World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第7回
シリコンバレーの人材採用と育成について
2024年12-2025年1月号
9月に入って殆どの大学では新学期がスタート。通常5月の終わり頃から始まるアメリカの長い夏休みは、学生たちにとって卒業後の就職先を左右するインターンシップとして企業に入り、実践を積むことが自身の就職活動にとって重要なポイントになる。日本でも最近はインターンシップ制度を始めている企業が増えているようだが、新卒の一括採用や4月入社といった独特の形態が相変わらず一般的な日本とは異なり、アメリカでは、インターンに採用され企業に属して経験を積むことが学生たちのアドバンテージになり、そのまま卒業後もインターン先の企業に就職というパターンが主流となっている。当然インターンの経験は、別の会社の採用においても評価対象になる。企業側としても学生の段階から有能な人材を確保でき、また、のちに正式採用する学生が別の会社でインターン経験を積んだとしても、その学生の組織に加わる経験を正式採用のあとに即戦力として活用できるメリットがあり、GoogleやApple、Teslaなどの大企業のみならず殆どの会社がインターン制度を採り入れている。学生たちも自分の行きたい企業に採用されるために、周到な準備や専攻した分野で学んだことを発揮できる実力を確実に身につける努力を怠らない。
企業側もインターン制度の採用以外に広く一般からの採用や他社からの転職も常時公募しているわけで、新卒の採用という枠がない分、社会経験の乏しい学生にとってはそれなりに熾烈な争いとなる。例えばソフトウェアエンジニアの採用では、単純にソフトウェアエンジニアではなく、Python、Java、C++といったプログラミング言語のコードまで細分化されての採用枠になる。このような厳しい状況は、間違いなく日本以上だろう。
余談になってしまうが、このような大きな違いを見ていると、通常、大学の4年間は1,2年で一般教養、3,4年で専門教養を学び極めるものと理解しているが、専門教養へと移行する3年から就職活動が解禁という日本の就職活動基準では「いつ専門教養の勉強をするのだろう?」と甚だ疑問に思う。さらに、入社後の研修や試用期間を経て初めて、それぞれの部署に配属されるという流れも相変わらず不変のようで、特にスピード感が重視される傾向が強い昨今の産業のトレンドからは大きなズレを感じてしまう。
採用する側の企業としては、自社のプロジェクトにあった優秀な人材を確実にセレクトして確保し即戦力にするために、最近では、学生たちや一般の人たちに向けて大学と提携したり、独自の分野に特化した講座を開設しているところも増えてきている。GoogleではGoogle Career Certificatesという資格認定プログラムを開設し(日本でも公開している)、ITサポート、データアナリティクス、UXデザインといった自社に不可欠なスキルの認定を6か月のオンラインコースにて実施している。コストは月額5,000円弱で、コース終了後には認定証を取得できる。また同社をはじめAppleも地元のスタンフォード大学やカルフォルニア大学バークレー校などと連携してアントレプレナーシップや技術革新、デザインシンキングなどのコースを提供しており、学生が、卒業後やコース終了後に、就職先の企業(もちろん自社採用でなくても)で活躍してもらえるような有能な人材の育成に努めている。Teslaは多くのインターンを採用するだけでなくTesla STARTという電気自動車のメンテナンスや修理に必要なスキルを習得できるプログラムをコミュニティカレッジ(日本でいう専門学校)と提携して提供している。
これらの企業は、このような就職前の人材育成(確保)に向けたプログラムのみならず、入社後も社員に向けた多彩な教育/育成プログラムを実施している。Appleでは社内で、同社のポリシーや文化、リーダーシップを学べるApple Universityを開設、他にApple Trainingにおいてオンデマンドで履修可能なITプロフェッショナルや通信技術を提供し、アプリ開発エンジニア向けにはトレーニングを含めたオンラインコースを提供。Googleでも主力商品として力を入れているGoogle Cloudに特化したキャリアサポートプログラムGoogle Cloud Trainingを開設している。また、面白いところでは、同社では、新しいプロジェクトのチームが立ち上がると、社内のカフェテリアの厨房を利用し、シェフを先生としてチームによる料理教室を実施。調理のプロセスを分担して一つの料理を作り上げることでチームの一体感を向上させるというプログラムもあるそうだ。さらに同社は創業時より、勤務時間の20%を個人の趣味や起業のアイデアに使えるというルールがあり、そこから新たな事業創出も促している。
Meta(旧Facebook)では、自社のメインのサービスであるマーケティングや広告に関するオンラインコースMeta Blueprintを提供し最新のマーケティングスキルを習得できる仕組みを構築している。また同社が次世代市場として位置付けているAR(拡張現実)やVR(仮想現実)などXR関連の知名度向上にむけた社内/外のクリエーター向けの教育プログラムImmersive Learning Academyを運営している。
このほかAmazonをはじめ、IT巨大企業は基本的にどこも多彩なプログラムで人材育成、教育に熱心だ。特に大手ともなると事業内容も多岐にわたるだけでなく、当然彼ら自身が、新たな市場をクリエイトできるだけのパワーもあるため、そういった未だ開花前の事業に向けての人材育成にも積極的なところが興味深い。Metaは新規で上記のメタバース市場に向け、200億円相当を投じた人材育成プログラムを開始したといわれている。
さて、このような充実した人材育成プログラムを多くの会社が実施しているわけだが、これも日本で独特になりつつある終身雇用という考えが存在しないアメリカにおいては、企業に忠誠を誓うという概念も乏しく、このような人材育成の取組みがあるにもかかわらず従業員の出入りは非常に慌しい。他企業によるヘッドハンティングも日常茶飯事。特に最近急激に需要の高まっているAIのエンジニアなどは、3,000~4,000万円相当+ストックオプション付きといった高額報酬での転籍が当たり前になっている。
またレイオフによる大量解雇も相変わらず普通に行われており、多い時には一社で1,000人規模の解雇も2023年末あたりは頻発していた。これら大企業は常時、事業内容ごとに数百人の募集をかけているが、その裏では同じ規模、特に不採算の事業部ごとの解雇も行われているという厳しい現状がある。ただ言い方を換えれば、そのくらいの新陳代謝があってこそ、世界を席巻する大企業として市場を確保しながら業界の先端を走り抜く事ができる力を維持することが可能になるのだろう。
これらシリコンバレーの世界的企業の台頭が続き、またAIの企業実装が急激に進んでくる状況のなかで、新卒一括採用や4月定期入社が風物詩のようになっている日本の雇用形態を維持することに問題があるとは言い切れないが、日本企業はこのような雇用形態を維持したまま、社内の人材育成も含め、加速度がついた市場の状況に、どのように追従していくのか? 今後のアジア勢の猛攻も懸念されるなか、このあたりも含め、そろそろ雇用のスタイル全般を再考する時期ではないかと思う次第である。