World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第46回

ワイン・ツーリズム~歴史と文化の継承~

2024年10-11月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

ドイツ南西部は、国内有数のブドウとワインの産地として知られる。地域にとってワインの持つ意味は大きく、秋の収穫期を迎えるとワイン祭りをはじめとする催しが目白押しだ。今回筆者は、ハイルブロンのマーケティング事務所(市観光課)が主催するワイン・ハイキングに参加した。広大なワイン畑を歩き、試飲を楽しみながらツーリズムの視点でドイツワインを取り巻く状況について考えてみたい。

体験学習ツアー

9月に入ったというのに、ドイツ南部は連日30℃を超す異例の猛暑が続いた。一般に収穫期の好天はブドウの成熟に良いとされるから、2024年はワインの当たり年になるかもしれない。ちなみに、ドイツ語のワイン(Wein:ヴァイン)はブドウを意味する言葉でもある。つまり一面に広がるのはワイン畑であり「ブドウはまずワインの原料」という認識だ。
ハイキングは所要3時間で、途中、4回のワイン試飲が組まれている。炎天下を歩きながらの飲酒なので、健康を考えると酒の弱い向きにはお勧めしないが、もちろんそんなことを気にする参加者はいない。参加20名あまりのほとんどが20~30代。夏の休暇でこの地に滞在中というドイツ人が多かった。
ガイドはワイン・ツアーを専門とするシェファーさん(写真1)。品種や育成方法にはじまり、収穫、醸造、さらには気候変動の影響に至るまで、話は多岐に渡った。このツアーには学びの要素がふんだんに盛り込まれ、少々堅苦しく書けば「ワイン体験学習ツアー」ともいえそうだ。

リスクの高まり

途中、道端に置かれたクーラーボックスの蓋を開けると、中にはジャーマン・リースリングのボトルが数本。それを飲みながら果汁に関するレクチャーが始まった。シェファーさんは、カバンから屈折糖度計を取り出して果汁を絞り、レンズをのぞき込む。Brix糖度は約20で収穫は間近だ。
素人感覚では、糖度が高いに越したことはないように思う。そうであるなら、気候変動による温暖化はプラスに働くのだろうか?
シェファーさん「糖度が高いと、確かにアルコール度数の高いワインが出来ます。ただ最近は度数の低い『軽いワイン』が好まれ、そこにマッチしません。今年は例年に比べ、収穫時期が2週間早まりました。さらに温暖化が進むと栽培種の変更を迫られます。また、害虫の種類や被害も増えるはずです」。
シェファーさんの両親は小規模ながらブドウ栽培を続けている。祖父母が現役だった1970~80年代には「(気候が暖かくなり)やっと、リースリングを育てられるようになった!」と喜んだのだという。半世紀を経て、気候変動はさらに加速している。
ブドウの木は5~7年ほどで果実を収穫できるようになり、果樹としての寿命は30~40年間に及ぶ。栽培種の選択に長期の見通しは欠かせないが、気候変動という不確定要素により、生産者のリスクは高まっている。

ワイン産業の周縁

大規模なブドウ畑を所有し醸造設備を持つワイナリーは自前でワインを生産するが、小規模な農家は地元のワイン組合に醸造を委託する。
収穫方法には、大きく分けて高級ワイン向けの手摘みと、リーズナブルなワイン向けの機械摘みがある。最近は熟練労働者を確保するのが難しくなっており、機械摘みの需要が高まっているようだ。
ワイン産業を左右する要因には、気候変動、消費傾向、労働力の他、世界的な過剰生産と価格の下落、コスト上昇、輸入ワインとの競争(自国産の割合はおよそ50%)など挙げられるが、どうもプラス要素は少ない。ワイン生産者は、これらの要因を考慮しながら経営戦略と短期・長期の生産計画を立てることになる。

若者に焦点

ここ数年、ドイツワインは高価格帯を中心に国際評価が高まっている。それを受け輸出額は伸びているが、輸出量はこの10年でおよそ10%減少している。
国内消費量は10年でマイナス6%と、緩やかではあるが減少傾向だ(ドイツ統計局)。特に若い世代ほど軽いワインを好む傾向が強い。そういえば今回の参加は若者が目立ったが、これは偶然だろうか。
マーケティング事務所長ショッホ氏「近年、ワインの話題に対する若者の関心が高まっていると感じます。ブドウ栽培、その歴史、景観、品種の多様性についてもっと知りたいという要望に応えています。」
知的好奇心を掻き立てながら、ワイン試飲の機会を設け、それを販売拡大につなげる。ワイン・ハイキングは未来のワイン愛好者に、ワインの奥深さを紹介する機会になっているようだ。当地のワイン関連観光客は年間50万人にのぼる。

歴史、文化、景観

ショッホ氏が、長い歴史を持つ地元ワイナリー経営者のコメントを紹介してくれた。「ワイン生産者は、祖先から受け継いだブドウ畑に責任を持ち、最良の選択を探りながら、次の世代へ受け継ぐ義務があります。今日、ブドウ栽培の収益性は低く、最低賃金を払うことさえ困難になっていますが、嘆かわしい限りです。千年以上続く歴史・文化・景観を守りたいのなら、現状を変えなければなりません。」
ブドウとワインの生産は地元の歴史と密接なつながりを持っている。ワインを守ることは歴史と文化を守ること。ただし、昔のやり方をかたくなに踏襲するのではなく、本質を保ちながらも時代の流れに即した柔軟性が求められるということだろう。

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取材協力:Heilbronn Marketing GmbH
Annke Schäffer

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独28年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。