現状と課題を踏まえ、官民連携事業におけるGXの効果的な推進方法について考察したい。

2. 調査の前提

(1)本調査におけるGXの考え方

GXとは、温室効果ガス排出削減と経済成長・産業競争力向上の同時実現に向けて、経済社会システム全体を変革させる取組みであるが、公共施設を対象とした官民連携事業でのGXとは、概ねその施設の省エネルギー性能の向上に帰着すると考える。したがって、本調査では、公共施設の建築物としての省エネルギー性能に着目した。

(2)建築物の省エネルギー性能の評価制度

エネルギー性能に着目した制度として、建築物省エネルギー性能表示制度(以下、BELS)等が設けられている。また、快適性や健康性等も含めた総合的な評価制度として、CASBEEや米国のLEED等がある。我が国では、これらBELSやCASBEEが評価制度としてよく用いられる。
BELSは国が定める省エネ基準からどの程度エネルギー消費量を削減できているかをみるBuilding Energy Index:BEI(以下、BEI)を指標としている。ZEB/ZEHも同様にBEIを指標としており、年間での一次エネルギー消費量が正味でゼロ又は概ねゼロ、あるいは創エネでゼロ以上となる建築物と定義され、次の区分がある(図1)(注1)。

3. 調査の手法・結果

本調査では、文献調査とヒアリングによる実態調査を行った。以下に、それぞれの手法と結果を示す。

(1)文献調査

実施方針の公表日が2018~2022年度内のPFI事業を対象とすることとし、本調査では、スポーツ施設、複合公共施設、庁舎、賃貸住宅・宿舎等の事業を対象として抽出した(注2)。
次に、これらの事業について、「要求水準書」と「審査基準」を入手した。要求水準書において、環境性能に関する規定(一義的には、ZEB/ZEH又はCASBEEの認定取得)のある事業を抽出するとともに、当該事業の発注者である地方公共団体の環境関連の上位計画(ゼロカーボンシティ、CASBEE自治体、環境未来都市/環境モデル都市等)を確認した。審査基準は、環境配慮に関する審査項目とその内容、及び当該審査項目の配点と全体の得点を整理した。
実施方針の公表日が2018~2022年度内のPFI事業は、345件あった。このうち、スポーツ施設、複合公共施設、庁舎、賃貸住宅・宿舎等を対象とする事業は137件が確認された。さらにこのうち、環境性能に関する規定がある事業は、55件が確認された。審査基準に環境配慮に関する審査項目がある事業は、123件が確認された。
要求水準書において、ZEB/ZEH、CASBEEの認定取得を規定している事業は、ZEB:11件、ZEH:12件、CASBEE:42件となった。また、ZEBのうち6件、ZEHのうち4件は、CASBEE取得も規定している。結果として、ZEBやZEHの規定がある事業は、まだ全体の20%程度といえる(表1)。

これら事業のうち、当該地方公共団体の環境関連の上位計画等を確認したところ、CASBEE自治体が最も多く、それを規定する事業の多くは住宅分野であった。また、ZEB取得を規定する10事業のうち9事業で、ZEH取得を規定する12事業のうち11事業で、これら事業を発注する地方公共団体は、ゼロカーボンシティであった。
審査基準において、環境に関する項目の配点割合は、概ね20%以内であり、5~15%以内としている場合が多いことが分かった。また、対象事業123件のうち、約60%にあたる74件が、賃貸住宅・宿舎等であった(表2)。

ZEBやZEHの取得を要件とする事業は、まだ一定数に留まっている。現状では、CASBEE自治体が住宅において、その取り組みを進めていることが、実情とみられる。本調査では、GXとしてのカーボンニュートラルに直結するZEB/ZEHに、より焦点を当てることとした。

(2)ヒアリング調査

ヒアリング調査では、ZEB等の取組実績のある地方公共団体2者と民間企業4社に対し、主としてZEB導入の課題とその改善策について聞いた(表3)。

まず、地方公共団体の意見として、ZEB推進には整備費のコスト高を課題と捉えている。同時に、ZEB導入の場合の整備コストの試算が困難であることや、光熱費の低減効果の把握が難しいことも課題に挙げている。こうした課題に対して、補助金の重要性を挙げつつも、ZEB化の事例の収集と共有や、担当者間の情報共有による意識の醸成が有用であるとしている。また、環境配慮をまちづくりと一体として進めるにあたり、環境配慮が住民のインセンティブとなることが重要である、といった意見もあった(表4)。

次に民間企業の意見として、地方公共団体と同様に、整備費のコスト高、及び光熱費の低減効果の把握が難しいことが、課題として挙がった。
整備費については、Nealy ZEB以上で創エネが必要となることから、そこをコスト増の分岐点と考えている(相対的にZEB Ready/Orientedのコスト上昇は少ないと考えられている)。
こうした課題を踏まえ、ZEBの進展については、コスト削減だけをターゲットにするのではなく、CO2の削減、環境性能の向上といった側面を評価することが必要との意見が聞かれた。また、補助金は制度変更もあり得るため、公募時点で見通しが立てづらく、事業工程に影響を与える場合もあるとしている。このため、減税や容積率の緩和といった規制緩和策の方に持続性があるのではないか、との見解もみられた(表5)。

(3)課題の整理

最たる課題はコスト増にあるといえるが、さらにこれを取り巻く課題として、ランニングコストも含めたコストバランスを検証するためのデータやノウハウが不足していることや、財源・インセンティブの必要性、未評価技術の存在、関係者等との理解醸成等があることが整理できる。
次節では、これらの課題を踏まえて、GXの推進方策を検討したい(表6)。

4. GXの推進方法の検討

前節で整理した課題を踏まえて、GXの推進方法は、以下の通りである。

① 運営段階での適切なモニタリングによるデータの蓄積と共有

現状は、運営段階での効果検証(モニタリングやデータの収集)が、十分に行われておらず、事業化検討時の参考事例が乏しく、コスト試算が難しいといった声が多く聞かれた。モニタリングが要件化された官民連携事業において、ZEB化した事業については、エネルギー消費やエネルギーコストの実績データの整理・提供を地方公共団体等に求め、国はそれらのデータを収集・分析して公表することが有用と考えられる。
ZEBの検討資料としては、国土交通省による「公共建築物におけるZEB事例研究」や、環境共創イニシアチブによる「ZEB設計ガイドライン」などが公表されており、今後もこうした資料が充実していくことが望まれるが、さらに言えば、一定の条件下での汎用的な数値をガイドライン等で示すことの必要性もあると考えられる。

② 官民連携事業におけるZEB化等の導入検討の義務化や方針の策定

今後の官民連携事業において、基本計画や基本構想段階で、ZEB化等の環境性能向上の検討を義務化することも考えられる。このためには、導入検討ツールの充実により、一定条件下での試算を容易にすることで、基本計画や基本構想段階等の早期段階での費用感を含めた議会説明を行うことを可能にし、予算化に向けたステップを確実に踏めるようにすることが必要である。
例えば、スコットランド政府は2021年に「The Net Zero Public Sector Buildings Standard」を公表したうえで、多様な分野でのネットゼロの移行方法に関するPPP契約のガイダンスを目的とした文書(注3)を公表している。この中で、ケーススタディ別で技術指標ごとのエネルギー削減量や年間削減コスト一覧、ライフサイクルコスト等が計算可能な「Energy Conservation Measures(ECM)Whole Life Cost Tool」を公開している。

③ ZEB取組み時の事業期間の柔軟な見直し条項の設定

ZEBは、投資回収期間が長期になることが多数指摘された。一方、官民連携事業、特にコンセッション事業等では、不可抗力等発生時の投資回収や増加したコスト回収のために、事業期間の延長を可能としていることが多い。ZEB化に取り組んだ場合の事業期間を長期に設定したり、柔軟に変更できる仕組みとすることで、投資回収をしやすくすることが考えられる。

④ 光熱費のリスク分担の検討

光熱費に関する官民のリスク分担には検討の余地があると考えられる。例えば、事業開始当初の数年間は公共が負担し、その実績を踏まえ、事業期間満了までは、民間が負担するといった方法もある。その際は、エネルギーマネジメントを民間の業務範囲とし、そのための投資として民間が行い得る事業費を設定することが必要である。あるいは、PFSのように、民間の努力を促し、その成果を官民でシェアするような仕組みも親和性が高い。このような、光熱費に関するインセンティブ/ペナルティの設計を工夫することが、官民連携事業において、重要と考えられる。

⑤ ZEB化等の環境性能向上の必要性に関する啓発

地方創生SDGs官民連携プラットフォームが創設される等、脱炭素事業に関する広範なステークホルダーとのパートナーシップを深める官民連携の場・情報の提供が企図されている。このようなGXの取組みのための官民連携の場は複数の省庁で立ち上げられているが、それらを包含する統一的な情報共有や提供を行うことも考えられる。
類似するプラットフォームとして、脱炭素経営の総合情報プラットフォーム「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」等もあり、例えば企業の取組事例だけでなく、自治体の検討事例等の情報を充実させていくことも一案である。

5. 総 括

ヒアリングに協力いただいた地方公共団体、民間企業ともに、双方が知恵を出し合い、現実的なコスト意識を持ちつつ、環境配慮だけでなく、より快適で創造的な空間となるよう工夫を凝らしていた。こうした官民の努力が広がることにより、我が国のZEB化、GXは飛躍的に高まることだろう。こうした意欲的な取組みを推し進めるため、以下、本調査を総括し、考察したい。

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~国民全体で、市民・地方公共団体・民間事業者が三位一体となって環境意識を高めることが重要。上位計画は、その礎となる。~
地方公共団体の本気度が高まらなければ、官民連携事業でのZEB化は進まない。例えばゼロカーボンシティ宣言をしている地方公共団体であれば、全公共施設へのZEB導入等を図ることが望まれる(注4)。
ヒアリングでは、創エネの無いZEB Readyまでであれば、コストアップは設備で3~4割、建物で1割程度との意見もあり、光熱水費の削減で一定程度カバーできる範囲と思われる。こうしたことから、官民連携事業においてはすべからく、ZEB Ready以上の実現を義務付けることが考えられる。

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~ZEB化を目指すには、積極的な新技術の検証が必要。~
創エネは、整備コストが高いが、ペロブスカイト太陽電池の実装や、蓄電池の進化等、創エネに関する技術革新は進んでいる。これら新技術の導入により、Nearly ZEB以上のプロジェクトでも、ランニングコストを含めた総コストが下がる可能性があるため、未評価技術の積極的な情報収集と導入検討がなされるべきである。

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~ZEB推進の後押しのためには、国・地方公共団体における補助金等、推進のエンジンの維持向上が必要。自治体独自の取り組みでも、できることは様々あり。~
地方部のみならず、CO2排出量の大きな都市部も含めた、補助金政策の維持・拡充が必要である。さらに、容積割り増しや減税が効果的な場合は、そうした措置も望まれる。
また、ZEBの導入により、快適性が損なわれないための工夫も必要である。例えば、葛飾区では、正面から環境、ゼロカーボンを押し出すのではなく、区民の関心度合に合わせて、「健康」「安全」等に訴求してZEB化を推進している。
この他、地方公共団体の積極発注による地域企業の技術力向上、中小企業への発信力・影響力が大きい地域金融機関の巻き込み、住民の環境意識改革に向けた町会レベルでの住民の巻き込み、といった地域が取り組んでいく事柄も多く、ZEB化推進の後押しとして効果的であるといえよう。

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謝辞:ヒアリング調査に協力いただき多くの示唆をいただいた、葛飾区、八王子市、西松建設株式会社、戸田建設株式会社、清水建設株式会社(以上、順不同)、またこの他、種々ご助言をいただいた企業の方々に、心よりお礼申し上げます。

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(本研究は、一般財団法人日本経済研究所自主調査(公益目的支出事業)として実施したものである。)

(注1)ZEHにも同種の区分(ZEH、ZEH+、Nealy ZEH、Nealy ZEH+、ZEH Oriented)があり、断熱や省エネ、創エネの削減効果により、ランク付けされている。
(注2)PFI事業の整理にあたっては、特定非営利活動法人日本PFI・PPP協会が提供する「PFI事業一覧」を参照した。
(注3)「Guidance on pathways to net zero for assets delivered under PPP contracts」(2022年6月)
(注4)例えば東京都港区や神奈川県町田市で、こうした取組みが図られている。

著者プロフィール

高平 洋祐 (たかひら ようすけ)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部インフラ部 研究主幹

名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻修了(工学修士)。
2010年株式会社日本経済研究所入社。