『日経研月報』特集より

世界最高水準、アジアNo.1の国際観光文化都市を目指して~万博後を見据えた観光振興~

2025年2-3月号

溝畑 宏 (みぞはた ひろし)

大阪観光局 理事長

2025年日本国際博覧会(通称「大阪・関西万博」。以下、万博)が2025年4月13日に開幕します。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに160を超える国・地域・国際機関等が参加し、未来社会の実験場として、人類共通の課題解決に向けた先端技術などを発信する国際的なイベントです。
1970年にアジアで最初に開催された「大阪万博」は日本の高度経済成長をシンボライズする一大イベントとなりました。今回の万博は、2005年に開催された「愛・地球博」に続き20年ぶりに日本で開催される国際博覧会で、舞台は大阪 夢洲です。この大阪の地で、万博前後のみならず万博後の未来も見据えて、日本全体の観光振興を視野にいれた活動をしている公益財団法人大阪観光局の溝畑宏理事長に、大阪観光局の取組みや大阪の可能性、万博後の目指す未来等について話を伺いました。(本稿は、2024年11月8日に行ったインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)

1. 大阪が持つポテンシャル

聞き手 溝畑理事長は大阪の地で、日本全体の観光振興に向けた精力的な活動を展開されています。その活動の背景にあるお考えや、大阪に対する思いからお聞かせください。
溝畑 私は国、地方自治体、事業会社等で仕事をしてきました。どの仕事においても、大きな目標を定め、自らが所属組織、地域、国をどう変えていきたいのか、または何ができるのか、という視点で物事を考え、取り組んできました。虫の目(複眼的に見る)、鳥の目(俯瞰的に全体を見回す)、魚の目(流れや変化を見失わない)を持ち、目の前のことだけではなく、多角的視点で考えることが重要だと考えています。
私は、当時の府知事だった松井一郎氏や橋下徹氏からの要請で2015年に大阪観光局の理事長に就任しました。かつて大阪は、1人当たりの府民所得が東京の9/10ほどありましたが、当時は2/3まで縮小し、GDPに占める割合も10%から6%まで落ち込んでいました。そこで、大阪を東京と並ぶ日本の中心地として成長させること、さらには2030年に「世界最高水準、アジアNo.1の国際観光文化都市」になる、という大きな目標を立てました。大阪から日本を変える、大阪から世界を変える、という気持ちで取り組んでいます。
京都府出身の私にとって、大阪は日本を代表する企業が多く、商業都市として元気・活力があり、輝かしい存在です。食に加え、文楽、狂言等の伝統文化をはじめ、歴史的建造物など豊かな文化もあります。そして何より、自由で開放的な雰囲気、国籍・年齢・性別・障害を問わず、多くの人たちを幅広く受け入れる包容力や多様性に富む点で大きな魅力を有する地域です。
大阪府は地理的に、二府四県(大阪府、京都府、兵庫県、和歌山県、奈良県、滋賀県)の中心にあります。明治・大正・昭和にわたって、大阪は日本を代表する工業都市として「東洋のマンチェスター」と呼ばれていました。欧州におけるフランクフルトやミラノのように、日本やアジアのゲートウェイになり得る可能性があり、観光に関して大きなポテンシャルを持つ地域です。
聞き手 アジアNo.1になり得るポテンシャルに関し、もう少し詳しく教えてください。
溝畑 二府四県の中心にある大阪府の利点を活かし、他府県との連携を通じて、観光効果を相乗的に高められる可能性はあります。特に、奈良県や和歌山県との連携余地は十分に残されています。関西国際空港を利用する外国人観光客の中で、和歌山県を訪れる人はわずか3%です。外国人観光客には、大阪・兵庫・京都だけでなく、奈良県や和歌山県にも足を延ばしてもらいたいものです。また、大阪府に近い瀬戸内は、日本有数の自然景観を有し、クルーズや瀬戸内国際芸術祭などで世界から人を集められる潜在能力の高いエリアです。関西と瀬戸内との連携により相乗効果を誘発できると考えています。
観光周遊の基盤となる交通網の整備も進んでいます。以前より需要が増加しているため、なにわ筋線(関空アクセス鉄道)などの新線プロジェクトも動き始めました。将来的には北陸新幹線の延伸やリニア中央新幹線の開業も控えています。
空港は、関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港、神戸空港の3空港体制ですが、インバウンドの増加傾向を踏まえ、関西国際空港の発着回数の拡大や神戸空港の国際線運用開始等が計画されています。3空港合計で2019年に約52百万人だった航空旅客数が、将来的には約70百万人まで受入可能となります。但し、韓国のインチョン空港は約106百万人、シンガポールのチャンギ空港は約135百万人の受入が可能であることを踏まえると、関西3空港はさらに機能を強化する必要はあります。
大阪府のGDPは、インバウンド来阪客数の増加に伴い、同消費額が約1.4兆円に拡大したことが最大に寄与し、2013年から2019年にかけて東京(8.38%)を上回る伸び率(8.42%)を達成し、約3.2兆円増加しました。
広域連携、交通網のさらなる整備、インバウンド需要の増加から、大阪は高いポテンシャルがあるといえます。

2. 大阪観光局の取組み

聞き手 次に、大阪観光局の取組みについて教えてください。
溝畑 さまざまな取組みを進めていますが、近時はやはりインバウンドの誘致に特に力を入れています。先ほど述べた、大阪観光局が掲げた目標「世界最高水準、アジアNo.1の国際観光文化都市」とは、具体的にいえば、世界が憧れる「住んで良し」、「働いて良し」、「学んで良し」、「訪れて良し」の都市像を目指すということです。世界中から観光客が大阪に訪れ、ゆくゆくはビジネスや進学のために大阪に滞在し、最終的には大阪の定住者が増えることが地域の発展に繋がると考えています。観光は、地域の魅力を理解してもらうきっかけづくりなのです。
観光は、地域の総合戦略産業です。地域の未来に繋がる資源を掘り起こし、ブランディングを行い、ヒトモノカネを集約して投下し、しっかり集客を行う。そのためには、経済政策、交通政策、都市政策、地域振興政策、文化政策と多面的な施策が必要であり、大阪観光局は「地域の総合プロデューサー」を担う気持ちで取り組むことが必要だと考えています。
このような考えを背景に、「国際観光文化都市」のイメージを具体化し、それぞれについて施策を立案し実行しています。具体的には、①体験・感動、②元気・活力、③夢・希望、④多様性・共生・平等、⑤復活・対応力、⑥安全・安心・清潔・防災、⑦分散、⑧環境・みどりの8つのキーワードを掲げています(図1)。

図1では、大阪が従来から有しているイメージから順に挙げていますが、近時は新しい観点も付加しています。⑥の「清潔・防災」は、コロナ禍や多くの災害が発生している状況を踏まえ、追加しました。インバウンド誘致には防災の観点が重要であり、防災計画の対象に外国人観光客も含めるべきと考えています。また、⑦「分散」も追加したキーワードです。日本は休暇が土日や特定の季節に集中しているため、休暇取得が分散されている海外と比べ、需要を十分に引き出せていない点があります。加えて、早朝・夜間等、時間の分散も必要だと考えています。さらに、⑧「環境・みどり」も、新たに加えました。カーボンニュートラルの取組みは必須であり、これに真摯に取り組まないと地域として評価されません。また、④「多様性」として、LGBTQ、留学生、ペット等を受け入れる環境の整備も必要だと考えています。
聞き手 次に、アジアNo.1の国際観光文化都市に向けた取組みのロードマップを詳しく教えてください。
溝畑 この大きな夢の実現のためには、さまざまな方が結集し、力を合わせて取り組むことが重要となりますが、そのためには共感を得られるためのロードマップが必要です。このロードマップは、私が2015年に理事長に就任後、作成したものです(図2)。

2030年以降までの期間をHOP、STEP!、JUMP!!の3段階に分けています。万博開催前の2024年までが「HOP」です。万博での飛躍を狙い、観光振興に関する各事業の実行を重ね、成長を加速させていきます。2023年はコロナ禍からの反転攻勢が奏功し、中国市場を除き市場全体がコロナ前の水準に回復しました。2024年は、2019年実績の1,231万人を超えるインバウンド来阪者数1,400万人を目指し、現時点で達成可能な見通しです。円安の追い風もありますが、コロナ禍の逆風の時に、コロナ後を見据えた施策を常に考え、日本、関西、大阪の魅力を相当発信してきましたので、その効果が着実に現れていると感じています。
万博が開催される2025年は「STEP!」です。万博効果により、インバウンド来阪者数1,500万人を目指します。そして2026年以降が、「JUMP!!」です。万博での成果を土台に、IR誘致も見据え継続的な観光需要創出を行います。都市・交通インフラの整備が進み、現在検討中の再開発や鉄道新線も開業するなかで、その先の2030年がまさに総仕上げの年であり、インバウンド来阪者数2,000万人を目指しています。
私は、経済効果の実現が大阪観光局の通知表だと考えています。そのためには、量だけではなく質も重視した高付加価値な観光施策を推進することも必要です。具体的には、ナイトタイムエコノミー、スーパーヨット、メディカル&ヘルスケアツーリズム等を発信することで、ラグジュアリー層の受入促進による観光消費の増加を進めています。こうした取組みにより、2030年には、大阪におけるインバウンド消費額を2023年の約1兆円から5兆円に伸ばすことを目標にしています。

この具体策として、コンセプトに応じた施策を考えることが重要と考えています。例えば、温泉です。実は世界の泉源の約17%が日本に集まっており、中国の泉源数を全部足しても大分県別府市より少ないといわれています。この事実は世界に十分に発信できていません。大阪観光局が先頭に立って、他の地域と連携しながら温泉地への誘客を進めています。また、食の世界でも、手先が器用で繊細な料理も得意な日本のシェフの優秀さを世界に発信する必要があります。さらに日本が世界に誇る健康長寿も、訴求力のあるストーリーです。大阪がハブとなって各地域との連携を進めていきます。

3. 万博と万博後の未来

聞き手 2025年の万博を、2030年以降の目標として掲げているアジアNo.1の国際観光文化都市に向けた「STEP!」にしたい、というお話でした。万博での具体的な活動内容についてお聞かせください。
溝畑 コロナ禍で人の交流がデジタルに移行しましたが、本質はアナログだと思います。人と人がリアルに交流してこそ新たな感動が生まれます。2025年は、万博開催を通じて、コロナ後の新たな生活様式を示す年です。次世代モビリティ、再生医療等、まさに未来社会のショーケースであり、コロナ禍の東京オリンピックでは十分にできなかった世界への発信がしっかりできるチャンスです。
万博を目当てに多くの外国人観光客が大阪を訪れます。万博に来たのに、暑くて風が強くて疲れたとなっては意味がありません。比較的長期で滞在される方も多いと思いますので、いかに大阪、関西、日本の魅力を味わってもらい、満足してもらうかが不可欠です。
その観点で、大阪を「日本観光のショーケース」にすることを目指し、北海道から沖縄まで広域で連携し、高付加価値コンテンツの充実を図っていきます。具体的には、温泉・健康・美・長寿、食、スポーツ・アドベンチャー、美術館・博物館、文化・祭り、城郭・天守閣等、多様な施策を進めていきます。「大阪に来てよかった。関西に来てよかった。日本に来てよかった。」と多くの人に感じてもらうこと、それが万博後のレガシーになります。
聞き手 最後に、万博開催地である大阪観光の未来をどのように考えているか、教えてください。
溝畑 私は万博を点ではなく、線で見るようにしています。2030年のあるべき大阪、関西の姿をイメージし、バックキャストして2025年の万博をみています。万博は、大阪・関西・日本の観光にとってチャンスであり起爆剤となりますが、あくまで通過点です。ポスト万博を見据えて、今から準備を進めることが必要です。
例えば、大阪ベイエリア(咲州・築港・舞洲・夢洲)の開発です。アジアNo.1の国際観光文化都市の実現のためには、開催後の跡地利用として、大阪ベイエリアの活性化が鍵となります。万博は、大阪のベイエリア開発におけるファーストステップです。IR(統合型リゾート)の創設や周遊できる基盤の整備等により、魅力をさらに高め、多くの人が集まるようにする必要があります。万博の次には、IRが大きなチャンスとなります。
政府は2030年の訪日外国人旅行者数の目標を6,000万人としています。コロナ前は訪日客の4割が来阪しており、この目標の実現のために、大阪・関西がけん引役として果たすべき役割は大きいと認識しています。万博を一過性のイベントに終わらせず、日本全国の皆さんと協力して、大阪、関西、日本の観光を盛り上げていきます。

著者プロフィール

溝畑 宏 (みぞはた ひろし)

大阪観光局 理事長

昭和60年3月 東京大学法学部卒業
昭和60年4月 自治省入省
平成11年5月 自治省行政局行政体制整備室課長補佐・理事官
平成14年4月 大分県企画文化部長
平成16年8月 株式会社大分フットボールクラブ 代表取締役
平成22年1月 国土交通省観光庁 長官
平成24年5月 内閣官房参与・大阪府特別顧問・京都府参与
平成27年4月 公益財団法人大阪観光局 理事長
現在に至る