PPP/PFIにおけるEBPM第3回~ケーススタディに向けて~
2024年10-11月号
1. 第2回レポートの要旨及び本稿の位置づけ
これまで筆者らは、PPP/PFIについて、どのようにEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案(以下、EBPM))を実践できるか検討してきた。
第2回のレポート(注1)では、まず、いわゆる「PFIの効果」には、PFIという手法を選択することにより生じる「PFI手法の効果」と、「公共事業自体の効果」及び「PFI手法の効果」の両方を含む「PFI事業の効果」の2種類があることを論じた。そして、ある公共事業にPFI手法を導入した場合に期待される多様な効果を、①財政面に関わる「公的財政負担の縮減」、②公共施設で提供される「公共サービス水準の向上」、③公共サービスにとどまらず地域経済に貢献する「経済的価値の向上」、④公共サービスや地域経済に含まれない「社会的価値の向上」に分類したうえで(注2)、具体的な事業にPFI手法を導入した場合に、どのようなロジックあるいはプロセスをたどってこれらの大きな4種類の効果が発現されるかの論証を行った。
しかし、これらの論証は、個別の事業ではなくPFI手法を採用する事業すべてに共通しうる「論理」にとどまり、必ずしも、ある具体的な事業が生み出したと考えられる効果がPFI手法によるものであることを説明する「根拠」になるわけではない。「論理」の丁寧な検証がEBPMにおける重要な要素であることは言うまでもないが、さらにPPP/PFIの効果を多角的に検証するため、筆者らは、因果推論の方法を用いてPFI手法を導入したことの効果を検証する案を提示してきた。
本稿は、PPP/PFI手法を導入した海外の事業の効果を差の差分析法(Difference-in-Differences:DiD)や合成コントロール法(SCM)で検証した先行研究の調査結果を報告し、我が国のPPP/PFI事業への適用という実践に向けた道筋を明らかにするものである。
2. 先行研究の紹介
(1)先行研究の概要
筆者らは、PPP/PFI事業の効果を因果推論の方法により検証した先行研究を調査した。国内の事業を対象とした先行研究を見つけることはできなかったものの、調査した論文の中でも今後の研究の参考になると考えられる論文を紹介する。これらは、海外の空港及び高速道路にコンセッション手法を導入したことの効果を、差の差分析又は合成コントロール法により検証したものである(注3)。
(2)コンセッション手法導入の効果を検証した論文
①ペルーにおける空港コンセッションの効果
Aguirreら(2019(注4))は、ペルーにおける空港コンセッション事業を対象に、空港の所有権及び管理権を民間が所有することが、旅客数や航空機の発着回数、地域の雇用にどのような影響を及ぼすかを、計量経済学的手法を用いて分析している。
具体的には、差の差分析法を使用し、コンセッションが実施された地域(処置群)と実施されなかった地域(対照群)の間で、コンセッション導入前後の空港活動及び雇用の変化を比較している。本論文では、2001年から2016年までのペルーの20地域にわたるパネルデータを使用し、地域ごとの社会経済的特性の違い等を考慮して分析を行っており、被説明変数として、旅客数、航空機発着回数、地域の雇用に関連する総雇用数、製造業雇用数、サービス業雇用数、ホテル・レストラン業の雇用数が用いられている。一方、説明変数としては、GDP成長率、政府から民間への支出額、人口密度、貧困率の変化、教育水準(大卒の割合)、15歳未満及び65歳以上の人口割合、観光関連のインフラ(ホテル数)、道路網の長さ、ホルヘ・チャベス国際空港からの距離など、地域・社会のマクロ経済的な要因となりうる変数を用いている。
分析の結果、空港コンセッションが実施された地域では、旅客数及び航空機の発着回数が有意に増加していることが示されている。具体的には、コンセッション空港の旅客数は1.35%、航空機の発着回数は0.84%増加し、空港の運営効率の向上が空港活動の活発化をもたらしたことが示唆されている。また、コンセッション空港のある地域では、製造業、サービス業、ホテル・レストラン業における雇用がそれぞれ0.28%、0.22%、0.25%増加したことを明らかにしており、空港の効率的な運営が地域経済に対して正の外部性を持ち、地域の産業活動を促進させる可能性が示されている。特に、観光関連インフラの発展は、観光客の増加とそれに伴う経済活動の活性化に寄与していると考えられる結果となっている。
一方、本論文ではいくつかの限界についても述べられている。例えば、各空港に対する具体的な投資額が明らかにされていないため、コンセッションの効果を正確に金額で評価することは困難であること、また、航空会社間の競争や市場要因などの外部要因が空港活動及び雇用に与える影響についても十分に考慮されていないことが挙げられている。
②ブラジルにおける高速道路コンセッションの効果(注5)
Alvesら(2021)は、ブラジルにおける高速道路コンセッション事業を対象に、コンセッションの導入が交通事故の死者数、負傷者数及び事故車両台数に与える影響を分析している。
具体的には、差の差分析法を使用し、安全性に関する経済的インセンティブが付与されたコンセッションが導入される前と導入された後で道路の安全性がどのように変化したかということ、及び、導入から一定期間経過後に安全性がどのように変化したかということを分析している。本論文では、コンセッションが導入された道路を処置群、導入されていない道路を対照群とし、2007年から2017年までの交通事故データを用いて、道路の安全性の変化が比較されている。被説明変数として、1㎞当たり事故数、事故1件当たり死者数、及び、事故1件当たり負傷者数等が用いられている。また、説明変数として、高速道路が存在する自治体の社会経済に関する指標(一人当たりGDP、正規雇用者数、人口規模、農作物収穫量が最も多いために大型車の交通量が多くなる月であることを示すダミー変数)、自治体の天候に関する指標(平均降水量、平均気温)及び地理的条件に関する指標(道路区間から最も近い大都市までの距離)が用いられている。
分析の結果、コンセッションが導入された高速道路における2007年から2017年までの平均的な効果として、1㎞当たり事故数が減少したとは言えないものの、事故1件当たり死者数が1.6%減少し、事故の重大性を軽減するという結果となった。また、事故数や死者数の指標は、コンセッションの導入後5年から8年が経過して初めて統計的に有意に減少し、事業年数が経過するほど効果が増大することが明らかになった。その結果、コンセッション導入の10年後には、事故1件当たりの死者数は2.6%、1㎞当たり事故数は40.9%それぞれ減少したという結果になった。この結果から、コンセッションの導入により高速道路の安全性が向上し、またその効果は徐々に表れるという示唆が得られた。
一方、本論文の限界として、十分なデータを得られない2000年より前及び2019年より後に実施されたコンセッションを考慮できていないこと、交通量に関するヒストリカルデータがないためこれに関連する別の指標でコントロールせざるを得なかったこと、コンセッションの仕組みは国により異なるため他の国のコンセッションにただちに一般化できるものではないことが挙げられている。
③ブラジルにおける空港民営化の効果(注6)
Resendeら(2020)は、ブラジルにおいて空港の民営化が空港の商業収入に与える影響を分析している。本論文では、インフラエロ(ブラジル空港公社)により運営されていた25の空港のうち、2013年及び2015年にそれぞれ3件ずつ民営化された6件の空港を処置群、民営化されていない公社運営の19空港を対照群としている。手法は合成コントロール法が用いられる。対照群については、民営化した空港が民営化される前の年まで計上していた商業収益と同じ額の商業収益を計上してきた仮想の空港を想定できるよう、重みづけを行う。被説明変数は商業収益、説明変数は国内旅客、国際旅客、貨物である。
分析の結果、分析した5つ(注7)の空港すべてにおいて、空港の民営化はその導入直後から商業収益の増加に寄与することが明らかになった。ヴィラコッポス国際空港では、民営化していなかったならば商業収益は26%の増加にとどまっていたと考えられるところ、民営化の前年と比較して商業収益が66%増加した。空港の民営化が商業収益の業績に良い影響を及ぼすことが示唆される。
④ギリシャにおける空港コンセッションの効果(注8)
Danchevら(2021)は、ギリシャにおける14の地方空港へのコンセッションの導入が旅客数に与える影響を分析している。本論文では、差の差分析法により、2017年にコンセッションが導入された14の地方空港を処置群とし、国が管理を続けた24の地方空港を対照群として、コンセッションの実施前後での旅客数の変化を検証している。なお、説明変数には、コンセッション開始の有無、民営化空港であること、14地方空港がコンセッション開始後であることを採用し、被説明変数には旅客数(到着者数)を採用している。
この分析の結果、コンセッションの導入が旅客数の増加に寄与していることが示されており、コンセッションが導入された空港では、国が管理を続けた場合に比べて旅客数が約30%増加したことが確認された。特に、長期にわたる深刻な経済危機に直面している国において、公共インフラの開発と運営に民間セクターの関与を強化することが、経済的にプラスの影響をもたらす可能性があることが示唆されている。
(3)まとめ
これらの論文では、因果推論の方法を用いて、空港又は高速道路にコンセッションを導入することにより、空港については旅客数・航空機発着数・地域の雇用・商業収益を増加させること、また、高速道路については安全性を向上に繋がることが明らかにされた。コンセッションの内容や使用可能なデータは国や事業によって異なるため、日本のコンセッション事業においても同様の分析結果が出るとは限らないが、日本のコンセッション事業について、同様の手法により効果の検証を行う意義はあると考えられる。
3. 日本のコンセッション事業の効果検証
先行研究から日本におけるコンセッション手法導入の効果検証手法として、差の差分析法と合成コントロール法の適用が考えられる。以下では、それぞれの適用可能性について検討する(注9)。
(1)差の差分析法
差の差分析法では、日本の空港コンセッション事業を例にとれば、コンセッションを導入した空港を処置群とし、導入していない空港を対照群としたうえで、アウトカムを導入前後で比較し、その差を分析する手法である。ペルーやブラジルにおける先行研究では、コンセッション導入により旅客数が増加し、地域の雇用や経済活動に対してもプラスの影響があることが示された。日本でも、仙台空港や関西国際空港等を処置群として、コンセッション導入前後での旅客数の増減や、周辺地域の経済指標(雇用率や企業収入など)を比較することで、導入効果を評価することができると考えられる。
一方で、同手法はサンプル数が十分に確保されている必要がある。そのため、コンセッションを導入した空港と導入していない空港のデータを可能な限り多く収集するとともに、データの取得期間も十分に長くすることにより、導入前後の変化を捉えられるようにする必要があると考えられる。
また、コンセッション導入以外の要因が空港のアウトカムに影響を与える可能性があるため、これらを適切に説明変数として設定することが必要である。例えば、労働者数、人口密度、GDP成長率、コロナ禍の影響などである。特に、コロナ感染症の拡大が空港利用に大きな影響を与えたと考えられることから、その影響を説明変数に加えるなどの対応が必要であると考えられる。
(2)合成コントロール法
合成コントロール法は、例えば、処置群となるコンセッションを導入した空港に対して、コンセッションを導入しなかった場合の仮想的な同空港のアウトプットを作成して比較する手法であり、処置群の数が少なくても効果を分析できる点で有用な手法である。先行研究では、ギリシャにおける地方空港のコンセッション導入効果をこの手法で評価し、旅客数が約30%増加したことが明らかになっている。
日本でも、同様の手法を適用することで、コンセッションを導入した空港と、導入していない空港を他の未導入空港のデータを用いて合成することで仮想的に比較し、当該空港に対してコンセッション手法を導入した効果を検証することが可能となると考えられる。
ただし、同手法では、処置群の数が少なくても効果を分析できる利点がある一方、学識者からは、設定する変数や手法の調整により結果が変動しやすい傾向がみられるとの意見もある。
4. 今後の研究方針
このような検討を踏まえ、筆者らは、日本におけるPPP/PFIの効果を検証するための第一歩として、空港コンセッション事業に対する差の差分析法を用いた検証を試みることを検討している。
具体的には、空港運営にコンセッション手法を導入することによる「利便性向上」や「航空ネットワークの強化」といった直接的な影響、さらに地域経済や雇用に与える間接的な影響について、差の差分析法を用いてその因果関係を定量的に明らかにすることを目指している。
(本研究は、一般財団法人日本経済研究所自主調査(公益目的支出事業)として実施したものである。)
(注1)鳥生真紗子・藤井隆行「PPP/PFIにおけるEBPM第2回~PFIの効果~」『日経研月報』第538号(2023年6-7月号、2023年) https://www.jeri.or.jp/survey/ppp-pfi%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8bebpm%e7%ac%ac2%e5%9b%9e%ef%bd%9epfi%e3%81%ae%e5%8a%b9%e6%9e%9c%ef%bd%9e/
(注2)内閣府民間資金等活用事業推進委員会「PPP/PFI事業の多様な効果に関する事例集」(令和5年4月発行、令和5年9月改定)
(注3)コンセッション手法の具体的な内容は国により異なり、さらに具体的な事業の条件は事業の内容によって異なるが、本稿における筆者らの先行研究の最も重要な目的はPPP/PFI手法を採用したことの効果を因果推論の方法によって検証する具体的な手法を理解することであるため、コンセッションに関する各国の制度比較や各事業におけるコンセッションの特徴の分析には立ち入らない。
(注4)Julio Aguirre, Pedro Mateu and Chrissie Pantoja(2019), “Granting airport concessions for regional development: Evidence from Peru,” Transport Policy 74, pp.138-152.
(注5)Pedro Jorge Alves, Lucas Emanuel and Rafael H.M. Pereira(2021), “Highway concessions and road safety: Evidence from Brazil,” Research in Transportation Economics. 90, Article 101118
(注6)Caio Resende and Thiago Caldeira(2020), “Privatization of Brazilian airports: a synthetic control approach,” Economics Bulletin, Volume 40, Issue 1, pp.743-757
(注7)民営化された空港の1つであるコンフィンス空港は、2009年以前に独特の発展を遂げていたため当該論文における方法が有効に機能しなかったとされる。
(注8)Nikolaos Vettas, Svetoslav Danchev and Nikos Paratsiokas. (2021), “The Impact of the Concession of 14 Regional Greek Airports on Passenger Traffic,” CEPR Discussion Paper No. DP16435, Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3928731
(注9)検討にあたっては、計量経済学に知見を有する2名の学識者に対してヒアリングを行った。