明日を読む
万博の「経済効果」
2025年2-3月号
大阪万博の開催が目前に迫った。161の国・地域、9つの国際機関が参加を予定している一大イベントであり、無事の成功が期待される。一方で、インフレが続き景気の先行きもやや不透明な中で開催されることになり、経済的な観点からは厳しい視線も注がれる。多くの国民は万博がもたらす「経済効果」に注目している。いくつかの機関が試算を公表しており、たとえば経済産業省が公表した試算によれば2.9兆円、大阪府の試算によれば府内への波及効果が1.6兆円としている。
こうした試算で注目されるのは、基本的に短期的な需要喚起効果である。万博に向けたインフラ整備や施設建設は建設業に大きな追い風となる。期間中は多くの観光客が国内外から訪れることになり、宿泊、飲食、交通、土産物などへの支出が増加する。イベント運営に必要なスタッフやボランティアの募集によって、雇用環境の改善も期待される。こうした万博開催の直接効果に加え、地域の所得水準を引上げ消費の増加を喚起するという乗数効果も想定される。こうした一連の影響をさまざまな仮定の下で推計し合計したものが「経済効果」の試算である。
万博やオリンピックなどの国際イベントの経済効果を計測することは、学術的にも一定の研究蓄積があり「メガ・イベントの経済効果」の計測として知られる。事前の試算より事後的な経済効果の計測に主眼が置かれ、マクロ経済学の視点が強調される。省庁などの試算手法と類似する点も多いが、より網羅的な視点で計算される。
実務的な試算の問題点を明らかにしており、その知見によれば、事前の経済効果の推計は一般に過大になる傾向があり、事後的には期待を下回ることが多い。その理由として、代替効果やクラウドアウト(押し出し)効果が十分に考慮されていない点が指摘される。代替効果とはイベントに参加することで他の支出が減る効果であり、クラウドアウト効果とはイベントの影響で通常の経済活動が停滞する効果である。こうしたマイナスの効果がどの程度発生するかは推測が難しく、また政治的な配慮が働くこともあり、事前の試算に反映されないことが多く、事前の試算より実際の効果が小さくなる原因となる。
今回のケースで見れば、インバウンド観光需要は現在でも好調で、これ以上の来日者の流入は望めないかもしれない。そうなれば外国人観光客の総数は変わらず、行き先が万博になるだけかもしれない。また、資材価格の高騰や人手不足の顕在化が進む日本ではクラウドアウト効果も無視できない。そもそも過去のオリンピックなどの分析事例を見ても、開催のコストを上回る経済効果が認められるケースは多くなく、今回の万博でも短期的な経済効果は大きくないかもしれない。
しかし、それだけで万博開催に意味がないと結論づけることはできない。多くの研究でメガイベントの効果として、より長期的な効果、いわゆる「レガシー(遺産)効果」が重要だと指摘されている。万博を機に交通機関や施設が整備されるという物理的なレガシーも重要であるが、先行研究で強調されるのは「評判」の効果である。イベントを通じて地域の知名度やイメージが向上すれば、新たなビジネスチャンスが生まれる。都市の評判こそが重要なレガシーなのである。
かつては世界をリードした半導体や電機産業は低迷し、自動車産業も電気自動車に押され、日本の技術大国というイメージは失われつつある。一方で、円安の影響もあり「安い観光地」のイメージが強まっている。この状況では対内投資は盛り上がらず、海外への拠点移動も進む。
万博は新しい大阪、新しい日本を伝えるチャンスである。どのようなイメージを伝えるかによって、レガシー効果は大きく変わる。レガシー効果の計測の難しさから、より計測しやすい短期的な経済波及効果ばかりが注目される。しかし、真の「経済効果」を最大化するなら未来の大阪、未来の日本をどのように描き発信していくかが問われる。