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SDGsと経済成長
2024年10-11月号
近年、持続可能性という言葉を聞く機会が増えている。これは国連の「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」、いわゆるSDGsの影響であることは疑うまでもない。SDGsとは、持続可能でよりよい世界を目指すため2030年までに達成すべき目標をまとめたもので、17のゴール・169のターゲットから構成される。
このSDGsの第1のゴール、すなわち最重要課題とされるのは「貧困をなくそう」である。SDGsは「ミレニアム開発目標(MDGs)」を引き継いだものであり、そのMDGsの最大の成果とされるのが、飢餓に苦しむレベルの「極度の貧困状態」にある人口を大幅に削減できたことである。その成果を深化させるのがSDGsであり、貧困を引き続き最重要課題とするのは自然である。
それにもかかわらず、日本では、この「貧困をなくそう」のゴールに対する注目度は高くない。むしろ、13番目の「気候変動に具体的な対策を」や14番目の「海の豊かさを守ろう」などのゴールに注目が集まり、SDGsとは環境問題の取組みだと認識されることも多い。
日本では、生命の維持が難しいような「極度の貧困」状態にある人はほとんど観察されないことを考えれば、関心が高まらないのも仕方のないことのように思われる。しかし、このSDGsの最重要課題は日本にとっても無関係ではない。SDGsの「ターゲット」によれば、対応すべきは必ずしも極度の貧困に限られず「各国定義によるあらゆる次元」の貧困状態の削減を目指すべきとされている。実際、日本でのSDGsの達成に向けた指揮を執る「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」が定める重点課題として「こどもの貧困対策の推進」が掲げられている。
子供が貧困であるとは、子供のいる世帯の所得が(世帯人員数を調整した上で)低いことを意味する。貧困世帯にいれば、教育も十分に提供されない可能性が高く、子供自身にとってだけでなく社会的にも大きな損失となる。世代を超えて貧困が連鎖する可能性もあり、まさに「持続的な開発」を困難にする大きな問題である。
一般に、どれだけの子供が貧困状態にあるかは、子供のうち相対的貧困世帯にいる者の割合として計測される。相対的貧困とは、等価可処分所得が中位値の半分に満たない者と定義され、その社会における標準的な生活ができない状態と解釈される。具体的な水準で言えば、子供のいる世帯で、手取りの年収が一人暮らしで130万円、4人家族では260万円に満たないような場合に貧困とみなされる。
幸いなことに、この子供の貧困率は近年急速に低下している。日本においては子供の貧困率は1980年代から上昇傾向にあり、2012年には16.3%に達していた。そこから最新のデータである2021年には11.5%まで低下した。計算に用いる統計によって水準は異なり、国際基準の変更もあったため、注意すべき点はあるが低下傾向にあるのは間違いない。
その低下の要因として指摘されるのが、母親の就業率の上昇である。これは貧困世帯に限らず、女性の社会進出というより大きな潮流の結果である。保育所の整備に加え、アベノミクスにより雇用環境・就業条件が改善したことで、子供を持つ女性の就業を促進し、結果として子供の貧困を大きく削減できたのである。一方で、さまざまな給付金等の政府の取組みはそれほど大きな効果を持たなかったとされる。つまり、貧困の削減には、雇用の改善や労働環境の改善が必要で、その実現には経済全体の成長が最も有効だったのである。
この事実は、子供の貧困解消の糸口が見つかったという点では良いニュースであるが、一方でSDGsを全体として達成することの難しさも示唆する。気候変動の抑制(のためのCO2の削減)、生物多様性の維持(のための開発抑制)などは、基本的には経済成長とはトレードオフである。しかし、経済成長の達成はそれ自身がSDGsの達成のために必須の条件だとしたら、成長か環境かの二者択一はできない。その意味では、成長も環境もという難しい解決策を探ることが不可欠なのである。