World View〈アジア発〉シリーズ「アジアほっつき歩る記」第107回
日本 高野山に見るインバウンド
2024年12-2025年1月号
日本に戻って国内を旅することも増えたが、最近は何といっても外国人観光客が目立つ。今回は和歌山県へ行ってその実態を体感した。
驚きの高野山
ある日の午後、南海なんば駅から橋本行電車に乗ると車内にはバックパックを担いだ外国人が何人も乗っていた。橋本で乗り換え高野山へ向かうと、この電車の外国人乗車率はかなり高くて驚く。そしてケーブルカーに乗ったのはほぼ外国人。ここは日本なのかと聞きたくなる勢いがある。更に高野山駅からバスに乗ると超満員。でも外国人旅行者も交通系ICカードを持っていて混乱はない。
何とかバスから這い出して、宿の門を潜ると見事な庭がある。本日は宿坊生活を体験するのだが、チェックインしていると、周囲は英語ばかりが聞こえる。係の方々は筆者に実に優しい。これまで日本を旅してこんな扱いを受けることは少ないので戸惑う。その理由は『日本人だから』。聞けば今日の宿泊者約40人中、日本人はたった3人だった。
部屋は一人で使う畳部屋。広さに問題はないが、勿論鍵などはなく、プライバシーはない。しかもトイレは1階にしかないので、夜中に階段を降りるのは大変だ。ただこの寺は実に奥行きが深く、中庭はとても美しく、まさにインスタ映えの世界で、宿坊利用者もしきりに写真(動画)を撮っている。
夕方5時の瞑想、本堂へ行くと既に数人の年配外国人が椅子に座っていた。後から来た若者たちは、興味津々に前の方の床に座るが正座は出来ない。住職が流暢な英語で、瞑想の仕方を教え、呼吸法を伝授する。法話も早口の英語で行い、「日本人には後で日本語やります」と言い、外国人は先に退出して夕飯に向かう。
夕食会場へ行くと既に皆が畳に座り、何とか箸を使って精進料理を食べている。高野豆腐やてんぷらなどが中心で品数はある。ご飯は自由にお替りでき、若者たちは恐る恐る御櫃に近づく。もう一間では、特別料金を支払い、特別室に泊まるVIPが住職を囲んで会食。普通の部屋は1泊18,000円ぐらいだが、彼らはその3倍は払っているようで、部屋には鍵がかかる。
食事が終わるとすぐに風呂に向かった。ちょうど住職が一人で浴びていたので、話し掛けると「外国人宿泊者が多いのは歓迎だが、本当にこれでいいのか」と少し悩んでいる様子。「宿泊代が日本人価格ではないと言われることも多く」とは、正直誰でも感じるところだろう。因みに風呂は数人が入れるが、寺から「外国人は風呂で長話などするので、早めに入って」とアドバイスを受けていた。
消灯時間の9時になる。皆さん、意外と真面目に就寝したようだが、隣のフランス人のいびきと寝言がうるさい。もうドミトリーなどにも泊まらないので、実に久しぶりに人の寝息を感じながら夜を過ごす。夜中に2回ほどトイレに起きたが、その度、誰かを起こしてしまうかも、とひやひやした。
朝は5時過ぎには目覚めたが、あまりよく眠れなかった。6時には朝のお務め。前日同様、住職の英語が響き、我々はまた後から朝食会場へ。朝ご飯は豆腐の他、海苔や漬物など、昔の日本朝食だった。殆どの宿泊客はあっという間にチェックアウトして次に向かった。
龍神村の温泉宿
宿を出て、早めにバス停に行った。そこには数人の外国人がバスを待っており、同じバスに乗るのも全て外国人だと分かる。横にいたオランダ人の若い女性は2か月日本を旅しており、仏教に興味があり、このルートを選んだと楽しそうに言う。宿坊生活も「ドミトリーに泊まったと思えば十分」だとか。こんな高いドミトリーはあるだろうか。
バスには10数人が乗り込んだが、中国人カップル以外は皆ヨーロッパ人だった。奥の院を抜けると、一路下りに入る。約1時間で護摩壇山に着くと、もう一台のバスが待っており、乗客を入れ替えて出発する。若い車掌と話していると「とにかくコロナ前から外国人が多かったが、コロナ後日本人は殆ど来なくなり、今日もあなた一人ですよ」と寂しそうに話す。そして慣れない英語を使って何とか乗客を捌いて行く。
聖地巡礼バスは、熊野に向けて再び出発し、30分で目的地の龍神村に着いた。ここに温泉宿だけがあり、周囲は大自然。さっきのオランダ人女性はアクセサリーデザイナーのようで、この周辺の樹木に関心がある。何でもこの辺はチェーンソーアートが有名だが、彼女は知らなかったようで、バスは無情に走り去る。
部屋に入ると昨日とは別世界。広い部屋に快適な空間。勿論防音もある。夕飯会場へ行くと、料理がふんだんに盛られており、ビュッフェ形式でいくらでも食べられる。如何にも修行が足りないな、と思いながらも、鮎の塩焼きやローストビーフを美味しく頂く。昨日は外国人だらけの中、今日は外国人が一人もいないなか、ご飯を食べる不思議な感覚に襲われる。
ゆったりと休んでから大浴場で湯を浴びると、ずっと居たいような感覚に囚われるほどいい湯だった。『日本三大美人の湯』と書かれている。宿坊は修行の場であり、修行のためにお金を払ったが、今日は自分の楽しみのために払った。因みに費用は1泊2日2食付きで15,000円程度で、宿坊より安かった。今晩は昨日眠れなかった分を取り戻すほど熟睡した。
今回同じ和歌山県で2つの場所に宿泊したが、外国人に占拠された高野山宿坊と、日本人仕様の龍神村の温泉という極めて対照的な実態を見ることが出来た。日本国内の観光は外国人向けと日本人向けにはっきり分けられていくのだろうか。もしインバウンドに陰りが出たらどうなるのかなど、考えさせられた2日間だった。外国人向けには宣伝しない宿、というコンセプトも重要なのかもしれない。